第二話:臆病者は勇気がない
「………始めに聞くぞ。なんで、オレと組みたいんだ?」
「え、えーっと、それは」
あの後、一端落ち着きを取り戻してからもう一度、例の話の最初の部分から話し合うこととなった。
探検隊――。
名の通り未開の地の探検、その調査を主な活動内容とし、副業扱いとして「お尋ね者」の逮捕と遭難者の救助、紛失した物品の捜索に加え、現地での道具の配達とアイテムトレードがある、他の職業とは一風変わった職業。
変わっているとはいっても、その組織や隊員の人数は少なくはなく、世間の間にもちらほらと出てくるため、中々に人気のある職業である。
無論、ザックもそれのことを多少は知っているのだが、ただそれまでなだけで、詳細は全くと言っていいほど知らない。
彼の知っている範囲は、単に遺跡や洞窟の探検をするだけという、偏見によるものでしかなかった。
「君の実力に感銘を受けたからだよ」
「探検隊なんかになんで武力が必要なんだ?激しい戦闘を行うわけでもないのに。そんな理由じゃ賛成できないな」
「一言に探検隊っていっても、探検だけをするわけじゃないんだよ。例えば遭難者の救出とか、落とし物を探したりとか、中にはお尋ね者の逮捕だってあるんだ。それに探検する場所は常に安全じゃない。だからそのためにも戦力はある程度必要なんだ」
「つまりはなんだ、その戦力として加われと?」
「早い、話……」
そんな偏見持ちのザックに、ピカチュウは引き気味になりながらも説得を試みていた。
「……大まかな理由はわかった。それを踏まえて聞くが、本命はなんなんだ」
「え?」
「隊を組んでくれっていう、本当の理由だ。なにかまだ隠してるだろ」
こちらが話を進めて説得をするはずが、いつの間にかザックに会話の主導権を握られていた。
おまけに、その本命の存在までもが彼に悟られ、ある種のピンチとなってしまっている。
「え、えーっと……」
「本当はどうなんだ」
「それは…」
「ただ戦力として組みたい。それだけなわけないだろ。ま、本当にそれだけなら却下するがな」
「………」
ピカチュウは、その本命を言ってしまったら呆れられて断られてしまうのではないか、と言葉に出すのを躊躇っていた。
なぜならそれは、多くの人からしてあって当たり前のものなのだからだ。
そんなことを言ってしまった暁には、彼に笑われ、呆れられ、それでお終いとなってしまう。
言葉に出すことを恐れて黙りこくっているピカチュウの様子を見て、ザックはため息を吐いた。
「…自分じゃ言えないってか?それなら、オレが当ててやるよ」
「えっ」
その言動はまるで、自分の中の全てを除かれたような、そんな確信じみていたもので、心臓が飛び上がりそうにもなった。
いや、もしかしたらこの男は、確実に自分の本命に気づいているのかもしれない。
そう思うと、言い様のない恐怖が混み上がってくる。
言われたくない――。
その思いは容赦なく打ち砕かれた。
「一人でやるのが寂しくて仲間が欲しいってのもあるだろうが、実のところ勇気が欲しいんだろ?巨大な障害へと挑めるようになる勇気が」
「………」
「けど、一人だけじゃ勇気が足りないから、そのために仲間が欲しい、と」
その言葉にピカチュウは、静かに頷いた。
ザックには、ピカチュウの探検隊を結成したいという理由が最初からわかっていた。
人によっては笑える話になるかもしれないが、彼には破滅的に勇気が足りない。
それは、始めて顔を合わせた時の彼の状態や、そこまでの行動の仕方からもある程度推測できる。
「一応聞くが、お前がオレの実力に目をつけたってのは嘘か?」
「あれは嘘じゃないよ。だって…あのパラセクトってどう見たっても戦い慣れしてたのに、そいつを君は技でもないただのパンチで倒したんだ。意識を奪うための連続パンチ15発をあの間で行うなんて、普通は不可能だよ」
「そうかい。……わかったよピカチュウ。探検隊、組もうか」
「…ほ、本当!?」
あのような理由で組んでくれるとは予想していなかったのだろう。
ピカチュウは不思議な心境になりながらも、素直に喜ぼうとした――その矢先。
薄気味悪い笑みを浮かべたザックからこんなことを言われたのだった。
「だが、その前にお前の勇気を底上げさせないとな」
「そ、底上げって?」
「ほら、やっこさんのご登場だ。どうも話し声が聞こえちまってたみたいだな」
泡や大惨事とはまさにこの事なのであろう。
周囲を見渡せば、そこには見渡す限りの群れ、群れ、群れという群れ。
集団どころか軍団とも呼べる野生ポケモンの群れが、二人を隙間なく囲み尽くし、いわゆる『カゴの中の鳥』状態にしている。
「なななななな、なにこれー!?」
「ビビリすぎだ。大体こんな雑魚共相手にならないだろ」
「なるよ、大いになるよ!こんな数の「モンスターハウス」見たことないよ!」
「モンスターハウス?ああ、変な所ほっつき歩いてるといつの間にか集団に囲まれる空間のことか。ていうことはこの道も『変な所』なのか」
「正確には不思議のダンジョンっていうんだけどね……うぅ、最悪だよ……やっと仲間を見つけたってのいうに、こんなの酷すぎるよ…」
ピカチュウは頭を抱えながらしゃがみ込み、それからしばらくぶつぶつと念仏を唱えるように、なりそうなところをザックに掴み上げられ、無理矢理に目を軍団へと向けさせられた。
正面を見ただけでもその数はざっと見積もって20匹近くあり、現実的に勝利するのは不可能に近い。
閉ざされた空間内に囚われている恐怖と、集団に攻撃されるという恐怖その二つがピカチュウに大きく揺さぶりを掛ける。
(無理だよこんなの。勝てっこないって……)
「勝てるさ。その見込みだってある」
「む、無理だよ…こんな数。押し負けちゃうって……」
「ピカチュウ。お前、技はなにを覚えてんだ?」
突如として習得している技を聞かれ、なにを考えついたのか疑問に思ったのだが、今はそれよりもやることがあるため後にした。
「えっと…「電気ショック」と「電光石火」、「影分身」の三つ」
「ヒット&アウェイ――まるで策士のような構成だな。だが、それで充分だ」
「充分ってこれだけでいいの?」
「ああ、それでいい。お前は影分身を張って本体を誤魔化しておけ。隙を見つけたら電気ショックか電光石火で叩くんだ。集団への必勝法は先制攻撃、当てられる前に攻撃して奴らを寄せつけるな」
「戦法はわかったけど、君はどうするの?まさかまた、さっきと同じことをする気じゃ――。」
この後ピカチュウは、彼の力をどう思うのだろうか。
哀れむのだろうか、羨ましがるだろうか、それとも、同情するのだろうか。
彼の手に入れたその力は、本来あるべきものを放棄したことによる代償から得た力。
誰にでも易々と扱える代物ではないものの、果たしてそれは素晴らしいものなのだろうか。
「それしかオレはできないんだよ。技が使えないんだからな」
「それって、どういうことなの?」
「そのままの意味だよ。さぁて……」
ザックは決意と自信に満ちた目で、ピカチュウは未だに恐怖と焦りに刈られ、その状態の中で僅かな立ち向かう勇気を携えた混乱した目で、モンスターハウス内のポケモン達を見据えた。
相手は正面の20匹×4グループ、北東西南と計算して恐らくは80匹程度。
現実的に見れば、相当実力を重ねた熟練者でなければ不可能に近い勝率、絶望的な展開となっている。
「戦の始まりだ!盛大に楽しむとしようぜ!」
その中でザックは、不適な笑みを浮かべて、高らかに開幕を宣言した。
まるで心からこれを楽しんでいるようだった。
その瞳からは一切の恐怖の欠片も感じない。
負けることなど微塵にも考えず、奴らになら必ず勝てるという盲信とも取れる絶対的な自信。
それがあるからこそ、この力を手に入れ、恐怖を取り払うことができていた。