黙黙目次
貝殻to目印

 それは昔々の話、まだポケモンがボングリに入る事が知られていなかったほど昔の話です。
 当時の人々は、自分のポケモンに何らかの目印をつけていました。それは腕輪だったり、髪飾りだったり、アクセサリーだったりしました。それらをつけたポケモンが何処か別のところで弱っていたとしてもその目印を見れば、ちゃんと世話をしている人が誰か分かる様になっていたのです。
 とある地域は、とてもヤドンが多く生息している地域でした。その地域には目印をつけたヤドンが沢山いました。
 その内、一匹のヤドンの尻尾にはピンクのスカーフが巻かれていました。それを巻いたのは小さな女の子で、その子はそれはそれはヤドンを可愛がっていました。しかし、女の子はヤドンに何かを強制することが無かったし、ヤドンは頭の回転が遅いポケモンだったので、なぜか自分に良くしてくれる人間がいる程度にしか認識していませんでした。だけど、二人ともそれで良かったのです。

 ある日、ヤドンは川岸で趣味の釣りをしていました。と言っても彼の中で釣りとは水の中に尻尾を垂らすだけの事で、特に何かを釣ろう、とは考えていないのでありました。
 しかしその日、ヤドンの尻尾に鋭い刺激、つまるところアタリがありました。ヤドンは慌てて尻尾を川から引き上げます。
 するとどうでしょう、ヤドンの尻尾には巻貝タイプのシェルダーが噛み付いていました。皆さんならお分かりでしょうがこれがヤドンからヤドランへの進化です。
 ヤドンは尻尾が少し痛いので、必死にシェルダーを振り払おうとしました。しかしシェルダーはシェルダーでとても強く噛み付いており、なかなか離れません。ヤドンへの寄生はシェルダーの本能であるからです。
 やがて、ヤドンはなんだか頭が少し冴えて来た様な気がしました。事実、尻尾を刺激されたことでヤドンの頭の回転が少し速くなっていました。
 ヤドンはシェルダーを引き離すのを諦めました。それが双方にとって最善の方法だと回転が速くなった頭は理解していました。
 しかし、尻尾のスカーフが完全に隠れてしまっているのに気付きました。これが無ければ自分は野生のポケモンと同じです。自分に良くしてくれた人間も恐らく自分に気付かないでしょう。
 それが何となく悲しい事である事はヤドランも理解していました。
 それならと、ヤドランは自分に良くしてくれた人間を思い出そうと必死に頭を回転させました。しかし、その人間の事を思いだすことが出来るほどヤドランの頭の回転は速くなっていませんでした。
 ヤドランはとても悲しい気持ちになりました、そして、シェルダーもその気持ちを察しました。
 その時、ヤドランは名案を思いつきました。何も尻尾に噛み付かせる必要は無いのです。尻尾じゃない場所にシェルダーを噛み付かせることにしました。
 ヤドンはまず右足にシェルダーを噛み付かせました。非常に歩きにくいです。更に四つんばいになって歩くと地面に引きずられるとシェルダーが怒ってしまいました。
 次に、お腹に噛み付かせようとしました。しかしヤドンの大きくて張ったお腹にシェルダーが噛み付くことは出来ませんでした。
 次に、右手に噛み付かせてみました、痛いわ邪魔だわで何も良い事はありませんでした。恐らく左手でも同じでしょう。
 ヤドランはますます悲しくなってしまいました。片方を取れば片方が無くなり、片方を無くせば片方が取れるのです。
 ヤドランはうんうん唸り、頭を抱えてしまいました。そして頭が地面に付いた時、ヤドランは閃きました。
 そうだ、頭に噛み付かせれば良いんだ。しかし何と言っても頭です、ヤドランは怖くて仕方ありません。
 だけどもうここしかありません、ヤドランは勇気を振り絞って頭に噛み付くようシェルダーにお願いしました。シェルダーもその提案にビックリしましたが、ヤドランの気持ちに負け、一思いに噛り付きました。
 ヤドランの頭の中で火花が散ります。ジュッジュッという耳鳴りがしたかと思うと、ヤドランは気を失いました。
 やがて、彼が目を覚ますともう夕方になっていました。頭に手をやるとちゃんとシェルダーがいました。しかも血は出ていません。
 尻尾を確認して、スカーフが巻かれている事を確認すると彼は非常に喜びました。あまりに喜ぶあまり。
「やった、やった」
 と人間の言葉が飛び出る始末です。
 しかし、彼はふと気付きました。
 自分に良くしてくれた人間が女の子だったことを急に思い出したのです。
 それどころか、彼女の顔、彼女の住んでいる家、彼女の口癖までも鮮明に浮かんできたのです。それはひとえに頭を噛まれて脳が活性化したおかげです。
 彼は嬉しくて小躍りしました。そして彼女の元に返って、今までのお礼を沢山しようと思いました。
「めでたしめでたし、やな」
 とヤドキングが言いました。

■筆者メッセージ
久しぶりの投稿で緊張しています。
いつもは震えている手が緊張で震えていません。
本当はいつも震えていません。
来来坊(風) ( 2012/10/03(水) 00:22 )