第一話:探検隊結成まで その1〜出発前の議論会〜
「改めて思うんだけど、君ってよく無茶をするタイプだよね」
「そういう環境下で育ってきたんだ、仕方ないだろ」
山道を抜けたその先、『滝壺の洞窟』という不思議のダンジョン付近に建てられてた岩の家に、二人は居た。
現在、ザックはピカチュウから応急治療を受けている最中であり、包帯やら木の実を配合した塗り薬を塗りたくられている。
こうした処置を受けているのを見れば、彼の状態がよく分かってくるというものだ。
「どっちにしたっても、これからはお互いに助け合っていこうよ。ボクが気づかない間にこんな量の怪我をするなんて……あー!こ、拳までこんなに痛めつけて――骨折寸前じゃないか!どうしてここまでするのさ!」
「会って知り合ったばかりだってのに、随分とズバズバ言うな――。」
言葉と途中で切ったのは、拳から鈍痛が伝わってきたためである。
ピカチュウが腫れ上がった拳をコツコツと軽く叩いたからであるのは、言うまでもない。
「当たり前だよ!なにをするにしたっても、それ以前に自分の体を大事にするのが一番優先することなんだから!もう、変に体を酷使すると二度と動かせなくなることだってあるんだよ!?」
「そう言われてもなぁ、そうするしか戦う方法が無いんだよ」
初対面でありながら、臆病者でありながら、今の彼には充分な迫力があった。
怪我に対して敏感だからであろうか、それを軽視していたザックへ厳しく詰め寄っている。
ザック自身、強いとは自覚していても、無敵や最強と思い上がったことは一度としてない。
彼も所詮は小さなポケモン、一人であの数と対等に渡り合えても、無傷で倒しきるには骨が折れる。
というよりも、不可能に近い。
数々の猛攻を掻い潜ってきたとしても、多少は体の随所に直撃または、かするなどはよくある。
昼間の戦闘もその例外ではない。
散々体を壊してきていたザックにピカチュウは、ようやくあの疑問をぶつける機会に立ち会えた。
それとはもちろん、あれである。
「そういえばザック、あの時に技が使えないって言ってたけど、本当なの?」
ピカチュウからの問いに、ザックは少しの間沈黙を置き、話す決意がついたところで返事を返す。
「あぁ、本当さ。基本中の基本技、「鳴き声」に「睨みつける」、「電光石火」さえも使えない体たらくだ。技の才能が壊滅的なんだよ、オレは」
「そうなんだ……なにかきっかけとかはないの?」
「最初からこれだ。きっかけなんてものもない。だからオレは、これで戦わざるを得なかったってわけだ」
言うなり虚空へパンチを打ち鳴らす。
普通なら空気が鳴ることなどないパンチであるが、ザックのパンチだけは違う。
技を犠牲にし、生身を極限まで鍛えたことによって得られた彼だけの力。
この力は今や、彼にとって力ある才能といえるだろう。
「ねぇ、技が使えない理由ってもしかすると…君の才能が邪魔してるからじゃないの?」
「なに?これがか?」
突拍子もない推測にザックは、妙な感覚を覚えながらも返事を返した。
それにピカチュウは、補足を加えて話し出す。
「希になんだけどね、なにかしらが全く使えない人っていうのは、とんでもない才能に邪魔されてる場合があるんだよ。本人の気づかない、隠れた才能によってね」
「隠れた才能、ねぇ…」
治療が終わるその時に、拳を天井へかざして見つめた。
厳重に包帯を巻かれた今のそれは、これまで何匹という何匹をねじ伏せてきた。
その度に拳は砕け、幾度も吐きそうになる激痛に襲われ、それに耐えてきた。
これが自身の隠れた才能だというのだろうか――。
そうは思ったのだが、いかんせんピンと来ない。
(まだなにかある気がしてならないな…けど、だとしたらなんだ、それは?無意識の内に、オレがそれを拒絶でもしているのか?)
「それが本当なら――。オレはたぶん、それを使いたくないんだろうな」
「どういうこと?」
「その才能は思わぬところにまで関係していたり、なんてな」
冗談紛れで言ったつもりだったが、それが返って自分にもピカチュウにも新たな疑問を持つ破目となった。
ザックに至っては、不安もついでとばかりに付いている。
そんな堂々巡りの議論に発展しかけたところで、まぁ…いいか、と絶好のタイミングでピカチュウが話を切る。
「そんなに難しく考えていたっても疑問が深まるだけだよね。技が使えないのは気になるけど、頑張っていこうよ。地道に努力していけばいつか使えるようになるって」
「あー…だといいんだけどな」
「って、すでに諦めムードにならないでよ。今からでも頑張れば得られるようになるって」
「あぁ、まぁ、努力はするよ。ところで、話が変わるんだけどな」
雑談紛いの議論から抜け出して、ようやく明日の行動手順を聞く。
才能云々の哲学をしにきたわけではなく、探検隊を結成するための下準備兼、治療としてここにいるのだ。
これを聞かない限りは、そこの詳細を知ることができない。
何事にも未知なるものに関する情報というものは必要なのだ。
「探検隊を結成するには、まず役所みたいのに行く必要があるんだろ。確かギルドとかいう」
「うん。……あれ?なんだか、初めて聞くような口振りに聞こえるんだけど」
「遠いところでずっと引きこもってたからな。聞く話なんてのも所詮は単語とその意味程度だ」
「さらっと言うね、常識なものばかりなのに……まぁ、要はそのギルドに行って、チーム登録するまでが僕達の明日の予定なんだけど、そこのギルドが重要なんだよね」
「ギルドが?」
なぜそこが重要なのか、ザックが疑問符を浮かべていると、ピカチュウが身を乗り出し、目を爛々と輝かせながら興奮しているかのようにそれについて熱く話し出した。
「そうなんだよ!そこのギルドで成功した人は一流の探検隊になれるって保証があって、しかも、しかもだよ!そこはあの世紀の大事件を解決した二人の英雄がいた場所でもあるんだ!それも僕達と変わらない年の、だよ!そこで修行して卒業できれば…僕達も彼らみたいな探検隊に成れると思うんだ!」
「お、おう……そうか。それで、そのギルド名は?」
先ほどまでの臆病者とは思えない豹変ぶりと強い憧れの入れ込まれた熱弁によって、ザック引き気味押され気味となっている。
(こいつ、もしかしてオレより強いんじゃないか?初対面の時にもパンチの連打数とその目的を見極めてたしな…)
毒づくように内心でぼやく彼であった。
「あ、ごめん。熱くなりすぎちゃったっけ――。そこのギルドの名前は『プクリンのギルド』っていうんだ。最初も今も小さなギルドだけど、そこにいる弟子達の実力は確かなものだよ」
世紀の大事件。
それは一つであって、二つある事件。
一つは、星の時間が止まりかけたという、『星の停止未遂事件』。
もう一つは、ダークライという悪夢を操るポケモンが空間が崩壊するというデマを流し、得意の悪夢と併用して二人の英雄を追い詰めた、『ダークライ襲撃事件』。
ちなみに、この二つの事件の発端を生み出したのはダークライ本人であり、彼による一連の犯行であった。
本当はまだ詳細なものが残っているのだが、今回はこれだけのことが起きた覚えておけば、それで充分だといえるだろう。
なにはともあれ、明日への道筋は決まった。
後はそれまで、傷ついた体を休めることだけだ。