200-彼は自分こそが中心なのだとガラルで叫ぶ B
エンジンシティはずれ。
エンジンシティジムリーダー、カブは、日課の早朝ランニングに精を出していた。年齢からは考えられない若々しい肉体を支えるのは、いつまでも諦めることをやめないハードワークが作り出す。ハードワークをハードワークと思わないのは、彼の才能の一つだった。
第二鉱山まで走りきり、今度はエンジンシティに向かって走る為にユーターンした彼は、行くべき道の先に、一人の男が佇んでいるのを確認した。その男は明らかにカブを見つめているように見えた。
だが、最も過酷と言われるエンジンジムの長である彼はその程度で怯えはしない、彼は走りのリズムを崩さぬままその男の元に向かう。
その男に近づいて、二つのことが分かった。
一つ、その男の足元にはベロバーがいる。
二つ、その男は知った顔だった。
カブは男と向き合ってその足を止め、少しだけ時間を置いて息を落ち着かせてから言う。
「ダンデとのエキシビションの相手が君だと聞いてから、いつかこうなるだろうとは思っていたんだ」
その男、モモナリはその言葉に苦笑いする。
「ええ、こっちもね、なんとなくあなたは受け入れてくれるんだろうなと思っていたんですよ」
「まだ願いを聞いてはいないし、それを受け入れるとも言っていないよ」
ははは、と、モモナリは笑う。
「孫から、君の評判は聞いているよ」
ホウエン出身のカブは、少なくともガラルのトレーナーたちに比べればモモナリの情報を持っている方だった。
「そうですか、あまりいい評判じゃないんでしょうね」
「まあそうだね。いい話はあんまり聞かない。ああでも、一つだけ言っていたよ。本気で戦ってくれて嬉しかったとね」
モモナリはそれにも苦笑いして返す。
「そりゃあ、随分昔の話ですね」
ははは、と今度はカブが笑う。
「そっちは、変わりないかな?」
「ええまあ、チャンピオンが変わったり変わらなかったり、引退したりデビューしたりはありますけど、何かが大きく変わってはいませんよ」
「そうか、なら良かった」
「あなたは、随分変わりましたね」
モモナリの言葉に、カブは一瞬表情を固め、何も返さずその続きを待つ。
モモナリはそれを気にせずに続ける。
「初めてあなたの戦いをテレビで見たときは、そりゃあ興奮したもんですよ。こんな人もいるんだってね。だけど次に見た時は、正直言って失望しました」
「恥ずかしいな」と、カブは鼻を鳴らしてつぶやく。
「勝ちを目指すために手段を選ばなくなったと周りは言ってたけど、それは間違い。あの時のあなたは、手段を選ばないことが勝つ事だと思っていた。僕にはよく分かるんですよ、その勘違いを修正できないまま引退していった友達を、何人も知っているから」
一拍置いてさらに続ける。
「だけどあなたは復活した。燃え上がるような戦いを再び身につけて、あなたはトップリーグに帰ってきた」
「遅かったくらいだよ」と、カブは笑う。
「もっと早く気づくべきだったし、気づくこともできた。あの時間があったこそ今があると考えることもできるがね」
「尊敬しますよ。あなたの年齢でそれほどのモチベーションを維持しているトレーナーは殆どいないでしょうし、僕だって、あなたの年齢になった時にまだそれほどまでに燃え上がっているかどうかなんて、保証はない」
徹底的に褒められたカブは少し顔を赤らめてうつむいた。職業上褒めることはあってもこのように実力をダイレクトに褒められることはあまりなかった。
そして、モモナリが続ける。
「ダンデとの戦いは、そんなに良かったですか」
鼻息の荒さが伝わってくるような質問だった。極上の料理を目の前にしたヨクバリスが息を荒げるのとよく似た興奮が、カブにも伝わる。
もがいていたカブが、ダンデとの戦いで考え方を変えたのは、有名なエピソードだった。
表情を上げ、モモナリをしっかりと見据えたカブが答える。
「ああ、良かったよ」
ふうん、と、モモナリは興奮を隠しきらぬ鼻息を出す。
「何が良かったんです?」
「その時の試合を見たかね?」
「ええまあ」
「だったらわかるだろう? 僕は負けた。徹底的に負けた。勝負のアヤもなんにもない、明確に強者と弱者の戦いがそれだった」
モモナリが何も返さないのを確認してから続ける。
「至らぬことが分かったのさ。手段を選ぶとか選ばないとか、そういう段階の話ではない。チャンピオンの戦いを肌で感じて、自分とポケモンたちの関係がとてもではないがそのレベルにないことが分かった。同時に思った、自分たちはもっと強くなれるとね。彼らにできて自分たちにできないはずがない、だったらそれが伸びしろなはずだろう?」
モモナリはそれに頷いた。ジムリーダーカブの強さを支える根本は、自分とポケモン達の可能性を信じることだった。
「なるほど、なるほど。俄然楽しみになってきましたよ」
「最も、君はスランプになっているようには見えないがね……じゃあ、行こうか」
エンジンシティに向かって歩みを進めようとしたカブに、モモナリが反応する。
「行くって、どこに?」
「エンジンジムだよ、戦いたいんだろう? 観客はいないが、ダイマックスの感じはつかめる」
カブはモモナリの性格というものをだいたい把握していた。彼がここに現れるということは、自分と戦いたい以外にないだろう。エキシビションが円滑に進むようにと、彼なりの気の利いた配慮だった。
だが、モモナリはそれを拒否する。
「いや、違うんです」
「違う?」
首をかしげるカブに、モモナリが言う。
「ここで戦ってほしいんです」
「ここで?」
カブは地面を指差す。
そして、モモナリの意図することを理解してため息をつく。
「君は、なんて傲慢なんだ」
モモナリは、ガラルのジムリーダー達がダイマックスなしの野良バトルでどの程度の実力があるかというものをはかりたいのだ。
ホウエン出身のカブはよく知っている。
かつて、彼はホウエンのコーディネーター達のバトルの実力を確かめるために、自らホウエンに乗り込み彼らに喧嘩をふっかけた。それとよく似ている。
「こればっかりは性分なんで。何でもかんでも、自分で確かめないと気がすまないんです。特に戦いに関することはね」
はあ、と、カブは再びため息を付いて首を振った。
「新人トレーナーよりも厄介だね」
「まあまあそう言わずに、久しぶりにカントー式といきましょうよ」
「ホウエン式だよ」と、カブはモモナリから距離を取りながら呟いた。
そして、少しだけ何かを考えてからモモナリに言う。
「私がガラルに骨を埋める覚悟をしてから、もう十数年が経った。その間、ホウエンやカントージョウトで何があったかを知識では知っていても、肌でそれを感じることはなかった」
ボールを取り出しながら続ける。
「あんまり、がっかりさせないでくれよ」
モモナリはそれに間髪入れずに答えた。
「そりゃ、こっちの台詞ですよ」
行って来い、と、モモナリはベロバーをけしかけ、カブはそれを見ている観客がいないにも関わらず、全力でボールを投げる。
現れたキュウコンは、九本の尻尾を揺らしながらベロバーを視界に捉えた。ベロバーは一瞬それに体をビクつかせる。
「『かえんほうしゃ』」
「『まもる』」
キュウコンから放たれた『かえんほうしゃ』をベロバーは既のところで身を『まもる』
急造のコンビネーションに急造の技だったが、ベロバーはそれについてくる。
もっとも、それに一番驚いているのはベロバー自身だった。
キュウコンとカブはすぐさま体勢を整え直してベロバーを視界にとらえた。
だが、それよりも先にベロバーの『いたずらごころ』が動く。
「『でんじは』」
ベロバーから放たれた『でんじは』は、すでにキュウコンを捉えていた。
「『ひかりのかべ』」
キュウコンが麻痺して一瞬動きが遅れたスキに、ベロバーはさらに動く。パントマイムのように手足を動かして、相手の特殊攻撃から仲間を守る『ひかりのかべ』を作り出した。
「急造チームですからね、意地悪く行かせてもらいますよ」
「ならばこちらはより燃え上がるのみ!」
ニヤリと笑うモモナリに、カブは目を見開いて応じた。
☆
ホウエン地方、ミナモシティ、ポケモンコンテスト会場、出場者控室。
ホウエンリーグチャンピオンでもあり、ポケモンコンテストマスターでもあるミクリと、その友人オーノは、ポーズを取るポケモンを眺めながら語り合う。
「筋肉の付き方は申し分ない。さすがはAリーガーのエースだね」
「かと言って無駄があるわけでもない。驚くね、戦うだけでこうも素晴らしい肉体を作り上げるとは」
「最近は『たくましさ』ランクにもシャープさとセクシーさが求められているが、彼ならば問題ない。オーディエンスの受けもいいだろうし、実演ならば言わずもがなだ」
「『かしこさ』ランクでも実力を発揮できるだろう。リーグ戦でこいつが見せる知性をそのままコンテスト会場で爆発させればいい」
「『かっこよさ』『うつくしさ』ランクにも対応は可能だね。少し毛並みが乱れているが、まあ、ブラッシングでごまかせるだろう」
その後も何やらぺちゃくちゃと意見交換を交わす二人を見ながら。そのポケモン、ゴルダックは思った。
騙された。
モモナリが自分を誰かに預ける、それ自体は特に不満に思うべきものではない。長い付き合いだ、そのくらいの事はあったし、人間の中にそのようなめんどくさい決まり事があることも知っている。
だが、これまでその相手は大抵リーグトレーナーの誰かであったり、どこかの野生地であったり、つまるところ戦うことと大きくかけ離れているものではなかったし、彼自身もそれに夢中になることで時が早く感じたものだ。
だが、今回はどうだ。
確かに預けられた先はリーグトレーナーだ、それもホウエンリーグチャンピオンだというのだから、格的には申し分はない。自分が鏡の前でポーズを取らされていなければだが。
今から自分は、ポケモンコンテストの世界に放り込まれようとしている。
意味がわからない。
ポケモンコンテストを全く知らぬ訳でないし、特別下に見ているわけではない、そもそも彼はポケモンコンテストにおける『うつくしさ』の象徴であるミロカロスと戦い、そして破れている。
だが、ものには適材適所というものがあるのだ。それは自分には向いていない世界。
事前にそれを知っていれば、なりふり構わずそれを拒否しただろう。サイコパワーを操ることができる自分を騙すのだから、モモナリも大したものだ。
何やら白熱している二人を尻目に、ミクリのミロカロスがゴルダックに「わるくないじゃん」といった意味の視線を飛ばす。
この美しくてお高く止まったポケモンが、自分の『シンクロノイズ』に耐え、あのとんでもない威力の『じたばた』で暴れてくるのだからわからない。
もしかすれば、この経験は悪くないものなのかもしれない。モモナリは馬鹿だが、一瞬の思いつきのような悪ふざけに手持ちを巻き込んだりはしないタイプだ。そういうところは信頼できる。
それに、コンテストに出場したことのあるアズマオウは言っていた。
「あれはあれでいい経験だったし、楽しかった。またやりたい」
戦うために生まれてきたようなあいつだってそう言うのだ。何か得るものがあるのかもしれない。
なかば『じこあんじ』のようにそう言い聞かせるゴルダックの心情を知らず、二人は別の方向に視線を向けながら続ける。
「しかし、だからと言って彼で『たくましさ』や『かしこさ』ランクを狙うのは素人やアマチュアの発想。言ってしまえば、そんなことはモモナリくんでもできるだろう」
「そういうことだな。俺たちがこいつで狙うべきは『かわいさ』ランク優勝だ。そうだろう? ルチア」
彼らの背後からぴょこんと飛び出してきた派手派手しい衣装の少女はそれに手を上げて答える。ミクリの姪であろうという遺伝子は、コンテストという舞台で花開いている。
「はい! そのとおりです! 私達の力で、ゴルダックくんの『かわいさ』を思いっきり引き出してあげましょう!」
一人はホウエン地方のレジェンド、強さと美しさを兼ね備えた英雄。
一人は、コンテストというジャンルではその英雄をも凌駕しているとの見方もある現役ナンバーワンポケモンコンテストアイドル。
一人は、カントージョウトリーグでしのぎを削り、コンテストでも一定の結果を残す凄腕コーディネーター。
見る人間が見れば卒倒もあり得るメンツであり、そのアシストを受けることができるポケモンなんて、世界にそうはない。
だが、その当事者はこう思うのだった。
やっぱり、騙されてる気がする。
☆
バウタウン、ガラル地方で最も海が身近な街。有名なシーフードレストランがあり、有名な釣りスポットには世界各地から釣り好きが集まる。当然バウジムも水タイプのエキスパート揃い。
ジムリーダーのルリナは、住民達の要請を受け、釣りスポット兼船着き場となっている足場に向かっていた。
何でも、不審なトレーナーが出たという。
一人と一匹がひたすら海を眺めているだけで何もしない、身を投げるのかと案じてはみるが、とてもではないがそのような負のエネルギーは感じない。
時折興味心から声をかけるトレーナー達は軒並み倒され。ジムトレーナーもやられてしまった。相当な手練のようだ。
足場に降り立った彼女は、たしかにそこに佇む一人のトレーナーと一匹のポケモンを確認した。
「ああ、どうも」と、その男はルリナに挨拶する。危険そうな男には見えなかったが、足元のベロバーはじっとルリナを見つめている。
「何をしているんです? ジムチャレンジャー……ではないですよね」
ダイマックスバンドを腕にはめ、未進化のポケモンを連れている。捉えようによってはジムチャレンジャーに見えなくもないが、それにしては老けすぎている。年齢を理由に差別をするわけではないが、それほどまでに熱意あっての挑戦者がいるならば、多少話題にはなっているだろう。
「釣りですよ」と、その男はニッコリと笑って答えた。
ルリナはそれに一瞬身構えた。その男はそこに立っているだけであり、釣り竿を持っているわけではない、その言葉は、含みを持った比喩だ。
「ジムリーダーのルリナさんだね?」と、男は言った。
「いつかのサントアンヌ杯に出場してたね?」
ルリナはその質問に「ええ」と警戒を解かないままに答える。
サントアンヌ杯とは、世界一周クルーズ客船であるサントアンヌ号が停泊地で主催する特別なポケモンバトル大会だ。
陸上戦が主なポケモンバトル業界において数少ない完全水上戦をルールとするその大会は、水上のエキスパート同士のレベルの高い試合が見ることができると人気がある。
ルリナはそのカロス大会に招待され、出場したことがあった。
「僕はサントアンヌ杯の殿堂入りトレーナーだ。モモナリって名前聞いたこと無い?」
彼女はそれに首をひねった。聞いたことがあるような気もすれば、無いような気もする。
その反応に特に何かを思うこともなく、まあまあ、いいよ、と、モモナリは手をふる。
「君のバトルをひと目見たときにね、若いのに大したもんだと思ったんだ。水というものをよく心得てるとね。その後にジムリーダーをやってると聞いて納得したし、君に鍛えてもらえるトレーナーは幸せものだ」
「ありがとうございます」と、ルリナはひとまず言った。
さらにモモナリは続ける。
「僕は川の流れるハナダって街の出身でね。ジムリーダーのカスミはしっているだろう?」
ルリナはそれに頷く、カントー地方の水のエキスパート、知らぬはずがない。
「恥ずかしい話、僕はジムバッジを集めるまでは海というものを見たことがなかったし、川で十分だと思っていた。初めてクチバシティに言って海を見たときには、そりゃ驚いたね、向こう側が見えないんだもの」
モモナリは目の前にある海を指差して言う。
「良い海だ、深い深い青色で、どこまでも潜っていけそうな、僕たち人間が知らぬ世界を持っているような、そんな海だ」
一拍置いて続ける。
「君ならわかると思うけど、海というのは不思議なものなんだ。だってそうだろう? 海は一つしか無いはずなのに、いろんな地方にいろんな海がある。僕は真っ青な海を見たことがあるし、真っ赤な海を見たこともある。どす黒い海を見たこともあるし、深い緑色の海を見たこともある。透明な海だって見た。遠浅の海も見たし、この海のように深い海も見た」
そして、と、モモナリはルリナを覗き込んで続ける。
「どんな海にも共通していることは、必ずと言って良いほど、その海で一番強いやつがいる」
彼は海に向かってモンスターボールを投げた。
現れたのはアズマオウ、そのポケモンは音を立てて海に飛び込むと、波に逆らうように力強く泳ぐ。
「あ」と、ルリナは声を上げた。モモナリの名にピンとこなくとも、そのアズマオウは知っている。
巨大なホエルオーを『つのドリル』一撃でのし、電撃を操るランターンを相手にしたときには角の『ひらいしん』で電撃を吸収し、『ドリルライナー』で弱点をつく。器用にして力強い、水上のバトルで最も気をつけなければならないポケモンの一つ。
「ジムリーダーとしての君は求めない」と、モモナリが言う。
「ただ、サントアンヌ杯の時のように、水上のエキスパートとして、この海の女王として、僕達と戦ってほしい」
海に潜ったアズマオウが、重力に逆らいながら高く高く飛び跳ねた。
「相手をするのはこの僕、サントアンヌ杯三度優勝の殿堂入りトレーナーモモナリと。水上で最も強力なポケモンの一つであり、ポケモンコンテスト発祥の地ホウエンでハイパーに美しいポケモンの一つとされるアズマオウだ」
ルリナは、得意げに語り終えたモモナリと、海を跳ねるアズマオウを交互に見比べた。
相手に不足はない。自分の実力をすべて出しても、ついてくるだろう。
「わかりました」と、ルリナはモモナリを見据えて言った。
「あなたとその自慢のポケモン、私達がカントーまで流しさってあげましょう」
遠くからその様子を見守っていたギャラリーがわっと湧いた。
モモナリはその様子をぐるりと眺めながら言う。
「ギャラリーを気にしないことだ。少しでも気を抜いたら、僕がこの海も支配する」
「まさか、人が見てるから集中できないとでも?」
ルリナも海に向かってボールを投げる。
現れたのはくしざしポケモンのカマスジョー、彼女のサントアンヌ杯での活躍を支えた海上でのエース。
「そんなことでは、このガラルでは生き残れない」と、腕を組みながらルリナが呟く。
カマスジョーは着水するなりとんでもないスピードで海に潜った、スクリュー状の尾びれは、彼にスピードを与える。
「『じごくづき』」
「『メガホーン』」
槍のように尖ったカマスジョーの顎と、同じくやりのように鋭いアズマオウの角が海上でぶつかり合い、行き場をなくしたエネルギーが水しぶきを吹き上げる。
水上では地上のように踏ん張ることができない。アズマオウとカマスジョーは共に尾びれを最大に使い、相手を押し切る力を得ようとする。
勢いは互角、共々、ポケモンもトレーナーもそれに驚く。
そうなることなんて、想像もしていなかったからだ。まさか俺が、まさか俺が、まさかカマスジョーが、まさかアズマオウが、この海上で互角の力を持つものに出会うだなんて。
そこからどうなるのか、どう選択するのか。意地を張り切るのはどちらか、余力を残して次の備える賢さを持っているのはどちらか、こんな戦いをジムチャレンジャーが見てしまったら参ってしまうだろう。自分たちが飛び込もうとしている世界の過酷さを、これでもかと表現している。
それと同じように、モモナリの足にしがみつくベロバーはクラクラと参っていた。
☆
リーグトレーナー、モモナリの手持ちの一匹であるジバコイルは、彼の住居であるハナダシティの一軒家の中で、電源が切れてしまったかのように部屋の真ん中にドスンと鎮座していた。
死んでいるわけではない、体力を温存するための、彼なりのリラックスだ。
じっとすること自体は、彼の得意中の得意なことだった。元々控えめな性格で、あまり自分から自己主張するタイプではない。あの時のあれや、その時のそれなどに考えを巡らせている間に、大抵はその仕事が終わっている。
だが、侵入者には容赦ない。一度モモナリの留守中に押し入った強盗が、全員麻痺した状態で見つかったことがある。彼の手持ちの中で、最も留守番に向いているポケモンだ。
だが、彼にも我慢の限界というものがある。今回の留守は長くなるかもしれないし、流石に我慢ができなくなったら、自分の意志で外に出て、色々と楽しもうと思う、野生に帰ってもいいし、新しい主人を探してもいい。
彼は数を数え始める、モモナリを見限るカウントダウンだ。そのうちに眠ってしまっても、聡明な彼の記憶力はそれを記憶しているだろう。
彼がモモナリを見限るまで、残り三十一億五千三百六十万秒。