第十六話
「エレキブル。だけど、大きすぎる。通常のものに比べて体毛の色も濃いし、瞳の色も違う」
「突然変異種の最終進化系……マスターボールが必要なわけだ」
ロバートが声を上げる。独特の緊張感があった。
「何それ?」
「人間と同じだよ、ポケモンにも異常な遺伝子を持ったものが生まれうる」
「でも、突然変異種なんて見た事も聞いたことも無いわ」
「ポケモンは人間に比べてデリケートな存在だ、大体の突然変異種はまだ卵のころや、幼生のときに細胞の成長に体が耐え切れず死滅する、だから一般には殆ど知られていない。
だが、ごく稀に、本当に何十年かに一度の次元で成長しきってしまうことがある、それがおそらくあのエレキブルだ。すごい、私もはじめてお目にかかる」
ロバートは食い入るようにエレキブルを見つめていた、まるで好奇心旺盛な少年のようだった。
「何でそんなポケモンをデンジさんが……」
「突然変異種は人間にとって脅威だ、何百年か前に突然変異種のギャラドスが国を半壊させたと言う記録もある、だから国はエキスパートにその捕獲、保護を依頼する。ポケモンを必ず捉えることの出来る最高にして最低のボール、マスターボールの使用も厭わない。おそらくデンジ君は電気のエキスパートとして国から依頼されたのだろう」
チマリは国の依頼とかそう言う大それた事をやってのけるデンジがいまいち想像できなかった。
「知らなかった」
「しかし、これでキリト君が勝つのは難しくなった、もしデンジ君があのエレキブルを完全に操れるのならば、並みのポケモンに勝ち目なんて無い」
とんでもない、とんでもない切り札だ。
いや、切り札なんてもんじゃない。俺が今まで経験してきた試合でこんな切り札を切られたことあるか?
突然変異種の、最終進化系。 圧倒的という言葉がそいつには良く似合う。
このエレキブルを前にして『ただでかいだけ』と言ってのける人間がこの世に何人いるだろう。
だが、ここはサーカスではない、ジム戦だ。相手はジムリーダーデンジ、『電気ポケモン』のエキスパート。勝つ手段を考えなくてはならない。
取り合えずブラッキーを動かそう、体力はギリギリで麻痺している、到底勝ち目は無いが……何もしないよりかは行動を起こしたほうがいい。ネガティブに考えるのは試合が終わってからだ、試合中はプラス思考が鉄則。突破口は案外こういうところから開けたりするものだ。
「嫌な音」
どこから出されているのかは知らないが、ブラッキーが悲鳴のような、金切り声を上げる。
いつ聞いても心地のいいものじゃないな。
エレキブルが微妙にたじろぐ、嫌な音は集中力を削ぎ、一時的にガードをとかせる効果がある、だがそれも相手が上級プレイヤーなら大して通用しない。
むしろここで嫌な音を使ったのは別の目的、これで再びそろった訳だ
デンジはまだ動かない、今のブラッキーはお世辞にも素早いとはいえないのに。エレキブルと言う種族はそれほど鈍重な種族ではないのだが、もしかしたら巨大すぎるが上に機動力が無いのかもしれない。
「詰めろ、電光石火」
ブラッキーがエレキブルに接近する、それでもまだデンジは動かない。
ブラッキーが飛び掛る。タイミングは今しかない。
「とっておき!」
イーブイの時ほどのダメージは期待できないだろう、だが後続のため、ある程度のダメージを与える事はけして悪いことではないはず。
ここでデンジが動いた。
「放電」
バチン、と一瞬何かがはじけるような、大きな静電気のような音。
そして、ブラッキーが地面に落ちる音。審判員が赤旗を揚げる。
その技は俺の知っている放電ではなかった、放電と言うのは長時間、ポケモンがためている電気を放出する電気タイプの中でも屈指の大技。
だがその放電は一瞬だけ、時間にして一秒にも無いくらいの、本当に静電気のような短いものだった。
それでも、ブラッキーは大きく弾き飛ばされている、力学に反したように、巨大な何かに殴りつけられたように。
ブラッキーを犠牲にしてわかった、いや、再認識した事は、あのポケモンが、規格外で、非常識で、俺が今まで戦ってきたどんなポケモンよりも『ヤバい』と言うことだった。