ポケモン 不思議のダンジョン―鋼の魂― - 第二章 強いか、弱いか、正体不明の挑戦状
第六話:限界勝負―サドンデス―
「さぁ、来るがいい。若き勇者共!」

両手を大きく掲げる挑発のポーズから、二つのシャドーボールが両手の平に集束されると、それらを直接投げ飛ばす。
そのまま撃つよりも速度が速く、避けるのが少しでも遅かったら直撃を受けて、今頃は地に伏せて、今度こそ立てなくなっていただろう。
それほどまでに強く、そして、体力に余裕がなかった。
耐久力に自信があるザックでも、次に直撃を受けたら立ち上がれる自信がないほど、である。
それ以前に、サドンデスという極限状態の中では、こうして立っていることも、避けることすらも難しい。
気を少しでも抜けば、恐らくは攻撃も受けない間に倒れてしまうぐらいの、やるか、やられるかの極限の境地だ。
おまけに、相手は体力にまだまだ余裕があり、飛び回る自由さが備わっている。
だが、いかに分が悪くとも、それが一目瞭然であっても、望みは捨てていない。

勝つ算段は、まだあるのだ。

(オレのほうは『あれ』を当てるのがシビアすぎて実現性がない。確かに当たれば防御も関係なく潰せるんだがな…とすれば、後はピカチュウの溜め打ちに賭けるしか…)

「そのためにも…!」

ぎり、と口を噛み締め、ふところへ飛び込み、肉弾戦による連続攻撃を仕掛ける。
ゼファーはこれまで見てきたところ、遠距離攻撃に徹した戦法を取っていて、近距離戦に置いては素人といえるほど、近距離における戦闘技術が無いに等しい。
これには恐らく、ピカチュウも気づいているはずだ。
狙いをあまり必要としないサイコキネシスをくらう危険性が高くなるが、それくらいのリスクはあって当然というもの。

「砕く!」

次々と放たれる黒い球体を紙一重の、最小限の動きで見切り、避けてゼファーへ飛び込む。
そこから先は彼が最も得意とする肉弾戦、徒手空拳の出番だ。
左手からの振り下ろしを受け流し、膝部分へ足刀蹴りを見舞い、体勢を崩させて空かさず頭部へ上段踵回転蹴りを叩き込む。

「うぉぉぉあ!!」

気合いと共に繰り出された回転蹴りは、ゼファーの顔面へと深く抉り込まれた。

「ぶふっ!?」

いくらサイコキネシスの薄いバリアで守られているとはいえ、衝撃全てを受け流すことはできないらしく、そのまま仰向けになって転倒した。
ちなみに、ここまでザックが繰り出した連撃は全て組手では『ご法度』の技であり、ただの軽傷どころでは済まさない威力を誇っている。
言い返れば、相手を殺すためとも取れる、非常に危険な技だ。

「バリアの盲点を突いてくるとは、侮れんやつだ」

それでもバリアによる恩恵でダメージを軽減されているため、普通に起き上がられた。
しかし、顔面への直接攻撃のダメージは自分本体へのものではなく、目に対してのものだった。
視界がぼやけて上手く二人を視認することができず、辺りを何度も見回す。

(技を使わずしてここまで押してくるとは…!)

そうこうしている内に、微弱な電撃が浴びせられる。
電気ショックとは違い、あくまで麻痺を目的とした電撃、「電磁波」だ。

「よし、当たった」

遠方でガッツポーズを取るピカチュウだが、内心あまり期待していない。
それは、バリアが電磁波による電撃を防いでいるかもしれないからだ。
それは的中していたようで、麻痺ともいえる症状が見られず、右手を翳しているゼファーがいたからだ。
視力も回復したようで、狙いが定められている。

「次こそは、逃さーー。」

サイコキネシスによる一撃が来るかと思われたが、間合いから離れていなかったザックが飛び上がって右フックを頬に打ちつけて中止させていた。
連撃は止まらず、そのまま続けられる。

「お前の相手は、オレだろうが!」

空中でそのまま左フックを放ち、同時に左足で飛び膝蹴りを見舞う。
格闘タイプの技、本場の「飛び膝蹴り」に比べれば能力的威力は劣るものの、それに匹敵、見合う身体能力を揃えたザックの一撃はそれと同等の物理威力を持っている。
ポケモン生来のエネルギーが備わっていないただの物理技でしかないため、外れても反動のリスクがないという面も忘れてはいけない。
加えて、バリアの恩恵があまり得られない顔面への攻撃、特に顎を狙った一撃であるため、脳へ深く伝わる衝撃を与えている。
そうなった場合、いかにバリアが張られていても、触れることのできる段階であるため、意識を僅かな間であるが刈ることができる。
畳み掛けるには絶好のチャンスだ。

(バリアがあいつに触れられないほどに強く張られたら、攻撃する手立てがほとんど無くなっちまう。それまでになんとしてでもここで致命傷を与えないと!)

息を大きく吸い込み、そこから全ての力を賭ける勢いで連撃を打ち込み始めた。
ゼファーが地に倒れると同時に頭部へ再び、右のストレートを穿ち、左右の拳によるコンビネーションの連続パンチを叩きつける。
どれだけダメージを与えられているかが、バリアのせいでわからないが、それでも全てを受け流すことができないだろう。
だが、連撃を始めて2秒もしない内に限界が近づき、握力が徐々に失せてきた。
それと同時にゼファーの意識も覚め、以前よりも強力な赤い防壁が現れ、彼に触れることができないほど強固に張り直されてしまった。

だが、これほどにまで防御に徹した姿を見せるということは、つまり、彼に余裕が無くなったことを意味している。

「落ちろぉ!」

張り直されはしたが、連撃のトドメとして右手を大きく振りかぶり、バリアごと起き上がろうとするゼファーを地へと叩き伏せる。

「ぐふっ」

砂が舞い上がると同時に呻き声が漏れる辺り、身に降りかかるダメージは防げても、衝撃まではやはり防げないようだ。
一端間合いを外したザックはそこで、荒く息を吐いて僅かでも体力の回復を試みる。
それまでの間に、ピカチュウは電気の再充電に取りかかっていた。
現状で最大の火力を叩き出せるのは自分しかいない。
防壁も再び張られてしまったため、どうにかザックに立ち回ってもらい、それを破壊してもらう必要がある。
そのことが余計に、ピカチュウの思考を焦らせた。

(焦るな、焦るな!電気の充電最中は良くても電光石火による攻撃しかできない。でもボクはザックほど回避能力がないし、迂闊に近づいたらサイコキネシスでやられちゃう。ザックに、任せるしかないんだ)

そうして考えている最中に、ゼファーが飛び起きてシャドーボールを発動させ、それをザックとこちらへ正確に撃ち込んできた。
見真似ではあるが、スタミナをほとんど減らさないザックの回避方法を真似て、必要最小限の動きで迫る黒球を避け、電気袋の充電に力を注ぐ。
ザックは一方で、ゼファーのバリアを破壊するために絶え間なく、拳と足を叩き続けていた。
今までの微弱なバリアとは比べ物にならず、その厚さが拳を通して伝わってくる。

(かてぇ…!ちくしょうが、まるで鉄の塊を殴ってるみたいだ。だが、これだけ防御に徹してるってことは、エネルギー消費も早くなるわけだ。もう、満足に技も出せなくなるはず…!)

思惑通り、ゼファーの表情が普通と比べて険しくなっている。
距離を取るために撃ち出したシャドーボールやサイコキネシスも、今ではその狙いがブレ始めていて、弾速が弱まっていた。

「ちぃ、ここまで追い詰められるとは、貴様らが始めてだ!」

今までにあった余裕さは消え失せており、ようやく焦りを見せ始めている。
やはり、先ほどの連撃が効いたらしく、今も足がふらふらとバランスを保てていない。
だが、正気そのものは未だ健在で、狙いを間合いから離れたザックへ向け、サイコキネシスを掛けた。
度重なる疲労とダメージによって離れるのが手一杯だったザックは、それに気づいても、対処が追いつかずにいる。

「しまっ――。」
「地に失せい!」

エネルギーによって地面に叩きつけられ、肺から空気を搾り出された。
瀕死状態の体へさらに、抱えきれないほどの大きな負担が掛かり、意識が飛ばされそうになる。

「立って、ザック!」

遠方からピカチュウの呼び声が聞こえ、それに答えようと意識を保とうとする。
二人で勝たなければ、意味がない。

(駄目だ…!)

倒れまいと眼を見開き、気を張り直してすぐさま立ち直る。
奇跡的になんとか立ち上がれたが、次に攻撃を受けてしまえば、今度こそ地に伏せてしまうだろう。
真の限界が、そこまで近づいていた。
そしてそこへ、チャンスと見限ったゼファーが、手にシャドーボールを保ったままこちらに接近してきていた。

「至近距離では絶対に外さん、ここで終いにしてくれる!」

両手を合わせたの平には、これまでよりも強力なシャドーボールが形成されていた。
かすろうが、直撃しようが、これをくらったらそれでお終いだ。
回避に徹するべきなのだろうが、それを行うまでの判断力も、体力も、既にない。
避ける算段はもう残されていないのだ。
だが、その中でただ一つ、残されている手段がある。

(だが、これが成功する確率は…)

ザックにはまだ一つ、相討ちになる可能性が高く、さらに成功する確率が極端に低くとも、ゼファーへ一撃、それも強固なバリアを打ち破るほどの威力を秘めた技があった。
その条件も見事に出揃っており、絶好の機会に遭遇している。
そして今にも、至近距離からのシャドーボールが撃たれようとしている。
なりふり構っている暇はもう残されていない。

(イチかバチか、どっちにしてもこれがオレの。最後の一撃だ!)

「うらぁぁぁぁぁぁ!!」

相討ち覚悟でゼファーのふところで飛び込み、全身に力を込める。
シャドーボールがザックへ押し当てられたその時、それが爆発を起こし、周囲を爆風が駆け巡た。
砂埃が辺りを覆い隠し、一切の視界が遮られる。
その一部始終を見ていたピカチュウが、ザックへ安否の確認を取ろうとするが、そこで口を止めた。
そう、今確認を取ってしまったら、彼のくれた『一撃のチャンス』を逃してしまう。
存在を、悟られてはいけないのだ。
最大まで溜めた電気を抱えて、ゼファーへ狙いを定める。



「かっ…は……」

(なぜだ…?なぜ、オレ様の盾が!)

高い防御力を誇る赤い防壁は尽く打ち砕かれ、左腕の肘と右手の掌底(しょうてい)(手の平の付け根に当たる部分)が胴体へ深く抉り込まれている。
ゼファーはザックの間合いへ、近づくべきではなかった。
近距離、それも目先と鼻先の勝負では圧倒的に分が悪いというのに、確実に当てようと不用意に近づいたため、こういう結果になったのだ。
肉弾戦は彼の最も得意とする分野。
それは、ゼファーでもわかっていたはずだった。
カウンターの一撃を当てたザックの表情には、ほとんどの感情がない。
そこにはただ一つ、相手を打ち倒すという意志だけしか映っていなかった。
やがて、消え入りそうなかすれた声で、それは吐かれた。

「絶門―ゼツモン―」

ザックの持ち合わせる技で、最も成功確率が厳しく、最も防御に優れ、そして、巨砲を超える反撃の一撃を備えた隠し玉。
それは対象の攻撃タイミングを完全に見切った上で、なおかつ、相手が最も得意とする技を発動した瞬間でしか、実現ができない。
言わば、絶対防御を誇り、最高の一撃を備えたカウンター技である。
これは、いかにガードや防壁を張っていようとも、それを無効化するほどの威力を誇り、対象へ回避不能の一撃を叩き込む。

故に、ゼファーのサイコキネシスによるバリアが打ち破られ、このカウンター技を決められているのだ。

「ぐあ、っ…ぁ」

想像を絶する量のダメージが腹部から伝わり、意識が何度も途切れ途切れになる。
地に伏せそうになったところを、右手で地面をついて体を支える。
ザックへ一矢報いようと眼を向けるが、限界がきていたザックは、既に地へ伏せていた。
それでも口は動くらしく、なにかを小さく呟いていた。

「ぁと…は、たの、ん…だ」

その言葉の意味が、ゼファーには一瞬、わからなかった。
だが、それを理解するのには時間が掛からなかった。
もう既に、遅いのだが。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぁぁっ!?」

側面から迫ってきた雄叫び、受けた衝撃と共に、一度目の戦闘の時に受けたあのデジャブ、電光石火をくらった後に受けた、電気ショックの溜め打ちが脳裏を過ぎる。
あの時に受けたそれが、二度目となってはさらに威力が上がっていた。
脇腹へは、両頬に走る電気を激しく鳴らせているピカチュウが、最後のトドメを刺そうとしていた。

「これで、トドメェェェェ!!」

十万、あるいは雷にまで威力を高めた限界突破の電気ショックが、ガードを崩されたゼファーへと見舞われた。
一度に二度の大技を叩き込まれれば、その時に受けるダメージも倍に膨れ上がる。
そのあまりにも強すぎる連撃に、ゼファーが耐えられるわけがなかった。
数メートル砂浜を掻き分け、硬い岩石の壁に激突、全身を打ちつけられた。

「はぁ……はぁ……」

全精力を賭けたピカチュウは、砂へ体を投げ出していた。
もう立ち上がれるほどの、体力を持ち合わせてはいないのだ。
その状態でありながらも、遠方へ飛ばした彼を睨みつける。
地に伏せているゼファーに一切の動作が見られず、一ミリたりとも動かない。
倒れていたザックも、僅かに目を開けてそれを確認し、不敵な笑みを浮かべてピカチュウに目を向ける。
それに気づいたピカチュウも、瀕死の状態で表情を作るのが辛くとも、笑って見せた。

「初依頼…」
「クリア…!」

探検隊史上、最も激しい初依頼を、達成。
チーム・フルメタルは、見事勝利を収めたのだ。

フルメタル ( 2013/01/04(金) 17:46 )