第十話
ポケギアは午後五時五十分を表示していた。ポケモン達をボールに戻し腰にセットする、考えを纏めるために使っていたノートをカバンに戻し残っていたコーヒーを啜った。そろそろ指定した時間だ、行こう。
センターから出て陸橋を登る、ジムまでは一直線だ。陸橋からは海が一望できた。沈みかけの太陽が今日最後の輝きで空を赤く染め、普段は青い海もその時だけは顔を赤らめる、三カ月の間何度も見た光景だがやはり美しいなと思った。
ジムに近づくにつれてジムの前に人影が二つあることがはっきりとわかる。ロバートとチマリだ。
軽い挨拶に右手をあげる、ロバートは帽子を手に取り軽く頭を下げたがチマリは動かない。
陸橋が終わり、舗装された地面を足が踏んだ。目の前にはチマリとロバート。
「どうしたチマリ?」
チマリは黙ったまま腰からボールを取り出すとそれを投げた。尖った耳に黄色い体、彼女のTシャツに何時も隠れているポケモン、ピカチュウが現れた。
「あなたのことロバートさんから聞いたわ、ホウエンやジョウトでは有名なバッジコレクターだそうね」
ロバートの方を見る、彼は申し訳なさそうな目で俺を見ると「すまない、この少女があまりにも強情で」と一応の弁解をした。
最も、俺がバッジコレクターだと言う事は大体のジムリーダーやジムトレーナーなら知っていることだ、彼女の場合頭の中がデンジと自分のことで一杯だっただけの話で、もっと早い段階に他のジムトレーナーから聞くものだと思っていたのだが。
「いくつバッジを持ってるの?」
「二十を越えたあたりから数えてないが四十は無い、少しは俺を見直したか?」
「教えて、なぜジムバッジを集めているの?」
俺はこの手の質問が一番嫌いだ。なぜならばこの質問は全くの的外れであり、俺はこの質問に関して答えることができない。
それと同時に、バッジコレクターと呼ばれることも好きではない。だからこの三ヶ月俺は彼女に自分のことを話さなかったのだ。
体ごと彼女のほうに向ける。一人のトレーナーとしてこの様に面と向かってジムトレーナーの彼女と向き合うのは初めてではないだろうか?
「別にバッジを集めてるわけじゃない、もっと強くなるために、理想の自分を追いかけて各地の強者と戦った結果だ」
大体、バッジの数なんて強さと何の関係も無い、チマリの様にバッジを持っていなくともポケモンリーグレベルの人間はゴロゴロ居る。
俺は俗に言うバッジコレクターとはそもそものベクトルが違う、彼らは権威が欲しいだけに過ぎない、そして同時に彼らを黙らせるのに俺が持っているバッジは非常に役に立つ。
「コレクターって皆似たようなことを言うわ、私はジムトレーナーとして何百回とコレクターと戦って叩き潰してきた。キリト、私はバッジコレクターが嫌い、態度ばかりでかくて実力が伴っていない、戦術は卑怯で下劣、私に勝つこともできないくせにデンジさんとの試合を口やかましく望む」
「俺が奴らと同じだと言うのか? それならかなり心外だ」
「正直言って同じだとは思わないわ、他のコレクターみたいにバッジに対する脂っこくてギラギラとした執念があなたには無いから。でも、同じことなのよキリト。ジムトレーナーは挑戦者の力量を試すために戦う権利がある。キリト、私と戦いなさい。あなたが私に勝てなかったらデンジさんに挑戦することはできない、正確には私がデンジさんへの挑戦権を剥奪することができる。そしてあなたの印象は私が戦ってきた卑怯で、下劣なコレクターと同等になるわ。あなたは私に勝つしかないのよキリト、そして、私は勝たせる気なんてないわ」
俺を睨みつけるチマリの目はデンジのそれによく似ていた。真っ直ぐで少しでも油断があればそこを貫かれそうな緊張感。やはりこの子は天才なんだなと改めて感じる、俺と同年代だったらあっという間に天の上の人になっているだろう。
「私はやめろと言ったんですがね、どうしても聞かんのですよ」
チマリの後ろでロバートが呆れたように言う。
俺は腰の左から二番目のボールを握った。
「良いだろう、よーく目を凝らしとけ」