セキエイに続く日常
番外編-After the Elitefour C龍と
「ほんとにドラゴン使いの村に行くんですか」
 ガラガラの鈍行電車に揺られながら、男は対面に座るキクコの表情を伺いながら問うた。
 窓から見えるゆっくりと流れる景色からは、段々と文明の香りが消え始め、見るからに肌寒そうといったふうに変化していく。
 キクコは、それを楽しむように眺めながら、男に返す。
「行くどころか、ドラゴン使いのトレーナーを、リーグに引き込むつもりさ」
 はあ、と、男はため息をついた、そして、周りを気にすること無く不安げに続ける。自分たちしか存在しないその車両で、何を気にすることがあろうか。
「あまり、彼等についての良い噂は聞きませんよ」
 彼等、と言うのは、勿論ドラゴン使いの人々を指していた。
 ドラゴンポケモン達と共に暮すトレーナー、彼等の存在は、普通の人間が普通に生きていれば、それを知ること無く、そして、それを知らぬことに何かを思うこともなくその生涯を終えるような、そのくらい世間から離れた存在だった。
 しかし、その歴史は古く、数百年も過去の文献にも、その存在をほのめかす記述があるという。更には、ドラゴン使いの一族の血は世界各地に散らばっており、彼等はドラゴンの持つ言語を共通項として、各地の情報をやり取りしていたという記録も残っている。
 その存在感のアンバランスさは、時に想像力豊かな人々の興味を惹き、様々な憶測の的となった。
 曰く、彼等の目的は世界の破滅である。
 曰く、彼等の目的はその逆に世界の破滅を引き止めることであり、彼等はいつそれが来るのか知っている。
 曰く、彼等はドラゴンポケモンの圧倒的な暴力をバックに、この世のすべてを支配しようとしている、もしくは、すでにしている。
 曰く、彼等は人間ではなく、その姿を借りたドラゴンである。
 すべて、根拠も責任もない空想である事に間違いはないが、ドラゴン使いの一族の中で、表立ってそれを否定する人間が誰もいないものだから、伝言ゲームの中でやがてそれを空想と理解している人間が少なくなってもいる。
「リーグトレーナーの良い噂だって聞かないさ」
 キクコの切り返しに、男は一瞬絶句して、「まあ、そりゃそうですけど」と、力づくも良いところだが、納得した。





 ジョウト地方、チョウジタウン。公共交通機関でたどり着けるのは、ここまで。
 ジョウト最大の湖であるいかりの湖のすぐ南に位置するその町は、観光客向けの多くの土産物屋がつらなっている。
 せっかく来たのだからと男に誘われ、そのうちの一つに入ったキクコは、土産物を漁る男にため息をついた。
「いかりの湖に行くなら、釣り竿を貸すよ」
 店主らしき老婆は、客がいると言うのに座布団から立ち上がる気配すら無く、しかし商売っ気はたっぷりに、店の隅に立てかけられている見るからにボロい釣り竿達を顎で指しながら言う。
「コイキングの大物を釣れば、景品もある。手こぎボートよりよっぽどましやて」
 いかりのみずうみが、コイキングフィッシングの本場であることは、カントーに本拠地をおくキクコたちも知っている。おおよそ釣り人と呼ばれる人種の終着点は、龍を釣り上げるか、大物のコイキングを釣り上げるかとまで言われてもいる。
 へえ、と、興味を示しかけていた男を制するように、キクコは首を振ってそれを拒否する。
「悪いけど、湖には行かなくてね」
 老婆は、不思議半分苛立ち半分といった表情を見せる。
「ここに来て湖に行かないとは不思議なもんだね。湖以外で良い一日を過ごしたけりゃコガネが一番いいのに」
「ちょっと、フスベに用があってね」
 フスベ、と言う単語に、老婆は表情を歪めた。
「観光ならやめときな、何もありゃしないよ」
「わかってるがね、ちょいとドラゴン使いの一族に用があるのさ」
 はん、と老婆は鼻で笑う。
「酔狂だねえ、何の用かは知らないが、龍使いと付き合えるとは思わないこったね」
「何かあるんですか」
 男が会話に割って入った。そこで何らかの根拠でもつかめれば、それ辞める理由の一つにはなるかもしれない。
 老婆は、鬱陶しそうに頭を振りながら答える。
「奴らは龍なのさ、人間と共に生きるより、龍と共に生きることを選んだ蛮族だよ。たまにチョウジに現れることもあるが、誰とも言葉交わさず、消耗品を買っておさらば。奴らは龍を信じ、人間を信じてはいないのさ」
 好意的とはいえず、あまりにも悪意のこもった表現だった。
 だが、男はそれを疑わず、やっぱりやめましょうよという目でキクコを見る。
 彼女はそれにため息をついて、それぞれに答える。
「もう今日行くって手紙で伝えちまってるのさ、人間なら、約束は守らないとね」
 踵を返すキクコに、老婆が言う。
「気をつけなよ、こおりのぬけみちは信じられないくらい冷えるよ」
 キクコは振り返らずに答える。
「大丈夫さ、寒いのには慣れてるからね」





 老婆の言うとおり、チョウジとフスベを、世界とフスベを唯一つなぐこおりのぬけみちは、何故そうなっているのかは分からないが地面に氷が張るほどに凍てついていた。
 だが、彼女らはそれを酷く寒いとは感じなかった、ヨツノシマのいてだきのどうくつのあの寒さに比べれば、まだ我慢ができる。
 途中氷に足を取られながらも、彼女らは特に苦労すること無くそれを抜け。襲い掛かってきた太陽もそれほど眩しく感じなかった。
 しかし、彼女らに襲いかかるのは太陽の光だけでは無い。
 彼女らの前に立ち塞がたのは、幼い幼い、まだ十にも満ちてはいないのではないかという女の子だった。
「何しに来たの」
 男は、最初それに軽口で答えようとした。適当に何かを褒めておけば、すぐさま女の子らしくニコニコとして表情を見せるだろうと思っていたからだ。しかし、その言葉が出てくることはなかった。
 女の子らしくその声は高かったが、彼女の口調が、あまりにも敵意に満ちたものだったからだ。
 男は、土産物屋の老婆の言葉を思い出していた。龍使いの一族は、人間を信じてはいない。
 しかしキクコは、その少女を恐れること無く答える。敵意など、彼女にとっては取るに足らない些細なこと、それらをすべて無に出来るだけの力を彼女は持っていたし、そうしてきたからだ。
「長に会いに来たのさ」
 その言葉に、少女はキッと表情を変え、腰に手をかける。男は、そこでようやく彼女の腰に幾つかのボールがあることに気づいた。
 帰ったほうが良い、と男は再び思った。彼等とまともな話し合いが成立するとは思えなかったのだ。
 少女がそのボールを投げようとしたその時、遠くから、おそらくその少女のものであろう名前を呼ぶ声があった。見れば、一人の老人が、彼女らに近づいて来ていた。
「今日は帰りなさい」と、その老人は言った。少女とは真反対の、穏やかな言葉だ。
 少女は、それでもキクコらを何か言いたげに睨みつけたが、やがて老人に一つ頭を下げてから、その場を去る。
 おそらくその老人が、彼等の長なのだろうと男は思った。あの少女が、素直にいうことを聞くのだから。
「大変失礼した」と、老人は頭を下げる。
「子供のやることさ、気にはしないよ」
 キクコはそう言って、老人に右手を差し出す。
「あたしはポケモンリーグチャンピオン、キクコ。こいつはまあ、助手みたいなもんさ」
 男は老人に軽く会釈をした。助手という扱いに特に思うことはない。実際似たようなものだろう。
 老人も同じく名を名乗り、男の予想通りこの村の長のようなものだと言う。
「お話は私の家ですることにしましょう。手紙も拝見しましたが、いくつかわからないこともある」



 座敷に通され、特に高級な風でもない座布団に腰を下ろしながら、男はなるべく察せられないように、ぐるりとその内装に目を通す。
 ドラゴン使いの長の家は、ちょっと肩透かしに思うほど質素なものだった。
 孫だろうか、一人の少年が自分たちの前に茶を置いたのに気づいて、男はカントーから持ってきた土産を、間違えてチョウジの土産と間違わぬように気をつけて差し出した。
「これ、つまらないものですが。クチバのカステラです」
 言った後に気づいたが、果たして目の前の老人はクチバという街を知っているのだろうか。クチバのカステラと言えば、カントーじゃ間違い無しのチョイスなのだが。
「ほほう、私は甘味が大好きでねえ」
 長は目を細めながらそれを側に座る少年に手渡した。彼は一つ頷いてそれを持ってその場から消える。
「さて」と、長が呟く。
「ポケモンリーグ、というものがあるのは知っていますよ、つい最近も、我々にそれを伝えに来た人がいた」
 おそらく、サカベだろう。
「ですがよくわからないのは、何故それに、我々を誘う必要があるのか、ということ」
 キクコは、間髪入れずそれに返す。
「あたし達の目的は、最強を目指すことにあります。強いトレーナーは、一人でも多いほうがいい」
「でしたら、我々抜きでやってもらって構わない。我々は、誰が最強を名乗っても気にはしません」
「それじゃ、意味がない。最強を目指す上に、ドラゴンの存在を無視することは出来ません」
 更に彼女は続ける。
「ドラゴン使いの一族の強さを、もっと活かすべきです」
 長は、それに何も返さなかった。重苦しい沈黙が、当たりを支配する。
 それを断ち切ったのは、先程の少年の「どうぞ」の声だった。見れば、彼は先程の土産のカステラを人数分切り分けて来たようだった。そして彼は、そのまま長の側に、座布団のない場所に正座する。自分と同じで、付き人みたいなものなのだろうと男は思った、ドラゴン使いの一族なのだから、そのくらいの風習はありそうだ。
「長老」と、少年は長を呼ぶ。
「この人達は、我々の事を少し勘違いしているのではないでしょうか」
 ううむ、と、長は唸り。少し茶を啜ってから、キクコらに向かって言う。
「昔話になりますが、我々の、ドラゴン使いの成り立ちを、起こりを少しお話しましょう」
 キクコと男が沈黙をもってそれを許可したことを確認してから、長は続ける。
「はるか昔、この世界には、龍という概念が存在していたのです。携帯獣の種族の中にドラゴンというものがありますが、この概念はそれだけには当てはまりません。例えばギャラドスやリザードンのような携帯獣、要するに人間が抗うことの出来ない強力な力を持ったものを、龍と呼んでいた。そして彼等は、人間の生活圏を脅かし、彼等の思うまま生活していた。人間は、彼等に見逃されながら生きていた。その時、この世界における生態系の頂点は人間ではなく龍だったのだから、当然のことです」
 なるほど、と男は思った。ドラゴンポケモンはともかく、ギャラドスやリザードンなども、暴れれば今でも手こずるポケモンだ、バトルというものが確立していない過去において、それを対処するのはほとんど不可能だろう。
 長は続ける。
「ある時、勇敢な男たちがその生活を変えるために里を去りました。そして、数々の、筆舌し難い犠牲の元に、彼等はついに龍達と心を通わせる事に至った。トレーナーというものを、携帯獣と共に生きている人間を指すならば、彼等は世界で最も古いトレーナーだった」
 最も古いトレーナーと言う表現は、全く違和感のないものだった。
「しかし、龍を従えることができるようになった彼等を、里の人間は受け入れなかった。龍を従えることができるようになった彼等を、里の人間は恐れ、またある人間は、それを利用しようとした」
 長は一瞬目を伏せた。
「だから彼等龍使いの一族は、龍と共に人里離れて暮らすようになった。いつの日か彼等は人よりも龍と生きることを選び、人もまた、龍使いの人々を恐れ続けている」
「一つ、質問よろしいですか」と、男が手を上げて続ける。
「ならばどうして、龍使いの人々は世界中に散らばっているのですか、皆で暮せばよかったのに」
「それもまた、勘違いされている一つです」と、長が答える。
「たしかに世界各地に龍使いの一族は存在します。ですが、彼等全てと血の繋がりがあるわけではない。単純な話なのです。龍に歩み寄る勇気を持つ者が現れなかった里が、全て滅んだ。それだけのこと」
 その答えに、男は絶句した。たしかに筋が通っている。だが、そうすると彼等はあまりにも不憫ではないか。
「おわかりか」と、長がキクコと目を合わせて言う。
「彼等が、もとい、我々の先祖が、そして我々が本当に欲しかったものは、強さではなく、平穏だった。今我々が里に降りてその強さを誇示することがあれば、またその繰り返し、多少歪ながらようやく得た平穏を、そんなことで失いたくはないのです」
 男は、彼等と出会う前に、彼等にイメージしていたことを恥じていた。そして、彼等はてこでも動かないだろうと思っていた。彼らの言うことを信じるならば、ポケモンリーグに参戦する必要性が微塵も感じられないからだ。
 だが、キクコは違った。
「情けないねえ」
 その言葉に、少年がキクコに視線を向ける。
「ご立派な背景を持ちながら、それを尊敬されることもなく、それを悔しいとも思わず、何が平穏なもんかね。負け犬さ、あんたらは」
「ちょっと」と、男はキクコをたしなめようとした。その理屈の是非はともかく、あまりにも尊重に欠けた言葉だった。
 しかし、長と少年は特にそれに心乱されることはないようだった。彼等の穏やかさに、男はほっと胸をなでおろす。
「あなた方にそう思われても、我々は一向に構わない」
 長は穏やかな口調のまま続ける。
「爪は、隠すものですよ」
 そう言った長の眼光の鋭さに、男は思わず息を呑み、彼等ドラゴン使いの一族の本質を理解した。
 彼等は、決して穏やかなのではない、余裕なのだ。圧倒的な力を持っているという自負があるから、誰に何を言われようと、その自我が揺らぐことがない。
「だが、尊敬はされないさ」
「今更そんなものは求めていませんよ、最初の一人から何年たっても、それは叶わなかった」
 キクコはニヤリと笑ってそれに答える。
「できるさ、あたしらならね」
 長の沈黙を返事と捉えて続ける。
「あたしらポケモンリーグは、あんたらを恐れない。あんたらの強さすべてを引き出して、それに食らいついて、いや、それに勝ってみせる。その時、世間はようやく、あんたらの偉大さに気づく」
 キクコの狂気すら感じさせる視線は、その言葉を力強く長に映していた。
 彼女もまた、強いのだろうと長は確信していた。自分たちと同じく、何者も恐れていない余裕を、強者が持つ傲慢さを感じ取っていた。
 そして長は、それを試してみる価値はあるのかもしれないと、彼女に希望を見出した。
「ならば」と言って続ける。
「我々と、この村最強の男と手を合わせ、あなた方の自信が、果たして我々にも当てはまるものなのか、確かめてみなさい」
 キクコは険しい表情を緩めなかったが、心の中ではほくそ笑んでいた。遂にここまで引き出したのだ、ドラゴン使いの一族と、手を合わせるところまでこぎつけた。勿論それは、彼等をリーグに勧誘するチャンスが巡ってきたこともあるが、彼等と手を合わせることができる喜びもあった。
 少年が立ち上がり、「こちらへ」とキクコ達を案内した。
 彼女らは立ち上がり、それに続く。
 男は、長が立ち上がるのを待っていた、しかし、長はカステラに手を付け始め、立ち上がる様子がない。
「何やってるんだい」と、キクコが男をたしなめる。
「いや、だって」と、男は長の方を見た。
「長老は戦いを見るのがあまり好きではないので」と、少年が男に言う。
 男は、ますます混乱した。
「いやだから、え、だって今から戦うんでしょう」
 男の言葉に、「あんたは」と言って、キクコは大きなため息をついた。
「本当に鈍感なんだねえ、あたしの相手をするのはこの子だよ」
 男はキクコの指の方向を目で追い、それが少年を指していることに気づいて驚いた。
「さよう」と、長が茶を啜ってから答える。
「彼こそが、我々ドラゴン使いの一族始まって以来の不世出の天才、ワタルです」
 ワタルは、そのとんでもない賞賛の言葉にも表情を崩すこと無く、彼等を見ていた。





 フスベの存在する小さな湖、それに隣接するように、ドラゴン使いの道場はあった。
 ボロボロの道場だった、屋根も壁も継ぎ接ぎだらけで、もともとの壁のほうが少ないのではないかと言うほどに。
 だが、キクコ達はそれを弱小の証明だとは思っていなかった。否、むしろそれはドラゴン使い達の修行の激しさを表している、美しく継ぎ接ぎ一つ無い道場など、それこそが弱小の証なのだ。
「手加減はしません」
 キクコらに向き合ったワタルは、彼女を睨みつけながらそう言った。
 男は、ワタルの変化に面食らった。先程までは、静かに長老のそばに鎮座していたのに。今では、男でも読み取れるほどの強者のオーラを纏い、その体格も大きく見える。
「強いね」と、キクコは思わず呟いた。長の家でその気配を消していたときから、彼女はワタルが強者であることを見抜いてはいたが、こうして改めてその風格を遺憾なく発揮されると、感嘆の声が漏れる。
「当然です」と、ワタルはそれに答える。
「俺達ドラゴン使いの一族は、生まれたその時から、強者であることが宿命。龍と共に生きるには、それしかありません」
「だろうね、きっと、そうなんだろう」
 キクコは全面的にそれに納得し、彼に言う。
「ルールはあんたらに合わせるよ」
 彼は鼻でそれで返事してから答える。
「どちらかの心が折れるまで、俺達は普段そうしています」
 それを聞いて、有利だ、と、男は思った。心の強さで、ことキクコの右に出るものを、彼は知らなかった。
「いいじゃないか」
 ワタルは、キクコから距離を取りながら彼女に告げる。
「負け犬と罵ったこと、後悔させます」
 その目は、彼女らを敵と見なしていた。ドラゴン使いの長老が強さをバックに持っているものが余裕だとするならば、その少年は、その強さに見合う大きなプライドを背負っているようだった。



 ゴーストが戦闘不能になり、キクコはそれをボールに戻す。
 ギャラドスに、ハクリュー、ワタルの手持ちの力は圧倒的で、この段階で、キクコは数で劣っていた。
 しかし、ワタルのハクリューも万全と言った体勢ではない、ゴーストが打ち込んだ『どくどく』の猛毒が、その全身に回るのは時間の問題と言ったところだ。
 キクコは新たにアーボックを繰り出した。ハクリューと同じような体格を持つポケモンだが、ハクリューに比べれば一回り大きい。
「『たたきつける』」
 ワタルは勝負を急ぐ、ハクリューが毒に侵されていることを考えれば当然の選択。
 ハクリューの尾がアーボックを捉える寸前、彼は器用に脱皮して『みがわり』を作り、地面に叩きつけられたそれは粉々に砕け散った。
 そして、その隙にアーボックがハクリューの背後を取る。
「『じしん』」
 キクコの指示が掛かるやいなや、アーボックもハクリューと同じく尻尾でハクリューを床に叩きつけ、『じしん』のダメージを与える。木張りの床はその威力に耐えきれずにヒビ割れ、地面がむき出しになる。
 それほどのダメージを受けても、ハクリューはまだ戦う素振りを見せた。だが、『どくどく』に体力を蝕まれ、時間差をかけてからその場に倒れた。
 ワタルは間髪入れずに、次のポケモンを繰り出す。ハクリューをやられたことに対する動揺は微塵も感じられなかった。
 強いな、と、その戦いを眺める男は、彼の持つ技術が、その風格に全く劣っていないことを確信していた。
 そもそも、チャンピオンであるキクコのスピードについていけている時点で、並のリーグトレーナーかそれ以上の技術もしくは資質を持っている、ドラゴン使いよりもむしろキクコのほうが、対人戦においては一日の長があるはずであるのにである。
 新たに繰り出されたのは、灼熱の炎を操りながら、天高く空を飛ぶこともできるポケモン、リザードンだった、種族的にはドラゴンではないが、強力なポケモンだ。
 彼ははじめは地上でアーボックを牽制したが、やがてワタルの指示により飛び上がり、アーボックの目がそれに追いつくよりも先に滑空しながら距離を詰める。
「『きりさく』」
 上空からの爪攻撃が、アーボックの胸の模様を捉えた。その威力は絶大で、アーボックの悲痛な叫びが道場内に響いた。
 しかし、アーボックもタダでやられるわけではない、彼は力が尽きるその寸前にリザードンの腕に食らいついてみせ、その牙から『どくどく』を打ち込んだ。
 男はその光景に衝撃を受けていた、あのキクコが、力で押されているのだ。かろうじて食らいついてはいるが、普段のキクコが見せるような格上の戦い方ではない。
 いや、むしろ。
 キクコが繰り出したゴルバットは、リザードンと同じく空中を縦横無尽に駆け巡ることができる。
 飛び上がったゴルバットに、ワタルとリザードンは動きを見せない。『どくどく』によって時間が経てば経つほど体力が削られていくにも関わらず。まるでキクコの出方を待っているように。
 何という余裕だろうか、男は戦慄する。自分を含めるポケモンリーグのトレーナー達は絶対に出来ない、今ハッキリと、この試合における格が決定している。
 それを象徴するように、先に動いたのはキクコだった。
「『ちょうおんぱ』」
 ゴルバットは大きく口を開いて特殊な音波を放つ。今ではポピュラーな技だがもともとは彼らの専売特許だった。
 ポケモンの聴覚を惑わせるそれにリザードンが少し気を取られ『こんらん』する。
 更にゴルバットが搦め手を打とうとしたその時、ワタルはリザードンをボールに戻した。
 男はそれを意外に思った、あまり賢い選択肢とは言えないのではないか、タイプの相性も悪くなく、不利なわけではない、『こんらん』の嫌味はあるが、『どくどく』を考えるとリザードンを温存する意味は無いように思える。
 しかし、次にワタルが繰り出したポケモンを目の当たりし、男はその発想が、あくまでも凡人のくくりの、貧弱で、戦略に頼らなければならない貧弱なものだということを知る。
 男はそのポケモンを、子供の頃に読んだ絵本でしか知らなかった、心優しく、それでいてたくましいドラゴンが、空を飛び交いながら困っている人々を助ける話だ。男は、長くそのドラゴンは、空想上の生き物なのだろうと思っていた。リーグトレーナーとなり、そのポケモンが実際に存在するものだと知っても、それはなんとなくふわりふわりとした、非現実的なものだと思っていたのだ。
 だが、今ハッキリと、それは現実だったのだと知る。
 たくましい体格に、振ればすべてをなぎ倒しそうな尻尾、体に比べて翼は小さいような気がするが、それでも力強く空を飛ぶには十分なようだった。
 こんなものを選択肢に持っていれば、その余裕も理解できる。
 そのポケモン、カイリューを目の当たりにしても、キクコは動揺を見せること無く、ゴルバットに「『かげぶんしん』」と指示を出す。
 素早く動いて翻弄するゴルバットに惑わされること無く、ワタルは高らかに叫ぶ。
「『はかいこうせん』」
 絶望的だった。
 大きく開かれたカイリューの口から、大きな光線が放たれる。それは『かげぶんしん』に惑わされることもなく、ゴルバットに直撃し、彼は破壊された道場の壁もろとも外に吹き飛ばされた。その威力は、キクコも男もよくわかっている。
 ゴルバットをボールに戻しながら、キクコは自身の失態を強く理解していた。
 ワタルがリザードンを引っ込めた理由、それは単純な戦略的余裕からではない、おそらく彼は、この試合を終わらせに、否、この勝負に決着がついたことを理解し、それを知らしめる為の交代。
 ゴルバットの『ちょうおんぱ』からの『かげぶんしん』これは明らかに消極的な、逃げの戦略だった。相手のミスを期待値に入れた、明らかに格下の戦略。
 つまりあの時、キクコ自身の心は折れていた。龍を操るワタルのパワーに、屈していた。それを理解したワタルが、勝負を終わらせに来たのだ。
 しかし、だからといってハイそうですかと敗北を負ける訳にはいかない。何が何でも、勝利が欲しい、ドラゴン使いの一族を振り返らせることができる勝利が欲しい。彼らの力は、確実にポケモンリーグのレベルを引き上げる。
 キクコはラストのポケモン、ゲンガーを繰り出した。
 ゴーストタイプのゲンガーは『はかいこうせん』のダメージを受けない。
「『さいみんじゅつ』!」
 上空のカイリューに向かって、ゲンガーがそれを敢行する。
 ゲンガーの特殊攻撃力はポケモンの中でも群を抜いて優れている、キクコが長年ポケモンリーグのトップに君臨する力の一つでもあった。
 だが、ドラゴンのタフネスさを考えれば、たとえゲンガーの『サイコキネシス』と言えど、一撃で沈めることは出来ないだろう、そして、ゲンガーの耐久力では、ドラゴンの一撃には敵わない。ならば『さいみんじゅつ』によって意識を奪い、複数回の攻撃を叩き込むしか無い。
 それは、カイリューに直撃したように見えた。
 いけるか、と男は願う、『さいみんじゅつ』がその効果を発揮すれば、まだこの戦況をひっくり返すことができる。
 一瞬、カイリューの意識がふらつき、羽ばたきから力が消えたかのように見えた。
 しかし、ワタルの「カイリュー」と言う一喝に、彼はその意識を取り戻した。
 ああ、と、男はうなだれた。効かなかった、『さいみんじゅつ』がカイリューにきいていない。
 それを当然のように、ワタルはカイリューに指示する。
「『ふぶき』」
 カイリューは冷気を作り出し、それを羽ばたきによってゲンガー達にぶつける。
 道場を吹き荒れる『ふぶき』を、男は両腕で防ごうとしながら、その威力に、いてだきでのどうくつでのそれを思い出していた。伝説のポケモンであるフリーザーが作り出した吹雪と比べても遜色がない。
 ゲンガーは最初それに耐えようとしていた、だが、生まれ持った耐久性の薄さは、プライドと気合と根性でどうにかできる問題ではない。やがて彼は意識を失い、体全身が『こおり』に覆われ、動かなくなる。
 勝敗は明らかだった。ワタルは悠々と、キクコは唇を噛みながら、それぞれのポケモンをボールに戻した。
「キクコさん」と、彼女を案じながら、男は彼女に駆け寄った。その長い付き合いの中で、キクコが敗北したところを見たことがないわけではない、しかし、彼女がここまでなりふり構わず勝ちを拾いに行き、なおかつそれが叶わなかったことなど、見たことがないし、それを想像したことすら無かった。
 男の手が肩に触れたことに何も感じないほど、彼女は放心していた。そして男は、彼女の肩が震えていることにも気づいた。
 彼女が、その強さによってこれまで感じることの無かった屈辱、劣等感、その全てを、今彼女は感じているのかもしれない。
 しかしワタルは、勝利したとは思えないほどの神妙な面持ちで、キクコ達に歩み寄る。
「驚きました」
 そう言ったワタルは、微笑みを見せる。
「里の人間と侮っていましたが、まさかこれほどまでとは、あなたは素晴らしい実力を持っている」
 それは素直な賞賛だった、あの時、ゲンガーの『さいみんじゅつ』がカイリューに効いていれば、まだまだわからない勝負だっただろう。その強さに、彼は身震いもしていた。
 だがキクコにとって、その言葉は賞賛ではなかった。賞賛などされてはならなかった、自分はポケモンリーグチャンピオンが、大したものだと褒められることなど、あって良い訳がない。
 だから彼女は、本当は何も返したくはなかった、言葉を発したくなかった、何かを発すれば、それはすべて惨めなものとして、自らを蝕むだろう。
 彼女は、それをぐっとこらえた、ポケモンリーグを救うために、どれだけ惨めであろうとそれをしなければならなかった。
「リーグに、来てくれないかい」
 自分自身を嫌悪しながら絞り出す。
「ポケモンリーグによって、里の人間はここまでになった、あんた達が来てくれれば、リーグのレベルはもっと上がるんだ、そしていつか、そしていつかあたし達はあんた達を開放してやれる。あんた達が得体の知れない化物なんかじゃなく、素晴らしい技術を持った、尊敬に値するトレーナーたちであるということを、世間に知らしめることができる」
 だから、と、懇願の言葉を続けようとしたキクコに、ワタルは首を振った。それは、拒絶は、勝者こそが行使することのできる当然の権利だった。
「俺はあなたには深い敬意を感じる。だが、それはあなたにであって、ポケモンリーグにではない」
 キクコと男が何も返さないことを確認してから続ける。
「あなたにとって、ポケモンリーグとは、自らが一人の人間であることを証明するためのものでしかない」
 その言葉に、キクコは目を見開いた。
「俺達と同じく、里の人間にとって、あなたは強すぎる。俺達ドラゴン使いの一族と同じく、あなたが世間に認められることは難しいでしょう、人間は、強さを嫌う。だからあなたは、ポケモンリーグにこだわる、自らの強さに価値が有ることを、世間に認めて欲しいから」
 キクコは、それに反論することができなかった。勿論ポケモンリーグの進歩を目指す理由に、それがあったわけではない。だが、彼女はそれまで、自らがポケモンリーグにこだわるその理由が、そのようなものであることの可能性を考えたことがなかったのだ。だから、ワタルの指摘を受け入れられない、しかし、その指摘が全くの的外れであると論破することも出来ない、否、もしかすればそれは正しいのかもしれない。その指摘をした男は、キクコと同じ目線を持つ数少ない人間なのだから。
「あなたの境遇には同情しますが、俺達はあなたの遊びに付き合うつもりはありません」
 何も返さぬ、返せぬキクコにそう言い放ち、ワタルは、その場を後にする。
 明確な格付けだった。キクコの人生と、ドラゴン使いの一族の歴史、そこには圧倒的な差があったのかもしれない。
 ワタルがキクコを横切ろうとしたその時、何者かの手が彼の肩を掴んだ。彼はそれが、キクコのものではないことをすぐに理解した、痛いほどに肩に食い込むその力は、女性であるキクコのものではありえないだろう。
 その時、キクコは、自らの肩に置かれていた男の手が、すでに離れていることに気づいた。
「おい」
 あらん限りの力を込めて、男はワタルの肩を掴んでいた。
「調子にのるなよクソガキ」
 その行動は、自然の理に反していた。ドラゴン使いの一族という強者に噛み付くなど、あってはならない。弱者がそうしないからこそ、この世界はバランスを保っているのだから。
 だが、男はそれを後悔はしていなかった。キクコが自らの名を呼ぶ声を無視して、更に続ける。
「たしかによ、キクコさんの存在がポケモンリーグの中でも特別だってこたぁそのとおりだよ」
 キクコは、男の変化に驚いていた。おとなしく、理知的で、人の良い男。それが、彼女が男に持っているイメージだった。
 ぐいと腕を引き、ワタルを引き寄せてさらに続ける。
「俺たちゃオメェやキクコさんから見りゃ三下かもしれねぇ、いや、実際に三下だ、俺たちゃ何も生まず、ただただ暴れて、世間から疎まれて、野垂れ死にができれば御の字、そんな存在だった。だが、そんな俺達によ、人間としての存在意義を与えてくれたのがこの人なんだよ。俺自身に何言われようと俺はなんとも思わねぇが、この人が愛したポケモンリーグを侮辱することは、ゆるせねぇ」
 ワタルはそれに戸惑いを見せていた、その男は、ワタルからすれば取るに足らない実力、キクコに比べれば明らかに格下のはずで、とてもではないが強者としての風格は存在しない、それは今でもそう。
 それなのに、先程の戦いを見た直後に、どうしてこうも突っ張ってくることができるのか。
「タイマン張れ」と、男はワタルに言う。
「ポケモンリーグはまだ折れてねぇんだよ」
 ワタルは、それを興味深く思っていた。キクコと違い、明らかに凡人の、選ばれてはいない側にいる彼が、強すぎる彼女のために、恐怖ではなく尊敬から、その身をドラゴン使いの一族に差し出すとは。
 男のその提案に、ワタルは頷いた。



 男とワタルは距離を取る。
 タイマン、つまり一対一のポケモンバトル。互いのエース格を同時に繰り出し、どちらかが倒れれば試合終了。試合が早く、両者の実力もハッキリとする。
 おそらくワタルは、無傷のカイリューを繰り出してくるだろう。
「まさかあんたに、尻を拭かれるとはねぇ」
 男の傍らに立つキクコは、目を伏せながらそう言った。突然の出来事の衝撃はあったが、それでもまだ完敗のショックはあるようだった。
「そんなことは微塵も考えちゃいませんよ」
 男は最も傷ついたモンスターボールを手に取りながら答える。
「振り上げた拳を、下ろせる場所があればそれでよかった」
 そして、一つ深呼吸して続ける。
「僕は、どこか心の中で、ポケモンリーグは神聖で、守られた場所だと思っていました。キクコという守護天使がいたから。だけど、それは違った、キクコさんもあくまで人間で、ポケモンリーグは、まだまだ存在のあやふやな場所でしか無かった」
 ボールを投げながら、一言それに添える。
「自分の居場所は、自分で守らなくちゃね」
 繰り出されたポケモンは、彼の最も古い相棒であるケンタロスだった。三本の尻尾でピシピシと自身を叩き、興奮をアピールする。
 ワタル側が繰り出したのはやはりカイリュー。
 先手を取ったのは男だった。
「『ふぶき』!」
 ケンタロスは額の突起を光らせ、そこから冷気を巻き起こした。
 それは、彼のケンタロスが持っている裏芸だった。カイリューやフリーザーが作り出す物に比べればその規模は小さいが、それでも、氷タイプ最強の技は、明らかに空を飛んで切るカイリューに効果は抜群のはずだ。
 だが、カイリューは素早く滑空してそれをかわした。ケンタロスが『ふぶき』を打ち出す寸前に指示された『かげぶんしん』によって、ケンタロスの狙いに少し躊躇が生まれていた。
 何という戦略感、キクコはワタルが見せたその動きに絶句した。自分のようにポケモンに対する豊富な知識があればともかく、一体どんな考えをしていれば、ケンタロスの『ふぶき』を読み取ることができるのか。
 地面に降り立ったカイリューは、そのまま床を蹴って一気に距離を詰める。
 しかしケンタロスも、足を踏ん張ってそれを迎撃する体勢を取った。
 そして、そのどちらもが同じ指示を出す。
「『すてみタックル』」
 カイリューとケンタロス、それぞれに額同士がぶつかり、鈍い音が道場に響き渡り、その反動でどちらのポケモンも吹き飛ぶ。
 ワタル、そして男も、この試合の決着の付け方をある程度想定していた。普通ならば反動のスキが怖い技でも、引導を渡す決め手となるならば、話は別。
 ワタルは勝利の手段として、そして男は守るべきもののため、体勢を立て直したそれぞれのポケモンに、またもや二人の指示は同じだった。
「『はかいこうせん』!」
 カイリュー、ケンタロス、それぞれが光線を吐き出し、それらは交錯した。
 強大なエネルギーの塊である二つの光線は、道場内に爆音ととんでもない風圧を生み出した。そして、そこにいるすべての生命が、吹き飛ばされぬように力を込める。
 道場の屋根の一部が吹き飛び、補修されていた壁が弾ける。それでもまだ、エネルギーのぶつかり合いは終わらない、この機を逃せば勝利がないことを、それぞれのコンビが理解してる。
 やがて、そのぶつかり合いにも終わりが来る。衝撃が止み、風が止み、巻き上げられた砂煙が、空に消える。
 キクコは、男の方を見た。肩で息をする男の前に、ケンタロスは立っていなかった。彼は床に突っ伏し戦闘不能になっている。
 だが、誰がそれを責めることができようか、彼の四肢が作ったであろう床のえぐれは、彼が受けたエネルギーの凄まじさを物語っている。
 キクコと男は、ワタルを見た。
 彼の傍らには、まだカイリューが立っている。
 しかし、彼らが落胆するよりも先に、カイリューは膝をつき、次にその巨大な体を地面に預けた。
 それは、ドラゴンが最後に見せた意地だった、もし、ケンタロスがまだ立っていれば、カイリューはたとえ殺されようとその場に立ってそれを迎え撃っただろう。
 だが、カイリューは倒れているケンタロスを見て、その意地を捨てた、自身も倒れていいのだと判断し、意地以外のすべてがそうしろと言うとおりに、力を抜いた。
「へへ」と、男は汗ばんだ髪をかきあげながら笑う。
「舐めんなよ」
 勿論それは、彼等の格付けを決定付ける決着ではなかった。二人目のトレーナー、一旦切れた集中力、そもそもワタルが不利な対戦であった。だが、男は証明してみせた、キクコが作り出したポケモンリーグは、真の強者相手に、凡人の一撃を届かせることができる。
 それを彼も感じていたのだろう。ワタルはカイリューをボールに戻し、つかつかと足早にキクコ達に歩み寄って言った。
「一つだけ、聞きたいことがあります」
 彼は、キクコにではなく、男にそう問う。
「ポケモンリーグは、本当に、俺達を人間にしてくれるのか、ということ」
 男は、息を整え、ケンタロスをボールに戻し、しばらく考えてから、それに答える。
「多分、俺は全力のオメェには勝てねぇだろう、ぶっちゃけた話、俺以外のリーグトレーナーだって、たぶん今は無理。だけどよ、いつか、いつかだ、俺達の悔しさとか劣等感とか屈辱とかを受け継いだ誰かが、人間の執念でオメェらに勝ってみせる。この人は、それを作ろうとしているんだ」
 ワタルはそれに頷いて、今度はキクコに言った。
「もし、まだポケモンリーグに参戦してもいいのなら、ドラゴン使いの一族を代表し、必ずリーグに参戦します」
 キクコは、それになんと返答したかを覚えていない。
 敗北の屈辱が、男の変貌への戸惑いが、自身が作ったポケモンリーグが見せた成長が、彼女を半ば放心状態にしていたのだ。





 彼女の記憶がようやくハッキリとしたのは、フスベからの帰り、再びガラガラの鈍行電車に揺られているときだった。
「あんたも訛るんだねえ」
 つまらない指摘だった。
 対面に座って駅弁を頬張る男は、その指摘に少し照れながら答える。
「まあ、先祖代々ヤマブキで暮らしてますからね」
「あんなに荒々しいところも始めてみたよ」
 男は頬をかきながらそれに答える。
「あまり出さないようにしてたんですよ、ほら、キクコさん、粗暴者が嫌いだってよく言ってましたから」
 その間抜けな返答に、キクコはすべての緊張の糸が切れたように、ニコニコと表情を崩しながら笑った。
 ポケモンリーグが面白くなるのは、そう遠い未来ではないのかもしれない。

■筆者メッセージ
以上で番外編終了となります。
ありがとうございました。
来来坊(風) ( 2018/02/25(日) 02:00 )