46-Aリーグの長い一日
夜が寒い時期になった。特に風は寒い、エンジュの様に高層ビルのない土地ならなおさらだ。
Aリーグ最終節、僕とワタルさんの試合はエンジュシティで行われた。エンジュは落ち着いた良い町だ、歴史があってなおかつそれを壊そうとしていない。若い頃は何が良いんだこんなもんと思っていたが、歳をとって、若手の持ち物への理解が及ばなくなったあたりから何だが良さが分かるようになった。未だコーヒーもブラックじゃ飲めないし、好きな食べ物はカレーだが、不思議なもんである。
そして今年も、全く同じ時間に五つのAリーグ順位戦が始まったのである。
一番早く終わったのは僕とワタルさんの試合だった、僕がクロセ君に勝った要因の一つとして経験を上げたと思うが、その点から言えばワタルさんは僕をはるかに凌ぐ経験がある。しかもただのバトル好きが場数踏んだだけの経験ではない。長年各地のトップと戦い続けた経験である。
情けないことに、パーティの精神的支柱であるゴルダックを集中的に攻められ、後はズルズルと行った感じだった。さすがワタルさんはこのパーティの弱点を見抜いている。
僕とワタルさんは共に五勝四敗で今期Aリーグを終え、残りの試合を待つのみとなった。そして、僕達にとってここからがとてつもなく長かった。
ポケモン達をセンターに任せ控室に戻ると、先にクシノが僕を待っていた。三人の弟子も一緒である。クシノは弟子の勉強のためとしか答えないだろうが、僕は結構嬉しかったりする。
「他の試合は?」と僕が聞くと、彼はノートパソコンをポケッチを交互に操作して「ニシキノもクロセも押してる」と答えた。
その時、誰かのお腹が鳴る音が聞こえた。僕は飯でも食いに行こうと彼等を誘った。
外食先で、僕達はワタルさんに出会ってしまった。これに興奮したのはクシノの弟子達で、そのあまりのはしゃぎように僕は少しだけショックだったが、同時に緊張がほぐれて気分が楽になった。彼等にはデザートを一品オマケしておいてあげた。
「経験から言うと待つほうがきついな。自分の試合が一番最後に終わるのが一番楽だ。自分の力でどうにかなるものではないからな」
ワタルさんがそう言うのならそうなのだろう。
そんな話をしていると、クシノのポケッチが鳴り響いた。クシノはそれを素早く確認すると「ニシキノが負けた」とだけ言った。シバタ君が踏み込んだのだろう。
「後はクロセの結果次第か」と、ワタルさんは食後のコーヒーを啜りながらまるで他人ごとのように言った。僕はまだ彼のような余裕を持つことは出来ないだろう。ノーてんきなのと余裕なのは全く違う。
ポケモン達を受け取った僕はクシノ達と別れ、一人ホテルへと帰った。キシ君とクロセ君の試合はここでようやく中盤に入ったかと言ったところで、状況はまだまだ五分五分、もしかしたらクロセ君が押しているかも、と言った所だった。
酒でも飲んで気を紛らわそうかとも思ったが、それも何だか戦っている彼等に失礼な気もしてやめた、シラフでこの緊張感に閉じ込められるのもそれはそれできつかった。
結局僕はそれから長時間テレビの前にかじりついていわけだ、しかも決着の瞬間はトイレに行っていて見逃すと言う体たらくである。
更にクロセ君が勝利したことで彼一人が六勝三敗となり、僕のチャンピオン挑戦の可能性も消えた。
まあ、長く生きてればこんな事もある、今は降格しなかったことを喜ぼう。
その日、僕はワタルさんを呼び出して、二人で飲みに行った。夜は寒いし、夜風は冷たかったが、その時は酒で体を温めることができることを喜ぼうと思った。