第三話:イヤリア=戦り合い
3
兵法を用いるに至って、数とは戦いの差を変動させるにあたって重要なものであるが、それよりも大事なものはやはり、戦術である。
例えばとして、百人の兵士がたった十人の農民を潰しに掛かるとしよう。
農民は決まった武器を持たず、ロクな運動神経もないが、兵士は装備を最新の物にし、戦い方も熟知している。
現実的に農民が勝つのは不可能であるのだが、事もあろうか屈強な兵士達はその農民を一人も討ち取ることができず、多くの仲間を失って撤退した。
なぜ農民は勝てたのか、その秘密こそ戦術である。
詳しい話は省くが、農民の住まう農地周辺は断崖絶壁となっており、そこを抜けたとしても次には大運河が待ち構えていた。
絶壁と運河を渡る道は綱と数本の橋だけとなっていて、地形を武器として使うには最適な環境となっている。
その結果、農民は地形もよく知らないでづけづけと襲い掛かってきた突撃あるのみの無能兵士を、綱や橋をある程度渡ってきたところで、自分達の移動手段を失うのと引き換えにそれを破壊した。
こうして、農民は犠牲者を誰一人出すことなく、兵士を打ちのめすことができたのである。
無能と無知は最大の恥である。
ゆめゆめ忘れないようにすることだ。
さて、以下の話である程度は戦術の大切さがわかっただろうか。
集団に囲まれた際でも戦術は当然必要なことで、生き残るためにはこれまでの知識を、フルに活用しなければならない。
だが、そのような状況下で冷静に戦術を立てるのは至難の業であり、普通ならばパニックを起こしてしまう危険性が高い。
それはピカチュウも同じことであった。
「わっ、わっ!」
次々と雪崩れの如く押し寄せる数の暴力に、ただただ翻弄されてばかりでいる。
だが幸いなことに、身体能力がある程度恵まれているおかげだろうか、無数に降り注ぐ技をその目で掻い潜り、空きスペースができた安全地帯へ素早く逃げていた。
上手く攻撃を回避してきたピカチュウが後することは、ザックから指示された戦術を実行するだけだった。
(恨みはないけど、ごめんね……でも、こうしないと…こうでもしないと……)
相手を傷つけることに躊躇ってしまう自分がいたが、今はそれを切り捨てなくてはならなかった。
成れるだけ心を鬼にし、パニック状態の中で攻撃を実行した。
「ボクがやられちゃうんだ!」
両頬にある二つの赤い斑点らしきものへ電気を充電させ、軍団へジグザクに走る電気エネルギーをお見舞いした。
これが電気タイプの技「電気ショック」である。
充電を放出前に行っていたため、威力が倍増していたおかげで、一度に五匹近く戦闘不能にできた。
その時、倒れた野生ポケモンの姿を見て、ピカチュウはザックが雑魚共と言っていた理由がよくわかった。
カモメとも取れるキャモメ、池の葉を被った軟体動物らしきハスボー、トゲを全身に張ったハリセンボンに似たハリーセン、体表がピンク色の軟体動物らしきカラナクシ。
最初はパニックを起こしていたせいで姿を認識する暇がなかったが、倒した彼らの姿、というよりもグループを見て自分が圧倒的に有利なことに気づく。
なぜ山道にいるのかが疑問であるが、彼らは進化前の第一形態であるため戦闘の熟練度が低く、いずれにもタイプに『みず』が含まれている。
電気をほとんど遮断してしまう「じめん」が含まれていない限りは、たとえ相性の悪いタイプが含まれていたとしてもある程度のダメージは期待できるのだ。
つまりは、現在全てのグループに相性の良い電気が難なく通るということになる。
「…これからはちゃんと落ち着くようにしよう。こんなことにも気づけないなんて」
となれば、エネルギー消費の少ない電気ショックを根気よく張り続けていれば、それだけでも事は足りる訳であり、それだけで不安なのであれば影分身や電光石火を使うなりして、彼の戦術通りに従えばいい。
勝機ができたことに新たな戦う勇見出だしたピカチュウは、あらゆる技をすぐに使えるよう、戦略を簡略的にも立て、迫り来た後続を迎え撃つことにした。
それも、一度の戦術で多数の敵を沈める大仕掛けによって。
(まずは少量の電気ショックで牽制を掛けて散らせて…)
正面にいる後続へ電気ショックを放つと、思惑通り散り散りに分かれ、そこで他のグループと激突事故を起こした。
密集形態に成りすぎたそのツケである。
(影分身を配置しつつ電光石火で空きスペースに移動だ)
激突を起こしたその後ろ側には安全地帯が存在していて、丁度他の勢力はザックへと向かっていた。
そのおかげで難なく影分身を配置しつつ、電光石火で「水鉄砲」や「葉っぱカッター」といった遠距離技を回避、安全地帯へたどり着けた。
それから後は、軍団はそこに棒立ちしている影分身全ての中に本体がいると思い、居もしない分身体へ群がっている。
その僅かな間、ピカチュウは分身体と同様に棒立ちをしていたが、量頬の電気袋へ先ほどよりも影響範囲が広く、かつ威力を上げた「十万ボルト」にも匹敵する電気ショックの電気を充電していた。
(そして最後は、限界まで電流と電圧を高めて電気ショックを当てるだけ…!)
量頬の電気袋から次第に電気が溢れだし、バリバリと鳴き始めた頃、本体がいないと気づいた軍団が一斉にピカチュウへ目を焦点を合わせた。
だが、気づくには時が遅い。
「電気ショック!!」
一瞬、電気とその鳴き声が切れたその瞬間、先ほどよりも膨大な電気の塊が軍団を丸飲み。
密集していたせいもあって、彼らは集団で感電の連鎖反応を起こした。
そのおまけとして、なにもしらずに近づいてきた後続の連中も感電連鎖の餌食に。
奇跡に近い戦術、否、戦略のおかげで、ピカチュウに襲いかかっていたグループは、数匹を残して全滅。
「あれ…当てずっぽうのつもりだったのに」
その見事な成功っぷりに、ピカチュウは自分がなにをしていたのか再認識を要したのは言うまでもない。
そんな呆然とした彼へ、一つの影が吹き飛ばされてきた。
なにかと疑問に思い、その影を確認してみると、その正体は顔面にあざが出来て気絶しているハスボー。
ザックにやられたグループの内の一匹である。
4
その一方でザックは、大群の中を一人で縦横無尽に動き回り、駆け巡っているその片っ端から殴る、蹴るの応酬を繰り返していた。
「はっ、数が多いだけで全員打たれ弱いようだな。モンスターハウスなんて聞いて呆れるじゃねぇか!」
突進してきたハリーセンへ右上段踵掛け蹴りで頬を蹴りつけ、全方位から迫ってきたグループを左上段の360度回転踵蹴りで弾き飛ばす。
いずれも全て急所狙いの高等技術であり、並みの人が行使すると腰と足を痛めるほど難しく、それどころか当たらず損だけをすることもある。
「こんなのだったら、もっと強い奴をよこすんだな。相手にもならねぇっての!」
戦闘によって感情が高ぶっているのだろうか、彼の口調は乱暴になっていた。
それへ合わせるかのように、ザックの攻撃手段に激しさが増す。
正面へ飛び蹴りを見舞いし、間髪入れず空中で先ほどと同じ360度回転踵蹴りを打ち込み、着地後に左右へ刃で斬りつけるような鋭い手刀で周囲に迫った敵の急所を全て打ってみせた。
それだけに留まらずさらに激しさが増し、踊るかのような流動的な動きで群れの中心を突っ込み、そこで怒涛の連続パンチを繰り出した。
「オラオラオラオラオラオラ!」
打撃、打撃、打撃、打撃、打撃。
顔面に、腹部に、腕へ、足へ、翼へーー。
神経の集中している標的の箇所へ、一寸のズレも許さず、正確かつ冷酷に拳を捻じり込み、押し込み、揺らし、斬りつけるように打ち、神経を圧迫していく。
塊となって襲いかかっていた軍団の中から激しい衝撃音が幾度なく響き渡り、その中から大きなあざの出来た野生ポケモンが、絶え間なく弾き出されている。
内部では未だにザックが延々と殴り続けており、恐れを知らないのだろうか野生ポケモン達は果敢に向かうものの、全員が神技ともいえる神速の拳による一撃で一匹ずつ戦闘不能となっていた。
「所詮この程度ってことかよ、退屈しのぎにしかねらねぇよ!」
キャモノとハリーセンから放出された水流による攻撃「水鉄砲」を避けつつ、野生ポケモンの塊の外へ脱出した後、チラリと横目でピカチュウの安否を確認し、外側から片づけを続行した。
気づいていなくとも、自らの才能を見出したピカチュウへと向かっていたポケモンの数はすでに、ハスボーとカラナクシ、ハリーセンの三匹しかいない。
戦術をフルに活用した見事な戦績といえるだろう。
(見込み通りの働きだな。一人ででも強くなるって信条に反するけど…ま、これからあいつと背を合わせて戦うってのも悪くないよな)
心でぼやきながらも駆けながら蹴りとパンチのコンボを繰り返し、時々掴み技によって投げ技を組み込み、多人数を一度に攻撃する戦法へ変えた。
挑発文句を出す余裕があっても、先ほどまで一匹ずつ全力を込めて倒す体力が、35匹までくるとさすがに無くなってきて、息切れが出始めている。
こちら側の野生ポケモングループ60匹を全員倒せないこともないが、一人で相手をするには、やはり数が多いのだ。
ザックが一人で50匹を倒した辺りまでくると、息切れの大きさが次第に目立ってきた。
拳は僅かであるが赤く腫れ上がり、足にも大技の蹴りの連続で打撲跡が刻み込まれている。
口では散々雑魚共と言ってきたものの、その数はやはり侮れないのだ。
それでもなお、ザックの中で燃え上がる闘争心は、微動だにもしていず、体勢を低くして構えを取った。
「へっ、まだ動けるぜ?オレは。相手してやるから…来いよ」
残り10匹となった軍団の残党は彼の強さに怖気づいていて、すっかり腰も抜けている。
その様子を見てザックが薄ら笑いを浮かべたが、その時に気を抜いてしまったのか、足が一瞬すくんだ。
強敵の一瞬だけ見せた隙を彼らが見逃すわけがなく、一斉に遠距離技を仕掛ける。
舌打ちをして回避に移ろうとしたザックであったが、足がまだすくんだ状態であったため、その場で転倒した。
一時は直撃することを覚悟したがその必要はなく、真後ろから発せられてきた電気エネルギーが相手の遠距離技とぶつかり合い、見事に相殺を果たしてくれた。
(電気ショックーー。…後で礼を言わないとな)
その電気ショックを放ったのはもちろん、あの彼だ。
「ザック、お待たせ!」
仲間の頼もしさが身に染みたのは、生涯でこの時が始めてとなった。
後ろを向けば、そこには新たに電気の充電を行っているピカチュウが立っていた。
今の状態の彼をよく見てみると、あまり息切れをしている様子がなく、ちょっとした擦り傷や打撲跡が残っている程度だ。
疲れている様子があまり見えない。
戦うことと体力に関してはこちらが確実に上であるザックは、その奇妙な立場の逆転具合に自分を嘲笑した。
「サポートするはずが逆にされる、か。びっくりだなおい」
「そんなこと言わないでよ。お互いに助け合うことが大事なんだからさ」
差しのべられた手を掴んで立ち上がり、再び構えと取る。
その時、不思議に体の奥底から力が湧くような感覚が、全身を駆け巡っていった。
(そういえば、これまで一人だけで戦ってたな)
これが、仲間の与えてくれる力だというのだろうかーー。
「さてと…仕上げといくか。ピカチュウ」
「うん、これで終わりにしよう!」
始めは勇気のなかったピカチュウ。
始めはただ一人で戦うことしかできなかったザック。
二人はこの時で、まだ完全ではないが、互いの欠点を補うことができていた。
第一章 終盤
「はぁ……はぁ……!」
あの後、ピカチュウと協力したおかげでなんとかモンスターハウスを切り抜け、不思議のダンジョンと呼ばれる特殊なエリアと思われる山道を抜けたザックは、すっかり疲れ果てて道端で大の字に倒れていた。
「ねぇ…もう少しでボクの家に着くから、頑張ろうよ」
「それはわかってるんだけどさ…体が、な」
「もう、一人であんな数相手にするからだよ…」
仕方なくとピカチュウがザックを肩車し、家路を進んでいく。
肩車をされている間に、ザックはピカチュウへあることの撤回をした。
「なぁ、ピカチュウ」
「ん、なに?」
「さっき、オレは組んでもいいぞって言ったけど、前言撤回するよ」
「前言撤回?」
なんのことかわからないピカチュウは、疑問に思ったまま首を傾げている。
そこで、ザックは彼へお願いを頼む。
『お前と組ませてくれ』
こいつとなら、どこまでも行ける気がするーー。
そんな気持ちと希望を抱いて、お願いを言ったのだった。
「…うん。一緒に探検隊……やっていこう!」
希望と勇気に満ちた笑顔で、返事を返す。
この時彼も、ザックと同じことを考えていた。
どこまでも行ける気がする、と。
それは二人が共通している、見えない信頼の証であった。
第一章……………邂逅(かいこう)
To Be Continued...