第二章
EPISODE6:ドンカラス

―1―

 ヒサメタウンにろくな別れを告げることもできないまま、俺は南へと歩いていた。南に向かった理由のうち、感傷的な理由を挙げるなら、ヒサメタウンのことを思い出してしまう北の街にはもういたくなかったからだ。現実的な理由を挙げれば、北の地方から離れれば捕まる可能性も減るだろう、という考えもあった。ともかく、俺は目的地も決めずにひたすら歩いていた。
 飛び出してきた俺は、当然ながら食料も金もなく、その辺でとってきた木の実を口にして飢えを凌いでいた。だがそれらの食料も山を抜けたあたりから採れなくなり、底をついた。
 手が震えていることに気付く。体が少し冷えているのか。俺はサーナイトにもらったマフラーを握りしめて、手の震えを止める。このマフラーももう巻いているのが奇異に見られるぐらい、こちらの地方は暖かい。少し移動した程度でこんなに違うのか、と思った。いや、周りの気温が高いのではなくて、俺の体の方が冷えているからなのだろうか。
 マフラーを握りしめた手が震える。サーナイトにもらったマフラーが温かい。赤いマフラーを巻いているのはきっと目立つだろう。もしかしたら、警察に目印にされているかもしれない。このくらいの距離を移動した程度で逃げ切れるのだろうか、と思った。今のこの冷え切った体ではもう応戦できないだろう。手も震えているし、正確にツメをふるうことはできまい。それでも、マフラーは外さない。周りの気温が高くなろうとも、目印にされようとも。
あれは……?
 マニューラの思考は堂々巡りするのをやめた。ふと顔を上げた拍子に、遠くの方に町を見つけたからだった。
――あの町まで行こう。
 マニューラは足をもつれさせながらも歩き出した。町についたところで、金銭を所持していない食べ物を買えるわけではなかったが、もうそんなことはマニューラには考えられなかった。マニューラは身体的にも精神的にも衰弱していたのだ。
――あとすこし。
 その町は気候だけでなく、どことなく温かそうな印象だった。そう、ヒサメタウンに比していうならば、灰色ではない、と思ったのだ。
――着いた。
 町に一歩入ったところで、マニューラは倒れた。限界だった。マニューラがヒサメタウンを出てから、およそ半月が経過していた。

―2―

 目を開けた時、辺りは真っ暗だった。と思ったがそうではなく、俺の顔をのぞき込む一匹の、まっくろいヤミカラスが傾いた陽の光を遮っていた。
「あ、起きた!」
「ここは?」
「ケスタタウンだよ。おじさんどこから来たの?」
「……北の方から」
「ふうん。このあたりじゃ見かけない種族だもんね。ねえ、おでこのそれ、何?」
「おでこ?」
「その、黄色いの。きれい」
 ヤミカラスは羽で俺のひたいを指した。
「ああ、これか。これはまあ、飾りみたいなものだ」
「へえ、変わってるんだね。さわらせて?」
 同意を得る前にヤミカラスはその羽でばさばさとさわがしく音を立てながらひたいに触れる。触れるというよりは、はたいていると言った方が近いか。こうしていると、なんだか奇妙な気持ちになる。くすぐったい。
 ひたいの赤い飾りにも時折ヤミカラスの翼が触れる。どうにもニューラの時にはなかった頭飾りに誰かが触れているという感覚には慣れない。例えば、ふと手を見た時に三本ある爪にどきっとするように。これがマニューラなのか。ほんの少し期待はずれなような気がしているのを、必死で振り払う。
「こらヤン。やめなさい、困ってんじゃないか」
「はーい、父さん」
 奥から現れたドンカラスは、どうやらこのヤミカラスの父親らしい。
「あんた、体の調子はどうかな? ずいぶん疲れ果ててたようだけど」
「おかげ様ですっかり疲れは取れたみたいだ。助けていただいてありがたい。ただその、言いにくいんだが……」
「なんだ? なんでも言ってくれて構わんよ」
「…………食べ物を、分けてもらえないだろうか」
 合わせるように腹が鳴った。

―3―

「ごちそう様」
「お粗末様」
 ついうっかり目の前のヤミカラスを食べてしまいかねないほどだった空腹も満たされた。
「ありがとう、ドンカラス。ご馳走になってから言いだして申し訳ないんだが、今手持ちのお金も何もない。お礼と言ってはなんだが、何か仕事を手伝わせてはもらえないか」
「仕事ねえ。確かにニャースの手でも借りたいくらいだけど」
「父さんは警察で働いてるんだよ!」
 ヤンが誇らしげに言う。よりによって警察だって? それは俺が今一番避けなければならない稼業じゃないか。
「心配しなくてもいいよ。なにか事情があるのはわかってんだから」
「えっ?」
 内心の狼狽が顔に出てしまっていたのか。ドンカラスは笑いながら答える。
「あんな町はずれにお金も食料も持たずに行き倒れてたんだ、なんの事情もないはずないだろ?」
「あんた、それを知っていて拾ってくれたのか」
「まあ、同属のよしみでね。しかし、あんたは悪い奴じゃなさそうだな」
「だがそんなこと、わかったもんじゃない。重い罪を犯して逃げてきたのかもしれないだろう」
「へえ。なんかやったのかい?」
「……………………」
「面ぁ見りゃわかるよ。俺はいままで悪い奴なんざ翼で掃いて吹き飛ばしちまいたいくらいたくさん見てきたが、あんたをちょっとでも危ない奴だと思ったら娘を近づけたりなんてしねぇよ」
「…………………………ありがとう」
 “悪”だとか、ギラギラ光るツメがあるというだけで自分を判断しない、そういうポケモンもいるんだと思った。ふと重みを感じて、見れば左肩でヤンが無邪気な顔で羽を休めていた。その重みがやけに暖かくて、ここにずっといたいと思ってしまった。思わず流れそうになった涙をうつむいて誤魔化す。
「俺は……なにもしていない」
「そうかい。信じるよ」
 ドンカラスはあっさりと言った。それがかえって嬉しかった。
「じゃあ、俺は仕事に行って来るよ」
「警察に行くのか」
「ああ」
「それなら、もう一つ頼まれてくれないか?」

―4―

「あんたの言う通り、調べてきたよ。マニューラはうちじゃ手配されてなかった」
 その夜、帰ってきたドンカラスは言った。
「そう…………なのか」
「もっと喜んだらどうだ? もうこれ以上逃げ回らなくてもいいんだぞ」
「ああ……いや、拍子抜けしてしまってな」
 なんとも妙な気分だ。この町までは手配されていなかったか。ここのところの逃亡生活のせいか、ここから一歩でも外に出れば誰かに追い回されるような気がしてしまう。まるで世界中から疎外されているかのような中で、ここだけが安全だ。
「世界は広い。いくら凶悪犯でも全世界で手配するのは無理だよ。それに、あんたはもともと何もやってなかったんだろう?」
「そうだ。俺は追われるようなことは何もしていない」
 逃げる時に少々警察とやりあったことを除けば、というのはドンカラスには黙っておこう。
「だろ? じゃあ何にも気にすることはねえよ。この町では大手を振って歩けばいい」
 黙ってうなずいた俺にドンカラスは笑いかけて、再び陽の暮れた空へと飛んで行った。
「なあ、ヤン」
「なに、おじさん」
「おじさんはやめてくれ。まだそんな年じゃない」
「そうなの? なんだか何十年も生きたみたいな顔してるよ?」
「そうか……?」
 マニューラへと進化した時に数年分、年を取ったような気もする――ヒサメタウンの日々を遠く感じるのもそのせいだろうか――が、まだそう長くは生きていない。はずだ。それとも数十年分の苦労をしたということか。
「じゃあ、これからはお兄さんって呼ぶね!」
 ヤンは無邪気に笑う。
「うん、それで頼むよ。ところで、お父さんは忙しいのか? もう夜なのにまた仕事に行ったようだけど」
「うん。最近、怪盗がアンヤクしてるらしいんだって」
「怪盗?」
 怪盗というと、予告状を作って盗みに入ったり、奇想天外な方法を使って盗んだりする泥棒のことか。子供向けのお話くらいにしか登場しないんじゃないか、そういうのは。
「なんていう名前だったかな……あ、ニャルセーヌルパン、とかいう名前だった!」
「ふうん……」
 それはその手の話を読まないマニューラですら聞いたことのある、有名な話に登場する泥棒の名をもじった名前だった。リスペクトかオマージュか知らないが、そのネーミングセンスはどうなのだろうか。
「お父さんはそいつを捕まえようとしてるんだよ」
「へえ。警察の力でもなかなか捕まらないのか」
「ん……すぐ父さんが捕まえちゃうよ! そんなの!」
「そうか。きっとそうだな」
 俺はヤンにうなずいてみせる。ヤンはにこっと笑う。いい親子だな、と思う。こういう関係であれるような親子もいるんだな、と思う。
「ヤン、もう夜も遅いのに寝ないのか?」
「あたしたちはほかの鳥ポケモンとは違って朝よりむしろ夜の方が本当は活動しやすいんだよ」
「ああ、そうか」
 マニューラも本来は夜行性なのだ。ポケモンの多くは太陽が照らす時間に活動するので俺もそれに合わせているのだが。ドンカラスもそういうことなのだろう。
「でも今日はもう寝るよ。お休み、お兄ちゃん」
「ああ、お休み」
 お兄ちゃんと呼ばれるのはまるで妹ができたみたいな気分がしてそれはそれで妙な気分だった。もしも自分にヤンやドンカラスのような家族がいたら。自分の暮らしはまるっきり違っていたのかもしれない。たとえ、“悪”でも。

 ドンカラスが戻ったのは明け方のことだった。彼の顔にはさすがに疲労の色が濃かった。
「少し寝たらどうだ」
「いや、いい。まだ眠らなくても平気だ。それより、あんたはこれからどうするつもりだ? この町に腰を据えて生きていくつもりはあるかい?」
「……そう、だな。この町に住みたいと思う」
「そうか。それはよかった」
「ただ、お礼をさせてほしい。怪盗とやらを捕まえる仕事に協力させてくれ」
「怪盗? ああ、さてはヤンに聞いたな。ありゃあ近頃この町を騒がせてる泥棒だよ。俺はまだ直接見たことはないんだが、異様に素早いのかなんなのか、発見してもいつも逃げられちまう。捕まえるのはプロじゃなきゃ無理だよ、あれは」
「俺は速さになら自信がある」
 実戦経験は少ないが、何しろあの父親――もう父親などではないが――に鍛えられているのである。それに、ついこの間ドンカラスの言うところのプロ、警察の包囲網を突破してきたところでもある。これはドンカラスの前で言うわけにはいかないが。
「ん、じゃあ頼もうかな。あんたは俺の助手ってことにしよう」
「ありがとう」
「だが、警察は組織だ。組織にはルールがある。手伝うんなら、そのルールだけは守ってもらうぞ。一、市民に迷惑をかけないこと。二、単独行動は慎むこと。三、上司の指示には従うこと。四、無茶はするな。いいかい?」
 ドンカラスの目は真剣だった。その目を見てマニューラは、四番目のルールは今この場で考えたんだろう、とは言わないことにした。“プロ”の警察に、「無茶をするな」なんてルールがあろうはずもないだなんて、言うだけ野暮だろう。

―5―

「父さん、お兄ちゃん、いってらっしゃーい!」
「留守番は頼んだぞ、ヤン」
「うん! 任せて父さん!」
 日暮れ、俺たちはヤンに見送られて怪盗を名乗るポケモンを捕まえに出発した。
「緊急招集がかかった。たぶん怪盗に関して何か動きがあったんだ。とりあえず、先に作戦の指揮を取ってる警部に会ってくれや。警察は手が足りてないから俺の紹介なら歓迎してくれるはずだ」
「わかった」
 俺はドンカラスに向かってうなずいた。
「怪盗は金目のものばかりを狙うんだ。先日はカクレオンの店からポケと商品を盗んだんだが、あのカクレオンでさえ捕らえられなかったそうだ」
 泥棒には一切容赦しないと有名なカクレオン族でさえやられるのなら、それは確かに怪盗と呼ぶのにふさわしいかもしれない。
 少し前を行くドンカラスは大きな黒い翼を広げ、低空を飛行している。今は俺が歩く速度に合わせてくれているが、見るからに飛びにくそうだ。
「走るよ。先導してくれ」
「ん、その方が助かる。時間もねぇし」
 ドンカラスは一気に加速する。……が、まだマニューラに気を遣って全力で飛んではいない。そういえば、マニューラに進化してから本気で走ったことはなかったな、と思い出す。ちょうどいい、自分の限界を試してみよう。
「もっと加速してくれ!」
 前を飛ぶドンカラスに叫ぶ。
「ついてこられんのか!?」
 ドンカラスも叫び返す。
「当たり前だ! そんな速さで本気なのか!」
 はたして、ドンカラスはマニューラの安い挑発に乗った。ドンカラスの全力の飛行は確かに速かった。それにあわせてマニューラもぐんぐんと速度を上げる。長くなった足は素晴らしく力強く地を蹴り、耳元をびゅうびゅうと風が吹き過ぎる。頭の中を洗われたような爽快感。誰かに追われて逃げるのではなく、ただ走るためだけに走るのは快かった。ちらり、とマニューラの方を振り返ったドンカラスが目を見開いて驚く顔が愉快だった。マニューラの走りは、ニューラの頃よりも格段に速くなっていた。
 視線を前に戻したドンカラスは、さらに加速しようとして慌てて停止した。その前には大きな威風堂々の四足の獣。
「いくら緊急とはいえ、そんなに急がなくてもよかったのに、ドンカラス君」
「し、失礼、ぜえ、ウインディ警部」
「こちらは? またポケモンを拾ったのかな?」
 ウインディが俺に目を向ける。
「ええ、まあ」
「よろしく」
 俺はウインディに会釈した。
「こちら、マニューラです。怪盗逮捕に協力してくれる、とのことです」
「そうか、よろしく頼む、マニューラ君。ドンカラス君、君にはマニューラ君と一緒にここ、ガバイト氏の自宅の警備を頼むよ。氏は宝石コレクターで有名だから目をつけられている可能性が高い。警備態勢はこの間取り決めたとおりだ」
「了解しました」
「その取り決めの内容を教えてほしいのだが……警備態勢というのはどうなっているんだ?」
「部屋の中にガーディを配置し、頑丈な金庫に宝石類を入れておいた。問題ない」
「それだけなのか? ちょっと器用なポケモンなら金庫くらいは開けてしまうだろう」
ウインディは眉間にむ、としわを寄せた。
「もちろんそれだけではない。きちんと対策はしてある。エスパーポケモンに協力を仰いで、金庫の周囲に“リフレクター”“ひかりのかべ”を張ってもらった。金庫には触れられない仕組みだ」
「警部、それは極秘事項ですが…………」
 耐えかねたようにドンカラスが嘴を挟む。
「君が信用できる、と行って連れてきたんだからら構わんだろう?」
「ええ、それはもちろん、そうですが……」
「それと…………」
ドンカラスが嘴をル・ー・ルと動かしたのを見て、俺は吐き出しかけた言葉を途中で変えた。
「失礼、言い過ぎました」
「いや、構わないよ。貴重な意見をありがとう」
ウインディは表情を緩めた。
「では、ガバイト氏の屋敷の外の警備を頼むよ」
 ウインディはそう言って、警察の本部へと戻っていった。ドンカラスは黙って俺の方を睨んでいる。
「悪かったよ」
「警備についてはもう会議で決まってるんだ。もう変更はできねぇよ」
「まあそうかもしれないが、ガーディ一匹じゃ少なすぎるだろう」
「だからニャースの手も借りたいくらいだって言っただろう。手が足りてないんだ。実際、警察はガバイトのところに来る可能性は低いと読んでる。他に要員を多く当ててるんだ。宝石とは違って金庫に入らないものだってあるしな」
「たとえば?」
「ドーブルの描いた絵なんかだな。俺はカネばっかり狙ってる泥棒が絵なんか盗むとは思えねえが、やつが真似してるあの物語の怪盗は美術品が好きだからってことで、そっちも警備することになったのさ」
 ドンカラスはつまらなさそうに言った。会議ではドンカラスの意見は取り入れられなかったに違いない。
「俺が裏口に行く。あんたは表を頼む」
「わかった」
 ドンカラスは羽音も立てず裏口へと飛んで行った。ドンカラスは怪盗が裏口から来ると読んだのだろう。マニューラは仮にも怪盗を名乗っているのなら、表から堂々と来るのではないか、と思ったが。捜査態勢に不満はあるにせよ、任されたところくらいはきちんと警備しよう。そもそもここへ姿を現すかどうかもわからないにしてもだ。

―6―

「――――――あ」
 月が翳った。屋根の上に、何者かがいた。本当にここへ来るとは。それに、いったいどこから現れたのか全く不明だ。俺は屋敷の壁にツメをかけ、よじ登る。少々壁を傷つけてしまったがそれくらいは勘弁してほしい。
満月を背にして高らかに笑うその姿は、確かに物語に現れる怪盗を模しているようであった。そのシルエットは何か荷物らしきものを背負っている。まさか、もう盗みを終えてきたのか? いったいどうやって? 
「金庫の周りに設置されていた壁があったはずだ! どうやってあれを突破したんだ」
「吾輩にはそんにゃモノ、無いも同然なのにゃ」
 出任せを言っているのか? それとも何か意味があるのか。それを考えるのは後だ。今は目の前の泥棒を仕留めることだけを考える。
「警備していたガーディはどうした!」
「犬コロならおねんねにゃ」
 にゃはは、と猫は余裕を見せつけるかのように笑い続ける。その背後を、黒い影が襲う。
――“ふいうち”!
「!」
 まるで背後まで見えていたかのように、攻撃は直前でかわされる。荷物を背負っていてもその動きは素早い。長々としゃべって注意を引きつけるつもりだったが奇襲は失敗だったようだ。
――“ドリルくちばし”!
――“れいとうパンチ”!
 俺とドンカラスは即座に距離を詰め追撃するが、挟み撃ちにしたと思った怪盗はただの残像だった。
――“かげぶんしん”!
「にゃははは、どこ狙ってるにゃ」
 聞こえた声は、俺の背後だった。鈍痛。
「大丈夫かマニューラ!」
「構うな!」
 背後に向けて振るったツメも空を切る。その俺の頭上を、ドンカラスが飛び越える。痛みを押さえつけて、俺は振り向く。ドンカラスが見たことのない技を繰り出す。速い。
――“つばめがえし”!
「ぎにゃっ!?」
 当たった!
「ぐう、さらばだにゃ」
――“リフレクター”!
 ドンカラスの追撃は、怪盗の創りだした見えない壁に弾かれる。
――“でんじは”!
 怪盗のわざを受けたドンカラスの動きが、目に見えて遅くなる。そうして、怪盗は悠々と逃げ去っていった。
 あの速さ、トリッキーな技、不敵な笑み。
「あれが…………怪盗か」
 俺は痛みをこらえながら、そう呟くしかなかった。

―7―

「ルールっての、決めたの覚えてるか」
 ベッドに寝かされたマニューラを見下ろして、ドンカラスがぼそりと言った。
「ああ」
「言ってみろ」
「市民に迷惑をかけない、単独行動は慎む、上司の指示には従う、無茶はしない」
「その通りだ」
 ドンカラスは俺がすらすらと答えたのでかえってあきれ返ったようだった。「警部には逆らうし、家の壁に爪痕はつけるし、無茶はするし。ほとんど全部破ってるじゃないか」
「悪いとは思ってる」
もちろん、俺はドンカラスの決めたルールを覚えていて破っているのだから、あきれられても怒られても仕方がない。その点、言い訳をするつもりはない。それで結果を出したのならともかく、怪盗を取り逃がしている。
「お前さんはルールを破った。だから、もう来るな。この家で留守番でもしてろ」
「お父さん、そんな!」
 俺のベッドのそばについていたヤンが声を上げた。
「駄目なんだ、ヤン。ルールは守らなきゃならないって、いつも言ってるだろ」
 言い捨てて、ドンカラスは部屋を出て行った。
「お兄ちゃん…………お兄ちゃんは頑張ったんでしょ? 怪盗と戦って、ケガしちゃうくらい……なのにお父さんってばひどいよ…………」
「いいんだ、ヤン。俺は怪我をしたし、どうせしばらくは休まなきゃならない。だから怒ったふりをして、理由をつけて休ませてくれたんだよ。君のお父さんは優しいよ」
「そっか!」
 ぱっとヤンの顔が明るくなる。ことによると、ドンカラスはルール違反を本当に怒っているかもしれないが、ここはそういうことにしておこう。俺はヤンの頭を撫でながら、怪盗を打ち破る方法を考え続けていた。

―8―

 数日後のこと。
「こうか?」
 ヒュッっと、風を切る音とともに、木の葉が枝から離れ、ひらひらと舞い落ちる。
「いや、違うな」
 ヒュッと、風を切る音とともに、また木の葉が枝から離れる。
「もっと早く」
 ヒュッ。木の葉が落ちる。
「何をしているんだ、マニューラ。もう怪我はいいのか」
「ああ、見つかったか。いや、おかげさまでもう怪我はすっかり良くなったよ」
 ヒュッ。
「ヤンが教えてくれたんだ。ここでお兄ちゃんがなにかよくわからないことしてるってよ。…………父さんは邪魔をしちゃだめ、とも言われちまったけどな」
「はは、まあ確かに、ヤンから見たらよくわからないことをしているかもしれないが、この前、あの怪盗に使ってた技があったろ。あれを練習しようと思ってな」
 ヒュッ。音に合わせて葉が散る。手の高さの葉をほとんど散らせた木々が並んでいる。
「だめだ、遅すぎる」
「うん、そうなんだ。ちょっと見本を見せてくれないか」
「いいか、こうだ」
 葉が散る。ピシッ。
「音が遅れて聞こえるぞ……?」
「これが“つばめがえし”だ」
 どうだ、と言わんばかりにドンカラスはふんぞり返った。俺はその翼をじっと観察する。こういっては失礼だが、ドンカラスの翼はマニューラのツメよりも遅そうに見える。だがドンカラスの繰り出したわざはマニューラよりも数段早い動きと鋭さを持っていた。この技の速さは翼の構造によるものではないらしい。俺やヤンのあずかり知らないところで、日頃から訓練しているドンカラスの姿が目に浮かぶ。いまさらながら、彼の熱意を実感する。
「それで? なんでそのわざを覚えようとしてんだよ」
「このわざなら怪盗を捉えられると思ってな」
「もう来るなと言ったろ」
 不機嫌そうに作った声音。
「別に許可してくれなくてもいい。今度は警察とは別に行動するから。それなら迷惑もかからないだろう」
「あのな、俺はあんたに怪我させちまったのを悪いと思ってるんだ。察しろよ」
「それでも俺は行くよ」
 しばし、にらみ合う。結局、ドンカラスは視線を外し、ため息をついた。
「また予告状が来てる。相変わらず警察は手が足りないから、体に問題ないなら手を貸してもらえると助かる」
「了解しました、刑事どの」
 俺は無表情を決め込んだドンカラスに、八重歯を見せて笑った。

―9―

「それで、次はどこに来ると思う?」
「さっぱり読めないな。今まで狙われたポケモンも、品物もばらばらだ。被害に遭ったポケモンは順番に、カクレオン、ネイティオ、ガバイト、ストライク、ベロベルトだな。盗まれた品物は、ポケ、水晶玉、宝石類、メタルコート、ポケだ。高く売れるものか、現金かどちらかだけを狙っているらしい」
 ドンカラスはすらすらと暗唱する。捜査資料を完璧に頭に入れているらしい。実に優秀な捜査官だ。
「そうか」
「とりあえず金持ちは全部盗みにはいられる候補だ。……というよりむしろ、ちょっとでも大事な門を持てるポケモンはうちを警備してくれって警察に来る。そん中でも特に警備が優先されているのは、病院経営のタブンネ、占いが人気のムウマージ、それから……」
「次はここだと思う」
 俺はドンカラスを途中で遮り、地図の一点を示す。
「ここか? 特に変わったところのない、普通の家じゃないか」
「今までだって、警察が予想もしていなかったところに盗みに入られたことがあるんじゃないか?」
「それはそうだが…………あれは確か、ストライクの時だったかな」
 ドンカラスは羽をばさり、と振った。
「だが、どうしてそこなんだ。そう思った理由を聞かせてくれ」
「耳を貸してくれ」
 なんだ、と笑いながら頭を寄せたドンカラスに、告げる。
「なるほど、それはくだらない理由だな」
「まったく、くだらない理由だ。だが奴が怪盗を名乗るからには、きっとこれで正解なんだ」

―10―

 予告の夜。ドンカラスはこっそりと持ち場を抜け出した。夜の闇に紛れ、羽音を立てないよう、静かにマニューラの待つ場所へと飛ぶ。
「上司の命令に逆らうだなんて、ほんのひと月前までは考えられんかったぞ。いったい誰のせいだ」
「さあ、誰のせいかな。怪盗を捕まえるためなんだ、ちょっとした命令違反くらいいいじゃないか」
「これで本来の持ち場の方に怪盗が現れでもしたらウインディ警部に言い訳できんぞ」
 そういうドンカラスは少し楽しそうだ。
「怪盗を捕まえた時の、“偶然”ここにいた言い訳でも考えておいたらどうだ」
「自信たっぷりだな」
 ドンカラスはさもおかしそうに笑う。
「なかったら来ないさ」
 俺は平然と返す。実際のところ、来ない可能性だってあった。それでも奴は来る、そんな確信があった。ドンカラスは呆れたように翼をくいっと持ち上げた。そこからは、お互いに一言も発しない。神経を研ぎ澄ませ、怪盗が姿を現すのを待つ。静寂の中に聞こえない足音と、暗闇の中に見えない怪盗の姿を探す。
 欠けた月が登りはじめたころ、カサ、と音がした。不用心な音は待ち伏せている者がいることを全く予期していない。
ここはテッカニンの巣の下。大きな木の上に、それほど裕福ではない彼が唯一大切にしている、きれいなぬけがらがある。売ればかなりの金額にはなるだろう。
 その影が、大きな木に足をかけたその時、マニューラとドンカラスは同時に飛び出した。
――“つじぎり”!
――“ふいうち”!
「にゃあっ!?」
 こんなところに盗みに入る以上、警察もいないだろうとたかをくくっていたらしい。それでも怪盗はギリギリで攻撃をかわす。
「にゃんでここにいるにゃ! ここがわかるはずがにゃいにゃ!」
「怪盗気取りのお前のしてた遊びだよ。盗みに入られたのはカクレオン、ネンドール、ガバイト、ストライク、ベロベルト。次にテッカニンから盗んで、盗みに入ったポケモンの名前の頭文字をつなげれば“カネガスベテ”になるからな。金にこだわったお前らしいがおかげでここがわかったんだ。テで始まる種族のポケモンはそんなに多くはない」
「怪盗なんてお遊びはもう終わりだ、さあ、おとなしく捕まっちまえ」
「う、うう、うるさいにゃ! お前らにゃんて嫌いだにゃ。ちょっと強いからって正義面しやがって! 素直に金が欲しいって、言ってみろにゃ!!」
 答えの代わりに、“れいとうパンチ”と“ドリルくちばし”が繰り出される。
――“かげぶんしん”!
「にゃ、にゃははは。これで今夜もおさらばにゃ!」
「今夜は」
「逃がさない」
 二つの“つばめがえし”が、作り出された残像を切り裂いてあやまたず怪盗の姿を捉えた。
「うう……痛いにゃ……ひどいにゃ…………」
「さて、あとは警部と合流して俺たちの仕事は完了だな」
 怪盗を用意していた縄で縛りあげる。この怪盗は念力を使うようだから、それでもまだ油断してはならない。“悪”には相性の関係で念力は直接通じないが、先日のように“でんじは”を受けるかもしれない。そうやって、俺は怪盗の反撃までは予測していた。そこまでは。
「ま、待つにゃ! そこの鳥、お前の子供は吾輩のアジトに閉じ込めてあるにゃ。今吾輩を連れていけば永久に娘の居場所はわからにゃくにゃるぞ!」
 苦し紛れか、きつく縛り上げられた怪盗は大声でわめいた。
「嘘をつけ」
 ドンカラスは一蹴する。
「嘘だと思うならいいにゃ。どうせすぐにわかるにゃ」
「……………………」
「どうする、ドンカラス。ここから一度家に戻って確かめるか……?」
「ヤン…………いや、その必要はない。あの子はしっかりしてるから」
「どうかにゃ。警察のものですが、お父さんが怪盗にやられて大変です、って言ったらころりにゃ。まったく、ちょろいもんにゃ。ははは…………」
 バシッ!
「マニューラ、行こう。それで、こいつの嘘だとはっきりするから」
 ドンカラスは平べったい声で言った。
「ドンカラス、今は……」
「新米に説教されるいわれはない。指示に従えと言っただろう」
「………………わかった」
 俺が縛り上げた怪盗を背負い、ドンカラスの家へと走る。前を飛ぶドンカラスはぐんぐんと速度を上げ、ただでさえポケモン一匹を背負ったマニューラを置き去りにする。しかも、そのことが頭にない様子だ。
 マニューラだって焦っていないわけではない。だが、怪盗の言葉が本当であれ嘘であれ、動揺はよくない。判断を鈍らせ、かき乱すことこそが怪盗の目的なのだから。

 マニューラがドンカラスの自宅にようやく到着した時、彼の帰るべき場所、守るべき場所の前で、ドンカラスはうずくまっていた。
「ドンカラス……?」
「いなかった」
 ドンカラスは苦しげに吐きだした。怪盗の言がハッタリだという可能性は否定された。怪盗はせせら笑う。
「だから言ったじゃにゃいか。さ、この縄をほどけば、ガキは解放してやるにゃ」
「黙れ」
 低い声で、叩き切るように。ドンカラスの目はぎらぎらと光り、今にも怪盗を切り裂きたいのを必死に自制しているのが伝わってくる。怪盗だってその殺気を感じないはずがない。固く縛られて生殺与奪の権を握られながらも、こうして余裕を保っているのはさすがと言おうか。
「どうしてヤンを、あの子を連れ去ったんだ。なんでそんなことをしたんだ。捕まった時の保険にするためか」
 ぎりぎりと音を立てる嘴の間から、ドンカラスは絞り出すように訊いた。
「別に………………正義面した野郎のガキがどんな顔を見てやろうと思ったのにゃ。それで、あのガキがあんまりにも幸せそうな顔をしてたもんだから、ちょっとひもじい思いでもさせてやりたくなったのにゃ。それだけにゃ。捕まった時の保険だなんて、この吾輩に必要になるだにゃんて思ってもみなかったからにゃあ」
 あくまでも飄々と、怪盗は答える。いや、こんな奴に怪盗の名はふさわしくない。
「俺の知ってる怪盗は、女と子供には手出ししないんだ」
 俺がそういうと、こそ泥は笑みを消し、黙り込んだ。
「なあマニューラ、どうする? 俺はどうすればいいんだ」
 そう言うドンカラスはあまりにも弱弱しくて、これが親というものの姿なのか、と俺は思わざるを得なかった。子を大事にする父親の姿というのは俺の記憶の中にはなかった。いや、そんな感傷に浸ってる場合じゃない。この父親のために、ヤンを取り戻さなければ。
「ドンカラス、俺にアテがある。日の出までには必ずヤンを連れて戻るから、それまでそいつを見張っててくれないか」
「マニューラ、気休めだったら要らないからよしてくれないか。わかるはずがないだろう」
「確信が無かったら言わない、と言っただろう。そしてその通り、このこそ泥も現れたじゃないか。信じてくれ」
「…………頼む」
「ああ。そっちこそ頼んだぞ。そいつの言葉に惑わされるなよ」
 さて、ヤンの居所を考えよう。もちろん、アテなんかない。だが、大まかな見当は付けられる。こそ泥がヤンを連れ出したのは俺とドンカラスが家を出てから、怪盗があの場所に姿を現すまでだ。そうすると、こそ泥の行動範囲はかなり絞られてくる。少なくともこの町から外には出ていない。今おおよそ真夜中だから、日の出までには捜索できるだろう、という読みである。
 こそ泥がこの町の中に住んでいるとすれば、その場所は限られてくる。俺の知る限り、こそ泥は見たこともない種族だ。相当目立つだろう。そんなポケモンでも部屋を借りられる、紛れられるような裏通り。よそものの捜査に協力的なポケモンばかりではないだろうし、きっとまだ捜査は進んでいない。そこを当たろう。
 マニューラは怪我で寝ている間、無為に過ごしていたわけではない。ヤンから地図を借りてこの町の全体像を頭に入れてあった。ああいう場所はどこでも似たような匂いがするものだ。いくつかの候補のうち、俺は一番近い路地を選択する。
 夜の静けさの中を俺は駆けた。今こそこの足に、マニューラに進化したことに感謝しよう。もう二度と進化なんてこんなものか、などとは考えない。これこそ俺が強く望んでいた、あこがれていたはずの進化だ。

―11―

 路地に立ち入ると、そこにいたポケモンが、マニューラに目を向けた。町で暮らしているポケモンなのに、まるで野生に暮らすような強い目がきらりと光った。
「あんた、ここに何しに来たんだい? すこし匂いがするよ。あたしたちと同じ匂い……陽の当たるところばっかりを歩いてきたわけじゃないだろう? 追われてるんなら他を当たりな。ウチはもう部屋が満杯なんでね」
 ひげ、長く先の丸まった尻尾。真っ白な体はこの裏路地でひときわ目立っていた。ひたいに埋め込まれた宝石に、一方通行の親近感を覚えた。
「部屋は結構だ。探しているポケモンがいる」
「おや、追う側かい。そう言われてみればサツの匂いもするね……ヘマっってパクられたから寝返ったのかねぇ? 教えられないよ。こっちも商売なんでね」
「待て」
 俺はひらりと身を翻したそのポケモン――このポケモンも猫だ、確かペルシアンと言ったか――の首根っこを掴まえた。
「悪いがこっちは商売じゃない。ヤミカラスの女の子を探してるんだ」
「乱暴な兄さんは案外嫌いじゃないよ。どうだい、ちょっとそこで……」
「そんなんじゃ誤魔化されないぞ。ヤミカラスはどこだ? とぼけるってことは知ってるんだろ? そこの部屋の主は捕まえた。もう明日には空き部屋だ」
 一息に言うとペルシアンはふう、とやけになまめかしく息をついた。
「つれないねぇ。わかったよ。ところであんた、そのヤミカラスとどういう関係なんだい」
 俺は即答した。
「妹だ」

 ヤンを連れて戻ったのは空が白々と明け始めたころだった。
「父さーん!」
 ドンカラスは凄い勢いで顔を上げた。
「ヤン、ヤン、無事だったのか! 痛いところはないか、嫌なことはなかったか」
「何にもないよ、父さん。大丈夫だってば」
「大丈夫じゃない! なんで知らないポケモンについて行ったりしたんだ」
「最初からウソだってわかってたよ! だってお父さんが怪盗にやられるわけないもん! だから私、ダマされた振りしたんだ。あとでこっそり抜け出せば怪盗の隠れ家がわかるでしょ?」
「ヤン……そっか。お前も手伝ってくれようとしたんだな」
 親子は抱き合った。泥棒猫が、朝日が眩しそうにして眼を背けた。

―12―

「そういえば、どうでもいいことかもしれんが、あの捕まえたポケモンの種族はニャオニクスって言うらしい。そんな長い名前を聞いたのは初めてだが、海の向こうじゃよくあることなんだそうだ」
「なんでそんなポケモンがこっちに来て盗みなんか働いてたのか…………まあおおよそ想像はつくが」
「その想像で間違いねえよ。あいつは愛玩用に売られてきたんだ。自分じゃ言わなかったが、成長してから念力を使って逃げ出したがまっとうに食えないから、盗みに手を染めたってことらしい。今じゃなんでも商売になる時代だ。雄も雌も、小さな子供だろうが、大金を出して買おうってやつはいる。俺たち警察の知らないところなら、なんでもやりたい放題さ」
 俺は黙っていた。ドンカラスは話を続けた。
「なあマニューラ。俺悪いことしちまったよ。俺には拾ってくれたウインディさんがいた。でも、あいつには誰もいなかったんだろうな。手を差し伸べてくれるやつも、盗みを止めてくれるやつも。そんなやつがいることすら知らないまま生きてきたんだろうな。誰があいつを立ち直らせることができるんだろう」
 マニューラとドンカラスの上を、沈黙が覆った。
「なあマニューラ。どうだい、警察に来ないか。あんたのその能力なら、すぐにでも――」
「昇進できるとか?」
「……いや、昇進はわからないが、戦力にはなるだろう。確実に」
「戦力にはなれるかもしれないが、評価はされないだろう。“悪”は、そうだろ? お前は、ドンカラスは力があると思う。なのにあの猫の警備の時はずいぶんな扱いだったじゃないか。警察には長い間勤めてるんだろう? 手柄だって今回が初めてなわけがない。でも平のままだってことは、つまり、そういうことなんだろ。ウインディはあれで警部なのに――」
「言わないでくれ。俺はあの方には恩があるんだ」
「すまない、そんなことを言うつもりじゃなかった。あまりにも扱いが悪かったから腹が立ったんだ。実際、警察にはいかない理由がほかにあるんだ。やりたいことを見つけたんだよ」
「へえ! 何をやりたいんだ?」
 ドンカラスはわがことのように目を輝かせて聞いてくれた。
「うまく言葉にできないんだが、なんと言おうか、困ってるポケモンを助けるような、そういうことを稼業にしたい」
「それは警察じゃできないことなのか?」
「申し訳ないんだが――」
「いいさ、言ってくれ。たぶん、俺も同じことを感じてるから」
「警察は罪を犯したポケモンを見つけて、捕まえて、罰して、それで終わりだ。被害に遭ったポケモンを助ける者は誰もいない。傷ついたままだ。じゃあ罪を犯したポケモンはどうなんだ。罰を受けて、それで立ち直れるのか。盗んだものは返せば済む。だがあの猫はどうするんだ」
 促されるまま、俺は言葉を紡ぐ。それは自分の思いのような、ドンカラスの言葉を代わりに形にするような言葉だった。ドンカラスは目を閉じてそれを聞き、俺は何かに憑かれたように、一息に言い切った。
「――だから、俺は誰かを助ける稼業がしたい、と思ったんだ。警察が無能だって言ってるわけじゃない。ただ俺は警察とは違う形を探したいんだ」
 あの時、マナに助けられたように。ドンカラスは目を開けた。
「そうか。あんたの考えはよくわかったよ。じゃあ店を開く場所を探さないとな」
「いや、場所はもう見つけてあるんだ」
 ドンカラスは頭を傾げた。

 ペルシアンはふしゃー、と唸った。
「まったく、いきなり何を始める気なのさ? トラブルは勘弁だよう」
「だいじょうぶさ。これは、トラブルを解決する仕事なんだから。迷惑はかけない」
 厄介ごとになったら叩き出すからね、と凄むペルシアンをよそに、マニューラは満足げな表情を浮かべている。陽の差さない暗い路地裏の奥。扉にかけられた真新しい看板には、ぶっきらぼうな字で「困りごと、承ります」と書かれていた。

To be continued…


レギュラス ( 2014/04/20(日) 21:38 )