第十四話
やっぱりね、とチマリが呟き、あごを支えていた手を逆の手に差し替える。
「予測していたのかね? とっておきを」
それに対しロバートは信じられないという表情をしている。
「覚えさせる技を最小限にまで絞って奇襲のとっておきって戦法は古くから研究されています、特にイーブイの特性を利用したものは理論上はかなりのもの、でも実用はできなかった」
「どういうことかね? 現にキリト君のイーブイはデンジ君のレントラーを倒している」
「致命的なのは、後が続かないことです。もうあのイーブイは後続に倒されることしか道が残っていない。派手で衝撃的でも出来て一対一交換、それも相手のポケモンが少しでも耐久力に長けていたり岩や鋼タイプだったらそれすらも出来ない」
フン、と機嫌悪そうに鼻を鳴らし、
「デンジさんのレントラーもイーブイのとっておき程度で倒れるようなポケモンじゃありません。偶然、偶然急所に攻撃をぶつけられたから予想以上のダメージを食ってしまっただけです」
つまらなそうにイーブイを眺めていたが、偶然、と言う言葉に強さが感じられる。
「ならば何故キリト君はそのような戦術を? 彼ほどのトレーナーならもっと有効的なものがあるはず」
ロバートの問いにチマリは答えなかった。急に立ち上がり、目を競技場に向けたまま誰も居ない空間に言った。
「嘘よ、そんな事、起こりうるわけない」
「全てが、君の思い通りに進んでいる訳か」
レントラーをボールに戻したデンジが言う。
その目線は俺ではなく、俺のポケモンに注がれている。
「残念です、あまり驚かないんですね」
驚いたり、悔しがったり、あるいは悪態のひとつでもついてくれる方がこっちの気が楽だ。
そちらの方が『裏をかいてやった』という達成感がある。
だがデンジの反応はそれら全てと違った。
むしろ。
「とっておきという技とそれらを利用した戦術の存在は俺も知っている、そして、それが実践ではほとんど役に立たないことも。
だが、イーブイとなると話は別『決して操作できるはずの無いある可能性』が起これば、とんでもない戦術になりうる。イーブイ、君が三ヶ月間バトルをしなかったこと、戦いを指定した時間は夜。君の狙いは手に取るようにわかった、だからあえて激しい攻撃をしなかった、イーブイというポケモンが戦いという環境に適応しようとするのを防ぎたかったからだ、だが」
デンジが一瞬だけ俺と視線を合わせ、再び俺のポケモンに目を向ける。予測されていたのだ、全て。
俺の前で構えているポケモンはついさっきまでイーブイだった。
イーブイというポケモンは通常のポケモンとは違い、環境に適応するために進化をする珍しいポケモンだ。
素人では測定できないレベルという概念で進化するポケモンに比べて、トレーナーがある程度の進化先を操作できる。
それを利用したのが今回の戦術。そしてそれは絶対に見破られる訳のない、俺オリジナルのウルトラCの筈だった。
この二年、どれだけ進化についての研究をしたことか、夜寝る間を惜しんで読みふけった『ポケモン進化に対するレポート百選』はもう全てのページを復唱することが出来る、今の俺ならウツギ博士と進化について語り合えるだろう。
それでも半分半分、戦いの予定が大幅に狂ったからだ。予定通りもう十日後だったら進化を確実に操ることが出来たのに。
デンジはブラッキーをじっと眺めながら続ける。
「無駄だった、あるいは心のどこかでその戦術を否定していたのかもしれない、出来る訳ないと『進化を戦術に組み込む』なんて非現実的で理想論だと」
とっておき戦術の弱点はどうあがいても一対一にしか持ち込めないことだった。手の内が全て分かっている相手に再び負けるトレーナーは少なくともジムリーダーには居ない。
だが、もしとっておきの後に進化することが出来たら、手の内を再び隠すことが出来、より強力なポケモンで相手を迎えることが出来る。
「脱帽だよ、これで俺は三対二で相手の情報はほぼ無しという圧倒的に不利な状況になった訳だ」
ニコリと笑うデンジと対照的に俺は背筋が凍る、いや凍るなんて生易しいもんじゃない、全てを見透かされている、戦局で有利に立とうともデンジの手のひらの上で踊っているような気がしてならない。
落ち着け、有利なのは俺なのだ。戦術を見破られた程度で精神的に負けるな。
キリトはブラッキーから目を離さず、マスターボールではないもうひとつのボールを掴むと競技場の中央付近に投げた。