第十五話
「偶然だと思うかね?」
ロバートがチマリに問う。
チマリは取り合えずいすに座り、
「海岸で彼が読んでいた本はポケモンの進化に対するものでした、それでも出来すぎです」
ふてくされたように言う。
「世の中にはそういう出来すぎたこともある、そしてその場に居ることが出来るからヒーローになれるんだ」
ロバートが口元を緩める。
ボールから飛び出してきたのはサンダース、素早さが自慢のポケモンだが出てきてから一歩も動かない。
少しの時間、お互いに指示も何も出さないにらみ合いの時間が続いた。
サンダースの毛がだいぶ逆立っている、時間が立てばたつほどに高威力のプレッシャーが俺にのしかかってくる。
先に動いたのはデンジのほうだ。
「十万ボルト」
デンジの指示と共にサンダースが電撃を飛ばす、目に見えて高威力だ。
「左、電光石火」
最高のタイミングで指示を出した筈だったがブラッキーはギリギリで避ける、ブラッキーの種族的な素早さが芳しくないのもあるしブラッキーそのものが戦いになれていないのもあるが、やはりサンダースの種族的な素早さとデンジとのコンビネーションが非常に高い。
だが、それなりの戦い方は考えてある。
「電光石火でつめろ」
十万ボルトを撃ったことで若干の隙が出来ているサンダースにブラッキーが襲い掛かる。
「すなかけ」
そのまま前足で地面を巻き上げ、サンダースの目付近にすなを飛ばす。
「光の壁」
デンジの指示でサンダースはすぐに体制を整え肉眼では捕らえにくい壁を一瞬で作り出す、デンジの冷静な指示も、その意図を理解するサンダースも全て素早い。
ブラッキーが巻き上げた砂はすべて壁に叩きつけられサンダースには届かない。
だが壁から砂が落ちたとき、ついさっきまで居たそこにブラッキーはいない。砂かけがある意味で目潰しの役割を果たしている。
「だましうち」
サンダースの視界を砂が覆っているうちに横から回り込んだブラッキーがサンダースの懐に飛び込む。
「右移動光の壁」
攻撃があたるギリギリの所でサンダースは横に跳ねとび、先ほどまでサンダースが居た場所に再び壁が作られる。
サンダースには確実にブラッキーが見えてなかった筈だが、デンジの的確な指示で事なきを得た。
ブラッキーが壁に激突する、ダメージは無いが少したじろぐ。
そして再びにらみ合い。
だまし討ち程度なら迎撃に回ってもいいのだが、それをも光の壁で防ぐ。
壁には多量の液体が付着していた。
首筋が熱くなり、嫌な汗が噴出してくる。
入れ替え不可のこの試合形式では毒状態というのはかなりの痛手となる。そしてブラッキーは、興奮すると全身の毛穴から毒素の混じった汗を出す性質がある、直接的な打撃攻撃により相手をどく状態にし、後はブラッキーの耐久力を武器に相手を倒す戦法、成功すれば一匹で二匹のポケモンが倒せることになるが。
これも、読まれている。
ブラッキーがサンダースより種族的に素早さが劣る以上、逃げに回ったデンジに直接攻撃を当てるのは難しい。
しかし、デンジもあまり積極的には動けないだろう。
直接的な攻撃はもちろん出来ない、だが遠距離から高威力のものを放っても大体は避けられ隙を作る、電磁波などでブラッキーを麻痺させることは出来るだろうが、ブラッキーの特性はシンクロ、麻痺になってしまえばサンダースの長所がひとつ消える。できることは遠距離からの小技か、こちらの攻撃に対して光の壁を出す程度。
三対二で数的に有利なのは俺、ここは愚直に、ただ突き進む。
「正面、電光石火」
真正面からサンダースへと向かう。どのようなカウンターをされようとブラッキーが一撃で落とされるようなことは無い。
「光の壁」
想定の範囲内だったのだろう、デンジが素早く指示すると再び壁が作られる、だが今回は俺もそれを読んでいる、これまでは読み合いだったが、読み合いではなく、それぞれのトレーナーの判断力が勝負を分ける戦局へとシフトしている。
「怪しい光だ」
ブラッキーの首の模様が光り、相手に幻覚のようなものを見せる、肉眼に捕らえにくい、硝子の様に透けている光の壁は今回は仇となった。
だがサンダースは特別変わった行動はとらない、混乱状態にさせることは失敗したのか。
その隙にブラッキーは壁を回り、再びサンダースのサイドをとる。
だが、俺が次の指示をする前にデンジが叫んだ。
「左、電磁波!」
光の壁じゃない。
サンダースは電磁波を放つと同時にブラッキーと向き合う、ブラッキーは電磁波をまともに食ったがシンクロによってサンダースも麻痺する筈。
「だまし討ちだ!」
ブラッキーに指示を出すが麻痺の影響で少し行動が遅れている。だがそれは相手も同じ筈だった。
「二度蹴り」
驚くほど早く、サンダースが後ろ足で蹴りを見舞う、右足で顎を、左足で腹部を的確に捉える。
悪タイプに対して相性のいい格闘タイプの技をぶつけられブラッキーの足元がふらつく、だがサンダースの近距離戦闘力の貧弱さに助けられ戦闘不能にはいたっていない。
サンダースの動きはいまだに鈍らない、だが見る限り毒状態になっている。
シンクロのラグを利用し、その間に毒状態になることでシンクロを実質的に無効化した、麻痺よりも毒を選んだのは短期決戦に自信があるからか。
そしてこの状況は非常にまずい、サンダースは二度蹴りを出した後すぐに体勢を立て直す、対するブラッキーは麻痺し素早さが落ちている状況でまだ足元がおぼつかない。
そしてサンダースの体毛はこれでもかと言うほどに膨らんでいる。
「十万ボルト」
サンダースの尻尾から電撃が放たれる、電気の中でもかなりの大技。近距離に居たブラッキーに避けるすべは無いが。
電撃が当たったのはブラッキーのやや後ろ、当然ながらそこには何も無い。
「どうしたサンダース!」
サンダースには二つの敵が見えているのだ、一つはブラッキーであり、そしてもうひとつは怪しい光が見せる幻影。それら二つによりサンダースは混乱していた、混乱状態は他の状態異常とも症状が重なる。
そして、大技を放ったサンダースは隙だらけだ。
「しっぺがえし!」
ブラッキーが前足をサンダースにおもいきり叩きつける、相手の隙を突けばつくほど威力のあがる大技に、サンダースの体が宙に浮く、混乱はこの衝撃で解けるだろう。
ブラッキーの攻撃力も褒められたものではない、いくらサンダースが打たれ弱いからといってこの程度では落ちないだろう、もう一手の何かがいる。
「つめろ、電光石火」
ブラッキーが麻痺しているなりに素早く倒れているサンダースへと向かう、それを見てデンジも指示を出す。
「ミサイル針」
素早さではやはり適わないが、得意の電気技を出すにはまだ帯電量が足りていない。倒れていたサンダースは体勢を立て直すと尻尾を高く掲げ、向かってくるブラッキーに対して体毛を飛ばす。
「怯むな、押し返せ!」
サンダースを倒すにはここしかない、針の雨の中にブラッキーが突っ込む。ブラッキーの全身に針が突き刺さるがスピードは落ちない。
デンジは逃げる指示を出さない、逃げに回ると毒に侵される。デンジもここが勝負どころだと感じているはずだ。
ブラッキーよ、耐えてくれ。
「ダメ押し!」
ほとんど頭突きのような形でブラッキーの攻撃が当たり、針攻撃がやむ。後方に吹き飛びながらもサンダースは踏ん張り堪えていたが、やがて体が崩れ落ちた。
審判員は一まずサンダースに対して赤旗を揚げる、デンジは何か納得したような顔でサンダースをボールに戻した。
そして審判員がブラッキーを確認する。
ブラッキーの目はまだ爛々と輝いており一応全ての足で立ってはいるが、全身に痛々しくサンダースの体毛が突き刺さっておりとても戦えるようには見えない。二度蹴りとミサイル針で体力も相当削られているだろう。
ほとんど始めての実戦でここまでやってくれるとは正直予想していなかった、さすがは彼女の娘だ。
審判員がポケモンを戻すか否かを俺に問う、戻してしまえばもうこのバトルでは使えない、相手は残り一体でこちらはブラッキーを含めずに残り二体、定石ならばブラッキーはそのままにしておき、相手のポケモンを確認してから次に出すポケモンを決める、だが次にデンジがどんなポケモンを繰り出そうとも俺のアンカーは揺るがない。
一応ボールを取り出してはみるがブラッキーは動きは明らかにそれを拒否していた。
そもそも『勇敢』な性格であるし、初めての実戦にもっと身をおきたいのだろう。
「戻るか?」
確認の意味を込めブラッキーに問う、だが奴は後ろ足で地面を掻いただけで振り返りもしない。
「続投でよろしくお願いします」
「そりゃそうだろう。そもそも何故聞く必要があるんだ」
右手でマスターボールを捏ね繰りながらデンジが審判員を弄くる。
「さて、久しぶりだよ、ここまで追い詰められたのはね」
形式的には追い詰められていてもまだ表情に笑みが見えるデンジに若干の苛立ちを覚えた。
「あなた、状況分かってますか? 三対一なんですよ」
「分かっている、だがこんな経験初めてじゃない、俺が何千回と繰り返してきた戦いの中にはこれよりもしびれる状況だってあった、だがそれらの戦いでも俺は彼を使わなかった」
マスターボールを眺める。
「そろそろ始めよう、これが俺の切り札、この国が脅威を感じたポケモンだ」
デンジがマスターボールを投げる。
ボールが光り、中のポケモンが現れる。
俺の予想はサンダーやライコウといった伝説のポケモン。だが現れたそれはそれらよりももっと驚異的なポケモンだった。
人型ポケモンというのは大体体長一メートルから二メートルまでだ、そりゃそうだろう、人と同じようなサイズだから人型と言うのだ。
だがボールの中から現れたそのポケモン、通常なら百八十センチ程度しかない筈のエレキブルは目分量で見ても軽く二メートルと半分はあった。瞳が通常と違い青い。
突然変異種、見るのは初めて、そして戦うのもちろん初めてだった。