21-異文化コミュニケーション
さて先週の続きである。アホのポケモン協会職員からシンディア氏のお付になるよう言われた僕は、自らの運命を呪いながらシンディア氏似合いに行ったのである。
しかしながらシンディア氏に罪はこれっぽっちもないわけである。そこのところを勘違いしてはいけない。
むしろ元イッシュリーグAリーガーで、イッシュドリームの体現者『ザ・ハンマー』ことヒースコート氏の奥さんが、早々安々と僕なんかと行動を共にしてくれるとは思えない「貴方だあれ? 私はホテルに帰って休みたいので、じゃ」とでも言われるのが関の山である。
しかしここで困ったことが起こったのである。何を隠そう僕は外国語への理解が全くと言っていいほど無いのである。その理解のなさは皆さんの想像以上で、僕は半分よりまだ少ない年齢のクロセ君に「ところでクロセ君は外国語はわかる?」と助けを求めてしまうほどである。
当然ながらクロセ君は「いや、全然わからないです」と答えられ、僕は退路を塞がれたわけである。これでは「そ、そうですよね! どうも大変失礼しました! さ、クロセ君、ご飯でも食べに行こう!」と苦笑いしながら言うことも出来無い。
クロセ君も僕のそういった不安を悟ったようで(ココらへんの直感力の素晴らしさも逸材たる所以である)「最近はポケッチで外国語翻訳アプリもありますから」と言ってくれた。
僕はその文明の利器をしっかりと握りしめ、関係者控室のドアをノックしたわけである。
シンディア氏は、僕とクロセ君の来訪にビクッと身構えていた。まあ考えてみれば自分のライバルとなる超強い少年と良くわからないおっさんが控室に入って来たとなれば身構えるのも当然である。
僕は予習していた言葉を並べる。
「ハ、ハロー。アイ、ヘルプユー、トディ」
彼女はキョトンとしたが、なんとか意味は理解してくれたようで。
「あ、ダイジョウブです。コトバ、ワカリます」(やはりちょっとしたカタコト感は抜けない)と答えてくれた。
これに驚いたのは僕とクロセ君である。
「あ、言葉分かるんですか」
「ワタシ、ベンキョウしてますカラ。ゴウにイってはゴウにシタガエですカラ」
何ともまあ、シンディア氏は才女である。クロセ君なんかはスゲースゲーと感心している。
「僕はBリーガーのモモナリです。今日は貴方とクロセ君のエスコートを担当することになっています」
「シッテイます、エッセイストですよネ」
ここらへんで僕は随分と機嫌を良くしていた。
「どこか行きたいところなどあれば、お連れしましょう」
「ソウですネ、このクニのタイシュウショクをタべてみたいデス。ショウタイされるのはグレードのタカいおミセばかりで、ヒトリではイケません」
なるほどなるほど、それは由々しき悩みである。そしてこういう役目なら僕は得意だ。
「分かりました。それじゃあラーメンでも食べに行きましょう。クロセ君もそれでいいでしょ?」
クロセ君も願ったり叶ったりだったようで「モモナリさんのおごりで!」と叫んだ。全くちゃっかりしているものである。
「あなたタチには、アわせるカオがナイとオモッテいましタ」
ラーメンが出来るまでの微妙な間に、シンディア氏がそう放り込んできた。
「ワタシのワガママのセイで、アナタタチのスバラシいキロクをキズモノにしてしまいましたカラ」
「別に気にするようなもんでもないですよ」とクロセ君。
「俺だって言われるまで気づかなかったんですから。モモナリさんだって気にしてないでしょ?」
僕には心痛い話である、確かに気が狂いそうになるほど気にしていたわけではないが、おちゃらけにしていたのは事実である。
僕は話題をそらそうと「しかしシンディアさんは言葉がお上手ですねえ」と言った。
「ワタシ、このクニにホネをウズめるカクゴでキました。コノくらいのことは、トウゼンです」
ワイワイとしていた店内が、しん、と静まり返った気がした。改めて僕は、この問題について憤るばかりだった。
その後は皆で楽しくラーメンを食べた。少年と人の嫁をあまり遅くまで連れまわすわけには行かないので、僕達はその後すぐに彼女をホテルに送り、クロセ君も家に向かわせたのだった。
そうして一人残った僕は、イラツキを酔いで誤魔化すために、夜の街に向かったのだった。