300 何かあったら逃げましょう
本日は、雲ひとつ無い、文句のつけようのないほどの晴天であった。
上空を旋回しながらうららか草原を見下ろすヨルノズクは凪を感じていた。しばらくは雲が流れてくることもなく、落ち着いた一日になるだろう。
キャンプをするには最適な日だった。少なくとも天候の観点からは、初心者が苦労することはないだろう。
ヨルノズクは少し羽ばたきを弱め、この星の重力に少し身を任せ始めた。
仲間たちがキャンプを張る近辺には、驚異となるようなポケモンがいないことを充分に確かめた。わざわざキバ湖の瞳付近に出向くようなことさえなければ、強力な野生という観点からも初心者が苦労することはないだろう。
乱雑に張られた色とりどりのテントが段々と近づいてくるのを確認しながら、彼はまた自慢の毛並みが子供たちの無遠慮で温かい手のひらでもみくちゃにされることを予測し、それに複雑な気分となった。
「お疲れ、どうだった?」
パトロールから帰ってきたヨルノズクに、その小さな女が問うた。それに彼が何も返さず羽を繕っているのを確認し、彼女はパトロールの結果異常がなかった事にひとまず安心する。
そして、彼女はすでに作業を終わらせていた要領の良い子供に向けて言う。
「はーい! ヨルさんが帰ってきたから撫でてもいいですよ!」
その声を待ち望んでいたように、子供たちはわっと一斉にヨルノズクとの距離を詰め、やはり無遠慮で温かい手のひらで彼を撫で始める。
ヨルさんはそれにやはり複雑な気分であった。温かい手に撫でられることは好きだが、ものには限度というものがあるし、まだ勝手のわからぬ子供たちは時折とんでもないところを撫で回したりもする。決して嫌ではないが良くもない、逃げるか逃げないかの瀬戸際と行ったところだ。
まだ彼を撫でることに参加できていない子供たちは、それを羨ましく思いながら彼らなりに頑張ってテント張りの作業を続けていた。
「お前ら焦るなよ! 時間はたっぷりあるんだからな!」
少し要領の悪い、もしくはテントを張るという作業を一度もしたことのなかった子供たちに熱心に手ほどきしていた青年が声を張った。
「ここで五分手をかけることで、一晩の安心が手に入るんだ!」
子供には分かりづらいような理屈であったが、それでも子供たちはそれに「はい!」と元気よく返事した。黒髪の一部をメッシュで白に染めているその青年を子供たちは最初は怖がっていたが、一時間もしてしまえば彼が悪い人間でないことを本能的な部分で理解してしまう。子供の直感というものは大人の理解には及ばない。
やがて、一人、もう一人と、テントを張り終えた子供たちが青年と女に確認を求め、やがてヨルさんの元に駆けていった。
「改めて、挨拶させていただきます」
ヨルさんがもう気の毒なくらいもみくちゃにされた後、女と青年は子供たちを並んで座らせた。二十数人ほどの子供達の前で、その小さな女が頭を下げる。
「私はノマル、ラーノノタウンのジムリーダーで、ノーマルタイプを主に育成しています」
空気を読んだ子供達の拍手に微笑んでから、ノマルは傍らの青年を指した。
「彼はミスミ、ラーノノジムのジムトレーナーです」
よろしく、と頭を下げたミスミにも拍手が起こる。
「皆さんの中でラーノノジムに来たことがあるという人はいますか?」
自らがびしっと手を上げて回答を促したノマルに対し、子供達の反応は渋く、誰も挙手しなかった。突然の質問に戸惑ったことを差し引いても、該当者はいないということだろう。
遅れてやはりビシッと手を上げたミスミに子供達が笑ったのが不幸中の幸いだったが、ノマルはそれに気づかない。
「あー、そうか、まあ、仕方ないですね」
ミスミの愛あるボケに気づかぬまま呟いたノマルが続ける。悲しいことではあるが、納得のできないことでもない、子供たちにとって、マイナーリーグというのはそういうものなのだ。
「それでは、質問を変えましょう」
エヘンエヘンと咳払いをしてから続ける。
「この中で、ポケモントレーナーになりたい人!」
その質問には誰も萎縮することはなかった。子供たちは皆足を抱えていた腕の片方をこれ以上無いくらいにまっすぐピーンと天に突き刺す。
当然だ、だからこそ彼らは両親や家族にねだってこの『教室』に応募したのだから。
ノマルはその光景にウンウンと頷いて「手をおろしてください」と言って続ける。
「みんながトレーナーになりたい気持ち、私にはすっごくわかります。それではこの中でジムチャレンジをしたいと思っている人はどのくらいいますか?」
その質問も感度抜群だった。やはりズビシと手が挙がる。
「そうですね、皆さんがジムチャレンジをやりたいと思う気持ちもわかります。もしかしたら、私と戦うこともあるかも知れませんね」
手を降ろさせてから続ける。
「トレーナーになること、ジムチャレンジをする事、そのどちらにも、ポケモン達の世界に足を踏み入れることがあります。そのためには、一人でキャンプを張って野宿することも考えなければなりませんし、時には野生のポケモンと出会うこともあるでしょう。かつてのチャンピオンであるダンデも、新チャンピオンもそのようにしてきました」
ダンデと新しいチャンピオンの名に、子供たちは目を輝かせた。
「しかし、それはとっても危険です。野生のポケモンたちはあなた達を引っ掻いたり、体当りしてきてしまうこともあります」
ガサガサと、ミスミはテントの中から巨大な布袋を取り出した。パンパンに張ったそれに何が入っているのか子供たちはすでに知っているようで、彼らは一様に落ち着かぬ様子となってチラチラとそれを見やる。
「そのような野生のポケモンたちからあなた達を時には守り、時には一緒に逃げたりするパートナーと、皆さんは今日出会うことになります」
布袋の中に手を突っ込んだミスミが取り出したのはモンスターボールだった。
彼がそれをノマルのそばに放り投げると、長い耳とふわふわとしたしっぽを持つポケモンが現れた。しんかポケモンのイーブイである。
イーブイは太陽に光に少しまぶしげに目を細めた後に、今度は初めて目の前に広がる広大な自然と、踏みしめている土に驚き、そして喜んで跳ね上がった。
子供たちはそれに歓声を上げて釘付けとなる。間近でポケモンを見たことがないわけではない、むしろもっと強力なポケモンを、もっと間近に見たことのある子供もいるだろう。
だが、彼らにとってそのイーブイは特別であった。なぜならばそれは、彼らが初めて手にするポケモンであるのだから。
しばらく大自然の空気を堪能し、そしてノマルの足元にすり寄ったイーブイを腰をかがめて撫でてから、ノマルは両手をひらひらと動かして子供たちを静かにさせてから言う。
「この子達はまだまだ子供で、トレーナーを知らず、バトルも知りません。あなた達と同じですね。そして、今日からあなた達のパートナーして、一緒に生きていくポケモンでもあります。この子達と、あなた達との出会いに立ち会うことができるのは、非常に光栄なことです」
ミスミはもう一度ボールを掲げてイーブイをそれに戻した。
「よーし、それじゃあ名前順に並べよ〜」
その言葉を待っていたかのように、子供たちは一斉にわっと立ち上がってそれに群がった。だがそれでも最低限のルールは守るらしく、なんとか列のようなものを作ろうと努力はしている。それでも、それが正しく運用できているとはお世辞にも言えない。
ミスミはそれに声を荒げることはなかった。初めてのポケモンを手にする時は、自分だって冷静な子供ではなかったのだ。
彼は自らのボールを放り投げ、手持ちであるタチフサグマを繰り出した。ミスミの前髪と同じく白と黒が混じり合った体毛を持つそのポケモンは、舌を出し両手を広げて子供たちを一列に並べようと努力する。
同じくノマルに繰り出されたかんじょうポケモンのイエッサンも同じく列を作るように促していた。
ラーノノジムリーダー、ノマルはマイナーリーガーだ。もう長いことメジャーリーグには上がってはいない。
だが、だからといってジムリーダーとして失格なのかと言われれば、決してそんなこともない。
彼女らマイナーリーガーはトレーナー活動の普及という役割を担っている。
メジャージムリーダーがトレーナーを育成する役職であるとするならば、彼女の仕事はその一段階前、ただの人がトレーナーとなるその一歩を補助することだ。
事実、彼女の『初心者トレーナー教室』の人気は高い。本当の意味で基礎の基礎から教えることで有名だし、野宿や施設の使い方まで手取り足取り教えてくれると保護者からは信頼されている。
子供たちはそのような事情など知りもしないが、それでも初めてのポケモンとして可愛らしくて人によく懐くイーブイをくれるという特典は大きなものだった。
自由時間、初めてのポケモンをもらった子供たちがそれぞれポケモンを繰り出して戯れている。初めてのポケモンを少しでもかっこよく、もしくは可愛く着飾らせようと事前に作ったり買っておいたりした首輪やストラップ等のそれぞれの絆を示すマークがすでにつけられているから、せっかく出会ったパートナーを取り違えるというような事故は起こらないだろう。
「いいか、突然撫でたりはするなよ」
ミスミはタチフサグマを見本にしながらポケモンとのふれあいをレクチャーしている。タチフサグマとイーブイじゃあ勝手が違うだろうというのは大人の意見であって、子供たちはそれをすんなりと受け入れていた。
ノマルはまだ作っていなかった自分たち用のテントを張っていた、慣れたもので、すでにその作業も終わろうとしている。
すると、一人の少年がイーブイを抱えて近づいてきた。
慣れた抱え方だった。皮で首がしまることもないし、ずり落ちる不安にポケモンが戸惑うこともない。
「どうしたの?」
頬の泥を拭ったつもりが、軍手にへばりついていた泥を更に塗りたくる結果になりながらノマルが問うた。
少年はイーブイを少し持ち上げながら答える。
「この子の『特性』はなんですか?」
その質問に、ノマルは少し沈黙を作った。
知らぬわけではない、だが、少なくともこの『初心者トレーナー教室』ではそこまでの事に踏み込むつもりはなかったからだ。
だが、だからといってそれを無視するわけにもいかないので、答える。
「『にげあし』よ」
ふうん、と、その少年は頷いた。
「『てきおうりょく』じゃないんですね」
「くわしいのね、感心感心」
イーブイには特性が二つある。『にげあし』と『てきおうりょく』だ。
「ジムリーダーのポケモンだから『てきおうりょく』だと思ってた」
少年の指摘は、ポケモンというものに詳しくなければ浮かばないものだった。
イーブイのもう一つの特性『てきおうりょく』は『にげあし』と比べて戦闘の面で有利なものだ。戦闘のエキスパートであるジムリーダーの息のかかったポケモンであるのならば、戦闘に有利であっても不思議ではない。
「家族の誰かがトレーナーなの?」
「兄さんがトレーナーです。でも、あんまり強くない」
「どうしてそう思うの?」
「下手だもん、バトルが」
「難しいのよバトルは」
「そうかな、僕はそうは思わないけど」
生意気にも見える少年だった。だが、事実彼にはバタバタとした兄の戦いぶりが下手くそにしか見えないのだ。
「『てきおうりょく』じゃないから、そのイーブイは嫌い?」
その言葉に、少年はイーブイを抱え直して首を横に振る。
「好きです。『おくびょう』だから。特性は進化で変わります」
「じゃあ良いじゃない。いっぱい可愛がってあげてね」
ニッコリと笑うノマルに、少年はそれ以上何も返さず、同年代の子供達の中に戻っていった。
陽の光が赤みを帯びながら傾いてきた。長くなり始める影に注目すること無く、子供たちは鍋に向かって真剣な眼差しだ。
その傍らではイーブイ達がしっかりと座って待っていたり、コロコロと転がって構われることを誘っていたりそれぞれだ。
子供達の前には大きな鍋があった。その中身はコトコトと煮込まれたカレーであり、子供たちはそれを焦がさぬように、それでいて鍋からこぼすという大失態を侵さぬように気をつけながらかき混ぜる。
中は昼間に自分たちが取った木の実が入っている。食べることのできる木の実がなっている木の特徴を教えてくれたノマル曰く、ヨクバリスの分まで取らぬようにと、必要以上に木を揺らさないことがコツなのだそうだ。
イーブイは一人に一匹準備したが、鍋とテントは数人に一つだ。子供たちはそれぞれの意見をなんとか一つの鍋に収める。数人の人間の意見もまとめられぬようでは、六匹のポケモンなど従えられるわけがない。もっとも、多少険悪な雰囲気になろうともイーブイ達を眺めればそんな気は薄れてしまうだろうが。
「珍しい木の実や高価な食材を使わなくても充分に美味しいカレーを作ることはできます。ポケモンたちが喜ぶ姿を想像しながら、真心を込めてつくりましょう」
ノマルは一つ一つのグループを回りながらアドバイスを与えている、だが、大体のグループがうまくやっていることを見届けると一つのグループにほとんどつきっきりとなった。そのグループは少しできない子達が集まっているようで、どうも進みが遅く、カレーが焦げ付き始めているようだった。
「なあ」
カレーを焦げ付かせたグループの真向かいは、テントもカレーも木の実も上手にこなしたグループだった。そのうちの一人、いかにも悪ガキと言った風を全身で表現しているような少年が、つまらなさそうにカレーを混ぜている少年に問うた。
「ノマルさんがメジャーリーガーだったなんて信じられるか?」
「ほんとだよ」と、カレー鍋を覗き込んでいた短髪の少年が勝手に答える。
「ノマルさんはかつてメジャージムリーダーとして活動していたんだ」
矢継ぎ早な早口で続ける。
「ノーマルタイプのジムがメジャーに上がることは珍しかったんだけど、ノマルはダイマックスのタイミングに縛られない戦い方で勝ち抜いて、一時期はファイナルトーナメント決勝まで行ったんだ。あまりの強さに『鬼教官』と呼ばれたほど、だけどファイナルトーナメントの決勝でダンデに負けたんだよ」
まるでどこかのウェブページをそのまま暗唱しているかのようにスラスラと言ったが、この初心者教室は携帯端末の持ち込みが禁止であるためにそれを確かめようがない。
その知識量に悪ガキが目を丸くしていると、今度はカレーをかき混ぜていた少年が答える。
「もう十年も前の話じゃん。もう一線級じゃないよ」
「確かに、十年あれば戦略の変化もある、事実ノマルはその後めぼしい成績は上げていない」
やはりコピーペーストを続ける短髪に、少年はため息を付いて続ける。
「本人に聞いたんだけど、僕たちのイーブイの特性は『にげあし』なんだって」
「『にげあし』?」
悪ガキは首をひねった。彼はこの少し前に行われていた子供たち同士のじゃれ合いのようなバトルごっこでは随分と威勢がよかったが、対戦についての知識はあまりないようだった。
それにやはりマシーンのように答えたのは、短髪の少年だ。
「野生のポケモンとの戦闘の場合、必ず逃げられる」
「なんだ、バトルかんけーねーじゃん。大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ、進化すれば特性は変わるし、特性を変えることのできるアイテムだってある」
「『とくせいカプセル』2種類の特性を持つポケモンに使うと、今とは違う特性に変えられるカプセル」
「でも、あまり冴えた特性じゃないよ。ジムリーダーなんだから、もっと強いポケモンをくれるのかと思ってた」
「なんだい、お前強くないのか」
悪ガキは足元で眠っていたイーブイを抱えあげて問う、しかし遊び疲れて眠たいイーブイは、それに小さなあくびを返しただけだった。
「でも大丈夫だよな! お前が強くなくても俺がしっかりしてれば良いんだ!」
なんとも子供らしい提案にイーブイは何も返さなかったが、少年はそれを気づかれぬように鼻で笑った。
例え彼らと同年代であったとしても、兄がトレーナーである少年はポケモンの強さというものがトレーナーにはどれほど重要なのかということをよく知っている。
出来上がったカレーはそつのない味がしたが、真心が込められていなかったのかそれなりの味しかしなかった。
カレーをたらふく食し、手持ちのイーブイ達の口周りをしっかりと拭いてあげた子供たちは、燃え上がるキャンプファイヤーを中心に円になって座っていた。
「皆さん、キャンプ体験楽しんでいただけましたか!?」
炎を背に声を張り上げるノマルに、子供たちは大きな声でそれを肯定する。
その傍らでは、ミスミは大きな袋を抱えていた。子供たちはその中身に予測はつかないが、やはり少しそれが気になってソワソワしている。
「楽しんでいただけたなら私も嬉しいです」
両手を組んで微笑むノマルの言葉は本心なのだろう。
「最後に、少しだけ私の話を聞いてください」
彼女は子供たちが静まり返ったのを確認してから続ける。
「多分、皆さんはこの後ポケモントレーナーとして活動するでしょう。この教室に参加した殆どの子供たちがトレーナーとなるのを、私は知っています」
それは自然な流れだろう、ワイルドエリアでの野宿、カレーの作り方、そして相棒となるポケモンを与える教室に、その目的以外を持っている子供が参加するとは思えない。
「皆さんの中には、バトルがとても強くて、野生のポケモンたちとバトルをするようになったり、ジムバトルをするようになったり、もしかしたらファイナルトーナメントに出場するようなこともあるかも知れません」
子供たちはその言葉に目を輝かせる。それにあげられたすべての例が、彼らには魅力的だった。
ですが、と、ノマルは少しだけ目を細めて続ける。
「あなた達のほとんど、いえ、多分全員が、トレーナーとして生きる中で必ず、思わず見上げてしまうような大きな壁にぶつかってしまいます。私はいろんなトレーナーを見てきました、その中で、一度も大きな壁にぶつからなかったトレーナーは二人だけです。一人はダンデ、そして、そのダンデにとっての大きな壁であったのが、新たなチャンピオンであり、私の知る二人目です」
子供たちが少しだけ熱気を下げたことを確認してから続ける。
「その壁がいつ訪れるかはわかりません。ジムリーダーが相手かもしれない、チャンピオンが相手かもしれない、そして、野生のポケモンが相手であるかも知れません」
一拍おいて続ける。
「もし、どうしても勝てないと思ったときは、逃げてください。逃げることは恥ではありません、ましてや、役に立たないこともありません。勝負の最中に背中を向けたって良いんです、そんなことよりも大切なことが絶対にあります」
ノマルはミスミと目を合わせた。彼は一つ頷いてから袋の中からそれを取り出す。
それは、透明なビニールに包まれたポケモンのぬいぐるみであった。ようせいポケモンのピッピがかたどられたそれは、毛並みのふわふわさで言えばイーブイには遠く及ばないし、大して可愛くもない。
「これは『ピッピにんぎょう』……野生のポケモン相手に投げることで気をそらせば、確実に逃げることができます」
ミスミは子供たちに近づいて、その『ピッピにんぎょう』を一つづつ手渡す。
そのビニールに貼り付けられた『ガラル遺族協会寄贈』のシールの意味がわかる子供は、いなかった。
「もしものときは、それを気兼ねなく躊躇なく思いっきりぶん投げてください。とにかく、だめだと思ったら逃げる、それだけを私と約束してください」
少年のもとにも、そのピッピ人形が回ってきた。
可愛らしさのかけらも無ければ、これっぽっちも惜しくはないといったチープさに、うまくできているなと感心する。
兄がトレーナーであるその少年は、その道具をどう使えば良いのかを知っている。
だが、同時に、それを使うことなど無いだろうと漠然と思っていた。
根拠など無い、ただただ漠然とした自信だった。きっと自分は、ダンデや新しいチャンピオン側の人間だろうと、彼は若々しく視野の狭い理想を描いていた。
「おい」
慣れぬテントに寝袋、ようやく眠りにつこうとしていた少年は、耳元で囁かれる悪ガキの声で再び目が覚めることになった。
「なんだよ」と、少年は寝ぼけている風を装いながら少し不機嫌に言った。悪ガキは少年を随分気に入っていたようだったが、少年は少し悪ガキに食傷気味だった。
「ポケモン捕まえに行こうぜ」
しかし、悪ガキのあまりにも突飛な提案に彼は寝ぼけの演技も忘れて「なんだって?」と返す。
「ポケモンを手に入れたんだから、捕まえることもできるだろ」
悪ガキの手には、幾つかのモンスターボールが握られていた。
呆れた、と、少年は悪ガキの性根にある意味で感動を覚えた。まだポケモンのこともいまいち分かっていないのに、そういう欲求と行動力はすごい。
「『モンスタボール』野生のポケモンに投げて捕まえるためのボールでカプセル式になっている」
わかったわかった、と、悪ガキは短髪を制した。彼は短髪に食傷気味なようだ。
「ついてくるなら一個やるよ」
少年はそれに少しだけ考えた。そして頷く。そのモンスターボールは、少なくともピッピ人形よりかはトレーナーにふさわしく思えた。
「オーケー、行こう」
「そうじゃなくちゃな」
「だけど、表は見張られてるだろう?」
少年の指摘通り、テントの外ではノマルとミスミが焚き火を囲みながらテントを見張っている。うららか草原はワイルドエリアの端っこだ。子供たちが勝手な行動をしないように一箇所を封鎖すれば監視は完了だ。
「任せとけ」と、悪ガキが胸を叩く。
「俺に考えがある」
あまりにも自信満々なその様子に、こいつとは友達にならないほうが良いだろうなと少年は思った。
「『愛してーるのエールをあげーる』」
鼻歌交じりにお玉を握るミスミはごきげんだった。
ノマルとミスミは、焚き火を囲みながら晩御飯のカレーができるのを心待ちにしていた。夕食のときに作っていたカレーは出来が悪くカレーを焦がしてしまったグループにそのままそっくり譲渡していた。
その時だ、一つのテントから這い出てきた子供が一人、彼らのもとに駆けてきた。
「大変なんです!」
焚き火の上でカレーをかき混ぜていたミスミに、子供が言った。
「おー、どしたー」
カレー鍋から目を離さないままミスミが答えた。
「虫ポケモンがテントの中に入ってきたんです!」
「なんですって!?」と、それにいち早く反応したのはノマルだった。
「どんなポケモンだったかわかる?」
「いや、暗かったから……でも今は逃げてった。別のテントに入っているかも」
「大変!」
ノマルは組み立ての椅子から跳ねるように立ち上がった。対するミスミはまだカレーをかき混ぜながら訝しむ視線を子供に送っている。
「急いでテントのチェックをしないと! ミスミくん! カレーはひとまず置いといて!」
「弱火にしておきますよ」
ミスミは火ばさみで薪をかき回して火の威力を落とした。ノマルは暗くなった分ランタンの明かりを強める。
「あなたはテントに戻って待機しててね!」
「わかった」
子供は頷いてテントに駆けていく。
「行きましょう!」と、ミスミを引き連れてテントを回り始めようとするノマルの声を、彼は確かに聞いていた。
その脱出劇は、信じられないほどにうまく行った。
弱くなった焚き火はあたりをより暗くしていたし、二手に分かれたノマルとミスミも、自分たちのテントを確認するのは大分後になるだろう。
まさかこんな『初心者教室』に、夜中にワイルドエリアを闊歩してポケモンを捕まえようとする馬鹿げたバイタリティを持つ子供がいるとは思わないだろうと彼らは思う。
「な? 簡単だったろ?」
暗闇の中でニカっと笑ってであろう悪ガキに、少年は「そうだね」とそれを肯定しながらも、その表情は渋い。彼はその悪ガキをあまり信用していなかったし、何より、そんなことよりも、手に入るかも知れない二匹目のポケモンに意識が行っていたのだ。
少年は将来的にイーブイをサンダースにしたかった。そうするのならば、地面タイプをケアすることのできるみずタイプのポケモンが欲しい、贅沢を言うのならば草タイプをケアすることのできるほのおタイプや飛行タイプのポケモンの手持ちに加えたかったが、まず必要なのは水タイプだろう。
彼らはうららか草原を抜け、キバ湖の東へと入っている。小さな湖であるキバ湖は、少年の将来設計と照らし合わせても都合のいい場所だった。
「おい」と、懐中電灯を片手にした悪ガキが水辺を指差して言った。
「ポケモンだ」
彼が電灯で照らした先にいるのは、丸々としたきのみのようなポケモンだった。光に驚いているのか、それは照らす子供たちをしっかりと見据えながらも動けないでいる。
「アマカジだ」と、少年が言う。
それにつられて短髪も言った。
「『 襲われた ときに 流す 汗は 甘くて 美味しい。 その 香りが さらに 敵を 増やしてしまうのだ』」
「わかったよ」とやはり悪ガキは鬱陶しそうにつぶやいた後に、モンスターボールを放り投げてイーブイを繰り出した。
現れたイーブイは一瞬空の暗さに驚いた後に、照らされているアマカジに気づくと前足で少しぬかるんでいる地面を踏みしめた。持ち主に似て随分と好戦的なようだ。
「『たいあたり』!」
前足を少し滑らせながら突進したイーブイは、アマカジにあっさりとそれをかわされて湖に顔を突っ込んだ。
「何やってんだよ!」と悪ガキは怒るが、初めての実戦が夜で水辺であればそれは仕方のないことだとも言える。だが子供たちは都合よくそういうことだけはわからないのだ。
イーブイから目を離すわけにいかぬ悪ガキに変わり、少年が自身の懐中電灯を振ると、アマカジはイーブイの攻撃をかわしながらもまだじっと彼らの様子をうかがっている。
「クソッ!」と悪ガキは焦り、そのままモンスターボールを放り投げた。
だが、弱らせてもいないポケモンにそれが当たるはずもなく、アマカジはそれをかわした後に草むらの中に逃げ込んだ。少年と短髪がどれだけ懐中電灯を降っても、その姿は確認できなかった。
「なんだよお」と、悪ガキはわかりやすく落胆しながら水辺に近づいた。湖に突っ込んでびしょびしょな彼のイーブイは申し訳無さそうに彼の足元にすり寄ったが、流石の悪ガキもそのすべての責任がイーブイにあると思っているわけではないようで「ごめんな」と言いながら相棒の頭をなでる。
「ボールどこ行った?」
「多分あのへんだと思う」
「もう一回使えるかな」
少年と短髪も同じく水辺に近づきながら懐中電灯を振ってボールを探す。
「あった」
短髪の懐中電灯がそれを見つけたようだった。
だが、照らされるそれを目にした三人は一様に首をひねった。どうもそのモンスターボールは水に浮いているわけでも沈んでいるわけでもなく、まるで宙に浮いているようだったのだ。
そしてそのボールを掴んでいる部分も彼らのライトに照らされた時、少年は叫んだ。
「キングラーだ!」
そのボールはハサミに挟まれている、ライトでそのハサミを照らしてみれば、それは彼ら子供では考えられないくらいに巨大だった。
そのボールを挟んだはさみポケモン、キングラーは少年の声に驚くこと無く、ゆっくりと水面から顔を出した。
「うわあ!」と叫んだ悪ガキは、イーブイを抱えてキングラーと距離を取る。
「キングラー、はさみポケモン」と短髪が続ける。
「大きいほうの ハサミの パワーは 1万馬力。 しかし 重すぎるため ねらいを つけることが 苦手だ」
メキメキ、と、何かが悲鳴を上げている。
三人が三人共キングラーを照らせば、その巨大なハサミに挟まれたモンスタボールが軋んでいた。
そして、夜の闇の中に、それが砕かれる音が響く。
キングラーは三人を正面に捉えた。彼にしてみればまだその子供たちが敵か味方かわからぬ。攻撃する必要性はないが、かと言ってみすみすと背中を見せる必要もないだろう。
子供たちは混乱していた。無理もない、昼間イーブイ達と戯れていた彼らが、普段キバ湖の瞳を住処にする超高レベルのキングラーを相手に何かができるわけではない。
混乱した彼らは、最悪の選択を取る。
「うわああ!」
悪ガキが、モンスターボールをキングラーに向かって放り投げたのだ。
愚かなことに、子供たちはそれを良い作戦だと思った。
だが、大自然がそのようなすがるような願望に忖度することはない。
キングラーは山なりに投げられたそのボールをやはり巨大なハサミで受け止めると、今度はそれが軋む猶予すら許さずにバリンと破壊する。
キングラーはそれによって彼らを敵とみなした。器用に前に少し歩いて彼らとの距離を詰める。
「イーブイ!」
少年はキングラーが戦う体勢に入ったことを察知してイーブイを繰り出した。
だが、イーブイは目の前のキングラーの巨大さにすでに気圧されている。無理もない、それは少年も同じなのだから。
しかし、その状況においてもまだその少年は気を張っている方だった、他の二人などはすでに腰を抜かし戦力にならない。少なくとも、彼は他の二人に比べれば戦うということの才能はある方なのだろう。それ故に自分自身で選択肢を狭めていることに、彼はまだ気づいてはいないのだが。
ワイルドエリアで奇跡は起きない。ゆうゆうと闊歩しているのは強いものであるし、弱きものは、その前に立たぬことで命を保証されている。
その摂理を無視した時、どうなるのか。
キングラーがハサミを振り上げた。
その時である。
遙か上空から音もなく滑空してきたヨルノズクが、二本の足を使ってキングラーに攻撃した。
全く予測していなかった攻撃に、キングラーは不意を打たれた。しかもこれまでとは違う、自分にダメージを与えてくるほどの実力を持つポケモンだ。
彼はすぐさま敵として認識する相手をヨルノズクに定めた。他の小さい三匹はどうでもいい、いつでも倒せるし、そいつらの攻撃では倒されない。
まだ飛び上がっていないヨルノズクに向かって『グラブハンマー』を振り下ろす。しかし、それは『リフレクター』と『サイコキネシス』で軌道を捻じ曲げられて地面を誤爆した。
その振動に、子供たちは内臓が揺れ動くのを感じる。
そして、自らの前に人が立つのを確認すした。
「私の後ろに!」
小さな女性、ノマルは、両手を広げ子供たちを守るようにしながら仁王立ちとなる。
その手には何かが握られていたが、それを確認できるほど子供たちは冷静でない。
ヨルノズクは彼女の前に陣取る。子供たちはようやく、そのポケモンが昼間自分たちと遊んでくれたヨルさんであることに気づいた。
自体は一刻を争う、ノマルはそれを理解している。
彼女は握られていたそれを、小さな体を思いっきり使ってぶん投げた。
自らの後方に飛んだそれにキングラーは気を取られる。
ポケモンのようだった。だが、ヨルノズクに比べれば小型のポケモンだ。
挟まれるとまずい、だが、その小さなポケモンならば一撃で倒せる。
彼が巨体を起用に揺らしながら振り返ろうとした時、ノマルが叫んだ。
「逃げましょう!」
彼女はイーブイを繰り出す。そして、そのイーブイは一目散にキングラーに背を向けて走り出した。
「イーブイを追いなさい! 逃げ方を知っています!」
その言葉に我に返った子供たちが一斉に立ち上がるのと同時に、彼らのイーブイもキングラーに背を向けて逃げ始める。
ノマルの言葉通り、彼らはイーブイの後を追った。
特性が『にげあし』のイーブイ達は、彼らに適切な逃走経路を提示する。彼らはそれを追えばいい。
そして、彼らが逃げたことを確認すると、ヨルノズクとノマルもその場を後にした。百戦錬磨の彼女らは、野生のキングラーから逃げるなど造作もない。
放り投げられたそれが、ポケモンによく似せられたなにかであり、全く驚異ではないことを理解したキングラーが慌てて脅威であるヨルノズクに向かい合おうと振り返ったその時、そこには何もなかった。
子供達三人は、焚き火の前に転がされた丸太に腰掛けうつむいていた。
当然、その前にはノマルとミスミがいる。ノマルは怒っているわけではないが笑っているわけでもない、ミスミはカレーをかき混ぜているのでその表情はわからないが、代わりに仁王立ちとなって子供たちを見下ろすタチフサグマは凄まじい剣幕であった。
「全部お見通しなんだよ」
背中越しに、ミスミの声だ。声を震わせないように努力している彼の説教はもうちょっとだけ続く。
「お前らガキの考えることなんて全部お見通しだ。リーダーは騙されるかも知れないが、リーダーは馬鹿じゃない、夜目の聴くヨルさんを偵察で飛ばしてたんだよ、ずっとな」
子供たちは更にうなだれた。
ミスミは更に何かを告げようとしたが。「もうやめときなさい」と、ノマルがそれを遮った。
「しかしリーダー、こういう手合いにはしっかりと言っとかないと、多少泣こうが喚こうがそれなりのことはしてる」
「私はあなたにそうした?」
その言葉はミスミには効果が抜群だったようだ。彼は小さく唸ってからカレーをかき混ぜることに集中する。
だが、お説教がそれで終わりではないことは彼らにも分かっている。ジムトレーナーのお説教が終われば、次はジムリーダーのお説教だろう。
ノマルは一つため息を付いてから言う。
「あなた達はルールを破り、私達に嘘を付きました。その点においては、ミスミが散々怒りました」
ですが、と続ける。
「私はあなた達の冒険心を責めません。たしかにあなた達は自らの身の丈に合わないことをしました。ですが、それはいずれ、あなた達がトレーナーとして生きるのならば、必要になる『勇気』です」
子供たちはその言葉に驚いた。それこそが、最も責められることだと思っていたのだ。
「一つだけ聞きます」
ノマルは少年の前に立って続ける。
「あの時、勝てると思っていたのですか?」
あの時、というのはキングラーと退治したときだろう。彼がイーブイを繰り出していたのを、ノマルは知っている。
「いえ」と、少年は小さく答えた。
そうですか、と頷いて続ける。
「この教室で私が一番伝えたかったことを、あなた達は分かっていなかったようですね」
うつむいた子供たちも、カレーに集中しているミスミも確認できなかったが、ノマルは一瞬悲しそうな表情を見せた。
「ですが、もう分かったでしょう。どうしても勝てない相手というものはいつか現れますし、そんなものが相手だったときには逃げるしか無いのです。冒険も『勇気』ですが、逃げることもまた『勇気』なのですよ」
さあ、と、彼女は一つ手を叩く。
「お説教はこのくらいにして、もう寝ることにしましょう。テントに戻って、明日はみんなできのみのサンドイッチをつくってから帰りますよ」
子供達は素直に従った。他の子供達よりも疲れている、きっとぐっすり眠れるだろう。
「どうして倒さなかったんです?」
テントに戻った子供たちが眠ったであろう時間に、ミスミはまだカレーをかき混ぜながらノマルに問うた。
「倒せたでしょう? リーダーなら」
それが、キングラーと対峙したときのことを言っていることはノマルにもわかる。彼女は情報の共有として、そのことをミスミに話していた。
ノマルは枝に刺したマシュマロを焚き火に近づけながら「わからない?」とそれに返す。よりトロければいいのにと火元に近づけられたそれは、すでに焦げ付き始めているが、彼女はずっとそれに気づかない。
「あそこで私がキングラーを倒しちゃったら、彼らは逃げることの重要性がわからないままこの教室を終えてしまうでしょ? 驚異を戦いで制すことができることばかりを学んで」
「きっとあいつらリーダーのことを舐めてますよ、どこかでリーダーが逃げたことを話して炎上するかも」
「話せばいいじゃない、ジムリーダーでも逃げることがあるなんて知られるならいくら炎上したっていい」
あのねえ、と、ミスミが何かを続けようとした時、彼は一瞬カレーをかき混ぜる手を止めた。
ノマルもそれに気づいたようで、マシュマロを刺した枝を火元から離す。「もう、こげちゃった」と、いかにもそのトラブルが原因であるように言うが、もともと焦げていたことをミスミは指摘しなかった。
向こう側から、ポケモンが近づいてくる。
複数の足が地面を蹴るように動き、その巨大なハサミを誇示するようにそのポケモンは影を大きくする。
それがキングラーであり、恐らく彼女が対峙したポケモンであろうことは明らかだ。
キバ湖を縄張りとするポケモンである彼は、侵入者を、そして敵を許すことが出来ず、その後を追ってここまできたのだ。
「手伝いましょうか?」
お玉を鍋の端にかけながらミスミが言う。皿を持って並んでいたタチフサグマも、流石にそれを地面において臨戦態勢を取った。
「カレーに集中しなさい」
ノマルがボールからヨルさんを繰り出しながら言った。
「それと、水タイプのポケモンを瀕死にすること無く追い返す術を見せますから、この教室終了後に感想文を提出しなさい」
突然の提案だったが、「はいはい」とミスミはそれを受け入れた。マイナーとはいえ一つのタイプのエキスパートを極めたジムリーダーだ、そのくらいは出来てくれないと困る。後、感想文は三行くらいでもいいのでそこまで辛くない。
「勉強させてもらいますよ『鬼教官』サマ」
☆
シュートシティ駅前広場。
都会に似合わぬキャンプルックの子供たちを従えたノマルとミスミは、子供たちを迎えに来た保護者達にも挨拶を済ませ、ラーノノタウンに戻ろうとシュート駅に向かおうとしていた。
その時である。イーブイを胸に抱いた少年が、彼らに声をかけてきた。あのときの少年だった。
「すみません、どうしても言いたいことがあって」
彼はイーブイを抱え直して言う。
「あの夜、ノマルさんがキングラーと戦うのを見てました」
ノマルはそれにおどろき、ミスミは少しムッとした。
ミスミの雰囲気を感じたのだろう、少年は頭を下げる。
「ごめんなさい! あの後、どうしてももう一度謝りたくなって、それで……」
「君だけ? 他の子は見なかったの?」
うんうん、と、少年は頷いた。
「びっくりしました……その、それで……」
少年は次の言葉を紡ぎそこねているようだった。だが、イーブイが何かを急かすように胸元で暴れたので、それに慌てるように続ける。
「あの! 今度ラーノノジムにお邪魔してもいいですか? ポケモンのこと、もっとたくさん知りたいです」
その言葉に、ノマルはニッコリと笑って答える。
「ええ、いつでもいらっしゃい。ポケモンのこと、たくさん勉強しましょうね」