セキエイに続く日常
1-最後のチャンピオンロード世代
 トキワジム新人ジムリーダーシゲルは、久々の挑戦者に頭を抱えていた。
 レッドとシゲルの殿堂入り以降、リーグトレーナーを志すトレーナーが爆発的に増加、カントーポケモン協会は空席となっていたトキワジムリーダーにシゲルを任命し、ジムバッジ認定基準の引き上げを明言した。
 以来、トキワジムリーダー空席の間に溜まっていた『七つ持ち』のトレーナーがシゲルに挑戦したが、シゲルは彼等を尽く撃破していった。本来ジムバッジは勝敗に関係なく贈呈されるものだが、まだ若くリーダーとしての経験も少ない彼は、自分に勝利することを認定の条件としていた、もちろんバッジ認定試合用の手加減されたパーティを組んではいるが、それでもシゲルに勝利することができるトレーナーは少なかった。

 シゲルと同い年のこのモモナリと言う少年は間違いなくトキワジムバッジを受け取るに値するトレーナーだった。手加減されたパーティとはいえ、殿堂入りトレーナーであるシゲルに勝利したのだから。
 問題なのは彼の今後の行動についてだった。バッジを渡すさいに何気なく「この後はどうするつもりだ?」と聞くと、モモナリは目を伏せながら「まあ、色々と行きたいところが」と答えた。
 普通の人間なら、その返答を特に気にしなかっただろう。ああそうかい、と愛想笑いを浮かべて快く見送っていたに違いない。
 ところが、新人とはいえトキワジムリーダーシゲルはそうではなかった、彼はトップトレーナーの中でも優れた洞察力を持ち、祖父であるオーキド譲りの利発さも兼ね備えていた。さらに言えば、シゲルはモモナリの無鉄砲さと勇敢さにかつての自分とライバルを思い出し、自分たちの過去を思い返すように逆算し、彼の今後の行動を理解した。
 この男は、チャンピオンロードに行くつもりだ、と。

 かつて、チャンピオンロードはポケモンリーグ挑戦への登竜門だった、ポケモントレーナーが『野生のポケモンに対する抵抗手段』だったことの名残りである。ポケモンバトルが流行するまでは、バトルは野生のポケモンに対する抵抗の延長線上でしか無かったのだ。
 しかし、ポケモンリーグを目指すトレーナーが増えたことで、チャンピオンロード内の生態系の崩壊、野生のポケモンとの接触によるトレーナー自身の負傷が懸念され、レッドとシゲルの殿堂入り以降、カントーポケモン協会はチャンピオンロードの封鎖を宣言した。ポケモンリーグがトレーナー同士の対戦に目的が移行した瞬間だった。
 その代わりにカントーポケモン協会はジムバッジ認定の基準を引き上げた。だから本来モモナリはチャンピオンロードに挑戦する理由など何一つ無いのである。

 チャンピオンロード入口前でシゲルはモモナリを待っていた。杞憂ならどれだけいいだろうと思っていた、これが単なる思いすごしで今日一日誰もこなければどんなにいいか。
 しかしシゲルの洞察力は本物だった。昨日、間違いなくバッジを贈呈したあの男が、何一つ悪びれることなくシゲルの前に現れたのである。
 後にシゲルとモモナリは良き友人となる。しかし、シゲルはこの日に見せたモモナリの表情をいい思い出にすることは出来なかった。
 一日前にバッジをコンプリートしたばかりのその少年は、不意に目の前に現れた殿堂入りトレーナーを見て、明らかに微笑みを噛み殺していた。シゲルが目の前に現れたことが、幸福でたまらなく、自らの飢えが、ほんの少しだけ早く満たされるかもしれないという期待が見て取れた。
 尊大なプライドに足元を救われるトップトレーナーは少なくない、しかしもしシゲルに殿堂入りトレーナーという確かな実績からなるプライドがなければ、たちまちその噛み殺した微笑みに押しつぶされていただろう。
 警備員が役に立たないわけだ、とシゲルは思った。チャンピオンロードを守る八人の警備員に実力がないわけではないが、彼等には自信がない。それに命をかけてまでチャンピオンロードを守る義理もないのだ。
「そっかあ、バレてたか」
 モモナリは背負っていたリュックを地面に投げ捨てた。焦るでもなく、声を荒げるでもない、この後何が起こってもすぐに対応できるようにと言う準備。あわよくばバトルでも起こってくれればいいなという期待。
「今更チャンピオンロードを抜けてどうする? もうこの地に意味は無いだろう」
「協会とへなちょこトレーナー共にとってはそうでしょうけどねえ、俺にとっては違う」
「俺のバッジじゃ不満か? 証明にならないとでも?」
「そんなことは、正直サカキに貰うよりも嬉しいよ、だけど、それとこれとでは話が違うね」
 モモナリは一歩踏み出して「むしろ、あんたが俺を止めようとしている方が不思議だね」と続けた。
「『現時点』ではチャンピオンロードに入っても何のお咎めも無いはずだ。『中で何が起きても協会は責任を取らない』と言ってはいるが、それは昔っからそうらしいじゃないか。俺が勝手に入って勝手に抜けるだけの話、あんたに迷惑はかからない」
 一方的に捲し立てているが、モモナリの主張に間違いはない。
「トレーナーと戦うのと野生のポケモンと戦うのじゃ勝手が違う。お前は俺とタメだし、バッジを贈呈した久しぶりのトレーナーだ、何かが起こってからじゃ遅いと思ってな」
 モモナリはシゲルの主張に鼻で笑って返した。
「人事だからそんなことが言えるんだ。あんた、自分がチャンピオンロードに入るときにほんの少しでもそんなこと考えたのかよ」
 シゲルは返答に詰まった、これ以上に的を射ている意見もない。
「じゃあ、意味とは何だ。なぜお前はチャンピオンロードに向かう?」
 それは彼を引き止める言葉ではなく、単純な疑問だった。その質問にモモナリは笑って返す。
「俺がトレーナーだからさ」
「カッコつけて雰囲気のいいことを言っても駄目だ」
「カッコつけちゃいない。ポケモンとトレーナーは共生しなければならない、トレーナーは無力な自分を守って貰うためにポケモンの第三第四の目となり、ポケモン達の頭脳となる。ポケモンは目の前の強大な敵に殺られないためにトレーナーの指示を待つ。強力な野生のポケモンと戦うことは自分達の信頼関係を築くことだろう? 殿堂入りトレーナーのあんたならわかってるはずだ」
 シゲルはモモナリの意見に全面的に同意だった。彼はポケモンとトレーナーの間には信頼関係が何よりも必要だということを痛いほどよくわかっていた。
「それに」
 モモナリはニヤッと笑って「あんたとレッドが通った道だ」
 その笑みは、先程までのピリついた雰囲気とは違った、本当に気の抜けたものだった。
 シゲルは一つため息を付いて「好きにしろ」とモモナリに道を譲った。
「おいおい、俺を止めるために殿堂入りパーティ使うんじゃないのかよ、使う流れだろこれは」
 シゲルは首を振ってその場を後にする。背後からモモナリの叫び声が聞こえる。
「おおい! なんか勘違いしてるかも知れねーけど、俺はあんたのこと尊敬してんだからな!」
 シゲルは彼に見えないようにふっと笑い、右手を上げてそれに答えた。

 モモナリがチャンピオンロードを抜けたという情報は、意外と時間をかけてシゲルの耳に入った。
 本当はもっと前に抜けていたらしいが、シゲルは「あいつならなんとかなるんだろう」特に彼のことを気にしていなかったのだ。
 モモナリの勝手な行動にカントーポケモン協会は憤慨し、懲罰として彼にシンオウ遠征を命じ、チャンピオンロードの完全封鎖を宣言した。
 あーあ、逆効果だよ。とシゲルは笑った。ただでシンオウのトレーナーとやれるとあの馬鹿は喜ぶだけだ。
 彼の予想通り、モモナリはシンオウで大暴れし、異例の早期謹慎解除命令が下されるのであった。
 後に新人トレーナーとベテラントレーナーの世代分けとして『チャンピオンロード世代』という言葉が生まれるが、結果的にモモナリは最後のチャンピオンロード世代と呼ばれるようになった。

■筆者メッセージ
感想、批評、お気軽にどうぞ
来来坊(風) ( 2016/01/31(日) 21:35 )