5-そして、スカ男は長きに渡る誤解をついに理解した。
「『ころがる』で攻撃するなら、その前に『まるくなる』をしておいたほうが良いでスよ、そのほうが『ころがる』の威力も上がるし、持久戦に持ち込まれてもある程度は対応できまスカら」
イシツブテにご褒美のきのみを与えている少年トレーナーに、スカ男はそうアドバイスした。
それは基本的なテクニックであったが、この世界ではあまり知られていなかったようで、その少年はスカ男のアドバイスに目を輝かせながら頷いた。
「草タイプや地面タイプの攻撃にも耐えられますか?」
「いや、それは厳しいッスね、素直に引っ込めたほうが良いッス。イシツブテのタイプは電気、岩でスカら、特に地面タイプの攻撃には注意を払うべきッス」
「だけど、どのポケモンが地面タイプの攻撃をしてくるかよくわかりません」
「そうッスねえ」と、スカ男は少し考えて答える。
「地面タイプ以外のポケモンで、地面に足で立っているポケモンは、大体地面タイプの技を持っていると考えたほうが良いかもしれないッスね」
少年はその説明に納得したようで、激しく頷きながら「イシツブテのパートナーとして相性のいいポケモンは、何でしょうか?」と質問を続ける。
スカ男はさっくりとそれに答えた。
「イシツブテにとっては地面タイプの技であったりポケモンであったりが厳しい天敵でスカら、それに対抗できる水タイプや草タイプのポケモンがオススメッス。格闘タイプや草タイプを考えると、ペリッパーなんかが良いと思うっスね、キャモメも比較的扱いやすいポケモンでスカら、イシツブテにも馴染むと思うッス」
少年はぱっと表情を明るくした。キャモメなら、自分でもなんとかなりそうだった。早速捕まえてこようと足早に去ろうとした少年に、スカ男は後ろから声をかけた。
「あ、キャモメを捕まえるときには、目付きが鋭くないやつを捕まえると良いっすよ」
少年は手を振ってそれに答えた、そのアドバイスはペリッパーの進化後の特性である『あめふらし』を意識したアドバイスだったが、果たしてそれを、少年は理解することが出来ただろうか。
ハラの弟子達の朝は早い。まだ日が暗いうちにリリィタウンに集まり、ポケモンと共に入念なストレッチをこなした後に、手合わせを繰り返す。
そんなのについていけるわけがない、とスカ男は思っていたが、最初の数日を乗り越えたら、意外とすんなりとそれに慣れた。
スカ男は弟子達のサポート、主には雑用を無理なくこなした。『スカル団』にいた頃には考えられないようなことだったが、『タスカル団』としては慣れた仕事だったのだ。
そして彼が本来求められていた役割である弟子達へのアドバイスについても、スカ男はハラの想像を遥かに超える仕事っぷりを見せていた。
元々カントーや他国の強豪トレーナーの試合を見て培った戦術感は、非常に合理的なものとして弟子達に受け入れれられた。
スカ男のアドバイスを素直に聞いた少年がメキメキと力をつけてからは、彼は弟子達に引っ張りだこの存在になった
こまめな戦術はもちろん、技の特性やタイプにも造詣が深い。本人の手持ちがズバット一匹であることを考えなければ、とても優れたコーチだった。
☆
ある朝のことだった。スカ男はいつものように手合わせを繰り返す弟子達を観察していた。
最近は大体の弟子達がスカ男のアドバイスを受け入れたので、特にやることがなくなっている。自身の持っている戦術のすべてを教えたわけではないが、それ以上の戦術は、強力なポケモンやほとんど理想に近い動きを可能にする強豪トレーナーの領域だった。
グズマが他の弟子達を圧倒している光景も、最初のうちは、やっぱグズマさんは強いなあ、と眺め続けることが出来ていたが、日が経つとそれも当たり前の光景になってしまって、少し退屈だと思った。
ふと、彼らを見学するためにリリィタウンに集まっている子供達に目をやった。しまキングの弟子とならばメレメレ島の子供たちの憧れだ。朝の練習には、何人もの子供たちが訪れる。
可愛くも、小生意気にも見える子供たちの顔を眺めていると、突然、強烈に懐かしい感覚がスカ男を襲った。
それは、相棒だった。向こうの世界で『タスカル団』まで組んだ相棒中の相棒、なんでも話すことができるしなんでも聞くことのできる親友、その相棒だった。
だがもちろん、相棒は子供の姿だった。そりゃそうだ。
その相棒は、ハラとその弟子達。特にグズマを、輝く目で追っていた。
スカ男はいてもたっても居られなくなり、なるべく自然を装いながら、彼に近づく。
そして「近くに住んでいるのでスカ?」と、スカ男にとっては分かりきっていることを質問した。
相棒は、何センチか飛んだのではないか、というほどにビクンとそれに反応し、「はい!」と、背筋を伸ばす。
無理も無いことだった。彼らから見ればスカ男は、弟子達にアドバイスする先生のような立場なのだ。
「グズマさんが好きなのでスカ?」
相棒の頭をなでながら、これまた分かりきっていることを質問する。
「はい! グズマさんは、絶対にキャプテンになると思います!」
相棒は満面の笑顔をスカ男に見せながら答える。
そうかあ、と、スカ男は悲しみと虚しさを混ぜて哀れみに注いだような気持ちを覚えた。
「島巡りにも、挑戦するつもりでスカ?」
否定してくれ、と、あり得もしない事を願った。
だが相棒は「はい!」と返事をしてしまう。
「僕も十一歳になったら島巡りをして、立派なトレーナーになりたいです!」
もうスカ男はいたたまれなくなって「そうでスカ」と、頭を撫でることしかできなかった。
彼の知る限り、相棒は良いやつだった。よく笑うし、ヘマをした自分をよく励ましたくれたし、たまにある自分達の手柄を、自分ひとりに譲ってくれるような奴だった。
だが、相棒には、自分と同じように才能というものがなかったのだ。
自分に比べれば、相棒は島巡りを頑張った。だが、結局彼も、島巡りを達成することはできなかった。それは別に珍しいことじゃないのだ、誰でも彼でも島巡りを達成できるのならば、キャプテンという役職は、何のためにあるのかわからなくなってしまう。
しかし、相棒の叔父はそれを許さなかった。相棒の叔父はトレーナーの経験なんて欠片もないくせに、島巡りを達成できなかった相棒を目の敵のようになじり。彼の居場所を奪ったのだ。
そして相棒は、スカル団に入った。
スカ男もそうだった。スカ男も島巡りを達成できず。周りの目から逃れるように、スカル団に入った。
スカル団は心地よかった、スカル団の中では自分は負け犬ではなかったのだ。皆が皆心の痛みを分かち合っていたし、誰も自分を糾弾しなかった。
外の世界から言われてしまえば不快でしか無い自らの半端さを笑う言葉も、スカル団の中でなら「お前もそうだろうが」と、笑い合うネタになった。臭くて、皆食うに困っていたが、皆笑っていた。
その空間を作り上げたのがグズマだったのだ、彼は、おそらく群れることすら半端に終わっていただろう自分達を強力にまとめ上げ、一つの恐怖の対象にまで昇華することが出来た。強烈なカリスマ性を持った男だったのだ。
スカ男は相棒から離れながら、グズマを見た。
グズマは手合わせの途中で、既についたような勝負に、更に大差をつけるような追い打ちをしていた。そんな彼の攻撃性を見て、スカ男は何かをごまかすように笑った。
この世界にも、自分のような存在の居場所はあるのだ。
☆
「皆、よく頑張るっすねえ」
相棒と会ってしまった次の日、スカ男は極力野次馬に目を向けぬようにと、弟子達の動きをより真剣に観察していた。
思うことは、皆本当に頑張っているなあ、ということだった。
もちろん、弟子達の目的の違いによって、それらの熱意に差があることくらいは分かる。だが、それぞれの力量は違えど、その中でできることをしっかりとやりきろうとするまっすぐな気持ちが、スカ男にも伝わってくるのだ。
ハラがそのような素質のあるトレーナーを優先的に弟子にしているのだろう。
正直なところ、自分はトレーナーとしてはここに交わることは出来ないだろうな、と、スカ男は思った。努力という言葉は好きな言葉ではない、自分もそれなりに頑張ったつもりではいたが、果たしてここまでの気持ちはあっただろうかと薄っすらと考えてしまう。
そして、彼等の中でも一際気持ちが伝わってくるのがグズマだった。
世の中というのは、随分と残酷に出来ているのだなと、最近スカ男は思う。
これだけ才覚に恵まれて、こんなにも精進しているというのに、目標であるキャプテンになることは叶わなかったなんて、信じられない。
グズマが将来を嘱望されていたトレーナーであったことは『あっちの世界』にいる頃から知っていたことだったが、ここまで努力を惜しまないトレーナーであったことは、『こっちの世界』でグズマの少年時代をこうして目にするまでは、全面的にそれを信じていたわけではなかったのだ。
ハラが野次馬の中から誰かを見つけて、挨拶に向かったのを見て、スカ男はちらりと彼等にに目をやった。
相棒はそこにいなかった。スカ男はそれに少し安心したが、しかし、野次馬の一人と話をしているハラを目線で追うと、再び知った顔がそこにいることに気づいてしまった。
だが、今度は懐かしさを覚えることはなかった。それよりも、これはとんでもないことになってしまうかもしれないというヤバさの方を強く感じていたのだ。
それは、まだほんの子供だった。おそらく十歳にも達していないだろう。隣に父親が付き添っていたが、それに甘えのような認識を感じることもなかった。
少し黒さのある肌、色素の薄い髪、ぱっちりと大きな瞳。
顔つきというものは、極端に太ったり、極端に痩せたりしない限りは、殆ど変わることがないのだなあ、とスカ男は思ってしまった。
それは、スカ男が元いた世界でキャプテンであった、イリマだった。彼の試練を何度も妨害してきたので、その顔は嫌というほどに記憶していたのだ。
何故イリマにヤバさを感じるのか、それは、元いた世界で、グズマがイリマのことを嫌っていたからである。それを直接グズマの口から聞いたわけではないが、彼はイリマのことを誰にも語らなかったし、スカル団の面々も、彼にイリマの話題を振ることはなかったのである。
スカル団の面々は、当然のようにその理由を理解していた。スカ男でも、否、スカ男だからこそ、その理由は痛いほどに理解することが出来ていた。
イリマというトレーナーは、ドが付くほどのエリートだった。メレメレでも一番裕福な家の息子として生まれ、ポケモンバトルの才能に恵まれた上に、座学で知識を身につけることができるだけの聡明さも持ち合わせていた。
結果、イリマはメレメレのキャプテンに任命された。あのグズマがどうしてもなることができなかったキャプテンに、彼は若くしてなった、全てを恵まれた後に、彼はすべてを手に入れつつあったのだ。
それは何も不思議な事ではなかった。もしスカ男がしまキングであったとしても、イリマをキャプテンに任命するだろう。あまりにも簡単に、そこにある物をヒョイと手に取るように彼はキャプテンになった。
それをグズマがジェラシーを感じるのは当然だろう、と、スカ男は考える。事実グズマは、イリマと会うことを極力避けていたのだ、メレメレに土地勘のある自分と相棒が、事あるごとにイリマの試練の妨害に駆り出されていたのはそのような理由があるに違いが無い、と彼は思っていた。
手合わせを圧勝で終わらせたグズマが、イリマとその父親に気づいたようだった。これはヤバイ、マズいことになる、どうしよう。でも、流石に師匠であるハラの前で取り乱すようなことはないだろうか。と、スカ男は冷や汗をかく。
だが、次の瞬間、スカ男は目を疑った。
なんとグズマは、イリマを見つけると、笑顔を見せながら彼らに歩み寄り、同じく笑顔をみせていたイリマの頭を、愛おしそうに撫でたのだ。スカ男が思い描いていた想像と百八十度真逆の行動だった。見る限り、グズマはイリマを嫌っているようには見えないし、イリマはグズマになついているように見えた。
「おお。おっさん!」
グズマが手を振って、スカ男を呼んだ。彼はスカ男のことを気楽におっさん、と呼んでいた。ハラはそれを咎めたが、スカ男は別にそれでもかまわないと思っていた。
未だに信じられないと思いながら、スカ男は返事をして彼らに近づいた。するとグズマはイリマを指してスカ男に言った。
「こいつはイリマ、メレメレでもとびっきりの資質を持つトレーナーだ。いずれはハラさんの弟子になるだろうから、よろしくな」
紹介されたイリマは、ペコリとスカ男に頭を下げた。しつけが行き届いてるなあ、と全く関係のないことを一瞬だけ思った。
イリマの父は、「よろしく」と言ってスカ男に握手を求めた。スカ男は不思議な気持ちのままそれに答える。
「イリマも戦術には詳しいけど、このおっさんはそれ以上に詳しい。何かわからないことがあったら気軽に聞いてみな」
グズマの言葉に、イリマは表情を輝かせて素顔を見た。その表情を作り出したのはスカ男に対しての尊敬心だけではない、グズマに対する尊敬心がまず根本にあり、そのグズマに一目置かれているスカ男に対しての表情だった。
イリマに同行していた父親は、ハラとグズマ、もしかすればスカ男にも質問する。
「実は、カロスに留学する話をいただきまして、どうしようかと思っているのですが」
固まるスカ男をよそに、ハラは「なるほど、見聞を広めるのは悪いことではありませんな」と、その意見を一応肯定する。
だが、グズマは首を横に振りながら、少し強めの口調でそれを否定した。
「ダメだ、それじゃククイみたいになる。今すぐにでもハラさんの弟子になるべきだ。これだけの資質、もったいないぜ」
しかしハラは「それは島巡りが終わってからでも良いのではないですかな?」とグズマに言う。
それらの会話耳にして、ようやくスカ男は気づいた。
よく考えれば当然のことだが、『こっちの世界』では、まだグズマはメレメレで一番期待されている、ハラの一番弟子、立場的にはまだまだ表の道の人間なのだ。だからメレメレのトレーナーに慕われるのは当然だし、目標にされるのも当然なのだ。それが後に、スカル団のボスとして敵対することになる人間だとしてもである。
そして、スカ男は長きに渡る誤解をついに理解した。
グズマはイリマのことを嫌っているわけではない、ただ、どんな顔をしてイリマに会えば良いのかわからなかったのだ。
だってそうだろう。自らが目をかけていた後輩があっという間に頭角を現してキャプテンになり、自分はキャプテンにもなれずに、裏の道を歩いている。一体どんな顔をして、可愛い後輩に会えばいいのか。『あっちの世界』ではすっかり忘れていたことだが、グズマも負け犬で、これほどにまで期待されていた分、その心の闇も大きいはずなのだ。グズマがキャプテンになることができなかったという負い目は、自分達が考えている以上に彼にとって重荷だったのではないだろうか。
そこまで考えて、スカ男は頭を振った。それではまるで、自分達が、スカル団の存在が、やっぱり否定されるではないか。
グズマがあの道を歩んだのは、正しいことだったのだ、と自らに言い聞かせた。