第三話:最初の依頼
脇腹打ってどうすんだ…
やるなら踵蹴りか掌底打ちでやれよ…
デカイのと飛ぶやつは頭が弱いと相場が決まってる…
そんなのに手間取るなよ、オレ…
こんなもんじゃねえだろ、おい!!
「…!!」
面をくらったようにして、飛び起きた。
夢の中でも戦っていて、自分への罵倒で起きるとは目覚めの悪い朝だと思いつつも、一日への意気込みを体へ巡らせる。
なにせ今日この日から、ギルド内での住み込みで修行が始まろうとしているのだからだ。
昨日あの後、ごたごたしながらもチーム名をどうにか決めることができ、そのまま面接を合格して探検隊に必要な道具を一式渡され、ここで一夜を二人で過ごした。
そうして、今に至っている。
ただ、昨日のことでどうにも腑に落ちないのが残されている。
本当にあの名前でいいのだろうか。
「とっさに思いついたものだったからつい口走っちまったけど、あれでいいんだろうか…」
フルメタル。
チーム名は鋼を意味するこれに決まった。
どんな相手にも臆することのない、何事にも屈しない鋼の意志。という意味を込めての名だったが、どうにも抽象的な印象が強くて困るところであった。
大体、鉱石に例えた古臭い名称なんてもの、今時誰も使わないだろう。
もう少しライトなチームにすれば良かったか、ホープ(希望)やミライ(未来)、フレイム(炎)やリーフ(木の葉)、アクア(水)など。
鉱石を利用したチームなんてもの、ピカチュウからもあまり見かけないと言われるまでの始末だ。
(オレの考えが古臭いってか?OKよーくわかった)
内心で独り言をぶつぶつと並べた彼は、ひとまず体を縛っている邪魔なあれをほどくことにした。
あれとはもちろん、ピカチュウに巻かれていた包帯である。
普通ならば3日や5日程度で回復するはずのない大怪我であるのはずだが、今の彼の傷はどのような状態となっているだろうか。
傷は全て、完全に癒えていた。
技が使えない代償から得た一つの恩恵といえるのだろうか、昔から回復速度が異常に早く、さらに体が壊れる度に強靭な肉体が出来る仕組みとなっている。
二日前となったあの戦闘でも戦いをこなした数が少なければ、あそこで体を壊していたことだろう。
「さてさて、これからどうするか?ひとまず二階の広間に出るとしよう、あいつを起こして」
そうして先に起きたザックは、今だ寝ているピカチュウを起こそうと歩み寄った、その矢先に、
「起きろお前らーーーー!!」
ヴォォォォォォォォン。
ハイパーボイスにも並ぶ騒々しさのモーニングコールが掛かる。
「あばばばばば!!」
流すようにして無言無表情であるザックに対し、それに耐えらなかったピカチュウが、金魚の如く飛び跳ね、ベッドに再度落下した。
打った箇所が頭だったのか、後頭部を摩りながらのそのそ起き上がって、騒音の元凶に目を向ける。
眼の焦点が合っていないように見えるのは眠気のせいか、頭を悪く打ったせいか、ともかくそれらのことなど今はどうでもいい。
それよりも大事なことは、
「一人はもう起きてるようだが…ピカチュウ!お前が起きないでどうすんだ!リーダーだけを朝礼に行かせるつもりじゃねえだろうな!」
「わーわー!ごめんなさいドゴーム!」
全身を痙攣させて怯えている彼を傍から見ているザックの目は、どこか冷めているようにも見える。
彼自身、そんなつもりはないのだが、眼つきの悪さが災いしてだろう、ピカチュウにはそう思えてしまって仕方がない。
眼では「次から早く起きろ」とそれだけの訴えなのだが。
大音響で声音をまき散らすこのポケモンは、ピカチュウの言った通りのドゴーム、見た目通り声と図体のやたらデカイ種族であり、いつまでも起きない死者のような寝坊者にうるさい蘇生を送るには適任といえるだろう。
余談だが、昨日の足形の件で不満な声を上げていたのは彼である。
「あいつらと似たことしやがって…まあいい、急いで包帯をほどいて朝礼に来い。オレまで親方様のあれをくらうのは御免だからな!」
ヅカヅカとイラ立ちを床に叩きつけて二人の寝床から去っていく。
残された起床者と寝坊者は互いに目を合わせると、ハッとして急いで朝礼に向かう準備を整えた。
★
地下二階の広間の来る僅かな間、ピカチュウはザックの怪我の具合を訊ねていたが、それが杞憂に終わったのは言うまでもない。
実際、体の治りが早い人など、探そうと思えばどこにもいる。
ただ、ザックの場合はそのスピードが速いだけという結果に終わった、それだけのことで疑問は片づけられた。
広間には想定通りという訳らしい、親方のプクリンと自分達を除く全員が集まっていた。
「まったく!本当にお前らはあいつらに似てるよ、初日で寝坊をするコンビだなんてな!」
「おだまり!!お前こそ以前と似た怒鳴りを出して、同じくだりを繰り返させるんじゃないよ!」
「ぐっ…すまん」
合流して早々、ドゴームに叱られると、ペラップが彼に怒鳴り返すという現場が待ち受けていた。
ある意味、漫才をしているともいえない状況だ。
(昨日や今朝から「似てる」だとか「また」とかのフレーズばかり聞くけど、それはたぶんピカチュウの言ってた二人の英雄様なんだろうな)
「似てる」や「また」が使われることは、似た事が起きないと使われることがない。
推測が正しければ、思案通りの相手のこと、二人の英雄を指しているのだろう。
先ほどから聞いた話によれば、ピカチュウから聞かされた二人の英雄は、どうも自分達と同じくだりをしていたらしく、案外とても英雄とは呼べない人物であるらしい。
「英雄ってのは、どうもオレ達と似たことしてたようだな」
「うん、みたいだね…て、ザックもそう思ってたの?」
「あぁ。「似た」や「また」なんてフレーズ、似た事が起こらないと使わないだろ。それに、まるで懐かしむような口ぶりだ。ここまで要素が揃えば相手は大体絞られてくる」
あまり考え込む必要のないことに頭を使い終えた頃、タイミングよく朝礼が始まった。
しかし、そこで始まった朝礼はといえば、
「え〜、それでは、これより朝礼を開始する。まず始めに、親方様の挨拶を」
ドアが開け放たれるなり、親方たるプクリンが歩んでくる。
……だが、言葉らしい言葉はまったく出てこなく、代わりとして出てきたのは、返答をするのを躊躇うものであった。
「ぐう〜〜ぐぅぐぅ」
見慣れているかのような光景を目にしているザックとピカチュウ以外の弟子達は、静かであるがざわざわと話し合っている。
「出た、親方の目を開けながら実は寝ている」
「相変わらず凄いでゲスね」
「ていうかこのくだり何回目だよ」
「もう10や100回はやっていますわ」
「それでもキュートさは変わりませんね♪」
「オレもあれやろうとしてんだけどな、ヘイヘイ」
「なんなんだよここ…」
「これが、常識からズレてるってことなんだね…」
(お前もだよ)
ここはいつもこれか…そう思っている内に、朝礼が終わりを告げようとしている。
彼らにとっての日課である、あれが始まろうとしているのだ。
「ありがたいお言葉、ありがとうございます♪さぁみんな、今日も親方様の忠告を肝に銘じるんだよ!それでは、朝の誓いを立てて今日一日修行に励もう!」
ペラップが翼を振り上げるのと同時に、それは起きた。
ひとーつ!仕事はサボらない!
ふたーつ!脱走したらお仕置きだ!
みーっつ!笑顔で明るいギルド!
「さぁみんな、仕事に取りかかるよ♪」
おーーーー!
流れる川水の如く滑らかに終りを告げた朝礼は、新入りの二人だけを取り残して騒々しく去っていった。
事についていけなかった二人は、その場で棒立ちになったままというのは、言及するまでもない。
「OK、あれを毎日オレらもやるってことだな」
「正直、聞き取るだけでも大変だったよ…やっぱ初めてのことはすぐに慣れないものだね――。」
ツッコミたいところが二、三個ほどあったが、今はそんなことにかまっている暇などない。
記念すべき初日の修行の始まり、プクリンのギルドの弟子としての生活が今を持って、本格的に始まるのである。
こんな始まったばかりのところで、足止めをくらっている暇などないのだ。
「あぁ、お前達。朝から色々ツッコミたいのがあったかもしれないが、昨日伝えた通りに動いてくれよ。今日はワタシのほうも忙しいのでな」
止まったままの二人へ、ペラップの一声が飛び込んでくる。
手短ではあるが、昨日の内に今日からやっていくことの最低限の知識を教えてもらっていた。
詳しいこと、知りたいことがあれば追々伝えていくとのことであり、彼には今日多忙があるらしくて伝える暇がないのだとか。
了解、とザックは短い返事を済ませ、ピカチュウを連れて地下一階の広間へと上がっていった。
★
地下一階の広間では、弟子達の他にも他所の探検隊で賑わっていた。
ギルドが有名になったからだろうか、最近では遠くの地方からやってきた探検隊も珍しくないらしく、確かに近場では見かけないポケモンも少数であるがいる。
ペラップからは、左側にある掲示板から自分達のランクにあった依頼をこなせ、と言われている。
彼曰く、「右に行くにはまだ少し早い」と言われていて、今回はそちらに手をつけることができない。
ちなみに右は、各所で犯罪行為を行った罪人、「お尋ね者」が掲載されている。
対人能力、つまりは戦闘や追跡技術が必要なため、確かに現段階の彼らでは少しハードルが高いだろう。
「さてと、どれを選ぼうかな?」
左の掲示板の依頼書を見並べているピカチュウを後目に、ザックは一枚の依頼書に目を止めていた。
その紙に対しては、他の探検隊らも目を止めている。
「なんだこれは」
「挑戦状だよな?」
「なんだか、不気味じゃありませんか?」
「差出人が不明ってのがな」
しかし、彼らはただ雑談を繰り返すだけで一向に取ろうとしない。
そんな彼らを見て、ザックは、はぁ…とため息を漏らす。
(意気地なしが…)
「見てるだけじゃ解決はしないぞ?」
言うなり、その依頼書をむしり取る。
なんの不審にも思わず取った彼に、他の探検隊が一斉に目を向ける。
その目には、物珍しく見るかのような、驚きの様が浮かび上がっていた。
「へっ、失敗でも恐れてんのか?そんなことなら穴蔵へ帰ることをお勧めするぜ」
精一杯の皮肉を込めた不適なセリフを吐くザックの眼には、今にも殴りかからんとするほど、燃え上がる闘志が浮かび上がっていた。
依頼書にはこう書かれている。
【これを手にした勇気ある挑戦者へ、果し合いを所望する。いくらでも束になって来い。オレ様が全てねじ伏せてやるぞ、フハハハハハ!(ランクB。差出人、無記載。報酬、わざマシン“水平斬り”)】
(どこのどいつだか知らねぇが、いい度胸してるぜ。骨の一本や二本、折られても泣くなよ?)