セキエイに続く日常
24-摂理
 この日、トキワの森が平和でないことに、その二人のトレーナーは気づいていた。
 キャンプボーイのキヨシ、そしてやまおとこのミキオ、ニビジムトレーナーの二人は、明らかに大型のポケモンに踏み荒らされた草むらを、呆然と眺めている。
 定期的にトキワの森のポケモンたちの生態調査をすることは、彼等ニビジムトレーナーの仕事であった。大人しいポケモンたちの楽園であり、カントーではただ唯一野生のピカチュウたちのコロニーが存在するその森の価値を、彼等はよく知っていた。
 だがその日、森の虫ポケモン達はいつも以上に大人しく、どこか怯えたようで、警戒心の強いピカチュウに至っては、全く確認できないでいた。
 その理由がまさにその先に存在することを、彼等は当然理解している。
「ミキオさん」と、キヨシが呟く。その呟きには様々な意味が込められている。
 その意味の一つに、ミキオは答える。
「調べるほかあるまい」
 ミキオはバインダーを地面に置き、ジャケットのボタンを幾つか外した。
 ほとんど強力なポケモンが存在しないと断言してもいいこの森に、大型のポケモンが急に現れるなどあり得るわけがない、明らかに異常。
 そして、彼等はそれをほうっておくわけにはいかない。トキワの森の生態系を壊しかねない存在は、出来る限り排除しなければならない。
 だからこそ、トキワの森の生態調査はジムトレーナーの仕事なのだ。
 年上の、尊敬すべき先輩ジムトレーナーの言葉に、キヨシは同じように頷いて、バインダーを地面においた。


 そのポケモンの爪が地面をえぐるのを確認しながら、彼等は、そのポケモンこそが虫ポケモンやピカチュウたちを怯えさせている者の正体であることを確信していた。
 巨大なポケモンだった、エメラルドグリーンと黒の鱗がその全身を包み込み、爪は鋭く、地面を割るようにえぐった。
 何より特徴的なのは、あまりにも巨大な牙だった。不必要と言えるほどに巨大なそれは、それを使っているところを見ずとも、とてつもない破壊力を持っていることを想像させる。
「何だ」と、ミキオは叫んだ。
「このポケモンは、なんなんだ」
 手持ちのサンドパンを繰り出すことに手一杯で、キヨシはそれに答えることが出来ない。最も、答える余裕があったとしても、彼はそれに「わからない」と答えるだろう。
 そう、彼等はそのポケモンを知らなかった。
 有り得ない、ジムトレーナーである彼等はカントーのポケモンは当然として、ジョウト、ホウエン、シンオウ、もしくはその他近隣の地方のポケモンの存在をほとんど網羅している。だが、そのポケモンを知らない。知らないからこそ、そのポケモンがトキワの森に存在することのアンタッチャブルさ、不可思議さを確信することが出来ていたのだ。
 鋭い爪、牙、二足方向に太い尾を考えれば、ドラゴンタイプであることは間違いないだろう。だが、それ以上のことはわからない。
 サンドパンが鋭い爪を武器にそのポケモンを『きりさく』
 だが、その攻撃はあっさりと弾き返され、サンドパンは鈍い音と共に地面に叩きつけられた。ただ体を振っただけで、決して弱いわけではないキヨシのサンドパンが地面を跳ねる。
 否、そうではない、キヨシは、サンドパンの胸に、おそらく『ドラゴンクロー』でつけられたであろう深い傷がついていることに気づいた。
 その攻撃は、彼の目にも留まらぬスピードで、一見すれば体を振っただけに見えるような小さな動きで振るわれたものだったのだろう。
 二人のジムトレーナーは、それだけでそのポケモンが自分たちの手に負える、少なくとも無傷で捕獲できることはないことを悟った。
「ミキオさん」
 サンドパンを手持ちに戻しながら叫んだキヨシの声に、ミキオは「おう」と、強く返事をしながら自身のボールを投げる。
 現れたのは、メガトンポケモンのゴローニャ。体の強さならば目の前のドラゴンポケモンにも引けをとらないだろう。
 だが、ミキオははじめから目の前のポケモンに勝とうとは考えてはいなかった。とにかくそのポケモンに痛手を与え、一旦引き、後は優秀なポケモンレンジャーに任せる。ここで出過ぎた真似をする必要は全く有りはしない。
 ゴローニャは、その役割を果たすのにこれ以上無い能力を持ったポケモンだった。体を覆う硬い岩盤は想像を絶するほどの『がんじょう』さを持ち、どれだけ強力な攻撃をぶつけられようと一撃では沈まない。
 そしてこのポケモンは、『だいばくはつ』をすることが出来る。一撃で倒されないことを考えると、その強力な攻撃を必ず打ち込むことが出来る。過去何度、この連携に救われてきただろうか。
 新たな獲物に狙いを定めたそのポケモンは、向かってくるゴローニャを迎撃するように踏みつけ、『じしん』の衝撃を叩き込む、轟音とともに森がざわめき、地面はひび割れる、ゴローニャにぶつけられたエネルギーの凄まじさを、トキワの森が物語っている。だが、それはミキオの予想通り、願望どおりの展開だった。
「『だいばくはつ』」
 叫んだミキオの指示に、しかしゴローニャは反応を示さない。そのポケモンは怒り狂ったようにゴローニャを蹴飛ばし、三百キロ以上あるはずのその体は、地響きを作り出しながらサッカーボールのように転がった。
 ミキオは驚愕で声が出なかった。確かに、それだけを見ればとんでもない『じしん』だった。おおよそすべてのポケモンを一撃で沈めるだろうし、それに驚きもしない。
 だがゴローニャは、『がんじょう』なゴローニャならば絶対にその一撃に耐えられるはずだった。『つのドリル』も、『ハサミギロチン』も、『けたぐり』にだって耐えてきたはずだった。
 その驚愕は、トレーナーとして考えれば当然だったかもしれない。だが、この状況、限りなく共謀で強力な野生との対峙において、その感情は全くの無駄、有り得てはならない思考のスキだった。
 それぞれが持ち得るポケモンを失っていた。だが、そのポケモンからすればそんなものは関係がない。自らの新しい縄張りを荒らす危険な生物たちに対して、力を持った野生が取る行動は一つだ。
 森を揺らす程の雄叫びを上げたそのポケモンは、立ち尽くすキヨシに一歩踏み込んだ。
「キヨシ君!」
 ミキオがそう叫んだところでなんの意味もない。
 そのポケモンに背を向けて逃げようとしたキヨシに、そのポケモンの尾が襲いかかる。鋼鉄のような硬さにムチのようなしなやかさを持つ技『アイアンテール』は、ムチのように甲高い音を響かせながらキヨシの足を叩き、彼を地面に叩きつける。
 足を襲ったあまりの痛みに、キヨシは大声をあげようとした。だが、それは叶わない。
 胸が地面に叩きつけられていた。衝撃を受けた肺は咄嗟に膨らむことが出来ず、呼吸を阻害する。キヨシは息ができなくなっていることに気づいた。胸を打ち付けたのだから当然だと冷静に思いつつも、果たしてそれは本当だろうかとも思う、本当に今だけなのか、時間が経てば呼吸が出来るようになるのか。
 彼は死を意識していた。胸の苦しみがあった、打たれた足の痛みもあった、だがそれ以上に、大型のドラゴンポケモンに攻撃され、地面に突っ伏した自身が、そのポケモンに背を向けていることの恐怖が、彼を苛んでいた。
 その時になって、ミキオはようやく懐から煙玉を取り出して地面に叩きつけた。
 そのポケモンも流石に煙に対する耐性はないらしく、突然に現れた煙幕に慌てふためき攻撃をやめる。
 ミキオはすぐさまゴローニャを手持ちに戻し、キヨシに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
 その返答を待つよりも先に、彼はキヨシを抱き上げて肩に担ぐ。
 少しづつではあるが呼吸が出来るようになっていたキヨシは一つ二つ頷いて生きていることをアピールするが、見えるのはミキオの背中ばかり。
 足早に、それでいてキヨシの負担にならないように歩を進めながら、幾つもの後悔が彼を襲っていた。
 どうしてあの時、無駄に思考のスキを作ってしまったのか。それがなければ、後輩トレーナーが襲われるより先に、煙玉を投げることが出来たのではないか。
 否、そもそも何故自分はあの時にゴローニャで戦いに行ってしまったのか、敵わぬ存在であることはわかっていたのではないのか、ゴローニャと自分の力を過信していたのではないのか。
 否、そもそも、あの踏み荒らされた草むらを見た段階で自分たちの手に負えぬ存在だと判断するべきではなかったのか。キヨシが自らの判断を頼った時に、ポケモンレンジャーに任せることを判断しておけば、このようなことにならなかったのではないのか。
 否、そもそも。
 そもそも、自分が強ければよかったのではないか。
 自分が強ければよかったのではないのか。
 自分が、強ければ、全て防げた話では無いのか。






 トキワの森、ニビシティ側の出入り口も、トキワシティ側の出入り口も徹底的に封鎖され、特別な実力を持ったポケモンレンジャー以外は足を踏み入れていない。
 ニビ、トキワの両住人にとっては当然不便な措置ではあった、隣り合う町同士であったが、トキワの森を封鎖されてはあまりにも交通の便が悪い。草木を切り分けて裏道を通れば一応行き交うことは出来るが、不慣れな道であることに変わりはない。
 だが、誰もそれに不満はなかった。ニビジムトレーナーに深手を追わせるほどのポケモンが不意に現れたとなれば、誰もが自身の身の安全を第一に考えるだろう。驚異からなるべく身を離し、後はレンジャーが問題を解決してくれるのを待つのが一般人として当然の選択。
 だが、ポケモンレンジャー達もそのポケモンを鎮圧、捕獲することは出来ないでいた。規格外のフィジカルと攻撃性の高さを持ち、様々な状況に対応できる知性と、それを活かすことの出来る豊富な攻撃手段を持つ。その道のプロ達の実力を持ってしても、これといった成果を上げているとは言えなかった。
 あの事件があってまだ数日しか経っていないというのに、無責任な野次馬達は自分たちの主張を騒ぎ立てていた。例えばトキワの森に現れたのは伝説のポケモンであるとか、この世のものではない別の次元に存在するドラゴンだとか、かつて存在していたマフィア集団ロケット団が密かに遺伝子操作によって作り出した人造ポケモンであるとか。
 だが、彼等はそれを確かめようとはしない。当然だ、ポケモンレンジャーですら手を焼くような怪物を相手に、興味本位で近づくなんて、一体どんな馬鹿だろう。


 トキワの森、ニビシティ側の出入り口を警護していたポケモンレンジャーのトシカズは、目の前に現れた少年を見て舌打ちした。
「何も聞かないから、何も言わずに帰れ」
 モモナリの目的を、トシカズは考えるまでもなく理解していた。
 封鎖されていたはずのチャンピオンロードにわざわざ向かい、シンオウで一騒ぎ起こし、その後も様々なトラブル、悪評を振りまきながら生きてきた少年。それらの根本には、必ずと言っていいほどポケモンバトルへの渇望があった。地元近くのトキワの森に怪物が現れたとなれば、黙っているわけがない。
 その少年、リーグトレーナーのモモナリは、突き放すようなトシカズの言葉に苦笑いしながら答える。元ニビジムトレーナーのトシカズと彼は顔なじみだった。
「つれないなあ。まだ何も言っていないのに」
 それだけ言って、彼はそこから去る様子はない。いつもそう、目的を達成するまではてこでも動かない。
 ため息をついて、トシカズが説得する。
「なあ、わかるだろう? これは遊びじゃないんだ。人間にも被害が出てる。蛮勇で突っ込ませるわけにはいかねえんだよ、専門職以外の人間を入れさせるわけにはいかねえ」
「だったら、俺に任せるべきでしょう。この問題に関して、俺以上の専門家がいるんですか」
 的外れだと断言できる意見ではなかった。確かに野生のポケモンに対して、『チャンピオンロード世代』のリーグトレーナーほどの存在がいるだろうが。
 その反論の的確さに、モモナリはフフンと鼻を鳴らしたが、トシカズは首を振ってすぐさまそれを否定する。
「それはわかってる。お前の強さを疑っちゃいねえし、いざという時日和ることもねえだろう。だがこれはそんなに単純な話じゃねえんだ」
 トシカズは一旦そこで言葉を切り、モモナリがしっかりとそれを聞いていることを確認してから続ける。
「もし、そのポケモンがお前から逃げて森から逃げたらどれほどの被害が出るからわかるか? 人間を攻撃したんだぞ? 俺たちがどれだけ最新の注意を払って物事を進めているか少しは考えてくれ」
 ぐうの音も出ない、モモナリの頭の中には無かった発想だった。それでいて非の打ち所もない、人間社会とポケモンたちの生態系に精通するポケモンレンジャーの、理の塊のような意見だった。
 だが、モモナリはそれでは引き下がらない。厄介なことに、彼は自らが人間社会が作り出す理というものを一方的に反故に出来る力を持っている存在であることを理解していた。
「じゃあ、俺を止めればいい」 
 その言葉は、てこでも動かないどころか、彼がその欲求を通すために実力行使も辞さない事の宣言だった。
 その場にいたトシカズ以外のレンジャー達がざわめく、自分たちレンジャーにここまで真っ向から喧嘩を売るようなことがこれまであっただろうか。
 トシカズはそれに驚かなかったが、再び大きなため息をついて頭を振る。
 それを振るわれてしまえば、もうどうしようもない。Aリーグへの昇格を逃し続けているとは言え、モモナリは未だに若手の筆頭株、前年度に行われた第一回シルフトーナメントでは、Aリーガーを軒並みなぎ倒してベスト四に勝ち進んだ。その強さを、ここまで露骨に理の破壊に使われてしまえば、自分達に為す術は無い。複数人で袋叩きにすれば可能性はあるかもしれないが、そうなれば自分たちも無事では済まず、本来の目的である森の保護を真っ当することが出来ないだろう。
 しかし、と彼は思う。
 例えば彼の目的が金銭の目的のような、保身と俗にまみれた要求だったら、トシカズはなんの迷いもなくモモナリを軽蔑することが出来る。だが、彼の目的が『トキワの森に現れた怪物と戦うこと』なのだから、脅迫されているにもかかわらずモモナリを軽蔑し切ることができない。軽蔑よりも、意味のわからなさからくる恐怖のほうが勝っている。
 一歩踏み込んできたモモナリに道を開けながら、トシカズはモモナリに告げる。
「オノノクスだ」
 聞き慣れぬ単語にモモナリは体を反応させ、トシカズと目を合わせる。
「カントーにもジョウトにも、ホウエンシンオウにも生息しない、海外のドラゴンポケモンだ」
 もうモモナリがトキワの森に侵入することを防ぐことは出来ない。
 それならば、自身が知っている情報すべてを彼に託し、少しでも被害が小さくなるようにしなければならない。それはトシカズの優れた判断だった。
「世界中のドラゴンの中でも、トップクラスの攻撃性を持っている。目撃者の情報によれば、海外の図鑑に記載されているサイズを大きく上回り、ゴローニャを一撃で仕留める力もある」 
「ゴローニャを? それはおかしいでしょう」
 ゴローニャが『がんじょう』であることはモモナリも知っている。
「『かたやぶり』なポケモンで、相手の特性を無視して技を出せる。そこだけは気をつけろ」
 モモナリはそれにうなずき、一つ彼に問う。
「どうして海外のポケモンがトキワの森に」
「それがわかったら苦労しねえよ」
 それもそうか、と、モモナリは小さく笑って、トキワの森につながるゲートを潜った。





 木々を揺らし、枝をへし折り、そのポケモン、オノノクスはモモナリの前に姿を現した。
 元々プライドの高いドラゴンの一族であることに加え、オノノクスという種族は縄張り意識が強い。
 新たに作り上げた自らの縄張りに、何の恐れもなく踏み込んでくる存在が現れれば容赦はしない。
 彼は侵入者である人間を見て咆哮を上げる。だが、その人間、モモナリはそれに怯むこと無く、極めて冷静にボールを投げ、ゴルダックを繰り出してオノノクスと対峙させた。
 種族が違えど、オノノクスは彼がこの森で出会ってきた誰とも違う人間であることを理解していた。目の前の人間からは、恐れという感情を感じ取れない。
 オノノクスは草むらごと地面をえぐるようにゴルダックに踏み込む、人間よりも先に、それに従うポケモンを処理しなければならないことを彼は知っている。
 力の限りを込めた『ドラゴンクロー』はゴルダックの頭を捉えたように見えた。だが、そこに手応えがない、それがゴルダックがサイコパワーで作り出した『みがわり』だと気づいたときには、すでにゴルダックが懐に踏み込んでいた。
 ゴルダックの水鉄砲が、至近距離から直撃する。だがオノノクスはそれを屁とも思わず片手でゴルダックを振り払った。
 地面に着地したゴルダックは、再びポジションを取ろうと足を動かすが、水によってぬかるんだ地面の中にある何かに足を取られてバランスを崩し、ベチャリと地面に突っ伏す。特別大きなダメージではないが、足を痛めたかもしれない。
 そこでモモナリは「戻れ」と一言言ってゴルダックをボールに戻した。
 ゴルダックがバランスを崩した原因、彼はそれが偶然によるのではなく、オノノクスの『くさむすび』による攻撃であることに気づいていた。
「ふうん」と、モモナリはオノノクスが見せた技について思考を巡らせる。
 だが、オノノクスはそれを待ってはくれない、彼はスキだらけになった人間を排除するために、再び踏み込んで『ドラゴンクロー』を振り抜かんとす。
 しかし、その強力な爪による攻撃は、柔らかな肉には届かない。ガツンという鈍い音と共にそれは止まる。
 モモナリが新たに繰り出したアーマルドが、その攻撃を体全身で止めていた。全身を覆う硬い甲羅は、たとえ相手がドラゴンであろうと攻撃を中に通さない、甲冑ポケモンの二つ名が過去のものではないことを証明している。
 不意に現れた見知らぬポケモンが、その体の硬さが岩タイプであろうことは確信しつつも、オノノクスは、それ以上に自らの体の変化を感じていた。普段に比べて、腕に力が入りきっていない。その違和感は、ゴルダックの水鉄砲を食らったときからだった。
 それはゴルダックの『みずびたし』攻撃によるものだった。特殊な水を相手に浴びせることにより、そのポケモンのタイプをみずタイプに変化させる奇妙な技。
 タイプが変わることは、そのポケモンの肉体全てに影響が出ると言っても過言ではない。例えば『ドラゴンクロー』などの強力なドラゴン技は、ドラゴンの屈強な肉体があることが前提にある。その肉体をみずタイプに変化させられては、攻撃が弱体化するのも当然。
 だが、その程度のことでオノノクスの攻撃性が失われるわけではない。いわタイプに有用な攻撃を彼は知っている。
 彼は一歩後ろに下がる素振りを見せながら、くるりと身を反転させて、太く、そしてしなやかな尾をアーマルドに叩きつける。
 アーマルドは再び体全身でそれを受けるが、今度はうめき声を上げながら体勢を崩した。寸前に全身に力を込め『てっぺき』のような防御力を作り出していなかったら、そのまま戦闘不能になっていただろう。
「『アクアテール』か」
 アーマルドを手持ちに戻しながら、モモナリは呟く。しなやかで力強い尾によって、水のような柔らかく衝撃を保つ物を叩きつける水タイプの大技『アクアテール』、水タイプとなっているオノノクスがそれを放てばさすがのアーマルドも大きなダメージを避けられない。
 小さく呟きながらも、モモナリは驚いていた、水タイプと関わりがなくても、長い尾を持つポケモンが『アクアテール』を裏奥義として習得している可能性があることを知っていないわけではなかったが、それを出来る野生のポケモンは存在しない。
「レンジャーが手を焼くわけだよ」
 モモナリの中であった予想が、確信に変わった瞬間だった。
 オノノクスの前に新たに立ちふさがったのは、アーマルドと同じく化石から復元したポケモンであるいわつぼポケモンのユレイドル、岩のような胴体から生える長い枝のような首が伸び、頭部の奥にある二つの目が、彼を睨みつけている。
 見知らぬポケモンだったが、あまり強そうなポケモンではないとオノノクスは判断し、再び体を捻り、今度は鋼のように強化した『アイアンテール』で攻撃する。岩タイプのユレイドルにとってその攻撃は効果が抜群だが、彼女はそれにぐっと耐え、頭部から粘液を吹き出してオノノクスに浴びせる。
 瞬間、オノノクスはそれが毒による攻撃だと身構えた。だが、異臭と、少しだけ視界が悪くなっただけで、体に痛みもなければ、熱を帯びることもない。
 その意味のわからない攻撃を、ようやくとるに足らないものだと理解した頃には、目の前のポケモンが変わっていた。
 新たにモモナリが繰り出したのは、鋼鉄の体と磁石を持つポケモン、ジバコイル。
 ようやくだ、と、オノノクスは安堵していた。わけのわからないポケモン、わけのわからない攻撃を浴びせ続けられていたが、ここに来てようやく、知っているポケモンが現れた。
 そして彼は、そのポケモンに関しては絶対の自信を持っていた。自身が持つ特性を、十二分に発揮できる相手、自身が仕込まれた技をこれ以上無いほどに発揮できる相手。
 彼は跳び上がり、片足でジバコイルの体を踏みつけて地面に叩きつけた、地面が割れ、木々が揺れ、野生のポケモンたちの驚きと恐怖の声が聞こえる。『じしん』の衝撃は、電気タイプと鋼タイプを持つジバコイルには絶対的な効果のある攻撃だった。
 鋼の体の冷たさを片足から感じながら、オノノクスは次はお前だとモモナリをにらみつける。だが、自慢のポケモンを葬られたはずのそのトレーナーは、恐怖でも、懇願でもない、極めて冷静な表情を崩さぬまま声を上げる。
「『じゅうまんボルト』」
 右足のしびれ、それをしびれだと認識できたのは一瞬だった。
 次の瞬間、破裂音のような轟と共に体全身を突き抜ける激痛。反射的にどれだけ声を張り上げようと、それが和らぐことはない。
 電気による攻撃だ、と彼は即座に理解したが、『みずびだし』による自身のタイプ変更に気づいていない彼は、何故それが自分の肉体にこれほど効くのかは理解できない、ドラゴンの肉体は、電気攻撃程度ではびくともしないはずだ。
 それに何故、ジバコイルがまだ攻撃することが出来るのかがわからない。自分が電気タイプや鋼タイプ相手に放つ『じしん』は、たとえ相手がどれだけ『がんじょう』な奴でも、戦闘不能に陥らせることが出来るはずだった。
 地面に倒れ、それでもモモナリから目を切らさないオノノクスは知らない。先程のユレイドルの攻撃『いえき』によって、自身の特性『かたやぶり』が無効化されていることに。
 恐ろしい、オノノクスは目の前の人間に恐怖を覚えていた。
 殴り合いや力比べで負けたわけではない、目の前の人間に限らず、自らの肉体と、牙を持ってすれば、すべての人間をなぎ倒すことが出来る力を彼は持っているし、それを知ってもいる。
 わからないのだ、今、何故自分が地面に突っ伏しているのか、全くわからない。わからないことは、恐怖だ。
 逃げよう、と、オノノクスは残る体力をすべて使って体を起こそうとした。まだ、もしかすればこの人間のスキを見て、逃げることが出来るかもしれない。
 だが、モモナリが新たに繰り出したポケモン、アーボックはそれを許さなかった。彼女の『へびにらみ』の前に、彼は全く動けない。
 彼は死を覚悟した。もう自らに出来る事はない。あとはよく分からない力を使う強者に蹂躙されるだけ、無様を晒さないことだけが、ドラゴンに残された最後の尊厳だろう。
 モモナリが至近距離まで歩み寄っても、オノノクスは大人しかった。
 だがモモナリは、止めを刺さない。
 彼は利き手でオノノクスの頭をなでながら呟く。
「俺と一緒に来い」
 その言葉の意味すべてを、オノノクスが理解できるわけではないだろう。
 だが、断片的にではあるものの、彼はそれを理解し、受け入れようとしていた。
 目の前の人間は、自分よりも強い。それは単純にフィジカルだけの問題ではなく、知識、戦略、命令を忠実に実行する仲間の存在、それらすべての要素が、彼に生物としての強さを与えている。今この瞬間、自らが地面に倒れていることが何よりの証明。
 その生物の仲間になることの何が問題か、群れの一員になることに何の問題がある。一つの共同体になることに、何の問題があろうか。
 空のモンスターボールを持つモモナリに、オノノクスは何も抵抗しなかった。





「モモナリが入っていきましたよ」
 カントー・ジョウトリーグチャンピオンにして、ドラゴンつかいの一族の有力者の一人であるワタルは、ポケモンレンジャーのトシカズの言葉に愕然としていた。
 トキワの森に現れたドラゴンへの対抗策として、彼はこれ以上無い人材であり専門家だった。ポケモンレンジャー達がすぐさまワタルへの協力を要請したのは素晴らしい判断だったと言えるだろう。
 そのドラゴンがおそらくオノノクスであるという事から、ワタルは自体の重大性を理解しており、彼はイッシュのドラゴン使いの一族と連絡を取りながら、削れるだけのスケジュールをすべて削ってニビを訪れた。
 それ故にレンジャー側も相当ピリついているだろうと思っていたのに、開口一番がこれとは。
「どうして止めなかった」
 腕組みをしたまま、ワタルはトシカズに、少し批判的なニュアンスを込めて問うた。その無謀さを、もちろん彼も理解している。
 トシカズは多少落ち込んだ風を見せたが、今度は逆に開き直ったように両手を上げて答える。
「俺たちにどうやって止めろと言うんです」
 人を喰ったような返答だったが、確かにそうだなとワタルは呆れた。
 モモナリの事はよく知っている。文句のつけようがない経歴と、あのキクコが一目置くほどの才能を持ちながら、リーグで停滞を続け、行く先々でトラブルを起こし続ける男。
 リーグの階級は違えど、ワタルは一度、シルフトーナメントでモモナリと対戦したことがある。いつも彼が格下のトレーナー相手にするような戦い方では勝ちきれない相手だった。それを、実力者集団とは言え、ポケモンレンジャーが止めるのは困難だろう。生まれ持った才能を、そのように使うトレーナーだ。
「つい先程までは、戦っていたようです」
 森の外まで響くような地響きを、彼等は感じていた。
「今は随分静かですが」
 その後にある含み、モモナリの安否を気遣う様子をトシカズは見せるが、ワタルは鼻でそれを笑う。
「負けるなんてことはありえないだろう。だが、問題はその先だな」
 ワタルは時刻を指定し、それまでに戻ってこなければ、オノノクスを制圧するよりも近隣住民を避難させることを考えるように彼等に伝えると、ゲートを潜って森のなかに消えた。





 オノノクスを従えながらトキワの森を散策していたモモナリは、早くもオノノクスの癖のようなものを見極め始めていた。
 彼は、何かを思うと、まずはモモナリの、トレーナーの機嫌を伺う悪癖があるようだった。それは何か強力なポケモンとそのトレーナーに支配されていたポケモンが持つ特徴で、モモナリの手持ち達には無い悪癖だ。その悪癖によって生まれる思い切りの悪さ、一歩目の遅れを、彼は極端に嫌うからだ。
 しかし、モモナリはその悪癖を矯正できる自信があった。大事なのは信頼関係、一方的な支配ではなく、共生共存の関係であることをお互いが認識し、それぞれが持ち得る力を最大限に発揮することこそが最も戦いを楽しむ方法であることを彼は知っていたし、彼等の手持ちにもそれを伝え続けてきた。
 今はまだその悪癖を自身の目と頭でカバーする段階、じっくりと時間をかければ、オノノクスは必ず自分たちの仲間になるだろう。
 そう考えていた時、オノノクスの歩みがピタリと止まり、顔を上げていることにモモナリが気づく。
「人か」
 オノノクスほどのポケモンが、いまさらトキワの森にいるようなポケモンに警戒を見せるとは考えられない、そう考えれば自然とその答えになる。自分以外の人間が、今この森にいる。
 やがて人が草むらを踏みながら近づいてくる音がモモナリの耳にも聞こえてきた。だがそれはレンジャーではない、レンジャーであるならば、もう少しバレないように近づくだろう。
「楽しみだな」
 今この森に入ることが出来るのは、レンジャーに認められた、あるいはレンジャーを振り切る実力を持ったトレーナーかポケモンのみ。
「いい日だな」
 彼はその場に座り込み、下手くそな口笛を吹いた。一刻も早く、それと出会いたかった。



 目の前に立つトレーナー、ワタルを見据えて「なるほど」と、モモナリは笑顔で呟いた。
「確かに、専門家としてあんた以上のトレーナーはいねえ」
 ワタルは、モモナリがまだ生きている事自体にはそれほど驚かなかったが、彼がすでにオノノクスを従える段階になっていることには驚いていた。
「あんたの仕事はねえ」
 モモナリはオノノクスを指さしながら言う。
「このとおりだからな」
 勝ち誇るように笑うモモナリに、ワタルは「その点に関しては礼を言う」と一つおいてから、首を振ってモモナリの言葉を否定する。
「そのオノノクスをこちらに引き渡してもらいたい」
「それは無理だな、もうこいつは俺のパートナーの一人だ」
「そうはいかない、そのポケモンは、人間と共に生きることが出来ない」
 ワタルの言葉に、モモナリは跳ね上がるように反応して返す。
「どうして、元々はトレーナーのポケモンなのに」
 モモナリがすでにそれを見抜いていることに、ワタルは一瞬言葉を失った。どう考えても、モモナリとイッシュのドラゴン使いとのパイプがあるわけがない、第一、知性をそのように使うタイプの人間ではないだろう。
「何故それを知っている」
 ワタルの問いに、モモナリは特に何かを誇るでもなく、いかにも当然といった風に答える。
「そんなことくらい、戦えばわかる。ただの野生のポケモンが、『くさむすび』や『アクアテール』を使いこなせるはずがないし、それが出来ることを知っているとも思えないしね」
 ワタルがそれに反応するより先にモモナリはさらに続ける。
「だけど、ポケモンとの関係を作れてもいなければ、覚えさせている技は無駄に多彩な攻撃技だけ。前のやつはあまりにもしょーもないトレーナーだね、だからポケモンを捨てることになる」
 ワタルは、モモナリのポケモンに対する観察眼に舌を巻いていた。ただ一点を除いて、そのオノノクスがおかれていた状況をすべて見抜いている。
 だがワタルは、ドラゴンつかいとしての経験と人脈のあるワタルは、モモナリの知らないただ一点の情報を知っていた。
「そのポケモンの境遇は、おおよそ君の想像するとおりだ」
 モモナリが頷くのを見て続ける。
「だが、それでもそのポケモンはこちらが引き取らせてもらう。そのポケモンは、人間と信頼関係を構築することが出来ない。彼を救うことが出来るのは、ドラゴンの専門家である我々だけだ」
 ワタルはその理由を説明しようと言葉を続けようとしたが、モモナリがそれを遮った。
「あんたらに出来て俺に出来ねえわけがねえだろうが。こいつは俺が責任を持って仲間にする、ゴミのようなトレーナーのケツは、同じトレーナーが拭く。それが筋だろう」 
 己の才能に対する絶対的な自信と、彼なりのトレーナーとしての矜持が見える言葉だった。
 ワタルが、これからそれを否定する言葉を言わなければならない後ろめたさを飲み込むより先に、モモナリは一歩下がって、ワタルと距離を作る。
「それでもこいつを引き取るというのなら、俺から奪うしか無い。法律やら条例やらを引き出すより手っ取り早くて、俺は楽しい。これ以上の方法はねえだろう」
 確かにそれは手っ取り早い方法だった。例えば法律のような社会性を持ったシステムをモモナリに提示したところで彼はそれに従いはするかもしれないが、納得はしない。
 それに、戦いは、そのオノノクスの問題点を浮き彫りにする方法の一つでもあった。
 同じく下がってモモナリと距離を作り、ボールからカイリューを繰り出しながら、ワタルは思う。あわよくば、全力で戦った自分にモモナリが勝利する展開を望みたいとすら思う。それが出来るのならば、彼にとっても彼にとってもそれが一番いいに決まっている。
 だが、それは無理、それは無理なのだ。
 繰り出されたカイリューは、ワタルの指示によって地面に降り立ち、両足で地面を踏み鳴らした。
 対するモモナリもポケモンを入れ替える素振りはない、彼はオノノクスと自らの力をワタルに示そうとしているのだ。
 ぞれぞれのコンビはお互いにジリジリと間合いを調整しながらにらみ合うだけで、技を打つ気配がない。
 それは、オノノクスの特性によるものが大きい。
 彼の特性『かたやぶり』は相手の特性を無視して攻撃することが出来る、ワタルのカイリューは特殊な特性『マルチスケイル』でリーグ戦などではタフに立ち回るが、それを無視されるとなると、オノノクスの攻撃性を考えれば一撃で仕留められる可能性もある。だからうかつには動けない。
 対するモモナリも、一方的に攻撃すればそれでいいのかと言えばそうではない、オノノクスはカイリューよりも俊敏に動けるが、オノノクスの悪癖を考えればそう簡単な話でもない。カイリューもまた、オノノクスを一撃で沈めることが出来る力を持っているからだ。
 その間にも、カイリューはジリジリと歩を進めてオノノクスとの距離を詰める。モモナリはそれが自らにプレッシャーをかけるワタルの駆け引きだとわかってはいるが、その意図が読めない。背後のスペースは十分すぎるほどにあるし、そのようなプレッシャーで今更潰されることはない、小さな戦略を積み重ねることがトップトレーナーの強さだと考えることが出来るかもしれないが、その行動の優先順位は低いようにも思う。
 モモナリは気づいていない。ワタルとカイリューがその小さな歩みでプレッシャーをかけようとしているのは、モモナリではなく、オノノクスの方。
 しばらくそれが続いた後に、カイリューがピクリと動く。
 モモナリはそれを見逃さず、「『ダブルチョップ』!」と、用意していた戦術を叫ぶ。
 だが、オノノクスはそれに従わなかった。彼はカイリューに向かって『げきりん』で突っ込んでいく。
 プレッシャーをかけられ続けたオノノクスは、カイリューを一撃で沈めることを望んでいた。それには『ダブルチョップ』では足りない。
 振り下ろされた爪が、カイリューを捉えたように見えた、だが、その『みがわり』はかき消される。指示に従わなかったオノノクスの遅れが、カイリューにそれを作り出すスキを生んでいた。
 モモナリは愕然としていた、彼はカイリューが様子見の『みがわり』を打ってくるかもしれないことを読んでおり、それを見越しての『ダブルチョップ』だったのだ。その技で身代わりを消滅させることで、相手の体力を削りより優位に立つ。しかしオノノクスは指示を無視して暴発した。
 あり得ないことだった、指示が通らなかったわけでもなければ、オノノクスが呆けていたわけでもない。未熟なトレーナーならば言うことを聞かないこともあるかもしれないが、バッジをコンプリートする実力のあるトレーナーにはまず起こらない。
 そして、オノノクスの『げきりん』の暴発は非常に問題がある。こうなってしまえば自分の指示が意味をなさなくなる上に、ワタルほどの実力者ならば、それを用意にさばくだろう。
 どうして暴発した、何故自分を信頼しない。
 ワタルはその理由を知っている、そして、彼はそれが虚しくてたまらない。
 もしモモナリの指示通りオノノクスが『ダブルチョップ』を打っていたならば、より苦しい状況になっていただろう。
 サイドを取ったカイリューを、オノノクスの優れた動体視力は捉えている。彼は『げきりん』の勢いをそのままに、再びカイリューに腕を振り下ろす。
「『まもる』」
 モモナリたちとは対照的に、カイリューはワタルの指示を淀み無く実行し、腕を交差させて爪を受ける。肉が裂ける音と、地面が踏みしめられる音が響いたが、カイリューはダメージを逃してみせた。
 その二回の攻撃で力を使い切ったオノノクスは、目の前の敵がまだ倒れていないことに混乱し、息を切らしながら、自身の置かれた状況に絶望していた。
 その時、トレーナーであるモモナリを頼るような思考を持っていれば、あるいはまだ戦えたかもしれない。
 だが、オノノクスはそのようなことを考えもしなかった。彼はその時すでに、人間と共に戦うことを捨てていた。
 混乱する彼の視界に入ったのは、トレーナーであるはずのモモナリだった。
 もはや彼に理性はない、彼は雄叫びを上げながら、モモナリに襲いかかる。人間は仲間ではない、人間は敵だった。
 オノノクスが見たのは、モモナリの悲しげな表情だった。
「『さいみんじゅつ』」
 その声と共に現れたゴルダックが、頭部の宝石を光らせてオノノクスに念波を飛ばす。
 百戦錬磨のゴルダックのその攻撃は、オノノクスに自らが眠りつつあることを気づかせないほどに強力で、彼は気を失うように、再び地面に突っ伏した。





 モモナリは、眠ったオノノクスが入っているモンスターボールを、黙ってワタルに差し出した。
 その表情には、動揺が見て取れる。
 自らが選んだポケモンが、自分に牙を向けるという経験に面食らっていた。経験もなければ、想像もできない、彼のトレーナーとしてのプライドを根本から揺さぶる出来事だった。
「仕方のないことだ」と、ワタルはそのボールを受け取りながら彼をなだめる。
「おかしいだろ」
 モモナリは頭を振りながら答える。
「元々はトレーナーのポケモンだったはずなのに」
「このオノノクスは、生い立ちに問題があった」
 ワタルは自分が知っている情報をモモナリに話す。
「君の推測は殆ど当たっている。このポケモンの前の持ち主はトレーナーであるし、実力に疑問符のつくトレーナーでもあった。だが、それよりももっと過酷な過去がある」
 モモナリは、その答えを求める視線をワタルに送る。
「このポケモンは、進化前の段階で、虐待に近い調教を受けていた可能性がある。このポケモンにとって、人間は恐怖の対象であり、敵だ。君がどれだけ優れたトレーナーであっても、人間を信頼することは生涯無いだろう」
 モモナリは、ワタルの手にあるボールを眺めた。無理と言われても、それを成すことが出来なかった自分が憎らしく、恥ずかしい。
「じゃあ、そいつはどうするんだ」
 モモナリの頭の中には、最悪の選択肢があった。人間が、トレーナーがポケモンに対して取ることの出来る最悪の選択、自然の摂理に反する傲慢で非道な選択が。
 モモナリのそのような考えをワタルも理解していたのだろう。彼は首を振ってそれを否定してから答える。
「このオノノクスは、今後限られた人間しか足を踏み入れないドラゴンの生息地に連れていき、そこで一生を過ごす。人間を視界に入れさえしなければ、彼は強く、優しく、尊厳のあるドラゴンなんだ」
 なるほど、と、モモナリは頷いた。確かにそれならば彼は人間と向き合わずにすむし、ドラゴンつかいの一族にしか出来ない解決法でもある。
 しかし、と、モモナリは俯く。
「納得はできねえな、一匹のポケモンの生涯を、ヘボトレーナーが決めちまうなんてな」
「それには俺も同感だ。だが、優れたトレーナーや育成スタッフが、上手くドラゴンを育てていることもまた事実」
「わからねえな、そんなことをしてまでドラゴンを手持ちに加えたい気持ちがわからねえよ。身の丈ってものがわからねえのかね」
「同感だ、俺にもそれはわからない」
 ふう、と、モモナリはため息をつく。
「こいつには、この未来しかなかったのかなあ」
「そんな事はない」と、ワタルは強くそれを否定した。
「彼を変えたのは人間だ、出会いによっては、チャンピオンの横に立つポケモンであったかもしれない。例えば君のような優れたトレーナーと出会っていれば、また違う未来があったはずだ」
 もし、まだドラゴンに興味があるのなら。と、ワタルは続けようとしたが、モモナリは気分を変えるように一つ跳ねるように顔をあげるとワタルに背を向ける。
「いや、もう萎えた。ドラゴンとは、当分出会いたくねえ」
 鼻を啜り上げ、顔をこすりながら、モモナリはその場を去った。

■筆者メッセージ
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来来坊(風) ( 2018/04/01(日) 20:16 )