第十一話
ボールを地面に投げつける。ボールに張ってあるシールの影響で薄い煙が小さい範囲に張られその中から小型の電気ポケモン、サンダースが飛び出す。子供の玩具として軽視されるシールだが戦いにも応用は可能だと俺は思っている。
「待てサンダース」
お互いに、相手のポケモンと自分のポケモンの距離を見測りながら睨み合う、サンダースとピカチュウでは素早さの面でサンダースが圧倒的に有利だ。自らのポケモンの素早さが高ければ高いほど相手ポケモンの行動を確認してから自分のポケモンに指示を出すことができる。例えるなら後出しじゃんけん。
当たり前の事だがただ自分のポケモンが速けりゃいいという問題でもない、もしそうなら全世界のトレーナーがテッカニンとマルマインとメガヤンマを所持するだろう、素早さが高いポケモンは大抵そのために何かを犠牲にしているし素早さが低いポケモンはそれを補うように他の能力が秀でている。そして速さの勝負も単純な素早さの問題ではない。
お預けを食らい、気持ちが高ぶっているサンダースの体毛が逆立ってくる、サンダースの体毛はどれほどの電気が溜まっているのかの目安になる。これだけ逆立っていれば十万ボルトを放つことも可能だろう。
「電気ショックだ」
待ってましたと言わんばかりにサンダースがピカチュウに小さい電撃を放つ。十万ボルトを打つこともできたが、あいにく電気タイプとの相性が悪く、隙と次の攻撃までの間を作るリスクは回避したかった。
「高速移動で交わして待機」
ピカチュウは素早い動きで電撃を回避し、再び先ほどと同じような間合いを取る。
初めて対峙した圧倒的な才能に少し緊張する。チマリが見せたこの何気ない動き、これこそが彼女の才能の片鱗であり常人が何年も苦労して身に付けるテクニックだ。
素早さならばサンダースの方が圧倒的に上、俺の指示からサンダースの行動までのタイムラグはほとんど無いと言っていい。並のトレーナーであったらたとえサンダースより素早さが上のテッカニンやメガヤンマを使っていても電撃を食らってしまうだろう。トレーナー同士の対戦において速さとポケモンの単純な素早さは実はあまり関係ない、必要なのはトレーナーのサポート。
逆に言えば俺とサンダースのコンビネーションがどれだけ速かろうとも、チマリの指示次第で彼女のピカチュウはそれ以上の速さを得ることができる。つまり先ほどの彼女の指示はポケモンの素早さを引き上げる魔法のテクニック。俺がそれを得るまでにどれだけの時間と力を費やしたと思っているんだ。
恐ろしいのはそれだけではない、彼女の指示は高速移動での回避、決してこちらに攻撃をぶつけなかった、相手の技をかわすことが可能ならば攻撃をぶち当てることも可能だ。彼女がそれをしなかったのは俺の意図を百パーセント読み切ったからに違いない。サンダースの体毛の状態から大技を出せることを認識し。隙と間を嫌って、相手の反撃にカウンターをぶち当てることを期待していた俺の思考を読み切り、高速移動での回避だけにとどまる。俺の指示を聞いてから俺の意図を読みとり、なおかつピカチュウで俺とサンダースのコンビネーションを上回った。
彼女の領域まで来ると、それはもう努力云々の問題ではない。才能、センスの問題。
だがこれらは、非常に高いレベルではあるが、まだ想定内だ。
しばらくお互いに固まっていたが前触れなくチマリが右手で目を覆った。フラッシュが飛んでくるのだと体が強張る。
だが彼女が指示を出すまで決して目を覆わない、ただのブラフの可能性もある。ポケモンがフラッシュを使える事はそのままアドバンテージにつながる。
「フラッシュ」
「伏せろ!」
彼女の言葉を聞いてから急いで右手で目を覆う。と同時に短く小さい口笛を吹いた。その後に何かがはじけたような大きな音、フラッシュだ。とりあえずは防いだが問題なのはこの後、目を開けたすぐ後にその場の状況を把握しなくてはならない。
目を開ける。ピカチュウが地面に伏せているサンダースの目の前に迫っていた。
「メガトンパンチ!」
「真正面、電光石火!」
ピカチュウがどれだけ速かろうと、チマリの指示がどれだけ速かろうと、サンダースの電光石火ならほとんどの相手に先手を取れる。
ピカチュウの小さな拳が突き出される前にサンダースがピカチュウに体を浴びせる。だがピカチュウの体は空気の様に崩れた。
もう一体のピカチュウが俺の視界の外から現れサンダースの背後を取る、みがわり。フラッシュを焚く前もしくは後、俺が目を覆っている一瞬に俺に気づかれないように身代わりを用意したのか。これは非常にまずい。サンダースと俺は完全に虚を突かれている。
「貰った! 気合いパンチ!」
「高速移動、後ろを取れ」
身代わりで時間を稼ぎ、気合パンチの集中を妨害させない、シンプルで古典的だが決まれば一撃で勝負を決めることもできる強力なコンボだ。
俺とサンダース共に虚を突かれている事と、サンダースが後ろを取られている事から電光石火は間に合わない。身代わりを打たれた時点であのサンダースが気合いパンチを食らう事は確定してる。
ピカチュウの気合パンチがサンダースの腹部にヒットする、だがサンダースも先ほどのピカチュウと同じ様に崩れる。
そして、チマリの背後から俺の高速移動の指示を聞いたサンダースが飛び出し、ピカチュウの後ろを取った。
みがわりと言う技は使いどころが難しい、たとえ相手に聞かれても大声で技の指示を出すのがポケモンバトルの常識だ、小さな声ではポケモンに届かず一方的にやられてしまう事もある。
だがみがわりと言う技は相手に聞かれてしまっては意味がない、そこでトレーナーはポケモンとの間にみがわりを使う合図を決める。
俺の場合は口笛、目を覆う前に吹いたそれだ、短く吹けば自分は隠れろ、長く吹けば二匹で惑わせろだ。
「もう充分だろう」
サンダースをボールに戻し、チマリに近づく。
するとまだボールに戻っていない彼女のピカチュウが俺の行く手を遮る、体からパチパチと帯電している音が聞こえる、勝手に勝負をつけるな、まだやれると言っているように思えた。
だがチマリはそのピカチュウを制す。
「ピカリごめん、私の負けだよ」
ピカリとは彼女のピカチュウのニックネームだろう。
ピカチュウがサンダースの身代わりを攻撃した時、俺が攻撃の指示を出せばピカチュウに大技を当てることができた、耐久力の無いピカチュウなら一撃で落ちていただろう、重ねたバトルの多さからチマリもそれがわかっている。
ピカチュウの耳と尻尾が垂れる、この種族のポケモンが落ち込むとこうなるのだ。
「いいパートナーじゃないか」
すれ違いざまにチマリの肩を叩く、振り向きもせず彼女は俺と目を合わせない。悔しくてたまらないのだろう。若いうちはこのくらいの闘争心があるほうがいい。
「ジムリーダーデンジへの挑戦を認めるわ」
「理想の自分は見えたかい?」
「……少し」
「ならそれを追っかければいい、あと二年、いや一年もすればお前は今の俺を越える。ま、そのころには俺ももっと強くなってるがな」
ロバートと目が合った、ロバートは帽子を胸に当て頭を下げる。
「負けてしまいましたよ」
彼には悪いがやっぱりなと思った。だが彼が弱いのではない、デンジが強すぎるのだ。
「あなたと話した時、私は闘いのときに感じた違和感をズレと称しました。だが、現実は違ったのです。今思えば、あれはうっかり私を倒してしまわないための手加減だったのでしょう」
彼の表情は負けたとは思えないほどスッキリとしたもので、全力で戦い、同じく全力で倒されたのだろう。
「もう一度修行し直そうと思います、今の私では先ほどの君と彼女のバトルにも着いていけない。最も、六十の手習いですが」
クツクツと自嘲気味に笑った、自分に限界を定めているような言動に、少し違和感を覚えたがあまり触れないことにする、気持ちの整理もできていないだろうし、彼なら少しすればまたあの闘争心を取り戻してくれるだろう。
「対戦場まで案内しましょう、デンジがコースを固定してくれています」