第二話:探検隊結成までの出来事2〜探検隊結成試験〜
早朝、出発の準備を全て済ませたザックとピカチュウは、プクリンのギルドへ向かっていた。
距離が若干あるが、体力を大きく消費するまでには至らない。
朝早くというわけだからだろうか、凶暴化した野生ポケモンとも出会うことが無いに等しい。
日が頭上にまで近づいた頃には、プクリンのギルドが建つ町、トレジャータウンへ到着した。
もちろん現在いる場所は本町ではなく、その前の十字通り、つまりは入り口にいるということだ。
「久しぶりだなぁ、トレジャータウンに来たのは」
大きく深呼吸をして息をゆっくり吐く。
それはまるで、長い間故郷を離れ、帰郷してきた者が懐かしむ、そんな仕草だった。
「来たのは初めてじゃないんだな」
「うん、結構前から探検隊になろうと、何度かギルドに向かってたんだ。でも……」
「言わなくてもいいよ、大体想像つくから。ま、今回はそうなりはしないさ。もうあの時の自分じゃないだろ?胸張っていこうぜ」
背中を後押しして意気込みを持たせる。
言葉を上手く選べない彼なりの応援だった。
★
それは、ギルドというにはなんとも奇抜なものであった。
樹木を加工してこしらえた格子、足型を観察するためであろう、地面に埋め込まれた網目状の細い格子。
左右に建てられたポケモンのトーテムポール。
そして、それらを覆い隠さんほどのインパクトを持つ桃色のポケモン、プクリンの姿を模したテントに似た建物。
見てそのまま、数々の実績を上げていることで有名な『プクリンのギルド』である。
「いつ見ても凄いなぁ」
「あぁ、こいつは確かに凄い」
懐かしむようなピカチュウとは別に、目を細めて怪訝そうに見上げるザック。
(おいおい、ここ本当にギルドってとこなのか?どこぞやの酒場や集会所のほうがしっくりくるぜ…)
しかし、そう思い詰めていても事は進まない。
ジッとしているのは性に合わない、やることがあるならさっさとやるべきだ。
ピカチュウに“先にオレがやる”と告げて足を格子に預け、その場で待機する。
3秒くらいして、下から声を響いてきた。
「ポケモン発見、ポケモン発見!」
「誰の足形、誰の足形?」
二人共男の声によるものであるらしく、それぞれ連携を取り合っているようだ。
テンポの良い口運びからして、この手の仕事に慣れているのだろう。
だが、以外にもそれは早く崩れた。
「足形は、……ええと」
「足形は?どうした」
「足形は……たぶん、リオル」
「あぁ?なんだよそれ!」
いつしか格子の下では、揉め事が起きていた。
「だってわからないものはわからないよ。この地方じゃ見かけない足形をしてるんだし」
「お前なぁ…『あいつ』が来た時と同じこと言ってんなよ。まぁいい、確かにここらじゃ見かけないやつだしな。そこ!もう一人いるだろ?上に乗れ」
格子から離れてピカチュウに目を向けるとザックは、
「大丈夫か、ここ?」
と半ば呆れてぼやく。
まぁまぁ、と返しはするものの、ピカチュウも内心では似たことを考えていた。
二人は、一流の実績を持つこのギルドを、何でも完璧にこなせると思っていたようだ。
どんなことでもそうなのだが、想定外の事態というのはどこにでもある。
全てが予定、予想通りとはいかない。
先ほどの口ぶりからしても、これが初めてでないらしいことが如実に語られている。
そのことが余計に二人の理想を不安にさせた。
★
「二度ある事は三度ある」という展開はさすがになく、ピカチュウはしっかりとその存在が認識され、二人はギルドへの入団者として迎えられた。
地上から地下を繋ぐ梯子を降りた広間の入り口には、頭が音符の形をした鳥のポケモン、ぺラップが待っていた。
彼はザックをリオルという種族を認識できていたらしく、特に珍しがることなく新弟子として迎え入れたが、この地方でリオルを見るのは中々に無いらしく、対面当初の時だけ目を丸くしていた。
「ほ〜しばらくしない内に新しい弟子かね。ここも有名になったもんだよ」
「ここの弟子になれるなんて光栄だよ!ボク、プロの探検隊になれるように一生懸命頑張るよ!」
(昨日までの臆病っぷりが嘘のようだな…)
お互いの挨拶が終わってからというものの、ピカチュウはギルドの一員になれることが余程嬉しいのか、目をダイヤモンドの如く輝かせている。
傍から見ているザックからすれば、昨日から今日までの変化は別人と思わざるを得ない。
どこをどうすればこんなに変化が起きるのであろうか、恐らくは力の入れ方が狂っているのであろう。
でなければこんなズレた性格にはならないはずだ。
「こりゃあ頼もしいやつだね♪それはそうとだ、ピカチュウとザックとやら」
「なんだ?」
「なに?」
一人で考え込んでる彼の耳に、ペラップの問いが飛び込んできた。
「お前達はあれかね、ここに来るまでに暴力沙汰でも起こしたのかい?」
「あぁ…これか」
「ちょ、ちょっとね…?」
いまさら感が否めないが、初対面の人からすれば当然の反応である。
なにせ彼らの体は、3割ほどが包帯で巻かれているのだから、だ。
特にザックに対しては厳重なまでに処置が徹底されていて、大怪我をしているのが一目でわかるほど酷い有様となっている。
面倒臭いと顔にをシワを寄せつつも、ピカチュウと目配せをして簡潔に昨日の出来事を話すと、ペラップは随分と仰天した様を表情に出した。
「いくらあそこのやつらが弱いといっても、そんな集団で来られたらビビるわ!そして無事に生還したお前達にもビックリだよ!!」
(あーもう、またとんでもない奴を弟子にしちゃう気がしてきた…!どうしてここは常識からズレた奴らが集まってくるんだよ!?)
最初の一声からその後は、訳の分からないうわ言を呪詛のように垂れ流してる。
ただ、この様子からして自分達以外にも『どこかがズレた』者が、ここに居ることを静かに示していた。
それから多少の物議がかまされもしたが、なにはともあれギルドの親方がいるその一室まで案内された。
先ほどまで居た地下一階の広間からさらに一階梯子で下り、左を進んですぐの所が親方のいる部屋だ。
ちなみに、親方の一室へ入らず奥へ進むと、その先はこれからお世話になる弟子達の寝床へ、入り口から右に進めば皆の憩いの場であるだろう、日々の精をつけるための食堂がある。
地下一階の広間は主に依頼を受けるための受託所だ。
これら必要最低限のことはしっかりと覚えておくべきだろう。
ギルド内部でただ一つだけドアの存在するその前に、三人は立っている。
いよいよ、正式にギルドへ弟子入りするため、引いては一流の探検隊となるための試験が始まるのだ。
「なんだか、緊張するね」
心躍らせていたピカチュウも、今では気を引き締めた表情を表している。
そうだな、と呟いたザックも表情には出していないが、多少の緊張を持っていた。
その二人の意気込みっぷりを見て、ペラップが少し満足そうに笑みを浮かべて告げる。
「二人とも、親方様に失礼がないようにな。では、探検隊結成試験を始める」
試験開始の宣言をすると、翼でドアをノックして入室の一言を述べ、親方の待つ一室へ足を踏み入れた。
ザックはさして緊張もせず、ピカチュウは警戒をするようにして足を進める。
親方であろう、その人物は背を向けたままで振り向こうとはしない。
あるいは、その必要がないからなのだろうか。
なお、後ろ姿で種族の見当がつくのは言うまでもない。
そうでなかったらこのギルドに表されている『あれ』は何であるのだという話になってしまう。
「親方様、新しい弟子を連れてきました♪」
あまり事務的でない、親しい者通しがする口調でペラップが親方に告げるが、彼は一向に振り向こうとしない。
興味などない、とでもいうのだろうか。
「…親方様?」
ささやくように声を掛けるが全く反応がない。
「なにかあったのか?」
「ちょっと、様子が変だね…」
ただならぬ事態に、二人が警戒を示す。
これだけなにも起こらないというのは、あまりにも不自然だ。
もしかしたら、考えうる中で最悪の事態が起きているのかもしれない。
そう考えてザックがすり足で音を立てないように歩むと、それは突如として起こった。
「やぁ!」
一瞬の間に二つの緑眼と満面のスマイルを浮かべた顔が現れ、緊張し切っていたザックの脳内を直接攻撃した。
「うおぁぁ!!」
「わぁ!?」
情けないことに尻餅をついてしまい、そのことを悔みながらも飛び退いて身構え、ピカチュウは心臓が飛び出るかというほどの猫騙しを貰った。
予測できなかった事態に対してすぐ戦闘態勢を取ってしまうのは悲しいかな、ザックの、戦い続けてきた彼のどうしようもないくせである。
戦意剥き出しのザックに、ペラップが慌てて中止させようとした。
もっとも、それが逆に炎上を起こしてしまうのだが。
「待て待て、いきなり戦闘モードになるな!くせというかあれだよ、いっつもこうなんだよ!」
「それならそうと早く言えよ!あともう少しで殴りそうになっただろ!」
「とりあえず落ち着こうよ、ね?そうしないと試験が進まないよ」
「うんうん、賑やかでいいね♪」
「よくねえよ!大体誰のせいでこうなってると思ってんだ!あんたがさっさと反応してくれりゃこんなことには――。」
会話のドッジボールならぬピッチングマシーンが終わったのは、それから約1分後である。
その6割がザックが占めたものであり、どうでもいい論争がその時間まで延々と繰り広げられ、無駄な時間を過ごす破目となった。
部屋前では恐らく、弟子達になんだなんだと騒ぎを聞きつけられているだろう。
ぜぇぜぇ息を吐いているザックと彼をなだめることに徹していて心底から疲れたピカチュウは、その状態のままで試験を始めることとなった。
試験とはいっても、これからの数ヶ月、あるいは数年間でそれに見合った実力と知識を身に着け、最後に卒業試験を受けて終わりという、試験とはとてもいえない期間の長いものである。
今日この日の試験は、まずは探検隊としてチーム結成、弟子入り段階ということでの面接試験から始まった。
ただ、その内容はというと、
「それじゃあ、まずはチーム名を決めてね!」
これだけである。
短い、などというレベルではない、そもそも試験である必要がないというほどの短さだ。
だが、それはそれで助かるというもので、面接というそれそのものが、試験者と試験官の両者にとって面倒だからである。
それがないということはとても助かることだ。
が、例え一言で終わりかねないほど短い内容でも、準備してなければ思わぬ事態を食わされる事を忘れてはいけない。
「「あ…」」
二人は、先を急ぐばかりチーム名を考えていなかった。