第三話
朝、デンジは挑戦者を迎えてジム戦を行う。チマリ含むジムトレーナーはそれの見学、という事はつまりだ。
俺が海を独り占めできると言うこと。チマリの事だ、今日はジムから出てこないだろう。天気は快晴、寒くもぬるくもない程度の素晴らしいそよ風、海ではマンタインが跳ねる、これほど睡眠もとい読書日和はないだろう。
睡眠もとい読書を始めて一時間ほどだろうか、誰かが砂を踏む音が聞こえて俺は目覚め、もとい本から目を離し、そのほうを見た。
チマリだった。ハーフパンツにブランド物のジャージ、隠しているつもりだろうが隠せていないピカチュウプリントのTシャツ。昨日に比べて動きやすい恰好なのはジム戦の終わった後にジムトレーナーたちと一戦交えようとしていたのだろう。
まさかだった、まさか今日もチマリが俺を咎めに来るなんて。何とか言い訳をしないといけない。
「ちょっとまて、反則だって、そんなのってないよ、素直にデンジさんの試合を見てろって」
「キリト」
俺が声をかけるまでチマリは俺に気づかなかったようだ。目はうつろでいつもの様なエネルギーが感じられず声にも張りが無い。
本当にこいつはチマリなのだろうかと疑うほどに彼女は狼狽しきっていた。何かまずいことが起こった、今のチマリを見てそう思わない人間は人間をやめた方がいい。
チマリはひざから崩れ落ちるとこの町全体に響きそうなほどの大声で泣いた。ギリギリで耐えていた堤防が、水圧に負け決壊したかのように目から大粒の涙がこぼれる。それはとても年相応の泣き方ではなく、例えるに六歳の子供の様であった。
俺は椅子から飛び降り彼女に駆け寄る、ウツギ博士が頑張ってまとめた『ポケモン進化に対するレポート百選』が砂の上に落ちた音がした。
「チマリ落ちつけ!」
それだけの言葉では彼女は泣きやまない、嗚咽を繰り返し、体は小さく痙攣している。両手では掬いきれない涙がシャツを伝い、プリントされているピカチュウも泣いているように見えた。
俺はどうしたらいいのかと考え、不安だったが膝を着き、彼女の顔を胸に抱えた。チマリはそれにすら動じず泣き続ける。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
両手で頭を抱える、三カ月、毎日といってもいいほど小言を言われてきたが、この子はこんなにも小さく、か細かっただろうか。
「落ち着くのが無理なら思いっきり泣け、中途半端に終わらせるな、泣いてることがどうでも良くなるまで泣け、泣け、泣け」
俺の言葉は彼女に届いているだろうか、彼女はさっきよりも強く顔を押し付けてきた、俺のTシャツはもうびしょびしょだ。
「デンジさんが、デンジさんが、デンジさんが」
「お前は強い、強い女だ、町の皆には泣いてる姿を見られたくなかったんだろ、だからここに来た、誰も居ない海岸に来た。大丈夫だ。俺しかいないから、ここには俺しかいないから、俺が邪魔なら俺も消えよう。だから気の済むようにやれ」
突き飛ばされるのではないかと思ったが、彼女は泣きながら俺の背に手をまわす。俺はそれを行かなくても良いと言うサインだと解釈し、黙って目を閉じた。
ナギサジムジムリーダーデンジの敗北が俺の耳に入るのはチマリが泣きやんですぐの事だった。