黙黙目次
再会したら、きっと流行のガレットを
 ミアレシティ。少女はバッサリと髪を切った。流行のカット、ショートヘア、ある映画で女優が披露して以来、女の子達に人気のショートヘア。
 その日は彼女の誕生日であった。だから彼女は髪を切った。母親からは伸ばしたほうが綺麗だからといわれていたが、少女は可愛くなりたかった、だから彼女は数度目の誕生日の記念に、両親に内緒で、僅かばかりのお小遣いを握り締めて、サウスサイドストリートに出来たばかりの『サロン・ド・ロージュ』に命いっぱいの背伸びをして駆け込んだ。髪の毛は放っておいても伸びるのだから、自分の好きにしてもいいだろうと思った。
 まだ出来たばかりの『サロン・ド・ロージュ』はサービスとして、お客さんにピカピカのモンスターボールを一つプレゼントしていた、ポケモンについて知ってはいたがまだポケモンを持った事の無い少女はとても喜んでそれを受け取った。その喜びように男の理髪師は気を良くしたのか、こっそりともう二つだけ余分に彼女に手渡した。
 そうだ、ポケモンをゲットしよう、彼女は思い立った。今日は色んなことに挑戦する日なのだ。
 ミアレシティからハクダンシティをつなぐ『パルテール街道』に向かおうと彼女は店を出た、あそこのポケモンたちはレベルが低い事を少女は知っていた。
 店の前の通りでは、不思議な光景があった。
 街路樹の周りを一人の少年と一匹のトリミアンがグルグルと回っていた、少年の方は顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうになりながら必死に足を動かしている、しかしトリミアンのほうは全力で尻尾を振り、いかにも構って欲しそうに少年を追いかけている。
 トリミアンが放し飼いになっていること事態はミアレシティでは珍しい光景では無い、トリミアンは飼い主に忠実なポケモンなので、主人が呼べばすぐに反応するからだ、恐らくトリミアンの主人は今何処かで買い物をしているのだろう。
 少女はサッとトリミアンと少年の間に入った、トリミアンは新しい遊び相手に尻尾を振り、彼女の顔を舐めた。今でこそ慣れているが彼女もずっと昔、じゃれてくるトリミアン相手に大泣きした事があるので少年の気持ちが良く分かった。
 やがて少女と遊ぶのに飽きたトリミアンは、また何処かへと走り去った。少女はべとべとになった顔をハンカチで拭くと、少年の方に振り返る。
 少年はとても息を乱しており、半ば倒れ掛かるように街路樹に身を任せていた。きっと同じぐらいの歳なのだろうと少女は思った。黒を基調に高級そうな服装だったが、手触りのよさそうな布地は随分と乾いた泥にまみれていた。
「あ、ありがとう」
 息を切らしながら少年は立ち上がり、彼女に頭を下げる。
「どうなるかと思っていたんだ」
「トリミアンは遊びたいだけだったのよ、尻尾を振っているのが見えなかったの?」
「そうなのかい? 分からなかったよ、でも、それならどうしてゲットできなかったんだろう」
 少年は懐から、少女がサービスで貰ったものよりとてもとても高級なボールを取り出して首を傾げる。
「無理よ、あのトリミアンは人のポケモンだもん、人のポケモンを取ったら泥棒よ」
 そうだったのか、と肩を落とす少年に、
「あんた、他の町から来たの? あんなに慌てた人久しぶりに見たわ」
 少年はその問いに少し言葉を詰らせ「う、うん」と返します。
「家族で旅行に来たんだけど、どうしてもポケモンをゲットしたくて、こっそり抜けてきたんだ」
 少女はその言葉に目を輝かせた。
「そうなの!? 実は私も今日始めてポケモンをゲットしようとしていたところなの、一緒に行きましょうよ!」
 少年の返事を待たず、彼女は少年の手を引いて『パルテール街道』へと向かった。



 『パルテール街道』は一面の花畑と、それを囲うように存在する迷路のような庭園が自慢だ。壁のような生垣は彼女達くらいの背の子供ならばすっぽりと隠す。
「ここにはどんなポケモンが?」
 少年は花を踏まないように気をつけつつも、同時にそれらを掻き分けながら彼女に問うた。
「フラベベって言う妖精みたいなポケモンがいるの、小さなポケモンだから見逃さないでね」
 ところで、と少女
「あんたはどうしてポケモンが欲しいの?」
「うん、友達が欲しいんだ」
「変ね、友達ならいっぱいいるでしょう?」
 少年は悲しそうに顔を伏せる。
「ううん、友達はいないんだ。色んな人が優しくしてくれるんだけどね」
「それなら良いじゃない」
「うん、だけどやっぱり友達が欲しいんだ」
「変なの」
 カサカサと花畑が音を立てた気がした、彼女がその方向へ目を向けようとした時、少年に袖を引っ張られた。
「ねえ、あれ」
 少年が指差した方に目を向けると、二匹のラルトスが、何匹ものミツハニーに囲まれていた。怯えきったラルトスはなきごえも出せないでいる。
「離れたほうがいいわね、ミツハニーの群れは危ないわ」
 その場を彼女を、先程より強く少年は引っ張った。
「駄目だよ、あの二匹のポケモンを助けなきゃ」
「無茶な事言わないで、私たちはポケモンを持っていないのよ。何か考えでもあるの?」
 少年はううんと唸り「わからない、でも助けなきゃ」
 少女は呆れてしまいましたが、少年を連れてきてしまった手前、どうにかしなければならないと考え、一つひらめき、サービスされたボールを取り出した。
「いい?ギリギリまで近づいて、あの二匹をゲットするの」
 そうか! と少年は顔を明るくさせましたが、すぐに不安げな表情になり。
「でもポケモンにボールを投げるのは初めてだよ」
「助けたいんでしょ! やるしかないの」
 少女と少年は音を立てないようにミツハニーとラルトスたちに近づき、彼女達なりに良く狙って、ボールを投げた。
 あ、とどちらかが漏らした。二つのボールはラルトスに到達する前に衝突して、運の悪いことにミツハニーのうちの一匹にぶつかった。
 ミツハニー達が一斉に少女らの方に振り返った、それから明らかな敵意を感じ取った二人は、一目散に逃げ出した。
 迷路のような庭園を、彼女らは一心不乱に駆け巡った、後ろから聞こえる幾多もの羽音に恐怖しつつも、それに振り返ることも出来ず、やがて膨らみ始める恐怖心が彼女らをパニックに導く。
 こっちだ! と、少年は彼女の手を引いて生垣の中に飛び込んだ、その生垣は、丁度中に子供二人分ほどの空洞があり、身をくっつけ合いながら、二人はそこで息を潜めた。
「ごめん」
 まじかに聞こえる羽音を聞きながら、少年が言った。
「あんな事を言わなければ良かった」
「謝るのは私よ、貴方を巻き込んだわ」
「そんなことは無い、僕は楽しかったんだ」
 その言葉に、彼女は息をしゃくりあげた。
「泣いているの?」
 ええ、と彼女が答える。
「だって、怖かったもん」
 やがて羽音は聞こえなくなっていた、庭師やトレーナー達が、ミツハニーを退治したのだろう。
 生垣の中から姿を現した少女と少年は、お互いの服や髪の毛ついているいくつもの葉っぱに少し笑った。
 その時、近くの花畑がカサリと揺れた、少年は身構え、少女は少年の腕を掴んだ。
 花畑からあらわれたのは、二匹のラルトスだった。ラルトス達は二人を見つけると、とても嬉しそうに近づいてくる。
「さっきの二匹だ」
 二人はホッと息を吐く。
「無事だったんだね」
 少年の言葉に、ミツハニーでは無いことに安心していた少女は、顔を赤くした。
 ラルトス達はそれぞれ、何かを二人に手渡そうとしていた、彼女らは膝をついて、それらを受け取る。
「石だ」
「綺麗な石ね」
 少年が手渡された石は瞳のようにまばゆい、乳白色の石だった。
 少女が手渡された石は、水晶の様に透き通っていて、中に綺麗な模様が刻んである。
 二匹のラルトスはそれらを渡した後も、彼女らの傍を離れようとはしなかった。
「これって、ゲットできるってことなのかしら」
 少女がそう言ってモンスターボールを手に取ると、ラルトスは自らその中に吸い込まれていった。ああ、良かったと彼女は胸をなでおろし、同時に、胸が熱くなるのを感じた。
「困ったな、ボールがもう無い」
「あのボール、高そうだったものね」
 彼女はそういうと、急に思い出して、ポケットの中からもう一つモンスターボールを取り出し、恥ずかしげに彼に差し出す。
「これ、あなたのボールに比べると大分安物だけど」
 言葉を詰らせた少女の手を少年はボール後と握る。
「本当に良いのかい? ありがとう、このボールは、僕にとってどんなボールよりもよっぽど価値のあるものだよ」
 少年がそれをかざすと、もう一匹のラルトスもまた、自らそれに吸い込まれていった。
 


 『パルテール街道』からミアレシティに繋がるゲートの中で、少年は彼女の手を取っていた。
「今日の事はきっと忘れない、僕の一生の思い出だ」
「大げさよ、またミアレに来る時には連絡を頂戴、また一緒に遊びましょう」
 少年は悲しそうに首を振る。
「僕もそうしたい、だけど、きっと無理だと思う」
「どうして、そんなのって無いわ」
「僕も嫌だよ、だけど、きっと無理なんだ、僕のお父さんは、体が弱いから」
「わからないわ、なんで、そんな」
「ごめん」
 少女は袖で両目を擦って「名前は? あなたの名前を教えて」
 少年は少し躊躇いましたが、小さな声で「テオ、僕の名前は、テオだ」
「テオね、分かった、テオ、またきっと会いましょう。私、きっと貴方に会うから」
 テオは「ありがとう」と笑ってゲートの奥に消えました、テオを迎えに来ていたのか、正装の男達が彼を迎えるのが見えたが、彼女は彼が見えなくなるまでずっと、ゲートから出る事は無かった。






 ミアレシティ、その大女優はバッサリと髪を切っていた。
 すっかり流行遅れのそのカット、けれども、彼女がそのカットを始めてから、少しづつ、流行り始めている様だった。
 別に今日は彼女の誕生日では無かった、けれども彼女はすっかりと老舗になった『サロン・ド・ロージュ』でバッサリと髪を切った。
『ミアレシティには思い入れがあります』
 壇上では、若い男がマイクで演説をしていた。会場がどよめく、彼の立場上、街に思い入れがあると発言する事は大胆なことであった。
『私はそれまで護られていた、ありとあらゆる人に、ありとあらゆる物に。しかし、私は私を守ってくれている人や物が、護らなければならないほど儚く、脆い事に気付きました。最も、気づくのが遅すぎたような気もしますが』
 会場から笑いが漏れる、普段は生真面目な演説をするその若い男が、ここまで弁が回るのは珍しいことだった。
 ニコリと笑う彼と、最前列に腰掛けているその大女優は目が合った。しかし、男も、彼女も、その表情を崩さなかった。
 演説の終わりと、拍手。舞台裏に引き始める正装の男達を、それ以上に正装の若い男は制した。
「最後に、来賓の方々に挨拶を」
 再び会場がざわめく、厳かで体格の良い男二人が彼につこうとする。
「いや、必要ない」
 彼は腰から彼に立場に似つかわしくない傷だらけで安物のボールを取り出すと、ポケモンを繰り出した。
 中から飛び出してきたのは肘の刀が特徴的なエスパーポケモン、エルレイドだった。相手の考えをキャッチして先に攻撃することが出来るそのポケモンは非常に強力な戦士だと有名だった。
 エルレイドに護衛され、男は来賓の一人ひとりと握手を交わす、やがてその大女優の前に男が来た。
「お会いできて光栄です皇太子様、カロス地方ポケモンリーグチャンピオン、カルネです」
「貴方の武勇私の国にも轟いています、お会いできて光栄です」
 大女優は彼と握手を交わした後に言った。
「ぜひとも、私のパートナーをご覧いただきたいのですが」
 再びどよめいた会場を男が「構わない」と制す。
 彼女もまた傷だらけのボールからポケモンを繰り出す、彼女の切り札でもあるそのポケモンは既に最終形体に進化していた。
 膝を曲げ男に挨拶するサーナイトに、会場は感嘆のを漏らす。
「美しい」
「殿下のエルレイドも」
 エルレイドも彼女とサーナイトそれぞれに会釈する。
「貴方のは特別だ、心清らかな人間の下で育ったポケモンはやはり美しいのです」
「もったいないお言葉」
 少しの間、二人の間に沈黙が流れた、じっとお互いの目を見ていた二人はやがて思い出したかのように顔を背け、男は再び挨拶を続けた。
 恐らく明日の新聞には見つめあう二人の写真が掲載されるのであろう。
 やがて来賓全てに挨拶を終えた男は壇上に戻り、もう一度ぐるりと会場を見渡した後に、舞台袖に消えた。
 会場に来ていた者達がぞろぞろとその場を後にした、最前列にいた来賓の者達もやがてその場を後にした。
 しかし、彼女はまだ最前列に身を残していた。顔を上げ男が演説していた演説台をじっと見つめていた。
 サーナイトは、彼女にそっと身を寄せて、ポウと体を光らせると、自らボールに戻った。
 会場に本当に一人だけになった彼女は、「うん」と一言だけ言って、出口に向かって歩を進めた。
 コツコツとヒールが床を叩く、コツコツコツコツと、この会場こんなに広かったかしらと気を紛らわせた彼女は、もう一度振り返りたくなるのを躊躇って、会場を後にした。
 残り香が、その場に残った。

■筆者メッセージ
時間には、勝てなかったよ……
来来坊(風) ( 2013/11/18(月) 00:21 )