第十九話
お互いのポケモンが正面から睨み合っている。いや、正確に言えばこちらが一方的に睨まれているのだ。
電気タイプの相手に対してこちらは水タイプ。一瞬でも隙を見せれば全て持っていかれる可能性もある。それに対し相手はわざわざ自分から向かう必要は無いのだ。
水タイプでデンジに挑むということは傍から見れば愚かな選択かもしれない、だが、もし俺の手持ちの中で最も大切な試合の最後の最後を任せられるパートナーと言われれば、物心着く前からパートナーであったシャワーズになるのだ。
シャワーズが前足で地面を掻いている。それは彼女が臆していない証拠なのだ。もしかしたら俺よりも冷静かもしれない。
「水鉄砲」
指示と同時に、シャワーズがエレキブルに向け口から水を噴射する。
「たいした攻撃じゃない、電気ショックで直接狙え」
デンジが素早く指示を出すと、エレキブルは水鉄砲を正面で受け、シャワーズに向け電撃を放つ。
俺が何も言わずともシャワーズはそれをかわそうとする、だがエレキブルの電撃は予想以上に早く、電撃がシャワーズを掠めた。
「睨みつける」
エレキブルの両目がシャワーズを捉える、少しでもシャワーズが不穏な動きをすればすぐに反応できるようにだろう。
ジムリーダーらしい、合理的な戦術だ。もしタイプの相性をいいことにエレキブルが力任せに技を連射すれば必ず隙が生まれてしまう。こちらの行動を見切り、一発のカウンターで勝負を決めるつもりなのだろう。
動きづらい状況だが、エレキブルの体に起こったある変化が隙を作った。
エレキブルの胴体から何本かのやどりぎのつるが現れ、その体を覆おうとしたのである。ロズレイドが最後に放ったタネマシンガンの種が、水鉄砲の刺激により発芽したのだ。
それらは弱弱しく、エレキブルの巨躯を拘束できるほどではないが、それは俺とシャワーズにとって一つの合図、反撃の狼煙だった。
「やどりぎに構うな、目の前の敵に意識を集中しろ」
デンジもこのやどりぎがたいした拘束力を持たないことを理解しているようだった、やりにくい。
再び硬直、お互いに動くことはほぼ無く、やどりぎが微妙ながらに成長を続けるだけ。
我慢の限界なのであろうか、やがてエレキブルがやどりぎを体から引き剥がそうと右手を動かした。そしてそれは俺達が待ち望んでいた、隙とも言うことが出来ない本当に細い抜け道。
「黒い霧!」
シャワーズの口から黒い濃霧が撒かれる。
エレキブルはそれを見てすぐに攻撃態勢に入ったがデンジが制す。
「間に合わない、霧に入るな!」
一瞬ではあるがやどりぎに気をとられていたためにカウンターを入れるタイミングを逃したのだ。シャワーズは素早く霧に飛び込み姿をくらませる。
「冷凍ビーム」
徐々に広がりを見せる霧の中から、シャワーズが冷凍ビームを放つ、それは霧から離れようとしていたエレキブルの片足を捕らえ、地面と片足を固定した。
「炎のパンチで拘束を解け」
エレキブルが赤く染まった右腕を地面と足を固定している氷塊に連続して振り下ろす、その間にもシャワーズは霧を吐き続け、ついにエレキブルの巨体も霧に包まれた。
包まれたと言っても霧の高さは一と半メートルほどで、エレキブルの腰から上は霧に隠れていない。その一方でシャワーズの体は全て霧の中へと収まっている。
相手はこちらが見えず、こちらは相手が見える。という一方的な状況を作った。
加えて、上昇したエレキブルの俊敏さも元に戻る、睨み付けられて下がっていたシャワーズの防御力も元に戻る。
黒い霧はかなりの範囲に広がった、もしエレキブルが霧の範囲外に逃げようとすればそれなりの隙が生まれる、デンジは霧が晴れるまで耐えるしかない。
「無理して全体を見通さなくて良い、足りない分は俺が補う」
動揺が見えるエレキブルに、デンジが指示を出す。
黒い霧で俊敏さが元に戻っているとはいえ、エレキブルそもそもの俊敏さ、それに加えて、デンジの的確な判断と指示。戦局的に有利になったとはいえまだ安心は出来ない。
じり、じりと、エレキブルが移動する、エレキブルの独断だろうか、それともデンジの指示か、声による指示はないがハンドシグナルや僅かな目線の動きによる通しだってありうる。もしくは、このような状況を想定していて事前に決めていたのかも。
霧が晴れてしまえば、またこちらが不利になる。そう思っていると。
ぐわん、とエレキブルの巨体が動いた。先ほどまでのじりじりとした動きではなく、大股の一歩。
それと同時に周りの霧が巻き上がり、消える。大きな動きによって無理やり霧を消そうと言うのか。なるほど、むちゃくちゃかもしれないが理にはかなっている。
「冷凍ビーム」
「後頭部を庇え!」
エレキブルの背後の霧の中から冷凍ビームが放たれる。
霧の揺らめきから判断したのだろうか。冷凍ビームが放たれる前にデンジが指示を出し、エレキブルは両手で後頭部をカードした。
エレキブルの腕の一部が凍る、エレキブルは素早く背後に振り返ると霧が巻き上げられ、チラリとシャワーズの姿が現れたがすぐに霧に消えた。エレキブルは腕に熱を集め、氷を溶かす。
「今のは『みがわり』だ、本物は背後!」
エレキブルが再び体を反転させる。
鼓動が早まる。何故見抜かれたのか、俺はシャワーズに対して身代わりの指示を出してはいない、あの『みがわり』は俺とシャワーズの阿吽の呼吸の集大成であるからだ。
「電磁波」
俺が混乱している間にデンジの指示が飛ぶ。
ぶぅん、という音が聞こえ、霧の中からシャワーズが飛び出し、それは空中に叩き付けれられた。
目の前で起こっていることに、理解が追いつかない、何故シャワーズは宙に浮いているのか、原因が分からなければ対策の仕様も無い。
そして、シャワーズは宙に浮いているのではなく、先ほどデンジのサンダースが繰り出した『ひかりのかべ』に電磁波によって押し付けられており、俺とシャワーズはその方向に誘導されていたことを頭が理解したとき、エレキブルは右腕を大きく振り上げていた。
「メガトンパンチ」
その指示がさらに俺を混乱させる。何故メガトンパンチなのか。この状況なら雷パンチをぶつければ殆ど勝負は決まると言うのに。
エレキブルは左腕で二本の尻尾をまとめて掴み、体中から電気を発しながら右腕をシャワーズに向かって振り下ろす。雷パンチだ、デンジの命令を無視した。
ひかりのかべが粉砕する音と、水飛沫、そしてエレキブルの雄たけび――絶叫と言ったほうがいいかもしれないそれ――が響き渡る。黒い霧は晴れつつあった。