第二章 強いか、弱いか、正体不明の挑戦状
第七分の五話:長い一日の終わりー後談ー
「はぁ…」

食欲が湧かない。
それは酷く単純なものと、複雑なものの二つの理由、そこから出てきていた。
ミュウツーが二人いるらしいというビッパの情報の矛盾、父親と一戦交えていたという、ゼファーの戦話、そして、今しがた出来た一つの疑問からだった。

「なぁ、ゼファー」
「どうした、ザックよ」
「お前、なんでここに居るんだよ」

ザックの隣りには、依頼人としての役目を終え、本来なら自分の住居へ帰るはずであろうゼファーが、ピカチュウと、彼の隣りに居合わせていたからだった。
まずここ食堂は、ギルドの弟子か、特別招待された来客しか席に着くことができない。
それがどういうわけか、単なる依頼人であるはずのゼファーがここに居合わせているので、どうあっても不自然な存在でしかないのだ。

「うん…。ゼファーって、もう帰るはずじゃ」

心外であるな、とぼやくゼファーだが、それにはしっかりとした理由があるらしい。
順を追って、彼が説明し始める。

「まず第一に、ここの親方と一番弟子がオレ様と話しがあるということ、第二に、僭越ながらオレ様もここの弟子の一員として働き始めるということ、この二つだ!」
「そこを力強く宣言しなくていい――。はっ?」
「えぇぇ!?ゼファー、ここの弟子になったの、こんな早くに!?」
「言ってはなかったが、オレ様には行くあてがなくてな。また途方もなく地方を彷徨うよりは拠点を構えて、そこから行動をすることにしたのだよ。心身の鍛錬にも、宿泊として利用するにもここは申し分なかったのでな!」

フハハハハ!と豪快な笑い声が飛ばされ、それにザックとピカチュウはげんなりする。

「ここを宿扱いする弟子なんて、こいつぐらいじゃないか?」
「しかもこの人、ついさっきまで依頼人だった人だし。それをすんなり許可した親方様も親方様だよ…」
「なぁに、妙な心配するでない!オレ様はこう見えても食材選びと料理、小物作りから道具生産、細かいことが得意だ。言わば、なんでもござれだ」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」

テーブルに足を乗り上げ、その勢いで横回転からの膝蹴りをゼファーの顔面へ叩き込むが、その一撃は彼のお守りである、サイコキネシスの防壁で防がれていた。

「効かぬ!」

しかも、いつからそれを改良していたのか、膝の面積部分のところにだけに赤い壁が張られていて、たった一度の戦いでここまでの対策を立てていたことにだけは、素直に関心できたところである。
が、その直後、本気で攻撃をぶつけるという意志がはっきりと浮き出たザックから、脇腹へ空いた左足によるつま先蹴りが打ち込まれ横転し、堪らずゼファーはその痛みに床を騒々しく転がり始める。
ふん、と鼻で飛ばす彼を後目に、ピカチュウは目で、

「わざわざ追撃する必要はなかったんじゃない?」

そう訴えていた。
強いのか弱いのか、または見た目がただ怖いだけの馬鹿者なのだろうか、その姿があまりにもアホらしく弟子達が揃って笑い声を上げていた。

「ククッ、はっはっはっはっは!」

その反応を予測していたのだろうか、笑い者の当人であるゼファーも同じく笑い上がっていた。

「チッ、本気にしてやったオレがバカだった」

席に戻ったザックは、不機嫌そうに食事を終えて再度席を立った。
周囲から見ても突然ではあるが、彼が無理をして急いているように思える。

「あれ、ザック。まだご馳走さまもしてないのにどこ行くの?」
「来たばかりのオレ様が言うのも難であるが、皆でご馳走さまをして席を立つのではないのか?」

呼び止めた二人に対し、ザックは冷めた口調で返事を返す。

「時間は限られてる。その間に何をするかが大事なんだよ」
「時間?何を言ってる。まだまだあるだろうに。それとも、そこまで身と時を削ってでも勝つべき相手がいるのか?」

ゼファーのそれは、彼の全身を針で突き刺すかのようにその意図を捕らえていた。
一寸の間違いもなく、完全に。
無言で返事を返すと彼は、いよいよご馳走さまをせずにその場を静かに去ろうとするが、一番奥の席からの一声で、それは一時的にも止められた。
声の主は親方であるプクリンからだ。

「そんなに無理をしたら駄目だよ。がむしゃらに修練を積み重ねるだけじゃあ、体だけじゃなくて心も傷つくよ」
「…知らないよ」

聞こえない声量で呟き、今度こそ食堂が静かに去った。
背を向けているからこそ表情を確認することはできないが、彼が身を削ってまで――いや、壊してでも修練を重ね、精神を押さえつけている様は誰にでも分かった。
ギルドの弟子一行も、ここで、これまでにも伸び伸びと経験を積んできている。
だからこそ、顔を合わせて間もないこの時期でザックの心境が理解でき、それでいて通常の何倍もの経験、それに伴う心身への負担を背負っているのが、彼らには目に見えているのだ。

そして、それ故に短命で身を滅ぼしかけ、あるいは滅ぼした者を、彼らは見てきた。

だが彼らに、ザックの、その意思を止める術はない――そう、不可能なのだ。
なぜなら、彼のような人こそ自分達とはかけ離れた別次元の存在であり、主義から価値観、何から何まで違いがあり、そこには辿り着きようのない思考の差がある。
それ以前に本人を止めることができるのは、どれだけ親しい者が説得を試みてもそれを聞くのはその人であるため、結局の所、そうでしかない。
意志を止められるのは本人で他ない、そうでなければならないのだ。

「なぁ、ピカチュウ」
「ん…?」
「貴様は、あの小僧のパートナーなのだろう」
「うん、そうだよ。間違いない」
「ならば、あの小僧をよく見ておけ、決して見失うな。必要とあらば止めよ。あやつは間違いなく、短命で命を落とす。目的も達成できずに」

その口調はと言えば、それを経験したかのようなものだった――いや、それを彼は間違いなく経験している。
ただの忠告だけで言ったのであれば、ただの知識だけで言ったのであれば、なぜ今の彼はこれほどまでに乾いた表情をしているのか。
今のゼファーはまるで、全てに置いて達観した玄人のようだった。

(ボクにあの言葉を向けた時と同じ顔つきだ…)

それに一種の畏怖と、尊敬の眼差しを向けて、そして同時に思う。
彼はまだ何か隠しているのではないか、と。
思えばザックのあの表情には不自然な所があった。
闘志を剥き出しにしたザックが、追撃のつま先蹴りをした後に「本気にしてやったオレがバカだった」と言い、不満そうな顔を浮かべていた。
さらに別視点からその一連の行動を見た場合、その視点はゼファーへと向けられる。
そのゼファーはというと、あの時既にザックの動きを全て目で、一寸の間違いもなく追い、見切っていた。
以上の事柄を整理してそれを別の言葉として例えるなら、

「防げた攻撃をわざと受けやがったな」

と、いう風に考えることもできる。
考察が正しければザックは、あの場で不意の一撃を叩き込むことによって、ゼファーの隠された部分をあぶり出そうとしていたのではないか、という結論に至る。
これはあくまでピカチュウ個人による深読みの考察であるため、これが全て正確であるという確証はないし、彼自身もまさかとは思う所で済ませている、もしかしたらという仮定である。

「見失ったりなんかしないし、命を捨てるような真似なんてさせないよ。ザックは、ボクのリーダーで、同じパートナーだから」

願わくば、彼が面と向かって対話を受け取ることのできる人であるように。
一種の願望と決意を抱き、ゼファーに答えを示すと、ゼファーは満面の笑みを浮かべて、「そうか、そうであるな」と言った。




ギルドの屋外、夜空と星とが満天と広がる門前の下で、ザックはただ一人孤独に鍛錬を行っている。
彼が行っている修行法は、攻撃動作を一度も止めずに連続で最大威力を打ち込むという、1対多数戦を想定したものであった。
拠点に留まらずに絶えず回避と防御、さばきと急所攻撃を行うという、通常の組手法とは理念を超えた徒手空拳。
これがザックが一撃必殺、短期決戦の戦術を生み出す大元の修行法、“武人組手演武”。
その演武の中には、ゼファーとの一戦で繰り出した単発の突き技“巨砲”と、最高防御力と最高攻撃力を叩き出す反撃技、“絶門”の他にも、一撃で敵を地に伏せるための大技が多々組み込まれていた。
一撃で敵を倒すためにその演武の七割近くが大技で構成されているのも、他の組手法と大きく違う所の1つである。
だが、それだけの大技を一連の動作で何度も使っているのならば、体に掛かる負担も当然桁外れのものとなる。
その演武をピカチュウは、ギルドの入り口の梯子から顔だけを出して眺めていた。

(あの修行の方法、殆どが大技と急所狙いで構成されてるじゃないか…!手足の関節、腹、肩、首、耳、目!それに、そんなにリスクの大きい技を連発してたら――)

危惧していたことが、現実となってしまった。
“巨砲”を打った瞬間に背後へ跳躍しながら振り返り、眼球を狙った空中での掌底打ちを行った直後、体の回転の勢いを止められずに頭部から地面に着地した。
演武、または修行法だというのにその疲労の進行速度は通常の実戦以上であるらしく、身体へのダメージまでもあり、なによりも昼間の戦闘後ということで体が思うようにならなかったというのが、一番大きいのだろう。
遠くでは着地に失敗したザックが、酷く苦しそうに、大きい声ではなく消え去りそうな声で呻いている。
近くへ駆け寄ったピカチュウはその時の彼の様子を見て、絶句した。

「君は、君は…。どうしてそんな無茶が平気でできるんだ。いくら強くなりたいからって、そんなことをあの後からすぐにやるなんて、無謀だよ!」
「…それがオレだからだよ。……オレには、これしかないんだよ」

拳と足の関節は酷く腫れ、肘と肩は寸前で外れそうになり、目は血走り、頭部からは出血を起こし、それが全身へと擦り付けるようにこびり付いていた。
しかも、それ以前から別の箇所で出血を起こしていたらしい跡が多々あり、その証拠として彼の回りには、微々たる量ではあるが赤い水滴が、散り散りになって地面へ染み込んでいた。
暗かったためよく見えはしなかったが、今思い出してみれば演武の最中にもその血をまき散らしていたのだろう。
それほどまでに、今の彼は凄惨な有り様だった。
そうまでして力を身につけようとするザックの姿を目にしたピカチュウは、まるで心臓を一握りにされたかのように、胸が酷く痛み始めた。
この孤独な力は、一体何のためにあるのか、何のために使うのか、なぜそうまで必要なのか、それが彼には、この時にはよくわからなかった。

「ねぇ、ザック。少しは自分を見てよ…。ほら、こんなに体がボロボロじゃないか。こんなこと続けてたら――近い内に死んじゃうよ!目的を果たすどころじゃなくなっちゃうよ!」
「誰が、誰が死ぬかよ…。それにオレは、技が無い代わりに、こんなにも、体が、強いんだから…よ――」

言葉が途切れると、目を開けたままそこで黙ったままとなった。
目の焦点が合っていない状態であり、表情は虚ろになっているため、まるで今しがた絶命したかのように思えるが、僅かに呼吸をしている辺り、どうにか無事であるらしい。
もっとも、危険な状態であることに変わりはないために、安心などできないわけであるのだが。

「ザック…?ねぇ、ザック、ねぇ。……大変だ、すぐに部屋へ運ばないと」

この後もザックとピカチュウは、波乱の道を進むこととなっていく。
それはかの英雄と同等の、いや、恐らくはそれ以上に歪み捻じれた、嵐の中を一隻のボロ船で進むかのような旅路。
その道は決して遠くなく、すぐ近くまで来ていた。

■筆者メッセージ
最後の投稿日から6ヶ月近く、更新速度は酷く遅い無様な結果となってしまいました。
理由はテストへ向けてのもう勉強、もう一つはといえばすっかり書く気が起きなかったといこと。
何してんだいオレはチクショーメ!
とはいえ、気力が落ちるというのは悩むところです。
一体どうすればこれって解消するんでしょうかね?
いや、たぶん無理というか、不可能というか、なんというか。
ま、まあ何はともあれ再び連載を始めていきます。
度々サボタージュをしてすまなんだ!
フルメタル ( 2013/07/07(日) 16:16 )