3-カロスに鬼を見に行った話
ぼんじゅーる。
勿論あるトレーナーへのあてつけである。そのトレーナーとはいい友だちなのであしからず。
海を越えた先にある、おしゃれでルネサンスな所といえば、そう、カロス地方である。
プリズムタワーのふもとで、ミアレガレットにぱくつく。おしゃれに憧れる少女淑女の夢と言っても過言ではないだろう。
僕の知り合いの女性トレーナー達も、隙あればカロスに行ってやろうとポケモン協会を睨みつけている。四天王の方々は交流と称して招待されることもあるため、実力で勝ち取ることも可能だ。ちなみにチャンピオンは毎年招待されてる、シロナさんは毎年行ってる。この雑誌を読んでいる方々も、俄然バトルに興味が沸いたことだろう。
さて、自分で言うのも何だが僕はおしゃれとは結構遠い位置にいる。あのシバさんに「君はいつも似たような服を着ているな」と言われたのはカントー広しといえど僕くらいのもんだろう。
ところがそんな僕が、あのカロス地方に『招待』されたと聞くとどうだろう。グッと評価が上がったりしないだろうか。
今日はそんな僕の評価がグッと上がる話。
当時僕は乗りに乗っていた。あの伝説のトレーナー『レッド』につぐスピードでバッジをコンプリートし、カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ合同の新人戦を優勝。これでも業界ではちょっとした話題になったりもした。
僕へのご褒美と言わんばかりに、ポケモン協会は僕をカロス地方に向かわせてくれた。ジムに挑戦してもいいし、観光してもいい、ただちょっとした仕事があるだけだった。
その仕事とは、売り出し中の新人女優とちょっとした『エキシビション』をしてくれ、と言うものだった。なんでも初主演の映画の封切りの『余興』としてちょいとバトルに自信のあるその新人女優とじゃれてくれと言うものだった。
あえてその映画のタイトルは言うまい、ちなみに当時のその女優の写真を見せてもらったが、そりゃもう可愛いもんだった。
「いやー、こんな子を泣かせちゃかわいそうですよ〜」
「ははは、まあお手柔らかにしてあげてよ、サービスで負けてあげれば、食事くらいなら一緒にできるかもよ〜」
「でへへ〜」
なんて会話がポケモン協会で繰り広げられたのかどうかは想像にお任せする。
要は実力を端的に表すことの出来る『新人戦優勝』の肩書があって、カロスに飛んでも支障が無いほどスケジュールに空きがあって、その『エキシビション』がどんな結果になろうとも、本人の今後にそこまで支障がない人材として、僕に白羽の矢が立ったわけである。
カロス地方は楽しかった。当時はカロス地方のポケモンをカントーに持ち込むことが出来なかったのだが、ルチャブルというポケモンは本気でこっそり持ち帰ろうとしてた、お付のポケモン協会職員にバレて耳が無くなるかというほど怒られた。
件の新人女優の映画も見た、封切りを見た。当時の僕はまだ若かったので、雰囲気や時代背景を楽しむ余裕はなかったのだが、映画の終わりに観客がみんな拍手したのに驚いた記憶がある。
そしてついに『エキシビション』の開幕である。
僕の対面には、あの映画と同じ衣装の彼女が居た。ところがである、あの映画と同じ微笑みはそこには無く、目は真剣そのもの、口はきゅっと締まり、衣装のふりふりを邪魔だと言わんばかりに握りしめている。さすがに当時の僕でも「あ、これ、本気だ。本気のやつだ」と理解できる。
僕だって当時はそこそこ強いトレーナーだったわけだから、当然エンジンギアの入れ替えくらい出来る。さっと切り替えて試合に望んだ。
結果は、ボロ負けである。道化そのものだ。
それはもう凹んだ。凹みに凹んだ。どのくらい凹んだかというと。相手の新人女優の子が本気で心配してお忍びでホテルの部屋を訪ねてきて、全く意味の理解できない言葉で励まされながら、プリズムタワーのふもとで奢ってもらったガレットにぱくついたくらい凹んだ。
いやー、あの時のガレットは味がしなかった。まだヤケ酒できなかった頃の話である。
結果として僕は伸びの伸びきっていた鼻を見事に叩き折られて無事帰ってきたわけだ。その時は見るも無残に凹んでいたらしいが、長い目で見ればプラスであったと断言できる。あの大女優にガレットを奢ってもらったカントー人はカントー広しといえど僕くらいのもんだろう。
僕だって一度対戦すれば格の違いくらいはわかるわけで、今は時期ではないがもう少し強くなったら逆に彼女をカントーに招待してコテンパンにしてやると固く誓っていたのだが。まさかあの新人女優があれよあれよと大女優の階段を登り、おまけにカロス地方のチャンピオンにまでなってしまった。カントーに呼んで僕と『エキシビション』してもらうには、本当の意味でケタ違いだ。
一応僕がチャンピオンになればワールドトーナメントで戦えるのだが。うーん……。