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『グリーンロケット団幹部説』
あるオカルトサイトでは、そのような都市伝説がまことしやかに囁かれている。
都市伝説としてはそこまで有名なわけではない、例えばゲンガーは元々ピクシーであったとか、ユンゲラーは元々人間であったとか、そのようなものと比べれば、誰も知らないと言ってもいいだろう。何よりその説をおおっぴらに議論するには、実在する人物が多く関係しすぎているし、あまりにもバカバカしいからだ。
だが、全く根拠がないわけでもない、オカルトマニアがその説にハマる理由がそれだ。都市伝説が真実である必要はないが、真実味は必要であるというのが、彼らの考え方だった。
まず、ロケット団がシルフカンパニーを占拠した事件がある。後に殿堂入りトレーナーとなるレッドとグリーンの活躍によりそれが未然に終わったことは有名だが、その中に、不自然な証言がたった一つだけあるのだ。
それは『グリーンがレッドと戦っているのを見た』というもの、勿論それは確定的な情報ではない、ごく僅かな情報を除き、一般の素人のもとに事件の情報など集まるはずがないし、それを真実だと確定する根拠もない。
だが、脳内の箱庭を未だに使い続けているオカルトマニアの一人が、それからこの説を作り出した。
単純な理屈だった。戦うことを対立することと一方的に決めつけた理屈で考えば、自然とその説が浮かび上がる。
レッドとロケット団が戦った。この二つは対立している。ここでロケット団を悪とおけば、レッドは善だ。
ならば、その善と対立したグリーンは、悪だと、つまり、ロケット団だということになる。そうでなければ、あの事件の中でレッドと戦う理由が見当たらないからだ。
グリーンがロケット団側の人間であったのだと仮定すれば、その矛盾は解決するということ。
さらに、この説には続きがある。もう一つの謎が、グリーンとサカキの関係にあるからだ。
カントー最難関トキワジムリーダーにして、ロケット団首魁であったサカキが、ジムリーダーとして復帰後、レッドとの対戦に敗北したことでロケット団の解散を決意し姿を消したことは有名である。それは今更否定のしようがなく、勾留されたロケット団幹部からの証言からも間違いがない。
だが妙なのは、サカキはレッドに敗北する数日前に、グリーンバッジを手渡している事だ。
もし、グリーンがロケット団と縁もゆかりもないトレーナーであったのならば、サカキはそれをきっかけにロケット団の解散を決意しそうなものだ、だが、実際にはサカキはグリーンをスルーしている。
当然、タイミングの問題だとか、二人の少年トレーナーに続けて負けた事が解散を決意したきっかけであったとか、そのような推測はできる。だが、このような都市伝説を考える時、そんな都合の悪い事実は無視するのが常識。
つまり、ここではこのような仮説を立てる。
元々、サカキはシルフカンパニー襲撃が失敗したときのために保険としてある戦略を持っていた。
それこそが、優秀な幹部をポケモンリーグチャンピオン、つまりは自身よりももっと強力な表の顔として君臨させることだったのだ。
その表役として、携帯獣学の権威であるオーキドの孫であるグリーンはうってつけだった、ちなみにその説の亜種としてオーキド博士そのものが、かつてロケット団が抱えていた優秀な研究員たちの一人であるというものや、そもそも四天王すべてがロケット団のお抱えであると言う説もあるが、それは割愛。
サカキは見込みのあるトレーナーであるグリーンにジムバッジを『譲渡』し、ポケモンリーグへと送り出した。だが、更に強力なレッドというトレーナーが現れたことにより、サカキは計画の失敗を確信し、ロケット団そのものを解散した。
レッドがグリーンに打ち勝ちポケモンリーグチャンピオンとなったあの試合は、善と悪、勇者とロケット団との対立の最終章であった。
それに敗北し、チャンピオンの地位とロケット団最後の計画を失ったグリーンは、ボスのいなくなったトキワジムリーダーとなり、自らの不甲斐なさを悔いながら、ロケット団の復活を待っているのだ。
都合のいい部分だけを切り取れば、どんなに馬鹿げた説だってそれっぽく見えてしまう。現実にグリーンがロケット団幹部だなんて事実はないし、そもそもそれだったらその後に起きたロケット団残党によるラジオ塔占拠事件の時にグリーンが何も動いていないのは不自然だ。
だが、どれだけ冷めた目線でその説を否定しようとも、否定しきることが出来ない不自然な部分がその説にはあった。そのような不自然さこそが、オカルトマニアたちがこの都市伝説を楽しむ理由の一つでもあった。
一体どうして、グリーンはレッドと戦ったのか。
一体どうして、サカキはグリーンではなくレッドに敗北したことによってロケット団の解散を決意したか、裏を返せば、どうしてサカキはグリーンを見逃したのだろうか。
☆
後に殿堂入りトレーナーとなるレッドが、すべてのトレーナーの模範になるような人並みの正義感の持ち主であったのと同じように、のちに殿堂入りトレーナーとなるグリーンもまたレッドと同じように、否、携帯獣学の権威である祖父の影響だろうか、彼は人並み以上に正義感に優れたトレーナーであった。
だから彼は、ロケット団がシルフカンパニーを占領したという噂を聞いてすぐにそこに向かった。何も恐れていなかった。旅の中で何度もロケット団のしたっぱに因縁をつけれられていたが、彼はその全てに勝利していた。所詮群れることしか出来ないチンピラの集団だと、彼はロケット団を軽蔑していた。
グリーンはロケット団のしたっぱを蹴散らしながら、順調にシルフカンパニーへとたどり着いた。そこからは多少骨のあるトレーナーたちとも戦ったが、後に殿堂入りトレーナーとなるグリーンからすれば、彼らの実力も大したことはなかった。
やがて、彼は社長室へとたどり着いた。ロケット団のボスがそこにいることは、途中追い詰めた幹部から聞き出していた。
恐怖など微塵もなかった、正義はかならず勝つのだと、挑戦したものは必ず勝利するのだと、この世の歴史が勝者によって紡がれていることにまだ気づいていない少年らしくそう思っていた。
彼は社長室の扉を開いた、その向こうには冷たい目があった。
飛び起きるようにして、グリーンは目を覚ました。
彼は混乱していた。だが、それは激しくリズムを取る心臓にでもなく、どっと吹き出している汗にでもない。
悪夢を見ることには、ここ最近慣れていた。もう何度、夢の中でワタルに勝利しただろうか。
だが、その悪夢を見るのは久しぶり、否、初めてのことだった。だれも知らないはずの、彼のもう一つの悪夢。自分自身だって、それは記憶の奥底に封じ込めていたはずだった。
その封印が解かれた理由は、考えずともわかる。ロケット団の復活は、たとえそれを拒絶しようとも様々なメディアを通して彼に語りかけてくる。それに関連する記憶を、彼の潜在意識が呼び起こしたことは、あまりにもわかりやすい。
気がつけば、起き上がらせた半身を支える腕に、ピカチュウが頬を擦り寄せていた。小さく鳴く彼は、グリーンの心境を、どれほど理解しているのだろうか。
「すまん」
それの頭をなでながら、グリーンは自身の動揺を反省していた。
ピジョットも、サンダースも、寝床からグリーンを案じていた。
その動揺を、恐怖を、晒すわけにはいかなかった。
自分はもう、子供ではないのだから。
社会人として、ジムリーダーとして、ポケモンたちの親として、強くならなければならない。
「さて」
不安を振り払うようにベッドから立ち上がって、彼は身支度を始めようとした。
今日はジムに客が来る。
よく知った名、チャンピオンであるワタルからの紹介だった。詳細は伝えられていないが、何かに悩んでいるのだという。
自分が悩む側でいることは許されない。
その挑戦者にしろ、コウタにしろ、グリーンは悩めるトレーナーたちを導かなければならないのだから。