第十七話
ブラッキーをボールに戻し、腰にセットする。
本当ならば今すぐに回復させてやりたいが試合中の回復行為は原則認められていない。
そして、手持ちを回復させたいのはデンジも同じだ。
もう少し、耐えてくれ。
二つのボールをベルトから外し、両の手で持つ。
考える時間が欲しかったが、ポケモンの交換は長くとも一分以内に行わなければならない。毒の状態異常に配慮したルールだ。
プラスに考えれば、一分間は考えても良い。それぞれを見比べ思考をめぐらせる。
突然変異種の、最終進化系と戦うと言うことは、本を読んだり、教えを受けるようなこととは違う、すでにある道を歩くのではない。この前例の無い戦いにおいては俺が道を作らなければならない、もちろんその様な経験は無いに等しい。
これまでの様にデンジが俺に語りかけてくることは無い、余裕からか、それとも俺の心中を察しているのか。おそらくは後者だろう。
左手に握っているボールを眺める。アンカーは決まっている。問題はこいつでどのように攻めるかだ。
過去の経験を頭に浮かべ、我に帰りそれをかき消す作業を何度か繰り返した。過去など役に立つものか。
時間は残り少なかった、審判員が時計を気にしている。別に時間をオーバーしても失格になる訳ではない、失格とされるのは一分と三十秒を越えてからだ、一分を越えてもポケモンをすぐに出すようにと促されるだけだがそれもある意味で敗北だ。
右手のボールを腰にセット、そして左手でボールをエレキブルから距離をとるように投げる、ボールからポケモンが出てくると同時に俺は叫ぶように指示を出した。
「しびれごな!」
ボールから姿を現したロズレイドはエレキブルに向かって植物の種子のようなものを飛ばす。
選んだ戦術は、少し奇抜的な速攻。
「散らすな、火炎放射」
種子が破裂し粉を撒き散らす前にエレキブルが炎を吐き出し種子を焼き尽くす。技の精度に穴は無い。
「足元、右腕タネマシンガン!」
ロズレイドが突き出した右腕からタネが放たれる。
粉が失敗するのは予想していた。それよりも重要なのはエレキブルが火炎放射を使えると言うことと、その精度に穴がないと言う情報。あまりうれしいものではないが分からないよりかは分かるほうが良い。
タネはエレキブルの足元に放たれ、土煙が上がる。エレキブルは一歩後退するがそれ以上のことはしない、デンジの指示を待っている。
「構うな、ロズレイドに火炎放射」
そのまま口から炎を吐き出す。
だが距離が遠い。
「右に避けろ、距離は変えるな」
スペースのある右側にロズレイドを逃がす。その間に出来るだけ短い時間で、思考をめぐらせる。
この行動でわかった事は、エレキブルとデンジはそれほど多くの実戦は積んでいないということだ。
デンジと共に多くの試合をこなしてきたポケモン、たとえば彼のレントラーなどは、トレーナーの意図を数少ない言葉で理解することが出来る。
だが先ほどデンジは散らばったタネマシンガンの弾に対する指示と、攻撃対象の選択の指示を出した。
隙がひとつ見つかった。
「ロズレイドに向かって電気ショック」
攻撃が当たっていないことを確認したデンジはすぐさま次の指示を出す。エレキブルが先に仕掛けるのは初めてだ。
頭から生えている二本の角の間に青白い火花が散る、それは一瞬でバスケットボールほどの球体になる。
エレキブルがそれを放とうとした時にロズレイドに指示を出す。
「下がれ」
ロズレイドは立ち位置を一歩か二歩ほど後方にずらす。
電気の球体は先ほどまでロズレイドがいた場所に狂い無く着弾し地面をえぐる。
技を避けられた苛立ちか、距離を変えられたくなかったのか、エレキブルは前に踏み出そうとする。
「行くな!」
エレキブルの行動を予測してなかったのだろう、デンジが焦って声を上げる。
だがエレキブルがその動きを止めたのは一歩前に、タネマシンガンの弾が散らばっている箇所に足を踏み入れてからだった。
ロズレイドの右腕から放たれるタネは『宿り木のタネ』着弾後にすぐに発芽を開始するものと、何らかの刺激を受けて初めて発芽する二種類のものがある。先ほどばら撒いたのは後者のほう。
刺激を受けた宿り木が発芽を開始し、エレキブルの足に複雑に絡まる、草結びの要領だ。
「落ち着け! 大した仕掛けじゃない!」
困惑の声を上げるエレキブルをよそに宿り木が胴に絡まり、それを支柱にさらに上へと絡まろうと成長を続ける。
「焼き切れ! 放電だ!」
理想の展開だった。
恐らく宿り木は簡単に突破される。そもそも宿り木に相手を拘束するほどの強度は無い。
重要なのはエレキブルの動きを一時的でもいいので止めることと、注意をこちらから逸らさせる事だ。
「こっちも最大出力だ」
隙が大きすぎる大技も、今なら確実に当てることが出来。致命的なダメージを与えることが出来る。
ロズレイドが両腕を前に突き出す。同時にエレキブルが両腕を振り上げ、威圧的な雄たけびを上げる。それぞれの手が尻尾の先端を一本ずつ握っていた。
青白い光と思わず耳をふさぎたくなるような騒音がエレキブルを包み込む、これまでみてきた放電とは物が違う、エレキブルを中心に半径一メートルほどの電磁の半球体が作られていた。
宿り木を焼ききり、無防備になったところを狙う。
「リーフストーム!」
「放電を続けろ!」
ロズレイドの両腕から数多の葉が放たれ、それらは巨大な竜巻となりエレキブルに襲い掛かる。
草タイプ最大威力のその技はエレキブルが纏っている電磁のシールドを着き抜け、雄たけびを上げ続けるエレキブルに襲い掛かる。
「放電をとめろ」
デンジの指示でエレキブルを包んでいた電磁の壁が解かれる。エレキブルは両腕をだらりと下げており、周りには大量の葉が巻き散らかされていた。
リーフストームは直撃した。二の手三の手を使えば勝負は決まる。
だが俺が詰めの指示を出す前に、
「ロズレイドに電撃波」
デンジが指示を出す、刹那エレキブルは再び雄たけびを上げ、角から火花を散らす。電気が貯まるスピードが先ほどより速く感じられる。
それはこれまでの物よりも段違いのスピードで放たれた。
判断が追いつかない、かわすことは不可能だ。
「根を張る!」
両足を地面に突き刺したロズレイドに電撃波が直撃する。
リーフストームは確かに直撃した筈だった、だがエレキブルの電撃波を見る限り消耗している様子はない。
あまり考えたくないが突然変異種ゆえ耐久力も桁違いなのだろうか、可能性としては十分に考えられる。だがエレキブルは種族的には決して耐久力があるわけではない。いくつかの可能性が頭に浮かんだ。
根が地面に電気を逃がしたために致命傷にはなっていないがその代償として。
「ロズレイドはもう逃げられない、とっしんだ」
地面に根を張ったことによってもう移動することが出来ない、だが根を張らなければ相当なダメージを食っていただろう。スピードのある電撃波を放たれたときすでに戦局は決まっていた。
エレキブルがその巨体に似合わず素早く距離を詰める。
逃げられないのなら、最後の抵抗をするまでだ。
「両腕、タネマシンガン」
ロズレイドは臆さず、両腕を突き出し種を放つ。
「放電状態を維持しろ」
再び放電、先ほどに比べれば規模は小さいがそれでも十分な勢いだった。
エレキブルはタネマシンガンをものともせず、むしろ先ほどよりも速度を上げ、ロズレイドに突っ込んでくる。
「ギガインパクト」
電磁を纏ったギガインパクトにロズレイドが下敷きになる。殆どのしかかりに近い形だ。
状態を確認するまでも無く、審判が赤旗を揚げた。