21-弱者の論理
ホクラニ岳を、小さな車が猛スピードで下っていた。整地の甘いアスファルトは、ガタガタと車内に振動をもたらしている。
だが、その後部座席に座るスカ男は、その振動で自身の三半規管が大きく揺さぶられて、車に酔っていることに気づいていなかった。
俺は馬鹿だ。と、彼は脳内で自らを罵倒し続けていた。
最も、物心ついた頃から、自分が馬鹿であることはある程度理解していたつもりだった。自らの回りにいる人間を、例えば頭のいい人間と悪い人間に分けた場合、明らかに自分は、頭の悪い人間側にカテゴライズされていたからだ。
だが、今日この日の後悔は、そのような自虐的なものとは一線を画している、自分は馬鹿だからと、それを自分や仲間達と共に笑うようなものではない。
彼は、これを知っていた。ウラウラ島のスーパーメガやすが、カプの怒りを受ける事を、彼は『あっちの世界』で知っていたのだ。
だから、防げた。上手くやれば、防ぐことが出来たはずだ。
『あっちの世界』でも、大きな事件だったじゃないか。その時まだほんの子供だったスカ男はその事件をリアルタイムで記憶しているわけではないが、それでも、カプの怒りを受けたスーパーメガやすの名は知っている。
なぜ、どうしてこんな重要な事を、自分はころりと忘れることが出来るのか。自分でも自分が信じられなかった。その記憶の欠落は、あまりにも、都合が悪すぎる。
だが、スカ男はそもそも、『あっちの世界』でなぜスーパメガやすがカプの怒りを買ったかも知らない、だから、彼がその記憶を忘れていなかったと仮定しても、それを回避する事は難しかったかもしれない。
だが、それとなく注意を促すくらいのことは、出来たはずではないかと彼は自責の念に駆られているのだ。
「どうして、スーパーメガやすが?」
助手席のマーレインが虚空に向けてそう呟いた。
「あの店は、しまキングのロウバイさんがオーナーなのに」
車内は、沈黙をもってしてそれに返答した。その答えは、後部座席のスカ男とグズマにも、運転をかって出たホクラニ天文台の研究員にもわからなかった。
そして、その沈黙は、もう一つの側面も持っていた。それは、四者が四者とも、断定はせずとも、断定したくはなくとも、感じている。
カプ神は、気まぐれな一面も持ち合わせている。これまでの歴史の中でも、全く理由が見当たらないのにカプが大暴れした記録がないわけではない。
神の気まぐれなど、それに服従している人間たちには、防ぎようのないものだった。
☆
煙が舞い上がっていたから、スカ男ははじめ、現場では火が燃え上がっているのではないかと思った。
だが、スーパーメガやすに近づくにつれ、それは何かが燃えることによって生まれる煙ではなく、建物が倒壊した時に巻き上げられる砂煙で、スーパーメガやすが、海辺を通らずとも街とそこをつなげていた道路が、カプの怒りによって、叩き潰されている事が分かった。
「マーレインです! 通してください!」
野次馬から現場を封鎖していたジュンサーとレスキュー隊員は、キャプテンであるマーレインを急いで通した。彼の後ろについているスカ男とグズマには何の注意も与えられなかった。それは、キャプテンに対する彼らの信頼と、現場の混乱を意味していた。
「なんてことでスカ」
目の前の光景に対する恐れをスカ男はそう表現し、その後は言葉を失ってそこに立ち尽くしてしまった。
スカ男が見たのは、変わり果てたスーパーメガやすの姿だった。つい先日まで、生活用品やポケモン関連の商品を格安で提供していたあの明るい店の雰囲気はもはや欠片もない。遠くからでも確認できた看板は叩き割られ、ベージュを中心に彩られていた壁は崩壊し、その内側のコンクリートと、それらの基礎になっていたはずの鉄骨や鉄線がむき出しになっている、ガラスは割れ、本来外から見えるはずのない店内は、あれほどまでそこを照らしていたはずの照明が全て消え、暗く、暗く見えた。
一体どんな力を持ってすれば、これほどまでの惨状を生み出すことが出来るのだろう。人間が何年という時を隔てて作り上げた建築技術は、こうならないためにあるはずじゃないのか。
「どうする?」と、グズマはマーレインに向かって言う。
「俺は何をすればいい?」
だが、マーレインはそれに返答を返すことが出来ないでいた。彼も、今実際に目の前にある現実を飲み込むのに、時間を要していた。
その時、マーレインの名を強く呼ぶ叫び声がした。彼らがその方を見ると、キャプテンであるダイチが、ニョロトノと共に走ってきたのだ。だんだんと近づいてくるダイチの大きさは、そのときばかりは頼もしい。
「ごめん、遅れた」
頭を下げるマーレインに、ダイチは「想定より早かったくらいだ」と返す。そして彼はその後ろのグズマに目を向けて「頼もしい助っ人も連れてきてくれた」と、その一瞬だけ笑顔を見せて、すぐにまた表情を引き締める。
「大きな問題が二つある。一つはまだ建物の中に何人か残っていること、もう一つはこの騒動で野生のポケモンたちの気が立ってる事だ。ポケモンの方はレンジャーが対応しているが、数が十分とは言えない」
「分かった、僕達は中に行こう」
「勿論だ、レスキュー隊からヘルメットを借りろ。グズマ君はレンジャーと共に野生のポケモンの方を対応してくれ」
ダイチはスカ男の方に目を向けて「ポケモンの扱いに自信はあるか?」と問う。
スカ男はそれを首をふって否定した。いくら自分が『タスカル団』とは言え、今この場で、自分のちっぽけなプライドを優先させるべきではない。
「なら君は、救出された人を海辺を伝って救急車まで送ってくれ、道路が破壊されて、車が入れない」
スカ男は「分かったッス」とはっきりと答えた。何もせずに立ち尽くすよりかは、よっぽどマシだ。
「向こうでヘルメットをもらってから行動しろ」と、彼らに言って、マーレインと二人で行動を共にしようとしたダイチを、グズマは「待ってくれ」と引き止める。
「俺も中に行く」
その言葉に、ダイチは彼に振り返った。だが、すぐさまそれを肯定するわけではなく、どうすれば良いものかと、視線が宙を泳いだ。
その言葉を強く否定したのは、マーレインだった
「駄目だよ、中にはいるのは僕達キャプテンと、訓練されたレスキュー隊だけだ」
「どうしてだ、俺なら力になれる」
「それは、十分に理解しているよ」
ならどうして、と言いかけたグズマに「君の強さを知っているからこそだ!」と、マーレインは叫んだ。
「僕は例えば君が中で瓦礫に巻き添えになって間抜けに死ぬとは思っていない。問題はそこじゃない、いいかい、この地はついさっきカプの怒りを受けた場所なんだぞ、何なら今この瞬間に、二発目が飛んでくる可能性だってあるんだ」
それに補足するように、ダイチも口を開く。
「しまキングのロウバイさんは、必死にカプに語りかけようとしているが、未だにその返答はない。カプの怒りは、まだ収まっていないかもれないぞ」
何も言い返さないグズマを確認してからマーレインは続ける。
「いいかい、君達はアローラの民だ、アローラの財産だ、アローラそのものだ。キャプテンである僕が、君達を危険に晒すようなこと出来るわけ無いだろう、野生のポケモンの沈静化を頼むダイチの提案だってギリギリだろう。僕はキャプテンだから、アローラのために死んでもいい、だが君達にそのリスクを負わせるのはそれ以上に心が痛い。気持ちはわかるつもりだけど、ここは僕の我儘を聞いてくれ」
グズマは、じっと言葉を飲み込んでしまった。
それをまずいと判断したスカ男が「グズマさん!」と叫ぶ、時間がないのだ。
グズマもスカ男の叫びでそれに気づいたのだろう。「分かった」とマーレインに返した。
「ありがとう」マーレインはそう言って、ダイチと共に、その場を去った。
そしてグズマもまた、その場から立ち去った。その返答は、必ずしも彼自身が納得しているものではない、屈辱的なものだった。
そこに残されたスカ男は、ある意味でグズマより屈辱的な感情を抱いていた。彼は自分の弱さに対して、今日ほど惨めな思いをした日は無いだろう。
☆
全く頭になかったわけではない、それは可能性として十分にありうることを知らなかったわけではない。
だが、スカ男は、不意に現れたその現実を、どう飲み込めば良いのか分からないでいた。
それまで、彼が肩を貸してきた被害者達は、当然ながら、スカ男とは初対面、全くの他人であったし、お互いに非干渉だった。だからスカ男は、黙々と仕事をこなすことが出来ていた。だが、今彼が背負っている男に関しては、そうでは無い。
つい先日、メガやすの中で言葉をかわしたメレメレ島出身のその店員、スカ男は彼の顔を知っていたし、彼の立場も知っていた、彼の人生もおおよそ知っていたし、その中で彼が感じていた不安も、焦りも、憤りも、スカ男自身の経験から、知っていた。
だからスカ男は、この店が彼にとってどのようなものであったかも知っていた、だが、そこがカプの怒りを受けて攻撃されたことに対する彼の動揺は、彼の人生からは想像もできなかった。
彼は、足を痛めていた。スカ男は極力彼に刺激を与えないようにゆっくりと、それでいてたしかにまっすぐと歩こうと試みていた。
まさか『あっちの世界』でハラに仕込まれていた事が、ここで役立つなんて、考えてもいなかった。
「グズマ君は、どうしてる?」
背後から、声が聞こえた。彼もまた、いま自らを背負っているのが、あの時グズマの横にいた男だということを理解していた。
「野生のポケモンの鎮圧に向かってるッス」
スカ男は、彼にとってグズマがどのような存在であるから知っていたから、それに答えた。心配なのだ、彼は。
「そうか、さすがだね」と、彼は言い、「僕とは、大違いだ」と、小声の中にたしかに自虐的な笑いをしたためながら呟いた。
「お客さんが来る前でよかった」と、彼は言う。
「きっと狙われたのは僕達なんだ。皆、島巡りを諦めた半端者だから」
馬鹿げている、そんなことはありえない、と、はっきりとそれを否定することが出来ない。
だからスカ男は、それを否定はしなかった。出来なかった。
「こんな時に、後ろ向きなことを考えるのは、良くないッス。今はただ、命があることを、喜ぶべきでスカら」
少しばかりの沈黙があった後に、彼は「そうだね」と答える。
だが彼は、ポツリと一言だけ呟いた。
「僕達は、何をしても、認められないんだろうか」
スカ男は、それに答えなかった。
☆
死亡者が存在しないことが、その事件の不幸中の幸いだった。カプの罰はメガやす内に客のいない開店前に行われていたらしく、レスキュー隊はメガやすの店員リストを何度も確認し、カプの罰を受けた際に店内にいた人間全てが救出されたことを判断した。
「なんと例を言えば良いのかわからない、本当に助かった。君達がいなければ、どうなっていたことか」
グズマとスカ男に頭を下げるダイチは、砂煙で泥だらけだった。当然マーレインもそうであるし、グズマやスカ男も、同じくそうであった。
「頭を下げられるようなことじゃない、当然のことだ」
笑顔を浮かべることなんて到底出来ない、グズマは渋い顔をしたまま、そう答える。
地獄だった、と、スカ男は顔を青くしていた。
スカ男が肩を貸した店員達は、なぜ自分達が理不尽に攻撃されなければならないのかという憤りよりも先に、カプ神に対しての恐怖を覚えていた。自分達は何をしてもカプ神に認められることはないのかと、彼らは、壊れていた。
スカ男は、彼らに対する自責の念で潰れかけていた、ある意味で、この惨状を引き起こした原因の一つは、自分にもあるのかもしれないのだ。
だがそれと同時に、カプ神に対する強い憤りも感じていた。節目節目で目の前の問題から何かと理由をつけて逃げてきた彼の人生も関係していたかもしれない。だが、客観的な目で見ても、彼ら店員がカプの怒りに触れるようなことをしたとは思えないのだ。
スカ男がその憤りを言葉にしようとした時、スカ男と同じくらい、もしくはそれ以上の怒りを纏った怒鳴り声が彼ら四人のもとに届いた。
それに真っ先に反応したのはグズマだった。彼は早足にその方に向かい、スカ男含む三人は、それについて行った。
その先で彼らが目にしたのは、顔をうつむかせた中年の男と、それに罵声を浴びせる若いスーツの男だった。その周りにいたレスキュー隊やレンジャー部隊も、その剣幕に気圧されていた。
「ロウバイさん! これでは話が違う!」と、スーツの男は叫ぶ。
「ヤドリギさんだ」
ダイチが彼らに聞こえないように小声でそう言った。
「メガやすの経営コンサルタントの」
もう片方の中年がしまキングのロウバイであることは、彼ら三人の中ではすでに常識なのだろう、それを指摘されることはなかったが、スカ男でもそれを理解することは出来た。
「この企画は、あなたが土地と人員を確保しているという前提のもとに進めていたはずです!」
「しかし、カプの怒りを受けることは全くの想定外で」
「だから! それをどうにかするのがあなたの役割だったはずでしょう、あなたはそれを許される立場にあったし、この土地だって元々はあなたのものだ、どうしてこんなことが起こるのですか!」
しかし、とロウバイは何かを弁明しようとしたが、やがてそれを諦め、ヤドリギに頭を下げるのみとなる。
ヤドリギは、自分達を見る視線には気づいているようだった。だが、それを気にしないほどに憤慨しているのか、はたまたあえてそれを見せつけているのか、罵倒を辞めることはない。
やがて、彼は言った。
「カプだカプだと、種類的にはただのポケモンでしょうが! あんたらは、ポケモン一匹もコントロールすることが出来ないのですか!」
その言葉が耳に届いた時、スカ男は、はっきりとヤドリギから悪意を感じ取った。そして、おそらくカプの怒りの原因は、彼なのではないかと思ったのだ。ヤドリギのその言葉には、アローラという地に対する侮蔑が込められているような気がしたのだ。
グズマは、一歩歩みを進めた。考え込んでいたスカ男は、それを止めることができなかった。
グズマも、同じことを思っていたのだろう、認められていようが、認められていまいが、カプに対する侮蔑は、自分達アローラに対する侮蔑そのままなのだ。
だから彼は、ロウバイとヤドリギの間に割って入った。言葉は無い、だが、グズマはヤドリギを睨みつけている。
ヤドリギは一瞬うろたえた。グズマが年齢的に自らの年下であり、社会的な立場も自らより下であることはすぐさま認識する事ができたが、彼の少年にしては大きな体格と、自らを明らかに敵と認識して睨みつけるその目に、動物的な本能が危険を告げていたのだ。
だが、すぐにヤドリギもグズマを睨み返す。身長も、体格もグズマには劣っていたが、彼は、自身が社会性に護られた人種であると、このアローラ地方とかいうど田舎の、ポケモンに支配されているような下等な土人とは一線を画す、法を知り、人を知り、その歪の中に生まれている力の道を知る人間だという自負があったのだ。
このにらみ合いは、ただのにらみ合いでは終わらなない。
互いに拳を振り上げ、どちらもその行き場所を失っている。どちらかが動かねば、それは終わらない。
どうすれば良いのかと焦るスカ男の横を、足音が通過した。
そして、第三者の腕が、グズマを制し、ヤドリギに向かって告げる。
「この辺で引いておいたほうが良いんじゃないのかね」
その声に、グズマは聞き覚えがあった。その手の続く先を見れば、その知った顔がある。
黒を基調とした服、首元のスカーフ、ガチガチに固められたオールバック。
その男は、異国人、ギーマだった。
ヤドリギは、その男の出現に驚いていた。彼の出身地であるイッシュの、ギーマは超有名人だった。ポケモントレーナーとして、トレーダーとして、資産家として、社会の顔として、ギーマはおおよそすべての面で、ヤドリギを大きく上回っている人間だったのだ。
「これ以上、君がアローラの人々のに対して敵意をぶつければ、カプ神とやらが、また怒るかもしれない。その威力は君もよく知っているだろう? 君も苦しい立場だろうが、ここは一先ず問題をイッシュに持ち帰って、上の判断を待つほうがいいだろう」
ヤドリギは、それに言い返さなった。彼はグズマとは違い、基本的に立場に弱いタイプの人間だったのだ。彼にとって、ギーマの出現は、振り上げた拳を下ろすのに都合の良いものだった。だから彼は、何も言わず、最後の抵抗とばかりにグズマを一睨みしてから、そこを去った。
「あんた、なにもんだ?」
本来ならば、この場を収めてくれたことに対する礼が先に来なければならないのだろう、だがグズマは、それを聞かずにはいられなかった。
「なに、彼にとってのカプ神のようなものだよ」
ギーマはそう言って、グズマの後ろにいるロウバイに目を向け、彼に敬意を評しながら言う。
「私の知り合いに、こういう問題に強い弁護士がいます。必ずあなたに連絡させましょう、しばらくは、イッシュのマスコミが騒がしくするかもしれないですが」
ロウバイは、ギーマに何度も礼を言った。彼の存在がなければ、どうなっていただろうか。
「グズマさん」
スカ男はグズマ駆け寄り、その腕を持った。彼は、グズマの行動に、得も言えぬ感動を覚えていたのだ。
そして、マーレインとダイチは、ロウバイに駆け寄り、その身を案じた。彼はそれに大丈夫と返すが、そこにしまキングの威厳のようなものは、殆ど感じられない。
「グズマ君」と、マーレインが言う。
「僕達はこれから、ロウバイさんと一緒に、カプに許しを得るために『みのりのいせき』に向かう。申し訳ないけど、これからこの島はだいぶ混乱するだろうから、島巡りの相手はできないと思う」
グズマはそれに頷いた、それを否定しても同しようもない。
その場を後にした三人を、グズマ達は見送った。
彼らが視界から消えるまで見送ったグズマは、一つ深呼吸をしてから、ギーマの方を向いて頭を下げた。慌ててスカ主もそれに合わせて頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
彼は、自らの無力を理解していた。
ヤドリギの悪意に激昂し、それに向かっていった、だから、その後にどうすれば良いのかなんてことを考えていなかったのだ。そして、ヤドリギが自身を睨み返していた時に、何もできなかった。ただただアローラの怒りをぶつけることしかできなかったのだ。もし彼が現れなければ、どうなっていただろうか。
「いや、良いんだ。あの場に割って入った君の勇気は素晴らしい。君のその行動がなければ、私はあのまま傍観していただろう。全ての問題に首を突っ込むほどのお人好しでもない」
それに、と続ける。
「彼らはイッシュでも問題になったことがあるからね。安さを追求すれば、いずれは土地代や人件費を削るという発想になりうる、それが地域の弱みに付け込む形になってもね。こうなることは、なんとなく予感していた」
「予感していた?」
その言葉に、スカ男が噛み付いた。彼には考えられないほどの剣幕でまくし立てる。
「だったら、どうして止めなかったのでスカ!? 止めていれば、こんなことは起こらなかったでスカら!」
彼は、自分自身を許せないのと同じように、それを許せなかった、彼はギーマに、自らの自責の念を重ねて、これまで自身の中で煮えたぎっていた怒りの全てを、ぶつけようとしていたのだ。
「おっさん!」と、スカ男を止めようとするグズマを振り切りながら、スカ男はギーマの胸ぐらをつかんだ。怒りにすべてを任せた、あの場を収めてくれたアローラの恩人と言うべき人間に対しては絶対にとるべきではない行動だった。ギーマが機嫌を損ね、全てをふいにすることだって出来るかもしれない。
だがギーマは、それに怒りはしなかった。むしろ、スカ男のその怒りを当然のものとして、全て受け入れているようにも見える。
だが、それはスカ男達に対する哀れみからだった。
「止めて、どうすると言うんだい?」
その質問の意味がわからず、スカ男は力を緩める。その隙にグズマが彼の腕をギーマから離した。
「伝統に取り残された人々の面倒を、私に見ろとでも言うのかい? そんなに大きな責任を、一観光客の私が背負えるわけないだろう?」
うう、とスカ男は唸った。何も言い返せないのだ。
「事実として、世間に受け入れられないトレーナーは存在し、彼らの生活の糧としてここは存在していた。彼らの生活を奪うようなことを、私にやれというのかい?」
「おっさん、もういいよ」
グズマは、スカ男をなだめる。
「この人の言うことにも、一理ある。これは、俺達の問題だ」
スカ男は唇を噛んだ、悔しかった、悔しくてたまらなかった。だが、肩に食い込むグズマの手が震えているのに気づいて、自らを恥じる。グズマだって、悔しくて仕方がないのだ。
「なあ」と、グズマがギーマに問う。
「アローラで受け入れられない奴らは、平たく言えば弱かった奴らだ。誰だって弱くなろうと思って弱くなるわけじゃねえ。あいつらなりに強くなろうと、強くなろうとして、それでも駄目だった、弱い奴らなんだ」
スカ男は胸が痛む、それらのうちの一人が、自分であるという自覚があったのだ。
「なあ、弱いってことは、そんなに悪いことなのかよ?」
ギーマは、グズマから目を離さず、それでいて少し居心地悪そうにそれに答える。
「私は神ではないんだ、それに答えるような大それた事は私には出来ない。だが、強者が存在するのならば、必ず弱者も存在する、それは真理だ。弱者の存在を消そうとすれば、強者の存在も消すこととなる。ギャンブルというものが、必ず勝者と敗者を作り出すように」
グズマは拳を握りしめた。
弱者のことなど考えたこともなかった、彼はこれまでずっと、そしておそらくはこれからも、強者として存在し続けるだろうから。
グズマは、弱者の論理を知った。自らの存在そのものが、一人の弱者を生み出しているのかもしれないという事実を、彼はまだ受け入れきれてはいなかった。