モモナリですから、ノーてんきに行きましょう。

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ノーてんきに行きましょう
35-狂い咲きの誓い
 今、ポケモンリーグが面白い。
 キシ君がチャンピオンになって以来全体的に若手の快進撃が続いていたが、今年に入ってベテラン側が盛り返してきている。
 Aリーグではカリン、ワタル、オグラがトップに立ち、その後をキリューとイツキさんが追っている
 Bリーグではクロサワさんがシンディア氏を見事に抑えこんで勝利した。本当に、本当に完璧な勝利だった。僕はまるで自分のことのように嬉しかった。
 クロサワさんは、今期気を吐いている。前期上位だったトレーナーに次々と黒星をつけ、自身も一敗とBリーグをかき回している。
 現在Bリーグはクロセ君が無敗、シンディア氏とクロサワさんが一敗と続いている。僕も一応二敗でその次につけているが、前期と同じく昇格は厳しそうだ。

 それから少しして、僕はクロサワさんに呼び出された。
 喫茶店で、クロサワさんはマトマジュースを二つ頼んだ。
「お前、最終日の相手は誰だ」
 クロサワさんはサングラスのつるをガジガジ噛んでいた。
 僕の最終日の相手はシンディア氏である。そう伝えると「そうか、あの女か。骨が折れるな」と笑った。
 クロサワさんはシンディア氏の才能を高く評価している。だからこそ彼はシンディア氏相手に全力を出し勝利したのだと言ってもいい。
「勝ちますよ」
 僕は大変な自信を持ってそう言った。シンディア氏はBリーグの器ではない、それは僕も十分に理解している。彼女は必ずAリーグへと昇格し、チャンピオンや四天王を苦しめる存在になるだろうが、それは今でなくてもいい。
 クロサワさんがやったことを考えれば、ここで弱気になることが失礼なのだ。
「ああ、勝て。俺も残りは勝つ」
 クロサワさんの残りはカトーとクロセ君である。それを簡単に言ってしまうところにこの人の覚悟が現れていると思う。
「世間では、俺のことを『狂い咲き』と言っているらしいじゃないか」
 クロサワさんは笑っていた。「狂ってようが何だろうが、咲いたと思われるのはいいもんだ」
 彼には失礼だが、僕は世間が言うこともわからないでもない。
 元々、クロサワさんは若い頃から強いトレーナーだった。僕が若手の頃、彼の戦い振りを見て「さすがはポケモンリーグだ」と身構えた記憶がある。それでいて彼は後輩への面倒見が良かった、豪快で刹那的で人の好き嫌いが激しいが、僕にとっては理想のトレーナーの一人だった。
 しかし、彼は酒で変わってしまった。Aリーグに昇格できない苛立ちから酒を浴びるように飲み、集中力を失ってしまった。それでもBリーグを維持しているのは、彼の資質が素晴らしいからとしか言いようがない。
 だから世間から見れば、酒に溺れて全盛期をフイにしたベテランが、急に盛り返してきたようにみえるのだろう。しかし、僕から言わせてもらえば、クロサワさんが酒とタバコを切り離して、文字通り命を削っているのだから、こうなるのは当然だである。
 僕は、今のクロサワさんなら昇格にふさわしいと思った。
「クロサワさん。僕は後二つ全勝します、だからクロサワさんも全勝してください」
 僕は自分のマトマジュースをぐっと飲み干した。お陰で今でも胃が痛む。
「ああ、誓うよ」
 クロサワさんも手拍子で飲み干した。喫茶店で大の男が二人悶えた。

来来坊(風) ( 2015/07/22(水) 22:57 )