黙黙目次
命の蝋燭
 カメールと言うポケモンは非常に長生きすることで有名だ。諸説あるがその寿命は一万年とも言われている。
 しかし、その進化系であるカメックスについてそのようなイメージは無いだろう。大型で力の強いポケモンであるカメックスはその体を動かすのに非常に多くのエネルギーを必要とし、またその重量ゆえ身体機能が衰えるのが早い。カメックスに進化することで寿命が短くなるのだ。
 しかし、外敵の存在、生息する環境、もしくは群れのリーダーになる為、カメックスへの進化は彼らにとって必ず通ると言っても良い道である。故に我々の眼の届く範囲では長寿のカメールは確認できないのである。


 決して人の目の届かないとある場所。そこではカメールとキュウコンが生活していました。
 二匹の付き合いはもう八百年になります。二匹はそこで様々な事を話し合い、様々な事を考え合っていました。二匹にとってその生活は非常に充実したもので、その生活を捨てるなど考えられないことだったのです。
 ある時、キュウコンはカメールに言いました。
「カメール、私は体の衰えを感じます。命の蝋燭が残り少ないのでしょう。もって後百五十年程でしょうね」
「そうか、寂しいものだ。私の中でお前は支えだった。お前が居なければこの八百年はどれだけ退屈なものだっただろう。延命する事は考えないのか」
「それはなりません、自然に生まれ自然に生かされている私達がそれに抗おうなど無益なことだととっくの昔に結論が出たじゃありませんか」
 カメールは言葉を詰まらせた。悲しいことだった。
「それよりも私が案じているのは貴方の今後です。キュウコンである私は千年しか生きることができないが、貴方は一万年。貴方がこの先退屈し、この世に絶望することが無いか心配です」
 キュウコンはダルそうに首を擡げて続ける。
「私の代わりが必要です」
 カメールは目を瞑り暗闇の中で考えました。確かにそれは由々しき問題のように思えます。
「確かにその通りだ、私がこの八百年退屈せず、世界に関しての考えを深めることができたのは一重にお前のおかげだ。長い長い時を共有する友が居たからこそそれができたと言える」
「下の世界から誰かを連れてきましょう。貴方が退屈しないよう頭が良く、あわよくば長く生きることが出来る誰かを」
「うむ、そうだな。私の息子の中で最も賢い者をしたの世界に向かわせよう」


 そのゼニガメはとても賢く、とても勇気があり、とても父親に忠実でした。
 彼は方々をめぐり父の相手に相応しい人物を探しました。
 ある所で、洞窟の奥深くに居る全ての始まりの偽者に出会いました。ゼニガメは彼と話しました。
「どうか父の相手になってくれませんか?」
 彼はゼニガメを一目見るとすぐにそっぽを向いて答えました。
「断る、君の父と私とでは永遠に話が合わないだろう。私が人間に感じている憎悪を君の父が分かってくれるはずがない」
 ある所ではかつて大地を作り続けたポケモンに出会いました。ゼニガメは彼に話しかけました。
「どうか父の相手になってくれませんか?」
 彼は目を瞑ったまま答えました。
「断わる、私はいつかまた大地が必要になったときのため力を蓄えておかなければならないのだ」
 ある所では洞窟の天井に張り付いたまま下りてこないポケモンと話した。
「どうか父の相手を担ってくれませんか?」
「せっかくの提案だが断らせて頂く。私はここが好きなのだ」
 頭が良かったり、長生きだったりするポケモンは殆ど彼の願いを断りました。
 そうして方々を駆けずり回った疲れから少し油断していた時。ゼニガメはあるトレーナーにボールを投げつけられゲットされてしまいました。
 逃げることも出来ましたがゼニガメはそうしませんでした、人間といっしょに居れば行動範囲も広がるのではないかと思ったからです。
 人間はリョウと言う男の子でした。リョウはゼニガメにバッハとニックネームをつけました。へんてこりんな名前だとバッハは思いましたが別にそこまで気になりませんでした。
 リョウはバッハを他のポケモンと戦わせました。バッハはなんでこんな子供に指示されなければならないのか、と思いながらも渋々それに従っていました。
 ある時バッハはとても強いポケモンと戦いました。何とかそのポケモンを倒した後、リョウはキラキラした小さな板を胸に付けていました。リョウは目をその板と同じくらいキラキラさせてよしよし良くやったとバッハの頭を撫でるのでした。
 ある時、バッハはまたまたとても強いポケモンと戦いました、バッハも頑張りましたが力一歩及ばず倒されてしまいました。
 薄れゆく意識の中、バッハは恐怖を感じました。まだお日様が出ているのに自分を暗闇が包むような気がしました。
 暗闇の中に、一つ小さな光がありました。バッハはそれを何とか手元に手繰り寄せ、それを両手で掴みました。
 その時、額に何か冷たいものが落ちてきた気がしました。そして、それまで自分を包んでいた暗闇が急に去り、目が開く様になりました。
 目を開くと、リョウの泣き顔がとても近くにありました、自分の額に落ちたものが彼の涙と知ってそれを手でふき取ろうとした時、自分の両手が彼の右手を握っていることに気付きました。
「もう大丈夫よ」
 と、白衣の女性がリョウに言いました。
 リョウは「ごめんね、ごめんね」と声を震わせていました。仕方の無い奴だな、とバッハは思いました。
 それからしばらくして、バッハは自分の体の中で血の変わりに何かが熱く流れているような気がしました。生まれて初めての感覚でしたがそれが怖いことで無いというのは何となく分かりました。
 それから何日かそんな感覚が続きましたが、ある日バッハの体が光ったかと思うと、体と耳が大きくなり、尻尾からふさふさの毛が生えていました。彼の父と同じポケモンに進化したのです。
 リョウはこれにとても喜びました。バッハの頭を何度も撫で、寝るときは尻尾を掴んで寝ました。
 それからバッハは更に強いポケモンと戦う様になりました、バッハはリョウの指示をキチンと聞き、それらを倒していきました。
 やがてリョウの胸には小さくてキラキラした板が幾つも付く様になりました。そして気付けば、リョウはもう少年になっていました。
 それからまたしばらくして、バッハはまた自らの体の中を何か熱いものが流れる感覚を覚えました。それは自分がカメールに進化した時と同じでした。戦い続けたことによってバッハがより強い力を求める様になったからでしょう。
 しかしバッハはそれでも良いと思っていました。


 夜、バッハがリョウのベッドの横で寝ていると何かが窓ガラスを叩く音が聞こえました。
 窓を見るとその地方では珍しい鳥ポケモンが窓ガラスを嘴で叩いています。
 バッハはそのポケモンに見覚えが在りました。それは自分の故郷に良く居たポケモンだったからです。
 バッハは予感を感じて外に出ました。そこには自分の父が立っていました。
 父はにこやかな顔でバッハに話しかけました。
「久しぶりだな」
 バッハは緊張しました。何より自分にとって父はとてつもない存在だったからです。何と言ってももう何百年も生きているのですから。
「父さん、久しぶりだね」
「どうだい? 相手探しは順調に言っているかい? と言いたいところだが、その顔を見ると何か違うことに夢中になっているようだな」
 何も言い返せず。バッハは俯きます。
「まあ、今日は急かしに来たわけでは無いんだ」
 父の顔がそれまでのニコニコ顔から急に険しくなりました。
「お前、今のままでは進化してしまうぞ。今すぐ私の所に戻れ、今ならまだ間に合う、あの不思議な石を身の傍においておけば進化することは無い」
 父が、バッハの事を思ってそう言っているのはもちろんバッハもわかって居ました。
 しかし、バッハは怖くて怖くてたまりません。なぜならば彼は生まれて初めて自分の父に言い返そうとしているからです。
「父さん。それは出来ないよ」
 父は驚いた表情でバッハに聞き返します。
「なんだって、それは何故だ」
「僕はまだ、リョウと一緒に居たいんだ。そして、リョウのために強くなりたい」
 父はまるで理解できないと言った風に自分の息子を睨み付けました。
「息子よ、進化すると言う事は命の蝋燭を激しく燃やすと言うことだぞ、当然長くは生きられん」
「それでもいいんだ、リョウと一緒に居られるなら」
「妙な事を言う。人間なぞせいぜい生きても百年が良い所だ、くだらんと思わんのか? そんなことの為に」
「くだらなくなんか無いっ」
 バッハはそれまでに出したことが無いほどの大声を出しました。父もまさか自分の息子がこんなに大きな声が出せるとは思っていませんでした。
「父さんがキュウコンさんと一緒に居たのと同じだ。僕もリョウと一緒に居たい。リョウが強くなりたいなら僕も一緒に強くなりたいんだ。それに僕は」
 更に深く息を吸い込みます。
「僕は、父さんの方こそくだらないと思うよっ」
 目を瞑りました。父の方をまともに見ることが出来ないからです。
 父は一瞬だけ目を見開きましたが、すぐに落ち着きを取り戻して、息子に問いました。
「何故、そう思う?」
 目を瞑ったままバッハは答えます。
「父さんの命の蝋燭は確かに長いかもしれない。だけどその炎は激しく燃えていないじゃないか」
 何も言えなくなりました。父が何か言うのを待っているからです。
 しかし、父は何も言いませんでした。目を瞑っているので、父の様子は分かりません。
 少しの間静寂がその場を支配した後、父がなるほど声をあげました。
「なるほど、そう考えた事は無かった」
 信じられないほどすっきりした声でした。
「息子よ、目を開けなさい」
 バッハは言われたとおり、正面を向いて目を開けました。目の前には両手を振り上げたカメールの姿がありました。
 殴られる、と覚悟しましたが。その両手は首の後ろに回されました。それは抱擁でした。
「息子よ、お前を誇りに思う。この私がたどり着かなかった境地にお前は辿り付いたのだから」
 父の言葉に、バッハは視界が滲むのを感じました。
「父さん、ごめん。僕、あんなこと。それに、キュウコンさんの代わりだって」
「謝ることなど何も無い。むしろお前がこれから歩む道に関して何も知らない私こそが恥じるべきなのだ」
 そんなこと、とバッハが言う前に父は抱擁を解きました。
「お前の言った事を、私は今から考えることにする。私が共に居たいキュウコンがまだ生きているうちに」
 暗闇から、何かが降りてきました。それは気球ポケモンのフワライドで、父はフワライドが下ろした手に腰掛けました。
「ああ、そうだ。言い忘れていたよ」
 少し宙に浮いた父は息子に向かってにっこりと満面の笑みで。
「見ない間に、大きくなったんだな。体も、心も」

 バッハは父とフワライドを彼らが夜空に消えるまでずっと見送っていました。
 父とフワライドが見えなくなった後、彼は目に滲んだ涙を手で拭い、目を瞑りました。最初に浮かんだのは父の顔で、その次にリョウの顔が浮かびました。
 よし、と一息吐いてバッハは目を開きました。
 少しだけ体が重く感じ、夜空が少しだけ近くに見えました。

■筆者メッセージ
もうちょっと良く出来た気もしますが。まあこんなもんです。
来来坊(風) ( 2012/10/06(土) 01:21 )