第一章
第一話:無技のバトルアーティスト
幼い頃からオレは、酷く弱かった。
幼い頃からオレは、技の才能が壊滅的だった。
幼い頃からオレは、酷い人格者だった。

…………そんなのは嫌だった。

だからオレは、ただ一人だけでも強くなるべきと決心した。
だからオレは、技を忘れて武器をオレ自身の拳と足、道具だけとした。
だからオレは、『誰かのため』になれる人格者を目指すことにした。



狙った相手は急所を突いて一撃で倒す。
技を持たない彼にとって、これは絶対の信条である。
戦う時は常に体力と精神力を消費し、長引けば力が出なくなる。
それは当然なことだ。
そのようなことになった場合、彼は非常に不利となる。
なにせ技が使えないという、ポケモンなる種族にとって絶対にあり得ないハンデを負っているのだから。
そのため、彼に取り残された道は、自らの拳と足で急所を突くという一撃必殺に全力を注ぐことだった。
彼は今、それを実行に移す時に直面していた。
舞台は山道、そこに三つの人影が存在していた。

「けっ、ガキがでしゃばりやがって。ヒーロー気取りか?」

三つ人影の内の一つが語るその声の主は、まだ大人に近くも成れていない、男のものであった。
背中に巨大なキノコを背にし、赤い体から黄色い眼をした四足のヤドカリらしき生き物。
パラセクトというポケモン、その種族である。

「ジイさんから金をむしり盗ろうとした奴に言われる筋合いはないな。第一、お前のような奴を見てるとな、ムカツクんだよ」

一方、パラセクトに挑発的な言葉を差し向けたのは、まだ子供の、それこそ十代前半の少年のものだ。
声こそ若く子供らしいが、裏には聞いた者を圧倒する威圧感があった。
その正体は、パラセクトには到底及ばない小さな体で、青と黒の体毛で身を包む獣人の成りをしている。
リオルという、同じくポケモンに分類される種族である。

「ぼ、坊や、止めるんじゃ!お前さんでは勝てん、意地張らないで逃げなさい!」

お互いに対立し、パラセクトに敵対心をむき出しにしているリオルに逃げるよう声を掛けたのは、先ほどにも出てきたジイさんなる者のだ。
亀を思わせるその体はパラセクトとはまた違う赤で構成され、その甲羅は黒い。
鼻からは息を吸う度に蒸気らしき物体が噴出している。
これはいつもという訳ではなく、今回感情が高まっているがために、それともクセか、たまたまだ。
このポケモンの名は、コータスと呼ばれている。
コータスはリオルに何度も逃げろと呼び掛けているが、一向に引く気配がなく、むしろ挑戦的な態度を取っている。
おまけに、パラセクトはリオルの態度に相当頭がきているらしく体が小刻みに震えていた。
お互いの距離はそれほどなく、飛び込めばすぐに間合いへと詰められる。
攻撃しようものなら、いつでも可能だ。
にらみ合い、探り合い、そんなちょっとした刺激で破裂しかねない、一触即発と化した空間。
そして遂に、その時がきた。

「おらぁ!」

パラセクトが地を蹴り上げて間合いに詰めより、爪を大きく振り下ろしてきた。
あまり決定的なタイプ攻撃ではないが、十分な攻撃力と急所率を持つノーマルタイプ技、「きりさく」である。

(は、速い…!)

コータスは一連の動作を見て、唖然とせざるを得なかった。
パラセクトは通常、あまり俊敏性のないポケモンであり、多少鍛えた程度ではそれを上げることはできない。
だが、パラセクトはこういった場に慣れているのか、その素早さに加え戦闘技術がずば抜けていた。
挙動からタイミングまでもが、全てが完璧の一言。
あのような小さい坊やが敵うはずがない――。いきなり万事休すかと、コータスは目を瞑った。
その直後に起きたことは、何かを瞬時に連続で殴りつけた鈍い音であった。

「…………ありゃ?」

目を開け、そこに写り込んだ光景は、なんとも奇妙で、珍妙で、非現実的な光景。
パラセクトが拳を突き出したリオルの前で全身を左右に揺らせ、それだけを繰り返していた。
なぜこのようなことになっているか、混乱しかけた矢先に、コータスはそれを知った。

「なんじゃぁ…あのあざは……」

まず、額にあざが一つあり、頭部の左右部分に無数の同じ形状をしたあざがあった。
それはまさしく、何かで殴りつけた跡そのものであった。
ところでだが、額にあるあざをよく見てみると、左右のあざと比べて随分と色が濃い。
恐らく、これが原因で『脳が一時的な麻痺状態』に陥ったのだろう。
そしてその状態で左右を連続で打ちつけられたことによって、今のようになっているのだ。
一見、これは捨て身の覚悟であらゆる攻撃を浴びせるかくとうタイプの技「インファイト」に見えなくもないが、驚くことに全て生身の肉体部位による攻撃だった。
つまり、タイプという概念、属性が存在しない攻撃、最も威力の出ない攻撃方法によるもの。
それだけでリオルは、あのパラセクトをああにまでした。
一方リオルはなにが不満なのか、不機嫌な表情で顔を曇らせている。

「一撃で沈められなかったか……」

コータスに聞こえないよう呟くと、警戒を解いてパラセクトから離れ、その場から去ろうとした。

「待ちなさい、坊や」

足を止めるとリオルはコータスに向き直り、その眼差しを向ける。
コータスは心配そうに、

「助けてくれてありがとう…じゃが、ありゃはいくらなんでもやりすぎじゃぁ…」

と言った。それにリオルは興味無さそうに、

「長引かせるとこっちが不利だから先手を打たせてもらった。それだけだ。一応言っておくが死んじゃいないからな、そいつ」

と返した。
余りに素っ気なく、そして中々に酷な物言い。
それだけの返答をした後、コータスに「もう捕まるなよ」とだけ言い残し、去ろうとする。
が、二度に渡ってコータスが呼び止め、リオルは足を止めてもう一度振り返った。
三度目はきかない。
そう自分に言い聞かせ、コータスに問いをぶつけた。

「お前さん、名前は?」
「聞いてどうするんだ」
「なんとなく、なんとなく覚えておきたいんじゃ」

しばらくの間リオルは黙ったままでいたが、決心が着いたようでため息を吐き、そして名を明かした。

「ザック」

ザックと名乗った後は、今度こそ振り返ることなく、その場から去っていった。
殺気で満たされていたあの空間は、今や見る影もない。
コータスと、未だに左右へ体を揺らしているパラセクトの二人だけが取り残され、この日の小さな事件は幕を閉じた。
しかし、今日この日はまだ終わっていなかった。



山道を進んでいく途中、ザックは奇妙な気配を気にかけていた。
実をいうと、あの場で既にその気配に気づいていたが、敵意はないようなのであえて無視していた。
が、ここまできてまとわり付いてくるとさすがに気に障る。
足を止め、背を向けたままそれに言葉を投げ掛けた。

「で?お前はいつまで尾けてくるんだ」

言うが早いか、右斜め後ろへ方向転換し、地を蹴り上げ、標的と定めた木に右ストレートの突進パンチを仕掛けた。
もちろん、ポケモンの技ではない、ただの拳によるパンチ。
だが、その威力は常識はずれそのものであり、木が拳によるもので吹っ飛んだ。

「うわぁぁぁぁ!」

と、そこでなんとも間抜けで場違いな悲鳴が鳴った。
声の質からして、ザックとそう変わらない年頃の少年といえるだろうか。
それはこうなることを予測してなかったのは明白といえるだろう。
その声の主を、ザックは残骸と化した木越しから睨みつけた。

「もう一度聞くぞ。いつまで尾けてくるんだ」
「ご、ごめん。なんだか雰囲気的に話し辛くて…いつ声を掛けようか迷ってて、うん」

心底から怯えた様子で、声の主は語った。
全体的に黄色い体色の成りをしていて、形状的に言えばねずみに近い。
尻尾は電気を体現したかのようにジグザクな形状している。
ピカチュウという、別段なにも珍しくない、至って普通のポケモンだ。
本人の小刻みに震えた様子を見る限り、どうも臆病な性格らしい。

(……やり過ぎたか?)

そう思うとザックは少しだけ罪悪感を抱き、警戒を解いてひとまず謝ることとした。

「あんな真似して悪かった。後ろを尾けられるの、あんまり好きじゃなくてな」
「ボ、ボクの方こそごめん。君に不快な思いをさせるようなことして。どうしても話したいことがあったんだけど、怖くて…」
「そういえば、話しがあるとか言ってたな。それはなんだ?」

ザックに言われるなり、ピカチュウはそのことについて、

「単刀直入になんだけど……ボクと探検隊…組まない?」

と答えた。

「……………え?」
「ボクはピカチュウ。見た目通りの名だよ」
「……ザック。て、そうじゃくて」
「そうじゃくて?」
「探検隊?オレが?」
「う、うん」
「冗談だろ?」
「……マジメに、だよ」

道は非常に長く、険しい。
この先になにが起こるかなど、当然であるが予測できない。
もしかしたら明日で命が消え失せるかもしれないし、なにかあり得ない出来事が起きるかもしれない。
だが、たとえそれらのようなことが起きたとしても、この魂だけは絶対に砕かせない。
どんな障害が立ち塞がろうとしてもだ。

………だけど、こんな展開があるだなんて、全く予想してなかった。


フルメタル ( 2012/09/03(月) 01:42 )