『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 - 6-クリムゾンレッドの負け犬
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3.
 不遜。
 目の前にいる少年は、そう称されることを望んでいるのかと思ってしまうほどに、誰も寄せ付けぬような、それでいてそれがまるで許されているような雰囲気を纏っていた。
 伸ばした赤毛、ギロリとコチラを睨みつける三白眼。ここがカントー最難関ジムであることをまるで知らないかのような佇まい。
 コウタなどは、すでにそれに飲まれかけている。彼はまるで怖いものを見るようにその少年を眺めていたし、耳をすませば生唾を飲み込む音すら聞こえてきそうだった。
 だが、グリーンはそれにほんの僅かな恐怖すら覚えてはいなかった。
 それは、もちろん彼自身が何も恐れぬ強さを持っていることも理由の一つではあったが。最も大きな理由は、彼のそのような雰囲気が、種類は違えど昔の自分を見ているようだったからであった。むしろ、どちらかと言えば恥ずかしい。
「よく来たな」
 グリーンは彼に笑いかけて続ける。
「俺はグリーン、このジムの責任者だ」
「……シルバー」
 少年、シルバーは差し出された右手を握らなかったが、その代わりに言葉を続けた。
「あんたと戦えと、あいつに言われたんだ」
 あいつ、とはワタルのことであろう、この場にいないとは言え、ポケモンリーグチャンピオンに対し、大した態度だ。
「ワタルさんとはどんな関係なんだ?」
「どうだっていいだろう」
「おいおい、会話のキャッチボールしようぜ」
 やはり微笑みながら、グリーンが言った。
 別に無理をして作った微笑みではない、彼は本心からシルバーの態度を微笑ましいものだと思っている。まるでコラッタが必要以上に周りを威嚇するような、それを上回る力を持っている人間からすれば滑稽であるとすら思えるようなものだった。
「まあ、いい。それじゃ早速手合わせするか」
 そう言って距離を取ろうとしたグリーンに、シルバーが言った。
「本気で来いよ」
「ん?」
「俺を試すような真似はやめて、本気のパーティで来い」
 どこかで聞いたような提案だった。
 だが、グリーンはそれに首を振る。
「駄目だな、物事ってのには段階ってもんがあるんだ。俺に本気を出させたきゃ、それなりの結果を出さなきゃならん」
 不服気な表情を見せるシルバーに、「ああ、そうだ」と、グリーンは続けた。
「まずは、ウチのジムトレーナーと戦ってもらおうか」
 突然指さされたコウタは、それに驚きの表情を見せた。
 だが、それは不思議なことではなかった。ジムリーダーが挑戦者の実力を見るためにジムトレーナーの相手をさせることは、ジムリーダーの不必要な仕事を増やさないことでもあったし、ジムトレーナーにとっても貴重な経験だ。
 だが、コウタにとってはそれがジムトレーナーとしての初戦、しかも相手が何だ怖い人だ。
 そもそも、押しかけるようにグリーンのもとに飛び込んだ自分が、ジムトレーナーとして正式に活動する日が、まさかこんなにも早く現れるとは思っていなかったのだ。
「無理ならいいぞ」
 グリーンは本心からそう言った。だが、そう言われてしまえば、もう誰も断れない。
「やります」と、コウタは一つ息を呑みながら答えた。
「別に勝たなくてもいいんだ、ただ、お前の出せる全力を出せばいい」
「はい!」
 コウタは納得したようだったが、シルバーはそれには不満であるようだった。
「雑魚だろう、そいつは」
 彼はコウタを指差して吐き捨てる。彼から見れば、コウタはそうなのだろう。
「お前もな」と、グリーンは振り返りながら答えた。
 その言葉に、顔を赤くしたシルバーが歯を食いしばるほどの屈辱を覚えたことは想像に難くない。
 だが、グリーンから見れば、シルバーはそうなのだ。







『アクアブレイク!』
 水を纏ったオーダイルの前足が、サンドパンを捉えた。
 レベルの違う相手の、それも弱点を突く攻撃、吹き飛んだサンドパンがそれに耐えられるはずもなく、ぐったりとして戦闘不能となる。
 コウタはうなだれながらサンドパンをボールに戻す。これで彼の手持ち三体がすべて戦闘不能となった。
 片やシルバーは一匹も手持ちを欠いてはいなかった、否、それどころか、彼はこの手合わせに置いて、オーダイル以外の手持ちを繰り出しすらしなかった、その一匹で、コウタを蹂躙するには十分だったのである。
「よくやった」
 グリーンのその言葉は、その手合わせに勝利したシルバーにではなく、無様に敗北したコウタに向けられていた。
 彼の肩を抱きながら更に続ける。
「レベルの違う相手だった。だが、技の選択に大きなミスはなかったし、何より、戸惑わなかった。大きな成長だぞ」
 それは、徹底的な敗北をしたコウタに対する励ましの意味が多少あったかもしれないが、その全てが、無きところからひねり出した称賛なわけではない。
 相手のレベルが高いことは、繰り出された最終進化系からも想像することが出来ただろう。しかし彼は、それでも諦めず、なんとか戦況を有利に傾けるように努力していたし、ポケモン達にも、その意志が伝わっていた。結果は手も足も出ぬ敗北であったかもしれないが、初めてあった時に比べれば、できすぎと言っていいほどの成長だった。
 コウタはその賞賛に複雑そうな表情であった。当然だ、たとえその賞賛が真実だったとしても、伴わぬ結果に素直に喜べるものか、努力は、勝利でしか実らない。
「時間を無駄にした」
 シルバーは、やはり憮然とした表情で言った。それには、コウタの弱さに対する侮蔑も込められていただろうし、そのようなトレーナーを褒めるグリーンに対してのものもあっただろう。
「さっさと準備しろ」
「余裕がねえなあ」
 グリーンはため息を付き、コウタを下がらせてからボールを取り出した。
 強気になるだけのことはある。
 少なくともあのオーダイルは大したレベルだというのがグリーンの判断だった。
 あとは、パーティのバランスがどうか。
 彼はジム専用に調整されたパーティを選択した。
 それで十分そうだった。




「『バレットパンチ』」
 カイリキーの拳が、ニューラの小さな体を捉えた。
 的は小さいが、ニューラの『ねこだまし』をギリギリまで引きつけたことで、それを十分に遂行できるだけの距離を手に入れていた。
 進化前であるニューラの『ねこだまし』など、恐れるようなダメージではない。
 対象的に、ニューラにとってカイリキーの『バレットパンチ』は十分すぎるほどの脅威だった。鋼のように握りしめられた硬い拳は氷タイプであるニューラには厳しい。しかも、交換先としてその背後に控えるゲンガーにもプレッシャーを与える選択だ。安易に『マッハパンチ』を選択していたならば、交代先のゲンガーに無効にされていた可能性もあるだろう。
 舌打ちをしながらニューラをボールに戻したシルバーは「行け!」と小さく叫びながら次のボールを放り投げる。
 現れたのはこうもりポケモンのゴルバットだった。それは羽ばたきながらカイリキーの上空に陣取る。
 フィールド外からそれを眺めていたコウタは、シルバーの選択の淀みなさ、それでいて選択を間違えぬ正確さに感心していた。
 格闘タイプであるカイリキーに対し、毒、ひこうタイプであるゴルバットを繰り出すのは、限りなく正しい選択のように思えた。そりゃあ時間をもらえればコウタにもその答えは出せるだろうが、手持ちのポケモンがやられてしまった動揺や、すぐにポケモンを繰り出さなければならないという焦燥感の中から、その選択を果たしてできるだろうか。
 そして、彼はこうも思った。
 こんなに強いそのトレーナーに、一体何が足りないのだろう。
「『つばめがえし』!」
「『ビルドアップ』」
 上空からの攻撃に、カイリキーは上半身に力を込めて備えた。
 弾丸のように迫りくるゴルバット、スピードはそのまま彼を鋼鉄のように固く冷たい刃とその姿を変えさせるだろう。
 弾丸が、カイリキーの体を切り裂こうと直撃する。だが、カイリキーはそれに耐えて攻撃の体勢をとった。力を込めた上半身は、彼の肉体を鋼鉄のように固く冷たい盾とその姿を変えさせていたのだ。
「戻れ!」と、シルバーはゴルバットをボールに戻す。
 そして、新たにオーダイルを繰り出した。
 これまでのポケモンたちと違ってフィジカルでカイリキーに劣ることのないそのポケモンは、その重量感で地を鳴らすように着地し、カイリキーの前に立ちふさがる。
 だが、カイリキーはそれに圧倒はされない。ジム専用の調整されたポケモンとは言え、彼も歴戦の猛者であることに変わりはない。
 準備していた攻撃を、そのままオーダイルに打ち込む。
「『かみなりパンチ』」
 振りかぶられた拳が、オーダイルの胴体にめり込んだ。
 理屈はわからないが、電撃を纏ったその拳は、水タイプであるオーダイルに効果が抜群だった。
 ゴルバットの弱点を的確につきながら、後続のポケモンもケアする選択肢。
 コウタはその選択の的確さに息を呑んだ。対戦相手であるシルバーがそれに協力しているはずがないのに、グリーンは自分の思い通りに戦況をコントロールしている。
 だが、オーダイルはどうにめり込むカイリキーの腕を掴んだ。
「『ばかぢから』!!!」
 そのまま雑にカイリキーを振り回し、頭から地面に叩きつける。
 ちからづくな攻撃だが、それは最も単純で強力な要素でもある。
 カイリキーはなんとか身をひねりながら受け身を行おうとしたが、それでも叩きつけられた衝撃に思考がぐらつく、どれだけ受け身に優れていようと、衝撃すべてを消せるわけではない。
「なるほど」
 グリーンはそうつぶやきながらカイリキーをボールに戻した。
 視線の向こうには、自身をにらみつけるシルバーの目がある。
「大体、わかった」
 つぶやかれたその言葉は、シルバーには届かなかった。









 対戦場の中央で、シルバーとグリーンは向かい合っていた。
 その傍らにはコウタが立っており、その試合を録画したビデオカメラを操作してその中身を取り出している。
 シルバーは顔を赤くし、歯を食いしばっていた。
 屈辱と、羞恥でいたたまれなかった。
「悪くない試合だった」
 そのジム戦は、グリーンの勝利にて幕を閉じた。
 だが、コウタはシルバーを哀れだとは思わなかった。グリーンの言葉通り、その試合は、彼の圧倒的な勝利ではないように見えた。
 シルバーのオーダイルは最後まで根性を見せていたし、そもそものシルバーのトレーナーとしての能力も素晴らしいと思えた。故郷であるコガネシティのジムトレーナーでさえ、彼より優れているものはそういないだろう。彼が不遜な男であることを差し引いても、その能力を賞賛すべきトレーナーだった。
 だが、シルバーにとって、その言葉は賞賛には当たらないようだった。
 コウタはそれを不思議に思う、もし自分がそれだけの試合をグリーンと行い、そのようなことを言われれば舞い上がってしまうだろう。たとえ負けたとしてもだ。
「どうして」と、シルバーは声を震わせて続ける。
「どうして、勝てなかった」
 絞り出したようなその問いに、グリーンが答える。
「お前さんの腕は良い、大したもんだ、バッジは持っていないらしいが、そのうち七つは確実に取ることができるだろう」
 だが、と言って続ける。
「パーティのバランスが悪い」
 ピクリと、シルバーはその言葉に反応した。それは、これまでで初めての反応だった。不遜で、全てを傷つけようとするような雰囲気を持とうとしていた少年に不釣り合いな、それでいてその見た目通りに少年らしい、可愛らしいもの。
「最終進化系ではないポケモンが三匹ほどいたが……それはどうしてだ?」
 それは、ゴルバットとニューラ、そしてレアコイルを指していた。二匹ともクロバットとマニューラ、ジバコイルという最終進化系が存在し、基本的にはそれに移行しない理由がない。
「お前ほどのトレーナーなら、造作も無いことだろう」
 コウタ、と、グリーンはジムトレーナーの名を呼んだ。
 彼が背筋を伸ばしながらそれに返事したことを確認してから続ける。
「ゴルバットとニューラ、レアコイルの進化方法は?」
「はい! ゴルバットはトレーナーへの忠誠と愛情から、ニューラとレアコイルは特殊な状況下でのレベルアップです!」
「そのとおり、よく勉強したな」
 返事を返さないシルバーに続ける。
「知らないわけじゃないだろう?」
 その問いに、シルバーはようやく「ああ」と答えた。
「どうして進化させない?」
「ニューラは爪を持ってねえし、ゴルバットは……俺に懐かねえからだ」
 ふうん、と、グリーンは鼻を鳴らした。
「お前、それ本気で思ってるのか?」
 その問いに、シルバーは再び押し黙った。
 グリーンから見て、ゴルバットがシルバーになついていないなどありえない。あれだけの戦いをするのだ。例え苦い漢方を使われたとしてもそうそうその愛が薄れるとは思わない。
 そして、シルバーがそれを知らぬとも思わない。
 だが、シルバーは首を振ってから答える。
「……関係ねえよ、たとえゴルバットが進化しないとしても、他の奴らで相手を潰せば」
「駄目だ、それこそがお前の弱さ、お前がもう一つ突き抜けない理由だ」
 いいか、と言って続ける。
「ゴルバットやニューラのポテンシャルの低さが、お前の戦略の幅を狭めている。コウタ、しっかりメモしとけよ」
 彼はジムトレーナーがメモとペンを取り出す時間を作ってから続ける。
「この試合、お前の敗因は、エースであるオーダイルを中盤で消費しすぎたからだ。もしオーダイルがカイリキーの『かみなりパンチ』を受けていなければ、まだわからない試合だった。だが、現実はそれを受けた。どうしてだ? わかるか?」
 シルバーはそれに答えない。理解できないのではない、理解しているが、それを口にしてしまえば、それを認めてしまえば。
「答えは単純だ、その前のニューラとゴルバットが、カイリキーに有効打を与えられなかったからだ。そして、お前はそのツケの支払いをオーダイルに頼った……だから終盤で崩れた」
 反論しようがないほどに、あまりにも適切な正論の連続だった。そして、シルバーはそれを理解しているだろう。
「じゃあ」と、シルバーは拳を握る。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ。どうすりゃゴルバットは進化するんだ」
 その問いに、グリーンが答えた。
「もう一度やり直せ、ポケモンと、自分と向き合え。お前自身が気づかなければ、状況は好転しない。お前は能力もセンスもある。三年、イヤ、二年もすればそれに気づける」
「駄目だ」と、シルバーはそれを拒否した。
「そんな時間はない、今すぐ強くならなきゃ、俺は……」
「何を焦ることがある。お前はまだ若い、時間はいくらでもある」
「時間はねえんだ!!!」
 突然、シルバーが声を張り上げた。彼は右手でグリーンの胸ぐらをつかむ。
 コウタはそれに反応し、シルバーを引き剥がすべきが悩んだ。だが、その当人であるグリーンがそれを受けて入れているから、何もしない。
 グリーンも、その理由がわかるわけではなかった。ただ、今更シルバーが何をしようと、己がそれを処理するのは余裕であろうという強者の余裕が、シルバーの次の言葉を待つ余裕をもたせている。
「今強くならねえと、今すぐ強くならねえと! 俺は……俺は……」
 彼はゆっくりとシルバーの胸ぐらから手を離した。その行動に何の意味もなく、むしろそれが滑稽であることを、彼は理解した。
 その両手をだらりと下げながら続ける。
「俺は、ロケット団に勝てない」
 ロケット団。
 その単語に、グリーンとコウタは背筋を伸ばした。
 グリーンは項垂れるシルバーの両肩を掴んで問う。
「どうしてその名前が出た……なんでだ?」
 シルバーはしまったと思った。その名をひけらかそうとしわけではない。だが、不意に溢れ出した感情が、それを放たせただけ。
 だが、肩に感じる力の強さに、彼は痛み以上のものを感じた。
 彼は知っている。
 レッドという、カントー地方の英雄が、ゴールドと同じく行方不明になっているということ、そして、目の前にいるグリーンという男が、その盟友であったこと。それを捜索していること。
 だから彼は、それを言った。
「知り合いが……行方不明になった」
 その情報に、グリーンは間髪入れずに問う。
「名は?」
「ゴールド」
「……なるほど」
 その名を聞いたの初めてではない。
 一度はジムの挑戦者として、そしてもう一度は、同じく行方不明になったジョウトの人間として、マサキから聞いていた。
「マサキの家に行ったのはお前か?」
 シルバーはそれに頷く。
 グリーンは、ようやく、ワタルが彼を自分に紹介した理由を知った。
 大したものだ、たった一人で、マサキのもとに赴くところまで考えが及んでいる。
 だが、その先をするにはあまりにも。
「手を引け」と、グリーンは真っ先に言った。
「お前じゃ無理だ」
 シルバーはその言葉に目を見開いた。それは、彼のすべてを否定するようなことだった。
「ふざけるな!」と、彼はグリーンの手を振り払う。
「お前にそんな事を言われる筋合いはない!」
「お前じゃ、この騒動の大本である『教皇』の一派とは戦えない。俺達に任せろ、必ずお前の友人も救ってやる」
 シルバーは、一瞬それに押し黙った。グリーンは知らないだろうが、ロケット団関係者であるあの赤髪の女との戦いが脳裏をよぎる。
 しかし、彼は再びグリーンを睨みつけながら続けた。
「だから……お前が俺を強くすればいいだろうが」
「何の意味がある。それに、俺達に何の理があるんだ?」
 シルバーは、一つそれに沈黙を作ってから答える。
 それを言いたくはなかった、武器にしたくなかった。だが、今はそれに頼るしか無いように思える。
「俺は……お前らが知らない情報を持っている」
「なんだと?」
「ロケット団について、その内部について……俺は知っているし、知ることができる」
 それは紛れもない事実だった。彼はそれをできるだけの人脈がある。
「……それを信じろと?」
「信じなきゃそれでいい」
 今度はグリーンが押し黙る番だった。もしそれが本当ならば、シルバーを保護するのに十分すぎる理由であるし、また、彼の世話をする理由にもなり得る。
 彼は一つ息を吐いてから続けた。
「それなら……一つ教えろ」
 シルバーが沈黙をもってそれを受け入れたことを確認してから続ける。
「ロケット団は、復活したのか?」
 シルバーはその質問を鼻で笑った。あまりにも、彼の持っている疑問が、自分とは違いすぎた。
「いや、あれは復活じゃない。したっぱの構成員はその話に乗ったかもしれないが、幹部たちは関与していないはずだ」
「情報元は?」
「言えない……それは言えない」
「……もう一つだけでいい、何かそれを信じることのできる情報がほしい」
 シルバーはしばらくそれを考えた、あとひと押しだった。
 やがて、彼は決定的な情報を提示する。
「奴らのまとめ役は赤い髪の女だ。それより上がいるのかどうかは知らねえが、とにかく、赤い髪の女が関与していることは間違いない」
 グリーンは、その情報に背筋が震え上がるものを感じた。赤い髪の女、それには心当たりがある。そして、彼女がロケット団の構成員であると仮定すれば、あの日あの公園で起こったことの、辻褄が合う。
 目の前の少年は、自らが思っている以上に、この事件に深く関係している。
 ここで彼を受け入れようが受け入れまいが、彼はこの件から手を引かないだろう。
「わかった」と、シルバーは頭を抱えながら言った。
「お前を鍛えてやる。少なくとも今以上には」
 シルバーはそれに小さく頷いた。礼を言う義理はない。だが、当然ながらそれを拒否する理由もない。
「だが、条件がある」
 グリーンはシルバーに手のひらを見せ、それを端から折りながら続ける。
「まず一つ、お前の手持ちの進化の手伝いはしない……俺は大方その原因の目星はついているが、それをお前には提示しない……意地が悪いからではない、それでは意味がないからだ」
 それにはシルバーも頷く。
 だが、その二つ目の条件に彼は閉口した。
「二つ、お前には俺の監視下に入ってもらう。目的が達成されるまでトキワジムトレーナーとして活動してもらうし、俺の家に住んでもらう」
 それは、シルバーがこれまで生きてきた環境というものを考えれば、到底ありえない提案だった。
 だが、グリーンは彼のそのような境遇をおおよそ理解していたからこそ、その提案をした。鉄砲玉のような少年なのだろう。監視下に置かねば、いつ単独行動を取られるかわからない。
 シルバーはそれを受け入れるまでに時間をかけていた。
 絶対的に不服なわけではない、たったそれだけで強さが手に入るのならば、悪くない条件だと言える。
 ただ、彼を戸惑わせていたのは、そのような生活に対する圧倒的な経験の無さであった。
 これまで一人で生きてきた、これからも一人で生きていくと思っていた。
 やがて、しばらく考えてからシルバーが口を開いた。
「……あんたが不安に思ってるようなことはしない……だから、週に何度かは干渉されない時間をくれ」
「まあ、素行次第では考えよう」
「あと、俺への手紙は絶対に見ないでくれ」
「その程度の常識はある」
「それなら、その話を受ける」
 そうか、と、グリーンは一先ず安心した。意固地になられ単独行動を取られるのが最も怖かった。
「それなら、ポケモンを回復させたら早速家に帰ろう」
 そう言って、彼はコウタを指差して続けた。
「部屋はコウタとシェアしてくれ」
 その決定に、シルバーとコウタは、その日最も複雑な表情でお互いを見やったのだった。
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来来坊(風) ( 2020/06/07(日) 21:39 )