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そこは、薄暗い通路だった。
「僕は、必ず強くなります!」
子供と呼ぶには少し年を取りすぎ、少年と断定するにはまだ年が足りないような気もするその少年は、手を広げ、くるりとステップしながらそう叫ぶ。その声は反響して不気味なうねりとなったが、誰もそれを咎めなかった。
「そうだとも! 君は必ず強くなれる!」
薄暗さの向こう側から、少年とはまた違う声が響く。
「はい! 僕は、必ず強くなります!」
「そうだとも! 君は必ず強くなれる! なぜならば、君はとても頑張っているからだ!」
向こう側からの声は、更に続ける。
「頑張ってる君が、強くならないわけがない! なぜならば、神様はそれを見ているのだから!」
「はい!」
「神様を信じれば、いつかきっと、夢は叶う!」
向こう側からの声に、その少年は恍惚のような表情を見せる。
薄暗く、空気の重いその通路に、彼らの幸せそうな笑い声は、いつまでも響いていた。
☆
「いひゃい、いひゃい! いひゃいって!」
ピカチュウは、その青年の頬を掴んで引っ張っていた。痩せ気味のその青年の頬は思っていたよりもよく伸びたが、それに比例して痛みも強くなる。
ピカチュウはしばらくその青年、マサキの頬を引っ張っていたが、どうやらその皮が剥がれることがないようだという当然の結論に至ると、安堵のようなため息を付いて彼から離れた。そして、「ピカチュウちゃーん」とその名を呼ぶ小さな女の子をあやすために再び戻っていく。
「あいつまだワイがポケモンとひっついとると思っとんか」
赤く腫れ上がった頬をなでさすりながら、マサキはピカチュウの動きを目で追いながらそう言った。
だが、呆れこそあったが怒ったような口調ではなかった。事実姪のもとに向かうピカチュウを追っている彼の目線は懐かしさと愛おしさに満ちている。趣味が高じてポケモン通信業界の覇者となったその青年の根本には、未だにポケモンたちへの慈愛が満ちているようだった。
「話には聞いてますよ」
椅子に腰を下ろしたマサキと机を挟んで対面、グリーンが笑いを噛み殺しながら言った。その世界のカリスマ、業界の覇道を行く若き青年実業家にはあまりにも不釣り合いなエピソードを、彼はレッドから何度も聞かされていた。
マサキはその言葉に顔全体を頬の色と同じように赤くさせたが、それにプライドを汚されていると言うよりも、過去の過ちを反省しながら思い返しているようだった。
「アホみたいな話やけど、レッド君には命救われてるからなあ」
かつて、マサキはポケモンと一つになった。馬鹿みたいな話だが、彼の身に起きたことを簡潔に説明しようとすればそう言うしかない、その現象を馬鹿ではないように単語化するには、起きた事象があまりにも少なすぎる。とにかく、彼はまるで低予算のエスエフ映画のように、ポケモンと一つになってしまったのだ。
そして、それを救ったのはレッドとピカチュウだった。救ったと言っても対して大きな事をしたわけではない。ポケモンと一つになったマサキの指示に従い、スイッチを一つ押しただけ。対して大きな事をしたわけではないと言っても、実際それでマサキの命は助かったわけだから、大したことはあるのだが。
初めは共通の知り合いが犯したヘマとしての話題だったが、マサキの名前が大きくなる度に、その話の硬さは比例して増していった。その失敗を自分達以外に漏らすほど無礼ではなかったが、故にレッドとグリーンが共有する秘密の一つだった。
「だが、ワイはただじゃ転ばん。『転んだらそこにあった石を持って立ち上がる』、ジョウトとホウエンの間にある地方の商人に伝わる生き様や。ジョウトの商人として、負けるわけにはいかんのや」
そう言ってマグカップを傾けたマサキに、グリーンは、へえ、と、それに興味を示して身を乗り出した。知恵者のマサキが、散々ネタにされたその失敗をどう活かそうとしているのか興味があった。
その期待を期待していたマサキは、コーヒーの暖かさを口から吐き出した後に答える。
「ポケモンと人間が一つになることができ、ポケモンと人間を二つにすることもできたっちゅーことは、つまり人間の中にあるポケモンの要素を分離させることは科学的に可能やっつーこっちゃ」
うんうんと、グリーンは頷いた。彼にしては珍しく、わかりやすい説明だった。
「例えばここにポケモン由来の毒に侵されとる人間がおるとする、そこでワイの身に起きた現象を応用すれば、人間と、ポケモン由来の毒を分離させることも理論上十分可能や」
なるほど、とグリーンは本心から感心した。
「確かにそれなら、未発見のポケモンによる毒にも対応できる」
「せやろ? 『どくけし』で対応できない毒への対抗策になりうるんや」
大衆的には役に立ちそうではないが、開発することに意味のない技術ではなさそうだった。
アイデアを肯定されたマサキは随分と上機嫌だった、ニコニコと笑みを隠すことなく、マグカップを揺らして砂糖をより溶かそうとしている。
グリーンは再び笑いを噛み殺した。可愛らしい人だなと、グリーンは幾分か年上のマサキにそう思った。感情に表裏があまりなく、子供のように喜ぶ。こういう憎めないところが、偉大な功績の割にあまり敵を作っていないところなのだろう。
「まあ、まあええわ。お喋りはこのへんまででええやろ」
マサキはマグカップを机において両手をひらひらさせた。年下の、弟分と言っていい少年相手にあまりにもはしゃいでいたことを多少は自覚したのだろう。
「君が言ってたことやけどな」
本題に、グリーンは表情を引き締める。
「結論から言えば、動きは無かったで」
ふう、と、グリーンは背もたれに体重を預けた。
「そうですか」とだけ答えて、暫しの間、マサキの実家の天井を眺める。また一つ、あてが外れた。
レッドのポケモン預かりシステムの使用履歴から、彼の足取りを追う。ポケモンを六匹以上所有しているレッドは、他のトレーナーに比べてそのシステムを利用している頻度が高い。もしその履歴を追うことができれば、彼の居場所を突き止めることができる。アローラで通信事業を手がけるあるトレーナーとの関わりからひらめいたその狙いが、グリーンがマサキの実家のあるコガネシティにまで赴かせた理由だった。
「一番最後にレッド君の名義から預かりシステムが使用されたのは一年以上前や、グリーン君と違って頻繁に利用してるわけじゃないからなあ」
一般人なら到底できるはずのないそれを、グリーンは人脈を用いることで簡単に成し得ていた。そもそも彼はマサキとは知り合い同士であったし、マサキもレッドとは知り合い同士であった。
しかしなあ、と首を捻ってからマサキが言う。
「グリーン君で二人目やで」
二人目、と言う単語に、グリーンも同じく首を捻った。その単語が、何にかけられているものなのかわからなかった。
その疑問を理解していたのだろう、マサキは単発入れずに続ける。
「まったくおんなじやねん。知り合いが行方不明になったから、その足取りを調べるためにそいつの預かりシステム履歴を調べてくれって言ってきたのがもう一人おるんや」
突然の情報に、グリーンは「どういうことです?」と身を乗り出した。その勢いで机が揺れ、二つのマグカップが音を立てる。
マサキもまた、その情報をグリーンが欲することを分かっていたのだろう、それに驚くことなく答える。
「ゴールドって知ってるか? ジョウト出身の殿堂入りトレーナーや」
グリーンはすぐにそれに頷いた。
「ええ、戦ったこともあります」
それは、印象深いトレーナーだった。
グリーンやレッドが殿堂入りトレーナーとなった数年後、自分達と同じように突然と現れ、自分達と同じように殿堂入りを掻っ攫った少年トレーナーだ。
グリーンは、トキワジムリーダーとしてゴールドと戦ったときのことを思い返した。どことなくレッドの面影がある無口で物静かな少年で、その実力も、殿堂入りトレーナーにふさわしい素晴らしいもので、心よりグリーンバッジを送ることのできた数少ないトレーナーだった。
「そのゴールドが、行方不明になったらしいねん。最も、ワイのところに来た奴がそう言ってるだけで実際にどうかはわからんで? どこか別の地方に行っとるかもしれんし、たまたまそいつと連絡がつかんだけかもわからん。所帯を持たないトレーナーの行方なんて、ある意味誰もわからんからな」
同じだ、と、グリーンは息を呑んだ。状況が、自分とまったく同じだった。
「結果は」と、グリーンはマサキに言った。そこで一瞬息をつまらせて、その言葉の意味を説明しようかどうか考える。
だが、マサキはその意味を汲んだ。
「おんなじや、まったくおんなじ、だいぶ前から預かりシステムを使ってなかった。手がかりは無しや」
そうですか、と、失念から背もたれを鳴らしたグリーンに、マサキが言う。
「しかし妙な話やな。レッドにしろゴールドにしろあいつら殿堂入りトレーナーやで? 誰かに連れ去られたっちゅー事は考えられんし、かと言って自分の意志でいなくなったとも思えんしなあ、ポケモン残して」
マサキは、手遊びに飽きた姪にもみくちゃに弄ばれているピカチュウを眺めた。美しいもふもふの毛並みを、まだその価値をそんなに知らないであろう姪は楽しんでいる。
そのピカチュウが、レッドの手持ちであったことを、マサキはグリーンに説明されるよりも前に気づいていた。ポケモンに気遣って作られ、おそらく最高に居心地のいいであろうモンスターボールに収まることを拒否する非野生のポケモンなんて、そうはいないだろう。
あれ程に懐き、殿堂入りの力にもなったポケモンを残して去るなんて、トレーナーとしては結果を残していないマサキにだってわかる。
「連絡したるわ」
不安げな視線を虚空に投げかけていたグリーンに、マサキが言った。
「なんか変化があったら、いの一番に連絡したる」
その微笑みに、グリーンもつられて笑い「ありがとうございます」と頭を下げた。
☆
ジョウト地方のコガネシティ、そして、カントー地方のヤマブキシティ。
それぞれの地方の最も栄えている街の一つと言っていいそれらの街は、公共交通機関であるリニアで繋がった。
それまでは飛行能力を持った大きなポケモンか、クチバとアサギの二つの港町をつなぐ連絡船で両地方の行き来は可能であったが、このリニアの開通によって、多くの人間が、二つの地方を楽しめるようになっていた。
ピジョットを手持ちにしているグリーンは、リニアがなくとも二つの地方を股にかけることができたが、それでも、公共交通機関の充実は、彼にとってもありがたいことだった。例えば今日のように、たまたまコガネシティに帰省していたマサキと気軽会うことができるのもリニアのおかげだった。
リニアパスを指先で弄びながら、グリーンはリニアを待っていた。彼がコガネシティを訪れたのは、マサキにレッドの連絡システムの履歴を確認することだけが理由で、それが終わってしまえば、すぐにトキワジムに戻るのがジムリーダーとして正しい行動だろう。滅多に挑戦者の現れないジムとはいえ、あまり開けっ放しにするのも前任者のようで気持ちが良くなかった。
「結局、進展は無しか」
落胆を吐き出すように、グリーンがそう呟くと、まるでそれを待っていたかのように、リニア到着のアナウンスが鳴り響く。
マサキの協力を得られるとはいえ、元々動きのなかった預かりシステムの監視に多くの期待ができるわけではないだろう。
何も手がかりのない日々が続いていた。手がかりがなければ、動くこともできない。たまにシロガネ山に赴いて手がかりを探すが、すでに回収したレッドの手荷物以外、何かが見つかるわけでもない。
焦りと動揺は今でも続いている。だが、グリーンは極力それを表に出さないように努めていた。自分が慌てふためいたところで解決する問題でもないし、保護しているピカチュウもそれに心を痛めるだろうから。
今はグリーンの隣にちょこんと座っているピカチュウも、オーキドの研究所で回復したあの日以来おとなしいもので、独断で行動を取ることなければ、笑うことだってある。ナナミにトリミングされれば気持ちよさにうたた寝することだってあるし、マサキの実家でそうしたように、自分に興味を持った子供をあやすこともある。
それも自分と同じなのだろうと、グリーンは思った。自分だけが慌てふためいたところで何も解決しないことを、ピカチュウは痛いほどに理解しているだろうから。
空を切るような音を鳴らしながら、リニアが駅に到着した。軽快だがどこか古めかしいメロディと共に、その扉が静かに開く。
旅行客やサラリーマンが淡々とリニアから降りていった。焦ることはない、その扉が再び閉まるまでには、幾分か時間がある。
それに乗り込む人々も、特に焦っているわけではない。実に落ち着いて、規律正しく乗り込んでいる。
「行くぞ」と、グリーンが声を掛けるより先に、ピカチュウが彼の肩に飛び乗る。ポケモンを引き連れている彼は、できる限り人の流れが落ち着いてからそれに乗ろうとしていた。
「あー! おったー!!!!」
その時、オクターブの高い声が駅構内に響き渡った。若い男でも到底出すことのできないだろう高い声。
行き交う人々はその声の持ち主が誰かとその方を眺め、そしてその声の持ち主が探していたであろう誰かが、もしかしたら自分ではなかろうかと困惑している。
だが、グリーンは彼らとは違った。彼はその声の持ち主が誰であるかだいたい予測できていたし、そして、おそらくその声の主が『見つけた』のは自分なのだろうということも理解していた。そして、小走りと言うにはあまりにも大きく速すぎる足音が自分に向かっていることにも気づいていたし、行き交う人々の視線が、段々と自分に集まってきていることも痛いほど理解している。
そして、だからこそ彼は、その声を無視した。
「行くぞ」
こちらは正真正銘の小走りで、グリーンは扉の向こうへ消えようと急いだ。こういうときになりふり構わずバタバタと駆け抜けるほど大胆な行動は、彼の性分では無かった。
そして力強く、それでいて小さく細い指が肩に食い込んだ時、彼は自分のそのような性分を恨んだ。
「ちょっとー、逃げることはないやんかー。ウチを無視するなんて贅沢なことあんたしかせーへんで! ちゅーかピカチュウ手持ちに入れたん? めっちゃかわいいわー! これトリミングどこでやったん? めちゃもふもふやわー」
コガネ弁でまくしたてるその少女は、グリーンの肩に乗るピカチュウの毛並みを楽しみながら、もう片方の手でグリーンをリニアの扉からどんどんと離れるように誘導するという器用なことをしていた。
行き交う人達は、その様子を見て再び日常、もしくは非日常へと帰っていった。ここコガネシティではグリーンの知名度はさほどではないが、その少女、コガネジムリーダーのアカネは抜群の知名度を誇っていたからだ。何だ、また彼女が騒いでいるだけかと、彼らはそれを不思議に思わなかった。
グリーンは、ズルズルと引きずられるように駅構内へと引き戻されていった。勿論単純な腕力だけならばグリーンの方に分があるだろう、だが、いくらうっとおしいとはいえ、女性の手を振り払うような乱暴なことを良しとする教育を、彼は受けてはいなかった。
だから彼は、思いっきり不機嫌を含めた返事で、それを表現しようとした。
「なんだよ」
しかし、それもアカネ相手には不発だった。むしろそれは、彼女の感情をより高ぶらせる結果となる。
「なんだよ、じゃないわ! あんたがいつまで経ってもポケギアの番号教えてくれないからこんなめんどくさいことせなあかんねんで!?」
そう言った後に、アカネは「ちょっとピカチュウ借りるわ」と、グリーンの肩に乗るピカチュウをヒョイと胸に抱えて、「いやー可愛いわあ、ホンマにどしたん? グリーンのキャラちゃうやろ」としっちゃかめっちゃかにピカチュウを撫で回す。
当のピカチュウは、その状況にまだ混乱しているようだった。ただでさえ丸い瞳を更にパチクリとさせ、アカネとグリーンを交互に見ている。
これが例えばグリーンの手持ちであるサンダースであったら、彼はどこか諦めたような表情をしてアカネの手に身を委ねていたであろう。だが、ほとんどレッドの交友関係の範囲でしか人間を知らないピカチュウにとって、アカネのその行動の是非が読めないのだ。
悪いやつじゃない、グリーンはそのような意図のある目線をピカチュウに送った。一応それに安心したのか、ピカチュウは甘んじにてアカネに身を委ねる。
「いやーあんたがコガネにいるって噂を聞いたときにはほんまかと思ったけど、探してみるもんやねえ。こうやってプライベートで会うのは久しぶりやろ」
アカネが見るからにウキウキとした目線をグリーンに飛ばす頃には、リニアの出発時刻を知らせる間の抜けた音楽が駅構内に流れる。グリーンがどれだけ優れたトレーナーであっても、公共交通機関の出発時刻を捻じ曲げられる権力があるわけではない。彼の願いは虚しく散り、遂にリニアの扉が閉まった。
「そうだな」と、遂にグリーンはアカネとのコミュニケーションを決意し、そう答える。
トキワジムリーダーのグリーンと、コガネジムリーダのアカネ。熟練したトレーナーが務めることが比較的多いジムリーダーという職種において、彼女はグリーンに同じ若手の一人として親近感を持っていた。
「そうだな、じゃないわ! ほんまあんたはレディの扱いってもんを分かってないなあ。あんたモテへんやろ?」
だが、グリーンは彼女の事をあまり近い存在としては見ていなかった。別に嫌いなわけではない、トレーナーとして優れていることは間違いないだろうし、人間的に問題がないことだって知っている。むしろ彼女の扱うポケモンたちを見れば、彼女が人並み外れて優しい人間であることがわかるというもの。
しかし、マサラタウンという田舎で、穏やかな姉と、同じくおとなしい女性研究員しか知らなかったグリーン少年にとって、都会的で洗練された、自己主張と押しの強いアカネのような人間は、異質で、受け入れるのに時間のかかる存在だった。グリーン少年は、そういうところは見た目相応に少年的であった。
「いやー、いいタイミングやったわ。ちょうどあんたに相談したいことがあったんよ」
ピカチュウを片手で抱える格好になりながら強引にグリーンと腕を組んだアカネは、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらグリーンを引きずるようにエスコートする。
「もうカードめくりのことには答えないからな」
かつてコガネゲームコーナーでアカネと遊んだカードめくりの記憶が蘇り、グリーンは苦い顔をした。あまりにも野生の勘でカードをめくるアカネに多少効率の良い考え方を教えたばかりに、その日一日なんの自由もなかったことがある。
「そういうことちゃうわ、今日のは本業本業。ちょっとばかし悩んでる子に、アドバイスしたってーな」
「それはお前の役割だろ」
「んー、まあそうなんやけどな、今回の子はちょっと特殊やねん。あたしよりもあんたのほうがいいアドバイスできそうやからな」
アカネは少しだけ真剣な表情を見せたが、すぐさまニコニコ顔に戻り、ピカチュウの毛並みの話やらグリーンの服の話やら、はては自分が朝に食べた食パンの焦げの話やらを一方的にまくしたてる。
ハヤトの苦労が手に取るようにわかるな、と、グリーンは適当な相槌を打ちながら心の底から思っていた。自分と同じく若くしてジムリーダーを務めるハヤトのポケギアには、アカネからの着信がどっさりとある事をグリーンは笑い半分呆れ半分の本人から聞いていた。彼がアカネに未だにポケギアの番号を教えていない理由の多くがそこにある。最も、アカネがその気になれば他のジムリーダーからグリーンのポケギアの番号を聞き出せるだろうから、彼女自身はあくまでもグリーンの意志を尊重していると言えなくもない。
「一体どんな悩みなんだ」
グイグイと引っ張られるようにリニア駅から引きずり出されたグリーンは、半分も聞いていなかった最近新調したブーツの話を遮って問うた。
「それがな、友達が心配やーって相談してきた子がおってん、だからウチも直接あったわけじゃないんやけどな」
不意な話題転換だったはずなのに、アカネはなんの苦もなくそれに対応した。
「なんかその友達、旅に出ようとしてるんやって」
そういったアカネが思い出したようにポケギアを取り出しどこかに連絡を初めたのを眺めながら、なるほどな、と、グリーンは一人で納得した。
生まれも育ちもコガネで、今でも全身全霊でそれを楽しんでいる彼女には、その悩みは到底務まらないだろう。