1-アローラの男
2
 トキワシティ、トキワジム、ジムリーダー控室。
 サケイを対戦場に待たせ、グリーンはパソコンの前で考え込んでいた。

 インターネットを経由するポケモン預かりサービス、ポケモン転送システムと共に世界に革命を起こしたこのサービスの利用者は、実はこの世界中のトレーナーの全体からの割合を考えると、非常に少ない。そのサービスの対象者が、一人では手に余る数のポケモンを所持することを許されている人物であることを考えるとそれは当然だった。

 そして、グリーンはジムリーダーという業務上、それを許される立場にあった。対戦相手のレベルに合わせて使いポケモンを選ぶ彼らは、何体ものポケモンを所持している。
 サケイを相手に、どのレベルのパーティを使うかを考えていた彼は、そうやってしばらく考えた後に、一つ決意をするように短く息を吐くと、ディスプレイに浮かぶあるボックスを選択した。






「三体のポケモンを選ぼう」

 トキワジム対戦場中央、ルール確認のためにジムリーダーグリーンと対峙する。それは、カントーバッジを集めているトレーナーならばそのすべてが緊張し、萎縮し、自分が自分でいられなくなる恐怖と向かい合う、そんな光景であるはずだった。

 だが、高い身長からグリーンを見下ろすサケイは、そのような緊張とは無縁のような済ました表情で、自らの望むルールを提示する。
 もちろん、カントーのトレーナーたちと、サケイの今の状況は全く違う。サケイはジムバッジを集めてはいないし、人が誰もいない観客席は、自らの戦いを品定めされる恐怖を軽減するだろう。
 しかし、サケイの心理的余裕は、そういう部分ではないのだ。もっと根本的な部分で、彼はグリーンを、あるいはカントーのトレーナー達を見下ろしている。

「タイプの有利不利が気になるなら、先にお互いのポケモンを提示してもいいけど、どうする?」
「いや、構いませんよ」
 腰のベルトに装着された六つのボールを手に取りながらサケイが言った言葉をグリーンはかぶせるように拒否する。
「そう」と、サケイは特に興味なさげに相槌をうち、グリーンから距離を取るように背を向けた。
 だが、二歩ほど進んでから「ああ、そうだ」と、振り返る。

「一匹ほど、持ち物を持ったポケモンがいるんだが、構わないかな?」

 グリーンは「いいですよ」と、それを肯定し続ける。特に不思議な提案ではなかった、挑戦者の中には、ポケモンそれぞれに持ち物をもたせるトレーナーだっている。

「そのかわり、こっちも一匹のポケモンに『オボンのみ』を持たせます」
 その選択に少し引っかかったのか、サケイは一瞬だけ言葉をつまらせたが、すぐさまそれに頷いてグリーンに背を向けた。








 ボールが対戦場に落ちると共に現れた暴れ牛は、サケイの「『すてみタックル!』」という命令と共に、同じく対戦場に現れようとしていたグリーンのポケモンに突っ込む。

 それを食らったポケモンが体重の軽い軽量級のポケモンであったら、なんの抵抗もなく吹き飛ばされジムの壁に激突していただろう。

 だが、どっしりとした体つきを持つやしのみポケモン、ナッシーは、地面に跡を作りながらもなんとかそれをこらえる。

「『トリックルーム』」

 グリーンの指示とともにナッシーが放った技に、サケイは目を見開いた。
 ナッシーから距離を取ろうと後ずさるケンタロスの動きが、その滑らかさを失い、コマ送りのように不自然に映る。
 ナッシーのテレキネシスによって作られた特殊な空間は、遅いものを速く、速いものを遅くする。それは、常識に囚われたポケモンの運用をするトレーナーを揺さぶる、ジムリーダーグリーンが課す試練であった。

 しかしサケイは、それに動揺する様子はない。彼はすぐさま次の行動を取る。
「もう一度だ!」
 その声の届いたケンタロスは、体格に似合わぬスプリントを発揮して再びナッシーに襲いかかろうとする。
 だが、ケンタロスが踏み込んだ次の瞬間、ナッシーはその鈍足さを発揮して一気に距離を詰めた。

「『だいばくはつ』」

 その技の選択を、サケイもケンタロスも当然あるとして認識していた。事実、ケンタロスはナッシーとの距離を詰めようとステップを踏もうとしていたところだったのだ。
 だが、そのステップがトリックルーム内に反映されるより先に、ナッシーの爆発がケンタロスを巻き込んだ。

 信じられない、といった風の表情を隠そうともせずに、サケイはケンタロスをボールに戻す。
 同じくナッシーをボールに戻したグリーンは、間髪入れずに次のポケモンをトリックルーム内に放り込んだ。
 そのポケモンが繰り出されると同時に、対戦場に風が巻き起こる。砂をまとったそれはあっという間に『すなあらし』となって、対戦場に吹き荒れ、現れたポケモンを視界に捉えづらくさせる。

 だが、そのポケモンがバンギラスであることは、それなりの知識を持っているトレーナーであればすぐに理解することができる。そのシルエット、そして、巻き上がった『すなあらし』が、バンギラスの特性である『すなおこし』によって巻き起こされた事を、知識のあるトレーナーは知っている。
 そして、サケイもまたそれを知るトレーナーであったようだ。彼は憮然と口を真一文字に結んで、『すなあらし』吹き荒れる『トリックルーム』の中にボールを投げ込む。
 現れるポケモンに、グリーンは速攻をかけた。

「『ストーンエッジ』」

 遅いものが早くなる『トリックルーム』内で、バンギラスがサケイのポケモンに襲いかかった。腕から隆起した尖った岩で、相手を切り裂きにかかる。

「『ねこだまし』」

 だが、サケイが繰り出したポケモン、ハリテヤマは、バンギラスをギリギリまで引きつけてから、顔の直ぐ側で両手を叩いた。
 突然のことに、バンギラスは一瞬ひるんだ。そして、ハリテヤマはすり足ですばやくバンギラスのサイドに回り込む。
 まずいな、とグリーンは思った。相手のハリテヤマは巨大な体格を持つゆえに、当然遅い、それはつまり、この特殊な状況下に置いて速い事を意味している。

「『じしん』」

 来るべき技を迎撃するような意味を込めながら、グリーンはそう指示を出す。しかし、『トリックルーム』の中で先に動いたのはバンギラスの方だった。
 その事実が、サケイと、彼のポケモン達のレベルの高さをグリーンに知らしめた。

「『まもる』」

 ハリテヤマは迫りくるバンギラスの体を手のひらで器用にはたき、攻撃を空振りに終わらせた。視界が悪い中、的確な対処だ。
 グリーンはサケイの考えを読み取った。タイプの相性は圧倒的にサケイに分があり、これほどのレベルを持つハリテヤマならば『けたぐり』を使えばバンギラスを転がすことくらい容易だろう。
 それをせずに『まもる』を選択した意図、おそらくそれは時間稼ぎ、『すなあらし』はともかく『トリックルーム』の効力が切れるのを待っているのだろう。
 そうなれば、グリーンが目指すのは素早い決着だ、サケイの三体目を『トリックルーム』に引きずり込む。

「『つばめがえし』」

 ハリテヤマの腕を掴んで引き込むようにしながら、バンギラスが腕の尖った岩をハリテヤマに突き立てた。
 手応えのある攻撃だった。だが、ハリテヤマはそれで膝をつくことはなく、逆にぐいと腕を引き込んでバンギラスと取っ組む。
 特殊な体勢だ、その体勢の意味を、グリーンとバンギラスは理解できなかった。だが、ハリテヤマが自らの意思で作ったその体勢をバンギラスは嫌がって腰をひこうとした。
 だが、それはその体勢における大きな失敗だった。

「『けたぐり』」

 ハリテヤマから距離を置こうとしていたバンギラスが突如体制を崩す。
 ハリテヤマが、バンギラスの足を思い切り蹴飛ばし、彼の体重を支えるバランスを大きく崩したのだ。
 そして、ハリテヤマは組み付いたままバンギラスの体勢をコントロールし、そのままのしかかるように、自らの巨体をバンギラスに浴びせながら地面に叩きつける。
 通常の『けたぐり』よりも、大きく、そして効率の良いダメージがあるように見えた。グリーン達は知らなかったが、それはサケイの故郷の格闘技、アローラ相撲からヒントを得た独特の動きだった。

「戻れ」
 以外にも、先にポケモンをボールに戻したのはサケイの方だった。しかし、その判断は間違ってはいない。バンギラスの『つばめがえし』によって、彼はバカにならないダメージを受けている、これからさらに『すなあらし』のダメージを受けると考えれば、戦闘不能の状態になってしまうと判断してもおかしくない。

 グリーンもバンギラスをボールに戻す。あくといわの複合タイプであるバンギラスが、自身の体重が仇となる格闘技『けたぐり』を食らってしまえば、もはや起き上がることを期待はできないだろう。

「グリーン君」

 『すなあらし』の向こうにおぼろげに見える影、サケイがグリーンにそう叫んだ。
 力強い声だった。そして、棘のある声だった、少なくとも、お互いの健闘を称え合うような、そのような角のない声ではない。
 そして、その次に出た言葉が、サケイの意志をはっきりと伝える。

「がっかりだ」

 影がボールを投げるのと同時に、グリーンもポケモンを繰り出した。
 グリーンの三体目は決まっている。というより、この戦い方を選択した時点で、グリーンが繰り出すべき三体目は固定されざるを得ない。
 対戦場の『トリックルーム』そして『すなあらし』これらの状況の恩恵を最大限に受けることのできるポケモン。ドサイドンは、大きな地響きととともに現れた。

 対するサケイが繰り出したポケモンを、グリーンは目を凝らして確認しようとした。
 二本足で立ち、前足には爪が見える。首と尾が長く、鱗のようなものも確認できる。
「ドラゴンか」
 思考を整理するために、そう呟いた。だが、自分がこれまで見てきたどのドラゴンとも違う。おそらくはサケイの故郷、アローラ地方のドラゴンだろう。

 それに対する対策を考えようとしたグリーンの目に、ある影が留まった。
 そのドラゴンの向こう側に見える、サケイの影だ。それは対戦をしているトレーナーの体勢とは大きく異なり、ゆっくり、時に激しく体を動かしていた。
 踊っているのか、と、グリーンは驚きと共に息を呑んだ。彼はその意図がつかめない、そんな事を考えたこともなければ、実行したこともないからだ。例えば演出を絡めたショーのような、あるいはコンテストの延長線上に存在する何かなどではあり得る光景かもしれなかったが、このような戦いの場でそんな事をするなんて考えられない。

 一瞬グリーンの頭に浮かんだのは、挑発だった。そして、その次に浮かんだのは、陽動。
 グリーンは、それを陽動だと断定した。『トリックルーム』での速さをカバーするための陽動だと。

「『じしん』!」

 だからグリーン達は、速攻で相手のポケモンを潰すことを選択した。ドサイドンは遅さという速さを活かし、一気に間合いを詰めて相手のポケモンに両腕を振り下ろす。
 ジムは大きく揺れ、対戦場にヒビが入る。『じしん』の衝撃を全身に受けたサケイのポケモンは一瞬ぐらついたが、倒れはしない。
 グリーンはそれに驚いた、戦闘不能までとは行かずとも、膝をつくほどのダメージは与えられるだろうと思っていたからだ。
 グリーンの脳裏に、持ち物、という単語が浮かんだ。試合前にサケイが持たせると言っていたアイテムが、もしかすれば物理攻撃や地面タイプの攻撃を抑えるものだったのかと考える。

 しかしそれ以上の想像は、対戦場に響いた音によってかき消された。
 不気味な音だった。鋼タイプのポケモンが、羽や爪などを岩にこすりつけて切れ味を増しているような、否、それよりも、ナイフとナイフを擦り合わせるような、そんな音が、いくつもいくつもいくつも重なり合ったような音。

「グリーン君」

 その音の向こうから、サケイの声。

「私は、ゼンリョクを出させてもらう」

 『すなあらし』の向こうに、激しい光が見えた。
 サケイの腕に嵌められている腕輪と、サケイのポケモンの胸元にある何かが、強烈に光っている。

「離れろ!」と、グリーンにしては珍しくそのような抽象的な指示をドサイドンに出す。
 ドサイドンもまた、ただならぬ雰囲気を感じていたのだろう、グリーンの指示を聞くやいなや、サケイのポケモンから距離を取ろうと地を踏む。

 だが、それは遅かった。

 サケイのポケモンの胸元の光が弾けると、いくつも重なったその音波が、爆発的なエネルギーとなってドサイドンを襲った。
 信じられない攻撃だった。思わず浮き上がりそうになるのをこらえながら、ドサイドンは体の節々がひび割れていくのを感じる。これほどの攻撃を、食らったことがあっただろうか。

 グリーンもまた、甲高く高鳴るその音による攻撃にたじろいでいた。両手で耳をふさいでも、内臓が地面を伝ってきた振動に震えているのを感じる。相手とこれだけ離れてこれならば、これを至近距離で受けているドサイドンはどうなってしまうのだろうか。

 やがて、その音による攻撃が終わった。グリーンが対戦場に目を戻すと、ドサイドンはふらつきながらもまだ対戦場に立っていた。
 助かった、とグリーンは思った。岩タイプのドサイドンが『すなあらし』によって特殊な攻撃に対する耐性がついていたことと、持たせていたオボンのみがなんとか体力をつないだようだ。

 だが、グリーンが相手のポケモンの状況を確認するよりも先に、それは起こった。

 目にも留まらぬ高速タックルが、ドサイドンに襲いかかったのだ。

「まずい」と、グリーンは素直に漏らした。『トリックルーム』が、対戦場から消え去っていた。
 常識を取り戻した空間は、サケイのポケモンの鍛え上げられた瞬発力を、存分に反映する。

「こらえろ!」と、グリーンは再び抽象的な指示を出す。
 そんな事言われずともわかっているドサイドンは腰を落とし、自らの体重を生かしてタックルを止める。しかし、サケイのポケモンはそれも予測していたように、ドサイドンの片膝の裏に手を回して体を捻った。

 ドサイドンはバランスを崩した。大きな地響きと共に、砂煙が巻き起こる。
 その時、バンギラスが作った『すなあらし』が晴れた。グリーンは、対戦場の状況をはっきりと目の当たりにし、絶望した。

 そこにあったのは、仰向けになっているドサイドンと、それの腹の上に馬乗りになったサケイのポケモン。体全身を特徴的な鱗が覆い、体は小さくとも引き締まった筋肉を持っているようだった。
「ジャラランガか」
 話では知っていた。アローラ地方に生息するドラゴンポケモン、ジャラランガ。あまり大きな種族ではないがその分突出した筋力を持っており、格闘タイプにも分類される。だが、こうして相対するのは初めてだった。
 ドサイドンはなんとかその馬乗りの状況から逃れようと体をもがかせるが、ジャラランガは器用にバランスを取って状態を維持していた。圧倒的な体重差を誇るはずであるのに、ドサイドンはジャラランガの馬乗りから逃れられない。

 それは、その二体のポケモンのレベルと経験の差を表していた。ジャラランガの持つその技術は、おそらく彼らの一族すべてが持ち合わせているものではないだろう。サケイとの特訓のもとで得た技術だ。
 対するドサイドンに、その技術から逃れる技術はない。
 もちろんそれをサポートせねばならないのはグリーンの役割ではあるが、ここまで圧倒的に不利な状況から、逃れる術が思い浮かばない。

 やがてドサイドンのスタミナが消耗し、その抵抗が弱まってくると、ジャラランガは次の段階に入る。
 馬乗りの耐性そのままに、彼は全身の鱗を震わせ始めた、その音に、グリーンとドサイドンは聞き覚えがある。
 先程『すなあらし』の向こうから聞こえていたのは、ジャラランガが鱗をすりあわせていた音だったのだ。
 そして、その動きは、いつでもドサイドンにトドメをさせるという宣言でもあった。サケイの指示一つで、彼は『スケイルノイズ』でとどめを刺すだろう。

 しかし、サケイは、そうしなかった。
「戻れ」
 彼は短くそう言ってボールを構える。

 ジャラランガは一瞬ドサイドンを睨みつけた後に、指示通りサケイのボールに戻る。「命拾いしたな」と彼の目が言っていた事は、誰もが理解するだろう。

 勝敗は明確だった。サケイが望めばいつでもトドメを刺せる状況であり、ドサイドン側にそれをひっくり返す手段はなかっただろう。
 だが、サケイはその勝利に納得はしていないようだった。彼はグリーンを睨みつけながら対戦場を闊歩し、彼を見下ろす。
 見れば、ジャケットは肩にかけられ、ネクタイは引き抜かれていた。ワイシャツもボタンが飛んで形が崩れ、髪のセットは乱れていた。彼は文字通り全身全霊で、この戦いを戦いきったのだ。

「私にグリーンバッジがふさわしいことは、証明されただろう」

 その言葉には、明確に怒りが込められていた。
 グリーンはそれに何も返さず、ドサイドンをボールに戻す。

 サケイは更に続ける。
「こんな戦い、到底神に捧げることなんてできない。それどころか、これは私達に対する最大限の侮辱だ」
 グリーンは、それにも何も返さなかった。サケイの言葉を理解出来ないからではない、その逆、それを理解できるからこそ、何も言い返すことができない。
 叩きつけるように、サケイは確信に迫った。

「どうしてゼンリョクを出さなかった。どうして、ジムリーダーとして私の前に立ったんだ」

 それは、事実だった。
 この戦いにおいてグリーンが繰り出したポケモンたちは、彼がチャンピオンとして君臨した時の相棒たちではない。ナッシーもバンギラスもドサイドンも、トキワジムリーダーとして挑戦者を向かい合うときに繰り出すポケモンたちだった。
 勿論、だからといって彼らが弱いわけではない、現在、カントー地方のトレーナーの殆どが、彼らを倒すことを目標にしているだろう。だが、サケイは彼らとは違う。

「『負ける』事が役割のパーティを出すことが、君のゼンリョクなのかね」

 そう、ジムリーダーも、ジムリーダーのパーティも、最終的には『負ける』ことこそがその役割なのだ。だからこそサケイはグリーンの選択に憤った。
 この戦いを、グリーンは尊重しなかったのだ。その対に、サケイ自身はこの戦いへの尊重をゼンリョクを出すことで表した。

「もう一度問う」
 声を震わせながら、サケイが言った。
 戦いの中からあった憤りが、緊張が解けたことによってより激しく煮えたぎりつつあった。
 戦士である事を汚されたことに憤る本能を、紳士であることを良しとする理性が抑え込んでいる。だが、それもいつ本能に飲み込まれるかわからない。

「どうして、ゼンリョクを出さなかった」
 グリーンは、なんとかそれに答えようと、考えを巡らせてはいた。
 だが、それに対する答えを、グリーンはまだ導き出せていない。
 バカみたいな話だ、サケイと戦うことを選択したのはグリーン自身だ。そして、彼がゼンリョクの戦いを望んでいたことも知っていた。そして、そのときは、自分がそれをできると思っていた。
 そして、彼と戦うパーティを選ぶとき、グリーンは、望みさえすれば殿堂入りパーティを引き連れることが出来る権利を有していた。
 だが、彼はジムリーダーとしてのパーティを選んだ。

「違う」
 いや、違う。

 サケイと目を合わせることができず、うつむきながらグリーンが絞り出すように答える。


「選べなかった」


 そう、彼はジムリーダーとしてのパーティを選んだのではない。
 殿堂入りパーティを、選べなかったのだ。

 その答えに、サケイは呆気にとられた。全く想像していない答えだった。それならばまだ、アローラ出身の自分の実力を舐めていたと言われていたほうがまだスッキリする。

「どうして?」
「わからない」
 そう答え、グリーンは再び考えた。だが、納得できる答えを自分で用意することができない。


「でも、選べなかった」


 その答えで、サケイは悟った。グリーンの経歴を、彼は知っている。元チャンピオンを縛るあまりにも強烈な呪縛を、自分は今目の当たりにしたのだと、そう納得した。
 なんて憐れな少年なのだと、サケイはグリーンの境遇に同情し、これ以上、彼を苦しめない方が良いと判断した。

「失礼する、もう会うこともないだろう。どうか神の加護が、君にあることを願っている」
 向けられたサケイの背中を、遠くなり始めようとするサケイの背中を、グリーンは目で追った。
 惨めだった。あまりにも惨めで、おおよそ考えつく全てに申し訳がなく、あまりにも情けない。もし叶うのならば、この世に存在する自分の記録すべてと、その記憶を抹消してから消え去ってしまいたい。だが、それができないから、消え去る訳にはいかない。とんでもない感覚だ、およそ人間であればとても耐えきれないであろう感覚だ。
 そしてグリーンは、この感覚を知っている。ほとんどの人間が経験せずに生涯を終えるであろうその感覚を、グリーンは知っている。

「待って」と、彼は言った。

 少年らしい、怯えのある声だったが、彼はその言葉を、すんなりと言った。いや、言おうとしていたのではない、言ってしまったのだ。彼には実力があった、地位があった、それに基づくプライドも、当然あった。
 サケイの判断を、受け入れるわけには行かなかった。否が自分自身にあることはわかっている。だが、否、だからこそ、それを受け入れるわけにはいかない。

 サケイは、ため息をこらえながらグリーンに振り返る。戦士として、グリーンは壊れているとサケイは確信していた。そして、それでも突っかかってくる愚かなプライドを、どうすることが最も慈悲あることか、それも知っている。

 それは心苦しくなるだけでなんの得もない貧乏くじだった、それをする義理は、サケイには無い。グリーンの懇願を蹴ってその場を去る権利は、サケイにある。
 だが、サケイはそれを受け入れた。神が、それを求めているのだと、これは、神が自らに課した試練なのだと、彼は思っていた。

「明日朝、またここに訪れよう。その時、もし君がここにいれば、私はそれを神に捧げるために、君と戦う」
 無茶苦茶な理屈だった。ここはグリーンが管轄するトキワジム、それなのに、サケイが主導権を握る。

 頷いたグリーンに、サケイはさらに続ける。
「私はその戦いに全力を尽くし、持ち得る技術をすべてを君にぶつけるだろう。もし君がそれでもゼンリョクを尽くさないのならば、私は君の心を折る」
 欠陥のある戦士に出来る最も慈悲のある選択は、戦いの中で、その心を折ることだ。サケイはかつて師に言われたその言葉に、なんの疑問も持っていなかった。


 そしておそらく、明日自分はそれをすることになるだろうと、彼は確信していた。

■筆者メッセージ
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来来坊(風) ( 2019/02/24(日) 21:47 )