第五話:サイキックコマンド
始まりは突然だった。
激しい斬り込み、打ち込み、爆心地の乱立。
ミュウツーのゼファーによる攻撃の重さは、想像以上であった。
「逃さん」
視界から逃れようと疾走するザックへ手を掲げ、強力なエネルギーを放出する。
エスパータイプなら誰もがいずれ取得するだろう、対象をエスパーエネルギーで攻撃する「サイコキネシス」だ。
それをザックは、反復横跳びの要領でジグザグに避けていく。
避けられたのが気に入らず舌打ちをし、次は遠距離から支援攻撃を浴びせてくるピカチュウへ狙いを定める。
目論見は成功したようで、電気の充電に取りかかっていたピカチュウは、自分に狙いを定められていたことに気づくのが遅れていた。
「しまった!」
サイコキネシスによって全身を拘束させられ、一切の身動きが取れなくなる。
「まず一匹…」
エネルギーによる直接攻撃を始めるその直前で、それは起きた。
(読み通り…)
かかったな、とばかりにピカチュウが不適な笑みを浮かべている。
それを疑問に思った瞬間、後頭部から強い衝撃が打ちつけられ、サイコキネシスの拘束を解いてしまう。
狙いから外したザックの鉄棒による、背後からの面打ちによるのものだった。
「サシで戦ってるわけじゃねぇんだよ。余所見をするな」
続けざまに、ザックの連撃が繰り出される。
右肩に、背中に、足裏へ、一瞬の間に計、四発打ちつけた。
重みがないためダメージは軽いものの、手数で攻め立てたためそれでも充分な量だといえる。
特に、頭部への攻撃はどれだけ軽いものでも、上手く当てれば相手を一時的に麻痺させることができるため、この急所の一撃は非常にでかい。
だが、急所攻撃は失敗したらしく、おまけに対してくらった様子もないゼファーが振り向く。
「やってくれたな…!」
ピカチュウとザックの両方へ手の平を向け、黒い球体上のエネルギー玉を同時に発射した。
ゴーストタイプが得意とする技、シャドーボールである。
直径80cmほどの巨球が、二人の眼前へと迫ってくる。
そのエネルギー量と技術は、一目見ただけでも異常だとわかった。
(やばい…!)
ザックは間一髪、上半身を屈めて回避に成功したが、ピカチュウは溜めた電気を使った電気ショックで勢いは殺したものの、結構なダメージを貰ってしまった。
「おい、大丈夫か!」
直撃を受けたピカチュウへ、ザックが安否の確認をするが、よろけながらも立ち上がったため、どうやら無事であるらしい。
「なんとか…。うぅ、勢いは殺したのに…」
(このゼファーって人、左右に二発同時発射、それも威力を分散させずに撃った。こんな芸当、きっとプロでも易々はできないはず…ザックの言ってた通り、この人は…!)
読みが正しければ、尚更短期決着をつける必要が出てきた。
そして、ゼファーとの戦闘を素早く終わらせるためには、これまでより効率よく、かつ大胆に立ち回る必要がある。
短時間で倒し切る戦術を組み立てるために、ピカチュウはすぐにゼファーの動き方を見始めた。
「ふん、あんな離れたところにいるとは、貴様の相方は戦うこと恐れているようだな」
遠くでこちらを見続けているピカチュウに軽い挑発を入れるが、本人は元より、ザックにもそれに返事を返されなかった。
無言のままのザックは接近をし、鉄棒を大きく振りかぶっての振り下ろしを避け、力任せのパンチを見舞う。
しかし、それは小さな動きで避けられ、パンチを行った左手の甲を打たれて退かれ、先ほどと同じ立ち位置に戻られた。
その同時に遠方から電気ショックが数発飛ばされ、地から少し浮いて小刻みに回避し、その応酬としてシャドーボールを三発ほど見舞う。
その無言状態が続く中、奇妙なまでに不気味な気配を感じざるを得なかった。
(なにを企んでいる?)
不審に思いつつも、攻撃後の隙を突いて再度接近してきたザックへ、シャドーボールを連射して距離を取る。
ザックはそれをさきほどと同じジグザグの動きで避けていき、鉄棒による連撃を繰り出す。
この一連の動きを見ていたピカチュウが、作戦を立て終えたらしく、ゼファーへ急接近していった。
(読みが正しければ、あのゼファーって人は大した決定打を打てないはず…!)
電光石火で可能な限り速度を上げ、ザックに気を取られている内に近づく。
「うらぁ!」
気合いと共に鉄棒が突き出され、ゼファーの胴体へ先端が伸ばされていく。
その一撃を見切ったゼファーは、先端部分を握り締めて、棒本体を空いた右手で殴りつけて破壊、その僅かな隙を捉えて、間髪入れずにサイコキネシスを至近距離でザックにぶつける。
「ぐっ…」
避ける間もなくサイコキネシスの拘束に掛かり、それをどうにか解こうとするが、無駄だということはわかっていた。
エネルギーに体を直接攻撃され、数メートルの吹き飛ばしをマトモに受けた。
ようやく満足に攻撃を当てられたゼファーは、それを見てあざ笑っている。
「すぐに終わらせるという話はどうなった?オレ様はまだ立っているぞ」
両手を大きく掲げ、挑発のポーズを取る彼には、次の攻撃が来るという予測ができていない。
その様子を見たザックが、苦しそうに呻きながら笑みを浮かべてぼやく。
「いや、これでお前は終わりだ」
「なに?終わりだと――。」
言葉は最後まで繋げられず、脇腹に強い衝撃を受ける。
次の攻撃の予測ができず、絶好の機会ともいえる大きな油断を犯していた彼には、ピカチュウのことがさっぱり抜け落ちていた。
「電気ショック!!」
電光石火による体当たりが成功したピカチュウは、飛び退きながら至近距離で両頬の電気袋をバチバチと鳴らせ、得意の電気ショックを直に浴びせる。
猛獣のような絶叫を上げるゼファーへさらにザックが駆けつけ、右手の拳を強く握り締めた。
(冥土の土産だ、とくと味わいなぁ!)
得意の肉弾戦、得意の突き技、今持っている中で最大威力の一撃、その技に全てを賭ける。
「巨砲!」
左足を砂が勢いよく飛び散るほど強く踏み込み、彼の胴体へ拳を抉り込ませた。
重く鈍い衝撃音が鳴り響き、全力の込められた右ストレートパンチの一撃に耐えかねたゼファーが呻き声を漏らす。
目が痙攣を起こしたように瞼が何度も見開かれ、全身がピクピクと動く。
そして、ゼファーがなにが起きたのかを認識しかけた頃に、体が大きく後ろへ、風を切って吹き飛ばされた。
確かな手応えを感じた荒い息を吐くザックはそれを見て、不適な笑みを浮かべた。
「オレの十八番、「巨砲」の一撃だ。簡単に立ち上がれるほど優しい技じゃないぜ」
砂煙が舞う中、彼が起き上がるらしい動きは、まったく見られない。
トレジャーバッグの中からオレンの実を取り出して半分に割ったピカチュウがザックの元へ駆け寄り、その半分を彼に分けつつ呟く。
「これで倒せたかな」
怪しそうに疑う表情を浮かべて、オレンの実を頬張るピカチュウに、ザックも実を口にしつつ言った。
「いや、たぶん起き上がってくる。どうせ虫の息だろうがな」
体力が確かに回復した感覚を受けて、そうぼやく。
あの時得た手応えは確かにある、自身の持つ最大威力の技を受けて、平気でいられるはずがないと、そう確信していた。
だが、なにか妙な気がして、心が落ち着かずにいることもまた、あった。
特にそれを、ピカチュウが敏感に感じていた。
砂煙から立ち上がる様子がまったく見えず、不気味なことこの上ないその時、不意に出会い始めの時に受けた、不意打ちのことを思い出す。
(あの時って、なんの前触れもなくゼファーが現れてたんだった。そう、一切の予備動作も見せず……まさか、あの人!)
読みが正しければ、恐らく砂煙の中には、誰もいない。
代わりに、砂煙の中にいた人物が目の届かない場所に移動しているとすれば、その場所は恐らく。
死角である二人の背後だ。
「シャドーボール」
背後から激痛が走り、前方へ体が投げ出される。
自分だけでなくザックまでもが受けていて、砂に顔を埋められていた。
「ぅ…ぁ……」
(やっぱり…「テレポート」を)
テレポートはエスパータイプが得意とする技の一つで、対象の場所へ瞬間移動が可能である移動系の技。
敵の背後へ回り込む他、道具なしでも現在いるダンジョンからの脱出が可能であったり、広い用途で使われる代物だ。
恐らく、砂煙が舞っていて姿を確認できていない内に、それでこちらの背後に回り込み、あの一撃を叩き込んだのだろう。
頭は幸いなことに働くが、口はあまりの痛みに回らず、とても目を開けていられない。
しかし、それでも激痛の原因を生み出したのが誰であるかは、頭を捻らなくても理解できる。
その人物の口調は、それまでに遭ったことを無かったことにしたかのような、そんな口調だ。
「ふぅむ、確かにあの一撃はよく効いたぞ。おかげでオレ様の『盾』を、張り直す破目になったではないか」
痛みが若干引き、目を少しだけ開けられた。
その目先にはやはり、あのミュウツーというポケモンであるらしい、ゼファーが立っていた。
勝利を確信したかのような表情を浮かべていて、這いつくばっている自分へ大きな敗北感を乗せてくる。
「こ、この野郎、テメェ…やっぱり張ってやがったな…!妙に手応えがねぇと思ったら、そういうことかよ…!」
明らかに勝ち誇っているゼファーへ向けられたのは、波のようにふらつきながら立ち上がるザックのセリフ。
今にも倒れそうなほど弱っている様子が明白となっていて、とても戦いを続行できるようには見えない。
それでもザックは倒れまいと、必死になって口を動かす。
「つくづく、憎たらしいやつだ。微弱な「念力」のバリアを、全身に張りやがって…!背後の一撃も入ったてたらしいが、それがダメージを受け流してたんだな…!」
「ふむ、素晴らしい分析力、そして知識だ。だが、残念ながらオレ様は「念力」などという貧弱なものは使っていない!使っているのはサイコキネシス、それに少し手を加えたバリアだ!」
フハハハ、と演技にも取れる笑い声でゼファーが勝ち誇る。
文面にもあったフハハという笑い声は、どうやら素であるらしいことが、どうでもよくもわかってしまった。
その態度に腹が立ち、倒すという言葉が頭に駆け巡ってくる。
だが、一人で戦うには体力が足りなさすぎ、明らかに分が悪い。
もう一方の相方のほうへ、目を向ける。
「立てよ、ピカチュウ。あいつに勝たないと、オレらは負けるんだぞ」
しかし、ピカチュウは地に伏せたままで、起き上がろうとしない。
その表情には、諦めが酷く、濃く、映り込んでいた。
やがて、弱々しい口調で、それは吐かれた。
「無理、だよ……。だって、勝てっこ、ない…じゃないか。ボクらの一撃が、届いて、ないんだもの……」
出される言葉と共に、一粒の水滴が垂れる。
ピカチュウの目からは、悔し涙が流れていた。
目の前の時に自分達の力が効いていないという現実、目の前の敵に勝てないという現実、そして、自らの目標、己の夢が今の敗北で潰えてしまっただろうという現実。
そのことが悔しくて、悔しくて……。
だが、それに対し、ゼファーから思いもよらない一言が飛ばされる。
「…だからといって、望みを捨てるというのか?」
虚を突かれる。
今しがた敵と認識している相手から、攻撃されるのではなく、そのような言葉が送られてくるのは思いもしてなかったのだ。
子に教えを説く父親のように、それが続けられた。
「愚かなことだ。見たところ、貴様らは手を組んで間も無さそうだな。貴様…いや、貴様らには望みがあって、オレ様のところへ挑んできたのではないか?その望みとは、これしきのことで潰えることなのか?命はまだ潰えてないぞ、心はまだ潰えてないぞ…!貴様の夢というのはその程度か!!」
途端、ゼファーから鬼のような形相で剣幕が飛ばされた。
まだ、知り合って間もないというのに。
お互いを敵としか認識できていない存在だというのに。
なぜ励ますかのような、そのようなことが言えるのだろうか。
そのゼファーについで、ザックも言葉をかける。
「立てよピカチュウ…!まだ始まったばっかだぜ、まだスタート地点だぜ?ダサイと思わねぇのかよ…?悔しいと思わねぇのかよ…!こうしてる間に野郎は親切にも待っててくれてんだぞ?オレらが立ち上がるまでよ…!オレらはまだ戦えるだろうが!お前の望みはいつ潰えたんだ!言ってみろよ!!」
咆哮を上げる彼には、まだ闘志が消えていない。
望みが消えていない。
そんな彼を見て、ピカチュウは静かに、ゆっくりと笑みを浮かべた。
(バカだなぁ、ボクは。自分からやろうって言い出してたのに、なんで彼がやろうって言ってるんだろう?これ引っ張るのってボクの役目のはずだよね…。……ダサイったら、ありゃしないね…!)
体の痛みは、不思議にも消えていた。
実際に痛みはまだ引いていないのだろうが、気持ちがそれを打ち消してくれている。
始まったばかりの道でつまづいていては、だらしがないことこの上ないと感じた。
望みを捨てるような真似はもうしない。
「ごめんね…望みを捨てるような真似をして」
「あぁ、これから先もずっと捨てるなよ」
ザックからも杭を打たれ、二度と捨てまいと強く決意する。
ようやく、二人揃って戦う姿勢ができた姿を見て、ゼファーは満足げに笑って見せた。
「それでいい」
一度は砕けかけた、強き望みに魂に乗せ、再戦が始まりを告げた。