第七話:長い一日の終わり
目の前が見えない。
あと後、緊張の糸が途切れたのか、二人揃ってすぐに気絶してしまった。
それから先のことは覚えていない。
ただ、今となっては目の前が暗くて見えないところにいる、とでもいったか。
いや、それは恐らく違うだろう。
自分はまず、目を開けているだろうか、と瞼を開こうと意識し、力を込める。
なぜか、酷く重く、目を開けていたらしい先ほどの感覚は、どうやらただの勘違いだったらしい。
加えて、体もこれまでに感じたことのないぐらいダル気が回っていて、とても起き上がれそうにない。
(くそ、いつまでも寝てるわけにはいかねぇのに…)
意地でも目だけは覚まそうと、とにかく瞼に力を入れる。
そうしてようやく、視界が徐々に晴れてきた。
★
目を覚ますと、見慣れたあの部屋が映りこんだ。
昨日から住み込みで修行することになったプクリンのギルド、自分達の寝床だ。
隣へ首を傾けると、想像通りピカチュウが寝ている。
冒険やらお宝やら、夢見心地のよさそうなフレーズを発している辺り、心配は無さそうだ。
一体どこの誰が気絶した自分達をここまで運んできたのか、謎であったが。
しかし、その謎はすぐに解消されることとなった。
「あ、やっと起きたでゲスか。心配したでゲスよ!依頼であそこに行った時、ミュウツーと一緒に倒れてたんでゲスから!」
ドアが静かに開けられ、そんな第一声がザックの耳へ入り込んでくる。
ギルドの弟子の一人、ねずみの分類に入るのだが、ピカチュウとは対照的に丸い体つきをしていて、前歯がよく伸びたポケモン、ビッパの姿だった。
話を聞く限りでは、どうも彼一人で、あの大人数を運んできたらしい。
まさかと思いつつ、ビッパへ誰がここまで運んできたかを、聞き出してみた。
「大丈夫だよ、オレは。それより、あの人数をお前一人でここまで運んできたのか?特に体の一番デカイあいつ」
「あぁ、ミュウツーのことでゲスね。大変だったけど、なんとか三人連れてこれたでゲスよ」
「…マジか。なにはともあれ、助かるよ…って、あいつ知ってるのか!」
「ひぃ!?」
突然飛び起きて迫るザックに驚き、短い悲鳴を上げる。
それはそうだ。
ザックから見れば、彼の種族の名を知っているのは現状、自分達しかいないのだから。
それをなぜ知っているのか、反射的にも問い質しまったのだ。
そのことに関して、ビッパが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「えっと、でゲスね。ここを卒業していった探検隊が依頼を成功した時に彼の種族のこと話してくれて、実際に見たこともあるんでゲスよ。ギルドのみんなも、それを知ってるでゲス。でも、あっしらが見たミュウツーとは少し違う雰囲気でゲスね」
どうも、依然から彼の種族に関することを、その探検隊から聞いたことがあるらしい。
そしてこのことは、ギルドの全員が、その種族のことを知っているようだ。
だが、話の途中でまた、新たな疑問が出てきた。
「違う?あいつ、ゼファーとどう違うんだ。それと、もう起きてるのか?あいつ」
「えぇ、もう起きてるでゲスよ。顔も合わせてるでゲス。ゼファーさんとでゲスか、そうでゲスね…あの人に比べると前に見たミュウツーは、おっかない雰囲気が凄い出てて、言葉と表情が冷たい印象があったでゲス。なんというか、悪がそのまま形になっていたような人だったでゲスよ」
「あいつとそんなに違うのか。それ以前に、ゼファー以外にもミュウツーいたんだな」
「みたいでゲス。顔を合わせた時、初対面の口ぶりをしてたでゲスし、違う人で間違いないでゲス。でもおかしいでゲスね、ミュウツーって前聞いた人からは「ワタシ一人だけだ」って、同じ他人はいないようでゲスよ?」
「…伝説のポケモンと同じってことか」
先ほどから聞いていれば、妙に頭を使うことばかりが出てくる。
あの時の感覚は確かなものだった。
だが、恐らくは伝説の存在であるだろうミュウツーがなぜ、二人もいるのだろうか?
そして、まったく性質の違う他人同士であるらしく、ザックとピカチュウの知るミュウツーはやたらと大言壮語に振る舞う、
歌舞伎者のようなゼファーであり、もう一方のビッパから聞かされたミュウツーとは、圧倒的な違いがある。
ゼファーと後者のミュウツー、二人にどのような関係があるのか、ビッパの情報に矛盾が生じてしまい、謎が大きくなってしまう。
だが、いくら考えたところで、無駄だろう。
「はぁ…」
ため息を吐いて、天上を見上げる。
無駄だとわかったのだろう、馬鹿らしいと考えることを止めた。
アホみたく頭を使って、余計に疲れたのだ。
思えばここ数日間、連続して寝る時間でもないのに、横たわって天上を眺めていた。
それほどに、体を損傷する機会が多かったのだ。
思いふけっている彼を見ていて、ビッパはまだ寝かせておこうか、それとも起こそうかと迷っていた。
目を覚ましたゼファーが既に地下一階の広間で待っているため、本当はまだ寝ているピカチュウ共々起こすべきなのだろうが、二人共怪我が酷いため、どうするかを躊躇っているのだ。
「とりあえず、広間へ行くとするか。待たせるわけにいかんしな」
そうこうしている内に、ザックのほうから動き出していた。
やはり、休ませて別の誰かに報酬を代理で取らせにいくべきだろうと結論づけたが、それをするには既に遅く、ザックがそれを拒否してピカチュウを起こさせていた。
相変わらず寝ぼけた顔で起き上がり、ピカチュウが辺りを見回す。
「あれ…ボクらって確か海岸の洞窟で」
「説明は後でだ。ビッパ、こいつを担いでやってくれ」
「ちょ、ちょっと、ホントに大丈夫なんでゲスか!?」
「治りは早いほうなんだよ。これくらいどうってことない」
「え、ちょ、どこに行くのビッパ。ねぇ?ちょっと…!」
状況を理解できてないピカチュウはそのまま、一階の広間へと連れて行かれた。
★
広間では既に、ゼファーがオレンの実でお手玉でして暇を潰していた。
揉みくちゃになっている三人、その内の二人を見て満面の笑みを浮かべる。
「ようやく来たか、少年達よ。丁度今、実のループが157回成功したところだ」
5個のオレンの実がループを止め、右手の上で一つのタワーができた。
曲芸師のように手先が器用であるらしく、どうも芸達者であるようだ。
ますます、
歌舞伎者らしい印象を受ける。
「お前はあれか、壮大に振る舞うような真似してて実は細かいのが得意っていう」
「うむ。これでひと稼ぎできると、道端に居たジジから教わったのでな」
(酷くどうでもいい)
「わぁ、凄いな!ボクにも教えてよ。それ!」
(で、なんでそれに関心持つんだよお前は)
「すまないが、これは教えてできるようなものではないぞ?自分自身で編み出すものだ。フハハハ!」
初対面の時と比べて、今のゼファーの性格はだいぶ砕けていた。
大言壮語を吹くところはまったく変わっていないが、戦闘前に浮かんでいた残忍な笑い顔はいつしか、綺麗さっぱりに消えている。
おまけに、この異様なテンションと振る舞い方に表情、それらを見てこれが、本来の彼の姿ということが、またどうでもよくわかってしまった。
そして、当面の目的から脱線して、ピカチュウとビッパまでもが手玉の練習をし始めようとしていた。
「お前らはなに当初の目的忘れてんだよ!」
思わず、半分以上の本気を込めてツッコミを入れてしまう。
直接手を下そうと駆け寄ろうとするが、それをする必要がなかった。
お手玉の手本を見せようと、オレンの実の一つを手に取ったゼファーがやろうとした時、その実が後ろから奪われ、頭を叩かれる。
「せっかく、待ち合わせまでのお茶として上げた食べ物で遊ばないでください。ピカチュウとビッパもです」
それは広間の奥にいたギルドの一員、風鈴にそのまま手が付いたようなポケモン。
チリ―ン、彼女による拳骨だった。
彼女はこの広間でチームの編成の他、地下二階の食堂での呼び出し係りを担っている。
外見に反して痛い一撃であったらしく、ゼファーは頭を抱えてうずくまっていた。
「す、すまなんだ」
「ごめん…」
「すまないでゲス…」
「わかったらちゃんと食べてくださいよ?」
実は、あまり怒っていなさそうな表情で、チーム編成を行う場所へと戻って行った。
その一方で、未だに打たれた箇所をさすりながら、ゼファーは唸っている。
「あやつの前ではやらないようにしよう…」
小さな嵐がようやく過ぎ去り、当初の目的へ踏み出せた。
ゼファーに渡したい物があると机まで移動し、そこへ着席した。
なお、ビッパはそれまでで用事を終えていたため、二人の状態を親方へ報告してくるとのことで離脱している。
報酬である「技マシン、水平斬り」という円盤を受け取り、さらに8000ポケという金額を受け取った。
8000ポケがどれだけ高いかというと、探検のオプション道具やスペアを一式揃えれるほどであり、さらに今しがた受け取った高価な品、技マシンが一つ二つほど買えるのだ。
ちなみに、依頼書に見覚えのない8000ポケは記入忘れであったものらしい。
「しかし、昼間での戦いぶりは素晴らしいものだった!まさか、このオレ様が負けるのが二度目になるとはな」
「二度目!?」
(うそ…ボクらって、そんな人と一戦交えてたの!?)
二度目という言葉を聞いて、ピカチュウが飛び跳ねた。
生きている間、三回か五回、あるいはもっと負けて強くなっていくのが普通なのだが、この圧倒的なまでの敗北回数の少なさは異常である。
その要因はやはり、彼の正確な射撃能力と高い攻撃力、そしてあのバリアによるものだろう。
加えて、戦闘スタイルは力押しの傾向が強かったものの、やはりセンスが高いのには変わりない。
近接戦闘までも強かったら、今頃は負けていただろう。
(二度目、か。単に戦ってなかったか、本当のことなのか。ま、本当のことなんだろうよ)
見たところ、彼はつまらない嘘を吐くような人物には見えない。
それに、単なる力自慢程度のやつであったら、こちらが一方的に勝利を収めているに違いなかった。
そう考えている内に、その話に興味が湧いてしまった。
「ところで、一回目に負けた相手はどんなやつだったんだ?」
「あっ、それボクも聞きたい!」
ザックが想像していた相手は、とにかくやたらに図体がデカイのと、覇気が全身から溢れ出ている武神のような相手だった。
ピカチュウもそれに興味が行き、どんなものかと楽しみにしていた。
ちなみに、ピカチュウもザックと大体似た想像をしている。
だが、その予想は斜め上を通った。
「そうだな…。確か、ザックといったか。貴様の進化系であるルカリオが相手だったぞ」
「あぁ…なんだ、そんなのかよ」
「ちょっと予想外」
「なぜしょぼくれる…?まぁ聞け。そいつは確かに想像とは違ったかもしれんな。なにより、やつは常々笑みを浮かべていたからな。戦闘となっても楽しげな笑い顔を絶やしていなかったからな」
戦闘狂かよ…。
二人の脳裏にはそれが過ぎる。
だが、それなら負けるのもある程度、納得はできる気がしてきた。
ピカチュウは、少なくともそれだった。
だが、ザックのほうはというと、それになにかが引っ掛かっていた。
そう、常々笑みを浮かべていて、戦闘になるとさらに嬉々として笑い顔を浮かべるルカリオ。
「ところが、いざ戦ってみれば、その強さはまさに武神の如くだった。まるで戦うためだけに生まれてきたかのようなやつであったな」
その人物を、ザックは知っている。
「オレ様のサイコキネシス、あまつさえはシャドーボールまで、一撃も与えられなかった」
(もう、言わなくてもわかる…!)
知っていなければおかしい人物。
「それで後はどうだったか?…そうだ。見たことのない技の一撃で、オレ様は倒れたのだったな」
「見たことのない技?」
その言葉を聞いてピカチュウが首を傾げると、ゼファーの代わりに、ザックが答えた。
「鉛色の光を放つ金属の刃。そうだろ?」
今のザックの表情には、怒りが映りこんでいた。
それは生半可なものではなく、己の身まで焼きかねないほど凄まじかった。
(ここでそいつの話を聞くなんてな…)
「驚いた。貴様、やつと面識があるのか?」
「知ってるの?ザック」
「知ってるもなにもーー。」
そいつは、自分が見てきた中で、最低の人格者だった。
そいつは、自分が見てきた中で、最悪の狂人だった。
そしてそいつは、
「オレの父親…ヤマトだ」
最も憎むべき存在、狂った父親だった。
第二章 強いか、弱いか、正体不明の挑戦状
To Be Continued...