31-だが、それでも破壊からは逃れられない
「断る」
グズマはルドベキから目をそらすこと無く、簡潔に、ハッキリとそう答えた。
彼の強い視線を感じながら、しかしルドベキはまだ微笑みを崩さずに「理由は?」と問う。
グズマはそれに答えようと、自身の中で考えを巡らせた、しかし、彼はそれを諦めて答える。
「わからねえ、けど、それは駄目だ」
考えよりも、理屈よりも、反射的に出した結論だったのだ。だから、それを説明することはできなかった。きっと頭の中何処かにそれを納得させる理由はあるのだろうが、まだ経験の少ないグズマは、それを形にすることができなかったのだ。
何の罪悪感もなくそう答えたグズマに、ルドベキはため息を付いて、彼から目を離した。彼の色素の薄い髪の毛が、朝日に照らされて眩しいことに気づいたのだ。
「残念だな、お前も、この狭っ苦しいアローラの常識にとらわれているんだ。だから本能的に、それを壊そうとするものを拒絶する。だがまあ仕方のないことだ、アローラに染み付いたこの伝統は、すでにすべてを蝕んでいる」
ルドベキは、口調に怒りを込めながらそう言った。彼にとっては、それこそがあまりにも重い、アローラの伝統が生み出した罪だった。
アローラの民全てが幸せになるための伝統ではないのか、不必要な選別を生み、多くの敗北者を生むシステムを、果たして本当に伝統と呼んで良いのか。
本来ならば伝統を守る立場にいるはずの自身ですら気づけたことに、なぜ皆が気づかないのか。
彼は、眩しさに鬱陶しそうにしながら、グズマをもう一度見ながら続ける。
「惜しい男だ、出来ることなら、お前さんを破壊したくない。何も言わずにここを去れば、これまでの全てを、無かったことにしてもいい」
それは、慈悲の名を被った脅迫だった。機嫌の悪い自分を、これ以上煩わせるなと言っているのだ。
しかしグズマは、首を振ってそれを拒否する。
「俺は、目的を達成するためにあんたと戦いに来たんだ。ここで引いちまったら、顔向けできねえ奴らがいる」
当然だった。ここで引けば、グズマのこれまでの人生そのものが、全てウソになってしまうのだ。
決裂だな、と、ルドベキは腰のボールに手を伸ばした。
☆
先程自分達が慣らした道を辿りながら、グズマは何とかエンドゲイブから脱出した。しかし、目指して走っていた光に包まれてもなお、彼は心を落ち着かせることはできなかった。
当然だ、自らのすぐ背後から、破壊が迫ってきていたのだから。
「『アクアブレイク』!」
暗闇の向こうから、巨大な水泡が襲い掛かってくる。
グズマは考えるよりも先に、ポニの花園へと続く段差を駆け下りた。そのたびに、自らの後方ではその段差を鳴らす破壊の音が聞こえる。
「『いとをはく』!」
アリアドスを繰り出したグズマは彼に糸を吐き出させ、ポニの花園からエンドゲイブまでの道を作り出しているツルにそれを巻きつける。
そうしている間にも、後ろから破壊は迫ってきているのだ。
アリアドスはグズマを抱え、振り子のようにして一気にポニの花園に降り立った。
だが、それでも破壊からは逃れられない。
彼等を追うように、水泡はポニの花園に降り立ちながら強烈な頭突きで彼等を攻撃しようとする。
グズマとアリアドスは、すんでのところでそれをかわした。水泡が攻撃したところを見れば、地面がひび割れながらえぐれている。
巨大な水泡を持つポケモン、オニシズクモは、グズマとアリアドスに向き合った。
グズマは、彼の体格の巨大さに驚いていた。虫ポケモンについて詳しいグズマは、当然オニシズクモの生態も知っているし、そのサイズの平均値を知っている。
それから考えれば、彼はあまりにも巨大すぎた。
やがてクズマ達を追いかけるように、ルドベキ身体能力を発揮しながらポニの花園に降り立った。
「賢いな」と、息一つ切らしていないルドベキが言う。
「洞窟や崖で戦わず、ここまで戦いの場を引いた」
その目的を見抜かれていたことに、グズマは歯を食いしばった。
オニシズクモの化け物じみた攻撃力を目の当たりにしたグズマは、すぐさま洞窟内で戦うことを諦めた。そこで戦うには、あまりにも自分の経験値が無さすぎる。だから彼は、上手くルドベキ達から逃げつつ、平地での勝負に持ち込んだ。持ち込んだと思っていた。
「俺としても、ここで戦うことに歓迎だ、お前の全力の戦いぶりを、見ることが出来る」
ルドベキは、半ば自らの意志で、彼等を逃していたのだ。
「『アクアブレイク』」
ルドベキの指示と共に、オニシズクモが跳ね上がってグズマたちとの距離を詰める。
「『みがわり』!」
アリアドスは糸で自身の分身を作り出し、オニシズクモがそれに気を取られている内に何とか彼の攻撃範囲から身をかわす。
巨大な地響きと共に割れた地面には、先程までそこにあったはずのアリアドスの『みがわり』など、欠片も残されていなかった。
「素晴らしい威力だろう」
ルドベキが、勝ち誇ったようにそう言った。グズマはそれを肯定しないが、否定もしない。彼らの攻撃が常識を外れた攻撃力を持っていることは、この割れた地面を見れば、この星の誰もが納得するだろう。
「『すいほう』に『いのちのたま』を加えた自信の一撃だ」
見れば、すいほうの中に存在するオニシズクモの頭部には、攻撃力を増すアイテムである『いのちのたま』が埋め込まれていた。
「俺にクリスタルなど必要ない、このオニシズクモさえいれば、俺達はアローラを十分に破壊することが出来る」
オニシズクモは、誇らしげに体を揺らした。
戦士として生まれたルドベキが、同種族の中でもかなりの体格を誇り、ドラゴンですら目線を切るような強さを持ったオニシズクモとパートナー同士になったことは、もはや必然であった。
元々、オニシズクモは力を持ちながら器用なポケモンでもあり、ルドベキもまた、彼のテクニックを十二分に引き出す立ち回りをこなして、トレーナーとしての格を上げていった。彼が若くして一族の重鎮に選ばれたのも、彼等の戦いのセンスあってのものだった。
だが、彼らはカプとの決裂を決意して以来、全てを破壊することのみを考えて生きてきたのだ。ルドベキと共にすべてを破壊する事を使命としたオニシズクモに、変化技など必要がなかった。『アクアブレイク』一本を突き詰めることが、全てを破壊するという彼らの目的であり、生活の一部でもあった。
動くことのないグズマ達を見て、ルドベキは更に『アクアブレイク』の指示を出す。
厄介なことに、オニシズクモはその耐久力にも強みのあるポケモンだった。半端な攻撃をしても、それを受け止められてから、近距離での『アクアブレイク』をモロに食らってしまう結果になってしまうだろう。
次々に割れ、えぐれていく地面を見て、グズマは、彼等は物理的にも、アローラを破壊しかねないと思っていた、もはや自分達は、自然災害によるポニ島の破壊に、自分達が巻き込まれているだけなのではないかと錯覚してしまう。
グズマとアリアドスは、ジリジリと後ずさりしながらその猛攻を受け流したりかわしたりしてやり過ごそうとしていた。しかし当然ながらそれには体力の犠牲を払わなければならない。
だが、彼等に考えがないわけではなかった。
オニシズクモが額に埋め込んでいるアイテム『いのちのたま』は、ただただ無償で力を増させる魔法のアイテムではない、過ぎた力を使えるようになれば、当然体にはダメージが蓄積するようになっている。
だから彼等は、オニシズクモに何度も攻撃させ、自滅させる事を狙いにしていた。
さらに、それを可能にさせるだけの伏線も張ってある。
逃走中、彼等はこっそりと『どくびし』を道中にばら撒いていた。ダメージはないが、それを踏んづけたポケモンを毒状態にする罠だ。
グズマの読み通りに事が進んでいれば、オニシズクモの体はすでに毒に侵されているはずだった。
アリアドスは再び『みがわり』を作り出して、オニシズクモの『アクアブレイク』をかわす。
アリアドスは素早さに強みのあるポケモンではないが、彼が先手を取れているということは、オニシズクモは他の同種族に比べて足が遅いのだろう、持ち主と同じく『ゆうかん』な性格の持ち主であろうか。
戦線は遂にポニの広野にまで下がっていた、支配者であるヤマホを失った広大な地に安住を求めていた野生のポケモン達は、ルドベキとオニシズクモ達を確認し、慌てふためいてその場を後にした。
三度目の『みがわり』によって『アクアブレイク』をかわしたグズマ達は、オニシズクモが息を荒くしているのを水泡内の気泡で確認し、遂に彼を『ふいうち』によって倒すことの出来る体力にまで削ったことを確信した。後はタイミングを図るだけだ。
だが、ルドベキは、そこで攻撃の手を止めた。彼は猪突猛進に攻撃をするだけではなく、優れた戦術感も持ち合わせていた。
彼らが動きを止めたことで『ふいうち』が不発に終わったグズマ達は、次の彼らの動きを注視する。
すると、あれだけ荒れていたオニシズクモの呼吸が、すでに落ち着いていることに気がついた。グズマはそれがなぜなのか一瞬理解できなかった。
だが、オニシズクモが虫ポケモンであることに気がついて、すぐにそれを理解した。オニシズクモは、『ねむる』によって体力と状態異常を回復していたのだ。彼らの種族はまぶたが存在しないので分かりづらい。
「あてが外れたな」と、ルドベキがグズマを睨みつけながら言った。彼は、グズマの策略すべてを見抜いていたのだ。『いのちのたま』による体力の消耗は、すでに対策済みだったのだ。
しかし、ならばとグズマは、アリアドスに『きゅうけつ』の指示を出した。
無防備なオニシズクモに、アリアドスが飛びかかる。オニシズクモが体力を回復したのならば、こちらもそれを利用すればいい。『きゅうけつ』攻撃によってその体力を奪えた、アリアドスの動きのバリエーションを取り戻すことだって出来るのだ。
だが、ルドベキはその動きを鼻で笑った。
「甘いな」
その時、眠っていたはずのオニシズクモが急にその水泡を振り回して、飛びかかったアリアドスを迎撃したのだ。その技は間違いなく『アクアブレイク』だった。
グズマは言葉を失った。おそらくそれは、眠っている間にも無差別に技を打つことの出来る技術である『ねごと』と言う技だった。それ自体は、グズマも知っている。
だが、それをこれほどの精度で、それを使いこなすトレーナーを見たことはなかったのだ、『ねごと』はたしかに強力な技だが、そのかわりに不安定さと、不規則性を持つはずだった。
倒れたアリアドスを見ながら、ルドベキが言った。
「あの日以来、俺達は破壊以外を考えなかった事など片時も存在しない、常に破壊を考え、破壊を考え、遂にそれが行き詰まりそうになった時、俺達は遂に、意識を失っている時にすら破壊する術を身に着けたのだ」
それが虚言ではないことを、吹き飛ばされて倒れているアリアドスが物語っていた。