第七話
声のした方を見るとロバートの背後にチマリが立っていた。
ポケモンをボールに戻し、チマリに近づく。俺がチマリに話しかけるその前にロバートが俺に話しかけてきた。
「流石は最強のバッジコレクター、手も足も出ないとはこのことですな」
ロバートは右手を差し出す、俺もそれに応えて握手した。
「ロバートさん、あなたも強かったです。申し訳ないが少し席をはずしてはいただけないですかね」
「私もそう言おうと思ってたところでしたよ、この少女にはあまりよく思われてはいないだろうからね」
ロバートは傾いたハットを右手で直すとチマリに一礼して宿に戻って行った。俺とチマリが向き合う形で残される。
チマリはじっと俺を見ていた、その眼差しは何とも言えない、色々な感情がごちゃごちゃになったような。
「勝ったの?」
俺を見据えるチマリの目には再び涙が溜まっていた、大体の理由は分かる。デンジに勝ったトレーナーに俺が勝つ、それはデンジ至上主義の彼女からしてみればあまり喜ばしいことではないのだろう。
「大体分かるだろ、勝ったさ」
それは彼女にとって辛い宣告、チマリの目の涙が今にもこぼれそうになる。
「キリト、あんた強かったんだ」
俺と目を合わせず、うつむきがちにチマリが言った。
「さぁ、どうだろうね、自分ではまだまだだと思ってる」
「そんなこと言わないで!」
握りこぶしが胸に振り下ろされる、だがそれはあまりにも弱弱しく迷いが見て取れた。
「デンジさんもそう、自分の強さに満足していない。もっと強く、強くなろうとしてる。あの人は私よりもずっと強いのに」
少しチマリが言葉に詰まる、自分の言いたいことがどのような単語になるのか選んでいるのだろう。
「デンジさんが強くなかったら私はどうなのよ! あの人よりもずっとずっと弱い私は」
涙こそ溢れていないが、崩れ落ちそうになる彼女の両肩を掴んで支える。涙をいっぱいに貯めた目が俺の目と合う。
あぁ、やっぱりこの子は勘違いしているのだ。
あまりにも強すぎる師匠を持ってしまったがために、己を否定。戦いにおいて、デンジは完璧すぎる、チマリは想像できないのだ、自分がデンジを乗り越える姿が。
「それはちがう」
腰を落とし、チマリと同じ目線になる。俺も昔よく師匠にこうされていた、今思えば師匠も俺と同じ気持ちだったのだろう。
「世界で一番強いトレーナー、それはデンジじゃない、ロバートさんでもない、俺でもない。世界で一番強いトレーナーってのは自分の中の理想の自分なんだ」
「自分の?」
「そうだ、どれだけ負けたって良い、負けのないトレーナーなんて居ないんだ、だがどれだけ巨大な力の差を見せつけられても、どれだけ負けても、決して屈服したらダメなんだ、こんな奴俺が鍛えたら瞬殺だ。慢心かもしれないがそのくらいの気持ちを持て、そして精進すればいい。理想の自分に、最強の自分により近づくために、妥協は駄目、相手とも戦うが自分とも戦わなければならない」
チマリはジャケットの袖で涙を拭いた、結局、泣くことはなかった。
「わかんない、よくわかんないよ。私に分かるのは……デンジさんが強いってことだけ、デンジさんについていけば私も強くなれるって事だけ、それも間違っているの? デンジさんにとって私ってなんなの?」
俺の目を見て訴えかけるチマリは主を失ったメリープに近い。行き場所を失い、自由を手に入れたがその自由が何なのかわかっていない、行き場所があった方が良かった、主に仕えている方が良かった。今後どのようなトレーナーになるか、その分岐点に今彼女はいる。
ロバートとの戦いを通して俺の中に生まれていたモヤモヤ、心の中に引っ掛かっていた何か、それはほぼ確信に変わっていた。トレーナーとしてではなく一人の人としてのデンジ、彼ならこれを犯しうる、トレーナーとして最大の禁じ手。
だがそれは、悲しい事に彼女の為。
「デンジさんは、君の事を第一に考えてる、間違いなくね、だから間違いを犯し、敗れた」
「間違い?」
何かが俺の中を支配していた、それはチマリを助けたいという気持ちと、怒りに限りなく近いがそれとはまた違う何か、憤り。
準備はできていない。だが一刻でも早くこの輪廻から脱したかった。居心地が悪い。
だいぶ落ち着いたであろうチマリの肩を二回たたき、陸橋へ向かう。
「どこに行くの?」
「ナギサジムさ、ちょっとデンジさんに用ができた」