200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ E
シュートシティのあらゆる場所から、その『光の柱』が噴き上がっていた。
天国から地獄に叩き落された観客たちは、導き手が導くままにそこから逃げる。彼らにはそれしか許されていない。
どうして今日なのか。
どうして彼が。
どうしてこんなことを。
ガラルリーグにとって最も栄光ある日であるはずのチャンピオン決定戦は、リーグ委員長ローズの行動によって悪夢の日になった。
地下深くから噴き上げられるエネルギーの塊は、触れるものを皆破壊し、それは頂上決戦に耐えるように作られているシュートスタジアムも例外ではなかった。
「こんなもんかな」
モモナリはポケモンたちをボールに戻しながら呟いた。人の気配がなくなったシュートスタジアムを眺めながら、彼はため息をつく。
「なんだかよくわからないけど、頑固すぎるだろうよ」
関係者特別席でチャンピオン決定戦を観戦していたモモナリは、なにかに狂ったローズの反乱の全貌を目の当たりにしていた。
スタジアムを破壊する『光の柱』を確認しながら、彼はその性分で素早く『なるべく安全な方向』を予想し、すぐさまにガラル上位トレーナーたちと合流、なし崩し的に観客を誘導する責務を負った。
あまり似合う行動ではなかったが、それでも彼の働きは抜群だった。元々不確定な状況に強い『チャンピオンロード世代』彼のカバルドンは『ふきとばし』で降りかかる瓦礫を安全な方向に吹き飛ばしたし、ベロバーとピクシーの『リフレクター』も逃げ惑う観客達をしっかりと守った。
まだまだ安心できる状況ではない。否、そもそも自体は何一つ好転してはいない。
だが、モモナリの目の届く範囲では、観客たちは無事全員避難しているようだった。
『連絡が来たロト!』
ポケットからロトムフォンが勝手に飛び出す。緊急事態だ、何の問題もない。
『観客はすべて避難が終了したロト! 自分たちも早く逃げるロト!』
そう言ってロトムフォンは再びポケットに戻った。
彼のするべき仕事は終わった。
「さて」と、モモナリはベロバーの頭をなでながら呟く。
逃げたほうが良いだろうな。流石に。
彼の理性はそう提案している。
だが、彼の本能は最も太い『光の柱』を目で追っている。
天まで届こうかとしているその柱は、シュートスタジアムから出現している。
モモナリは見ていた。
対戦場を後にする寸前、見たこともないポケモンが、その『光の柱』から現れたのだ。
あれは何だったのだろう、と、モモナリの本能は考える。
何が待っているのだろう、と、モモナリの本能は考える。
それは、楽しいだろうか、と、モモナリの本能は期待する
わからないのならば、確認しなければ、と、モモナリの本能は考えた。
一歩、彼はスタジアムに向かって足を踏み出す。
ベロバーはそれに驚き、一瞬だけ反対方向に目をやりながらも、モモナリの後に続いた。
だが、それを止める声があった。
「モモナリくん」
その声の主は、エンジンジムリーダー、カブだった。普段と違い正装の彼は、彼の行動に特に驚くことなく引き止める。
「ああ、カブさんですか」
モモナリはイタズラがバレたことものように気まずそうに笑った。
「なんとか見逃してはもらえないですかね」
カブは首を振る。
「モモナリくん、これはダイマックスエネルギーを開発し、それに頼って来たガラルの問題だ、君を関わらせるわけにはいかない」
それに、と続ける。
「僕らの仕事は、まだ終わっていない」
モモナリが首をひねりその言葉を真意を問おうとした時、突如地響きととともに大きな揺れ、そして、低く地を這うポケモンの鳴き声。
「あれだ!」と、カブが指差す先には、巨大化した野生のポケモン。
「エネルギーの暴走によって、野生のポケモンが巨大化を始めているんだ!」
カブの声が一応届いてはいたが、モモナリはそれに答えない。
「まずいな」とモモナリは呟いた。
理屈はわからない、どうしてそうなっているのかもわからないし、何がどう作用して野生のポケモンが巨大化しているのかもわからない。
ただ、二つわかることがある。
一つ、そのポケモンが現れたのは、自分たちが観客たちを誘導した場所に近いこと。
一つ、そのポケモンをモモナリはよく知っている、よろいポケモンのバンギラス。凶暴にして強力な力を持つポケモンだった。
「急ぎましょう」と、彼はベロバーに肩に乗るように指示してから早足でバンギラスに向かって走った。彼は方向音痴ではないし、目指すべき場所はあまりにも分かりやすい。
スタジアムに未練がないわけではなかった。
だが、その状況になっても自分の意志を優先するには、彼はもう歳を取りすぎていた。
☆
ナックルジムリーダー、キバナは、一人ふらふらと気の向くままにワイルドエリアを散歩していた。
長身で容姿端麗な彼のことだ、街中でそれをしてしまえばすぐさま注目の的になってしまうだろう。だが、このワイルドエリアならば話は別だ、むしろ野生のポケモン達は彼を怒らせまいとそれを避ける。
考え事をするにはうってつけの場所だった。
穏やかな天気に抜けるような青空。
一つ欠伸をしたキバナは、とりあえずあそこまで歩こうと目標にしていた木の側に、一人のトレーナーが立っていることに気がついた。
知った顔だった。そして、なるべく出会いたくないなと思っていたトレーナーであった。
だが、キバナはそれで歩みを止めるような男では無かった。トラブルを望んでいるわけではない、だが、自分が考えを捻じ曲げるのが嫌いなのだ。
やがて、そのトレーナーはキバナに気づいて手を上げた。
「どうも」
そのトレーナー、モモナリは今の天気のように朗らかな表情を浮かべて彼を待ち構える。
「待ち伏せか?」
キバナは不躾にそう問うた、だが、やりかねない男だ。
モモナリもそれに機嫌を悪くすることなく答える。足元のベロバーは、キョロキョロとキバナとモモナリとを見た。
「いいや、今日は違うよ。ちょっといい場所を探してたんだ」
「へー、俺はてっきりまたふっかけられるのかと思ったよ」
モモナリはそれに一瞬目を輝かせたが、すぐさま首を振る。
「いや、今日は気分じゃないんだ」
ふうん、と鼻を鳴らしたキバナは、モモナリの横を無防備に通り過ぎて木の根本に腰を下ろした。
そしてその場をモモナリが離れないのを確認してから言う。
「ここ数日、すっかり世話になったな。随分と恥ずかしいところも見せちまった」
それは、彼個人の話ではない、チャンピオン決定戦におけるローズの凶行のことだ。
「よくあることだよ、どんなところにだってね」
モモナリは更に空を見上げて続ける。
「賢い人のやることはわからないなあ」
「そうだな」と、キバナもそれに同意する。
「チャンピオン決定戦はどうだった?」
「いい試合だったよ」
「そうだな、いい試合だった」
その事件が起きた数日後、チャンピオン決定戦は改めて行われた。ガラルの人々にとって、それは何よりも優先されるイベントの一つだったのだ。
チャンピオンダンデと、トーナメントを勝ち上がった新人トレーナーとの試合は、お互いがダイマックスと天候を操る展開になった後、わずかな差で新人トレーナーが勝利、十年もの間守られてきたチャンピオンの称号が移動することになった。
それを再び関係者特別席でモモナリは眺めていた。彼は歴史の証人になった。
「ダンデくんも嬉しそうだったよ」
モモナリの言葉に、キバナは首をひねる。
「そうか?」
「そうとも」
「そうか」
キバナは空を見上げた。そしてしばらく沈黙した後に言う。
「オレサマもモチベが上がんねーんだよなあ」
その言葉にモモナリが反応しただろうと確信しながら続ける。
「この十年、オレの越えるべき壁はずーっとダンデだった。それがああもあっさりと『なんでもないトレーナー』になった。上手くは言えねえが、なんだかな」
無敵のチャンピオンのライバルはナックルジムリーダーのキバナである。
その風潮を否定するものは少ない。多少の相性差はあれど、キバナが上位トレーナーの中でも安定して高位の成績を残している事は否定しようのない事実であり、ダンデと公式戦で最も戦い、ダンデのポケモンを最も戦闘不能にしたトレーナーであることも事実だ。
故に、そのライバルがあっさりとその座を追われたことに思うことはあるのだろう。
だが、モモナリは「ふうん」と不満げに鼻を鳴らして言う。
「なんだ、じゃあキバナくんはあれかい? 例えばダンデくんが世界で一番弱いトレーナーだったら、世界で二番目に弱いトレーナーでいいってことかい?」
それは極端な例え話だった。
だが、キバナはそれを上手く否定することが出来なかった。それほどにまで、彼の中でダンデの存在は大きい。
彼はそれを否定する言葉を探した、だが出てこない。やがて彼は自暴自棄になったように呟く。
「さあ、そうなのかもしれねえなあ」
気の抜けたその返事に、モモナリは再び「ふうん」と不満げに鼻を鳴らす。
「まあ、否定はしないよ、キバナ君はそうやって強くなったんだろうし、そういう強さもあるだろうからね」
くああ、と緊張感のないあくびが聞こえ、スニーカーが地面をひねる音がする。
「じゃ、またね。いつかきっと、振り切れるよ」
声質が違った。悩める年下を諭すような、優しい声。
振り返れば、すでにモモナリは背を向けている。
緊張感の欠片もない、まるで無防備な背中が、少しづつ遠くなっていく。
同情されている。
キバナは感じ取った。その背中からは、キバナに対する同情があった。
かわいそうに、という声を、まるで発しているように。
彼はその背中を見据えながら、ゆっくりと立ち上がる。
見下されている。
取るに足らない存在だと思われている。
ガラル最難関ジムのリーダーであるオレサマが。
「おい」と、キバナは発する。
「バトルしねえのか」
歩を止めぬまま、モモナリはつまらなさそうに答えた。
「しないよ、気分じゃないんだ」
ふつふつと、キバナの中で怒りの感情が湧いてくる。
確かに言ったさ、弱い言葉を。
分かってる、戦いに生きる人間がそんな言葉を言ってはいけないことくらい。
だが、見下される筋合いはないだろうが。
あのダンデが負けたんだぞ、オレサマがどれだけ追い詰めても負けなかったあいつが、負けたんだ。
それが俺達にとってどれだけのことか、よそ者のお前にはわからないだろうよ。
「おい」と、再び。
「バトルだ」
「だから言ったじゃん、気分じゃないんだって」
モモナリの頬を、風が撫でた。
彼の後をついていたベロバーはその風に気づいて振り返る。
そして、ベロバーはその動きを止める。
モモナリの背中をにらみつけるキバナの目が叫んでいる。
お前に、俺達の何がわかる。
「おい、勘違いしてんなよ」
ベロバーが怯えるように鳴き声を上げた。モモナリはようやく立ち止まる。
その頬を撫でる風に、痛みがまじる。
それは『すなあらし』だった。
ワイルドエリアに響き渡るのではないかという大声で、キバナが叫ぶ。
「このオレサマが、お前と戦ってやろうって言ってんだよ!」
その声に、モモナリは「キバナくん」ため息をつきながら振り返る。
それは呆れだった。若者に対する呆れ。
だが、それは彼の身勝手さに呆れるものではない。
むしろその逆。
気づくのが遅いんだよなあ、という呆れ。
砂嵐の向こう側にいるキバナを視界に捉えたモモナリは、ベロバーにひと声かけて彼を下がらせてボールを投げる。
「そういう事だよキバナくん!」
現れたのはよろいポケモンのバンギラス。
彼が生み出した『すなあらし』は、キバナの姿を多い隠す。
ただ唯一、つり上がってモモナリを睨みつける瞳だけがその向こう側から見えていた。