EPISODE3:ポッタイシ
―1―
いらいらする。不愉快だ。
この苛立ちの原因ははっきりしている。
ニューラのせいだ。
いったいなんなのだ、あいつは。僕が知らぬ間にサーナイトに取り入り、(いったいどうやったのかは知らないが)サーナイトの家の門番にまでおさまっていた。僕はあいつに「マナさんに何かあったらお前を許さない」と警告したつもりだったのだが、伝わらなかったのだろうか。
もっとはっきり、「マナさんに近寄るな」と言うべきだったか。ああ、いらいらする。
まったく、“悪”属性はろくな奴がいない。少し関わるだけでも良くない。あのいまいましいニューラのせいでサーナイトの身に何か起こるようなことがなければいいのだが。
昔から、“悪”属性のポケモンは危険だと一般に言われるが、僕はそれを身にしみて知っている。
あれは、僕がまだ幼いころのことだった。
―2―
「おーい! 早く行こうよ!」
「今いくよ、ソーニャ!」
僕は大声でソーニャに返事をした。
僕は物心ついた時からソーニャと一緒に遊んでいる。今ではソーニャは僕の一番の友達だ。最近知ったことだけど、ソーニャは“ゴチム”という種類のポケモンらしい。それで、僕は“ポッチャマ”なんだとか。詳しいことはよくわからない。僕は僕で、ソーニャはソーニャなんじゃないかと思うけれど、父上が言っているのだからきっと本当なんだろうと思う。
「今日は何して遊ぼうか?」
ようやくソーニャに追いついた僕は息を切らせながら言った。
「そうね……このあたりで遊ぶのはもう飽きちゃったから、新しい遊び場を探しに行こうか?」
「うん、行こう!」
まだ行ったことのない場所。考えるだけでわくわくする。
ソーニャは僕を引っ張ってどんどん歩いていく。そのまま30分ほど歩いただろうか。僕たちは全く見知らぬ場所にいた。ずいぶんと遠くまで来てしまった。
広い通りをたくさんのポケモンが歩いている。そのせいで僕は少し息苦しくなってしまった。そんな僕の様子に気付いたのか、ソーニャはポケモンのいない狭い道へと僕を引っ張っていった。そこで僕はようやく一息つくことができた。
「なんだかドキドキするね?」
ソーニャが振り向きながら僕に話しかける。
「――あ」
とん、という軽い音。ソーニャが前にいたポケモンに気付かずにぶつかってしまった音だった。頭に赤いとさかの付いたそのポケモンはぎろりと目を回してソーニャと僕を見た。
「おい、気をつけろよ」
そこですぐに謝っていれば、これだけで済んだ出来事だったかもしれない。でも、負けず嫌いのソーニャには、素直に謝ることができなかった。
「そっちこそ! ちゃんとよけてよ!」
「大概にしろよ、クソガキ」
そのポケモンは一歩前へ出た。ソーニャは一歩下がった。ソーニャは怯えながらも叫ぶ。
「あ、あたしだって技くらい使えるんだから!」
――“ねんりき”!
とさかのポケモンに向かって紫色の光がほとばしる。
ソーニャが以前言っていた。ソーニャのような“エスパー”は、心の力を使って技を出すのだと。しかし、ソーニャの放ったサイコパワーは、そのポケモンに何の効果も与えなかった。
「――ウソ!」
「邪魔だ」
そのポケモンは心底鬱陶しそうにソーニャを突き飛ばし、のしのしと歩いて大通りへと出て行った。一拍おいて、しりもちをついたソーニャの泣き声が響き渡った。
……それから、僕はどうやって家に帰りついたかをよく覚えていない。ただ、泣きじゃくるソーニャの手を引いていた感触だけが右の羽に残っている。
僕はちょうど家にいた父上にすがり付いた。そして、ことのいきさつを話した。どんなにソーニャが勇敢だったか、どんなにあのポケモンが悪い奴だったかを。なのに、父上は僕の話を全部聞いて、
「……初めからあんな貧乏な家の子と付き合うのがいけなかったんだ」
と言った。
信じられなかった。普段誰とでも仲良くしなさいと言っていた父上が、そんなことを言うなんて。そして、僕はソーニャと遊ぶことも、会うことも禁止された。でも、僕は何も言い返せなかった。父上が言うことは全部正しいから。
――どうしてお金持ちのポケモンと貧乏なポケモンがいるんだろう?どうして僕は貧乏な家のポケモンと遊んだら行けないんだろう?
僕には疑問だけが残った。
―3―
昔のことを思い出したら余計に苛々して来た。少し吐き気もする。
僕はもう二度とあんな思いをするのはごめんだ。だから、金持ちも貧乏も関係ない世の中にしようと思ったんだ。成年になったら独立する。仲間を見つけて、一緒に理想を実現するんだ。そう、できれば、マナさんと一緒に。
だが、ニューラが邪魔だ。下手をしたらニューラのせいで僕の計画が台無しになるかもしれない。
もしニューラも僕の考えに共鳴してくれるなら同志に加えてもいいと思った。しかし、僕の考え――どうしてお金持ちのポケモンとお金のないポケモンがいるのか、みんなで分けるべきではないか――を話しても、ニューラはあいまいな顔をするだけだった。やはりダメだ。何とかして奴を追い払わなければ。僕は計画を練り始めた。入念に、巧妙に、失敗の無いような完璧な計画を。
ニューラを無理に追い出そうとしても無駄だ。サーナイトがニューラをかばうだろうし、それに逆らうことはできない。ということは、サーナイトがかばいきれないようにするか、もしくはすすんでニューラを追い出すように仕向けるしかない。サーナイトを利用したり騙したりするのは気が引けるが、これもサーナイトのためだ。ニューラなんかがそばにいたらいけない。
計画を考えながら、僕の頭の一部はぼんやりとまた昔を思い出すのだった。
―4―
あれから、二週間が過ぎた。
父からソーニャは引っ越してしまったと聞いた。これで完全に、ソーニャとまた会う望みは断たれてしまった。考えてみれば、あれから誰とも会っていない。
あのとさかのポケモンは“ズルズキン”という種類らしい。ソーニャの“ねんりき”が効かなかったのはズルズキンが“悪”属性だからだ、ということもわかった。でも、どうして“悪”属性にはサイコパワーが効かないのかは父上に聞いてもわからなかった。僕はこの二週間その理由を考え続け、結論を出した。
――それはきっと、あいつらに“心”がないからなんだ。
僕はそう思って納得した。でも、僕の気分は冴えないままだ。ソーニャや、ソーニャの友達にも、もう会えない。僕は孤独だった。
ふう、とため息をついたとき、部屋のドアがノックされた。僕は暗い声でそれに応える。ノックの主は母上だった。
「調子はどうかしら? あなた、最近元気がないけれど」
「だって、ソーニャがいないから……」
「あの子は引っ越したの。もう仕方がないことよ。それに、あなたをあんな危ない繁華街にまで連れて行ったりして……」
「ソーニャの悪口はやめて、母上」
「あら、ごめんなさい。でもいつまでも塞いでいるのは体にもよくないわ。気分転換に少しお出かけしない? あなた、このところ部屋にこもりっぱなしじゃない」
確かに、ずっと新鮮な空気を吸っていない。そう思ってしまうと無性に外の世界が恋しくなる。退屈していた僕にとって外出の提案はなかなか魅力的だった。
「ほら、行きましょう?」
僕は精一杯の抵抗として黙ったまま、母上にうなずいたのだった。
―5―
連れていかれたところは、大きなパーティー会場だった。たくさんのポケモンがいた。見たこともないポケモンもいたけど、共通しているのはみんなアクセサリーをつけてきれいに着飾っているという点だった。僕も母上に言われてネクタイを締めているが、慣れない正装で窮屈で仕方ない。
「母上……ここは……?」
「社交パーティーよ。今日のテーマは家宝自慢よ。それぞれ大事な宝物を一品持ち寄って紹介するの」
壇上では尻尾がくるくるしたピンク色のポケモンが、自分の頭上の、これまたピンク色の真珠について語っている。
「僕もやるの? 宝物なんて、持ってきてな――」
「大丈夫、用意したわ」
「本当に? ありがとう!」
僕の宝物というと、ソーニャからもらった押し花のしおりなのだが、ちゃんと持ってきてくれたとは。
拍手が起こった。どうやら先ほどのくるくる尻尾のポケモンの話は終わったらしい。
「さ、行きなさい」
母上は僕に小さな青い、きれいな宝石のようなものを手渡した。
「これは?」
「それは“しんぴのしずく”。とても貴重なものだから、きっと他のポケモンたちの宝物に見劣りはしないわ」
なんだ、あのしおりじゃなかったのか。僕は少し失望した。
それでも、僕は母上に言われるがままにそれを持って壇上へ上がった。渡された“しんぴのしずく”を掲げると、周りから嘆声が上がった。これは本当に凄いものらしい。僕は教えられた通りのことを話し、得意になって壇を降りた。
僕の後はうつむき加減の女の子だった。その子はきれいな金色の板を持っていた。彼女は壇上に登ると、はきはきと話し始めた。
「これは……金色の板です。正式な名前は知りません。どんなものかもわかりません。でも、これは亡くなったお母様が大切にしていたものなんです。ですから、私にとっては何よりも大切な宝物なんです」
拍手はまばらだった。一部は冷笑した。やはり、それがどういうものかすらわからない道具では評価の対象にはならないらしい。金色の板というのもあまりにもそのまんまで、いかにもとりあえず与えられただけの名前である。
でも、僕はそれを価値がないとかつまらないものだとは思わなかった。その板が不思議な輝きを放っていたからではない。僕は女の子の話に感動したのだ。同時に、さっきまで得意がっていた自分が恥ずかしくなった。やはり、“しんぴのしずく”よりもあの押し花のしおりを持ってくれば良かった。お母さんの大事な形見を持ってきた彼女のように。
だから、僕は彼女に惜しみなく拍手を贈った。すると、彼女は僕に向かって少し微笑んでくれた。なんだか、壇上で拍手を受けた時よりも心が弾んだ気がした。そのまま、彼女はこちらに滑るようにやってきた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「拍手、ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
声が震えていないだろうか。笑顔が固まっていないだろうか。
「“しんぴのしずく”……貴重な道具ですね」
「そんなことないです。あ、いや……確かに珍しいですけど、ほんとは押し花のしおりを持ってこようと思ってて。友達がくれたんです、それ」
僕の言葉は支離滅裂だった。
「そうなんですか」
彼女はにっこりと笑った。かわいい。僕はまた心臓が跳ねるのを感じた。
「あの、その板……見せてもらえますか?」
「どうぞ」
と言いつつも、板からは手を離さなかった。よほど大切らしい。金色の板はきらきらと不思議な輝きを放っている。見たことも無いような不思議な色合いだ。
「ほんとにきれいですね……」
「ええ、なんでも母の家系が代々受け継いできた由緒あるものらしくて。でも、どんなものなのか私に教えてくれる前に母は逝ってしまったんです」
「そうだったんですか……」
その後、僕は彼女としばらくおしゃべりを楽しんだ。とても楽しくて、帰るのが惜しいほどだった。母上は「新しいお友達ができて良かったわね」と喜んでいた。それにあいまいに返事をする僕はどこか上の空のままで。
あれ以来、僕の頭から、あの金色の輝きが離れない。
―6―
それからパーティー会場で何度か会った後、僕はサーナイトと一緒に散歩をするようになった。そう、ニューラの奴よりもずっと長い関係なのだ。
その日、僕は寝ずに計画を作り上げた。完璧だ。これなら間違いなくニューラを追い出せる。サーナイトのお父さんはニューラを信用して雇ったものの、今になって“悪”属性なのを少し気がかりに思っているらしい。僕に言わせれば当然だが、好都合だ。
僕は準備を始めた。手先の器用なポケモンが必要だ。それと、もう一匹くらい動けるポケモンを連れて行った方がいい。僕が成年になった時に立ち上げる予定の組織の仲間に連絡を取らなければ。
あとはいつ実行に移すかだ。早すぎてはいけないが、時間をかけすぎてもいけない。決行するなら僕が自由に動け、なおかつサーナイトとお父さんが出かける日がいい。
「ふふふ……」
僕の口から笑いがこぼれる。
サーナイトの友達は僕だけで十分だ。僕はサーナイトと初めて出会った時から彼女の味方だったのだから。突然現れたニューラなどに邪魔立てはさせない。
決行当日。僕と仲間の二匹はサーナイトの屋敷の前にいた。今日、サーナイトとお父さんの予定は調べてある。ボディガードのダゲキとナゲキを連れてとあるパーティーに参加するそうだ。サーナイトはパーティー後、ニューラと散歩に行く約束をしている。もっとも、僕の計画がうまく運べば、その約束が果たされることはないのだが。
さらに、屋敷で働くポケモンも年末で休みを取っている。門番のニューラもサーナイトとの待ち合わせに先ほど出かけた。屋敷の中はほぼ、誰もいない。絶好のチャンスだ。
「準備はいいか? モウカザル、ハヤシガメ」
「あたしはいつでもOK」
「おいらも」
「……よし」
僕はふと、足が震えていることに気付く。これは恐れているんじゃない。ようやく望みの一つを達成できることへの武者震いだ。
「行こう!」
僕は門を押し開けた。庭に見張りのポケモンはいない。本当に屋敷全体が空っぽだ。もしいたとしたら倒さなければならない。今の僕は侵入者なのだから。
合鍵はすでに作ってあった。モウカザルの作品だ。素早く解錠して侵入。目指すは二階だ。
奥の部屋に、目的のものがある。
「あら? ポッタイシさん?」
お手伝いのルージュラが顔を出す。しまった、見つかった。気絶させねば。僕はバブルこうせんを放とうとし――
――“マッハパンチ”!
「早く行きましょう」
モウカザルは気を失ったルージュラを打ち捨てて言った。ハヤシガメはすでに階段を上って待っている。
「あ、ああ」
僕はうなずいて階段を上る。……階段というものは苦手だ。
―7―
「ハヤシガメは見張り、モウカザルは金庫を頼む」
二階の奥の部屋。サーナイトのお父さんは町長をしているというだけあって、立派な金庫が置いてある。だが、器用なモウカザルにかかればこんなものは何でもない。と、彼女が言っていた。モウカザルがどこでそんな技術を身につけたかは、僕は知らない。
モウカザルはこの町で生まれ育ったと聞いている。身寄りはないという。生き延びるためにはいろいろなことに手を出したのだろう。その器用さを見込んで仲間に入れた――いや、彼女は自ら加入したのだ。モウカザルは「金持ちが悠々と暮らしているのが許せない」と言った。僕の理念に共鳴してくれたのだ。こうやってもっと仲間を増やして――
「開いた。ボス」
「え?」
あの堅牢な金庫が開いていた。このわずかな間に。どうやら、本当に彼女の言う通り、金庫破りなど「なんでもない」ようだ。
問題は中身だ。「あれ」がなければ、この金庫を開けた意味がない。手前にはお金――ポケが入っている。さすがに裕福だ、僕の家にあるのと同じくらい、もしくはそれ以上の額がある。モウカザルの目つきが厳しい。
ポケの山をかき分けて、奥を探す。あった、布にくるまれた板状のもの。包みを開くと、まばゆい金色の光が漏れる。あの日と同じ、神秘的な輝き。
「……これが、“金色のプレート”だ」
“エスパー”属性の技を強める効果を持つ。しかし、それだけではない。サーナイトは知らないようだが、このプレートは大きな力を秘めている。
これは僕が預かっておこう。サーナイトが“金色のプレート”を持っていたのはきっと運命だったのだ。僕にこのプレートの力を活用せよという神のお告げなのだ。
「ボス、早く」
モウカザルがいいかげんに焦れていた。次の指示を出さねば。
「モウカザルは持てるだけのポケを包め。ハヤシガメは適当に室内を荒らしてくれ」
お金を盗むのは欲のためではない。“金色のプレート”が目的だったことを悟られないようにするためだ。これはモウカザルに知り合いの貧乏なポケモンに配ってもらう。残りのお金はこれからの活動のための資金になる。
サーナイトさんには悪く思わないでほしい。私利私欲ではなく、世の中のために使うのだから。そんなことを思っているうちに二匹とも仕事を済ます。有能な仲間だ。
「よし、お前たちは予定通り逃げてくれ。万が一の場合ポケは捨ててもいいが、プレートだけは守るんだぞ。僕は予定通りに行動する。例のアジトで会おう」
「OK、ボス」
「了解」
二匹は足早に去っていく。ここまではうまくいった。二匹はおそらく事前に用意したアジトまで無事にたどり着くだろう。残るは仕上げのみ。そしてそれは、僕の役目だ。
今日の計画の目的の一つ、プレートの確保は達成された。目的がそれだけなら、僕も二匹と一緒に逃げてしまえばいい。だがもう一つ、目的がある――ニューラの排除だ。
数分待って、玄関まで移動する。もちろん、見つからないよう用心しながらだが、誰にも会わなかった。
仕上げはタイミングが重要だ。彼らはもう安全なところまで逃げおおせたことだろう。僕はいかにもたった今やってきたかのように呼び鈴を鳴らす。
「こんにちは! どなたかいらっしゃいませんか?」
「あら、ポッタイシさん。ただいまお嬢様はご主人様と出かけておりまして」
僕を出迎えてくれたのはクチートだった。
「いえ、少し寄ってみただけなので……それより、あれはいったいなんです?」
僕は倒れているルージュラをひれで指し示す。呼び鈴を鳴らす前にあらかじめ少し目立つところへ移動させておいたのだ。クチートは期待通りの反応を見せてくれた。
「ル……ルージュラさん!? しっかりしてください!」
クチートは必死に呼びかけるが、ルージュラが目を覚ます様子はない。
「クチートさん、ルージュラさんを見ていてください。僕は屋敷の中を少し見てきます。なんだか嫌な予感がしますので」
我ながらいいかげんなセリフだが、混乱状態のクチートは「お願いします!」と叫んだ。僕は屋敷の一階に残っていたお手伝いたちを呼び集め、ルージュラの手当てをさせた。マッチポンプも甚だしい。僕は二階を見てくると言い残し、二階へ上がる。奥の部屋は、当然、荒れている。これで僕は泥棒の現場を最初に発見したポケモンになれる。 あえて第一発見者になったのは、僕に対する警察の疑いをそらすためだ。
大声でお手伝いたちを呼ぶ。あわてて駆け付けたお手伝いたちに、サーナイトとお父さんに連絡するように言った。パーティーに参加している場合ではないだろう。
そんな状況を作ったのは紛れもなく僕なのだが。
―8―
サーナイト親子はすぐに帰宅してきた。破られた金庫を確認し、“金色のプレート”が失われていることに気付くと、お父さんは、
「おお、アメーリア」
と叫んで突っ伏してしまうし、サーナイトも泣き出してしまった。これは少し予想外だった。“金色のプレート”の価値を知らないとばかり思っていたのに。
「……マナさん? 大丈夫ですか?」
「い、いいえ。大丈夫では……あれはお母様の形見だったのに……」
ああ、そういえばそうだった。そんなことどうだっていいじゃないか、世界に比べれば。
「すみません、私、部屋に行きますね。気分がすぐれないので」
「……ええ。そうされたほうがいいでしょう」
サーナイトは顔を手で押さえて退出した。お父さんの方は相変わらず床に突っ伏して、おそらくは亡くなった妻の名を呼んでいる。このままでは目的が達成できない。僕は歩み寄って話しかける。
「あの、お気持ちはわかりますが……それより、泥棒を探さないと」
「うう……すまん、ポッタイシ君。だが……辛くて」
「泥棒を見つければ、プレ……その形見も返ってくるかもしれませんよ」
「そ、そうか。早く見つけねば」
サーナイトのお父さんは急に立ち上がった。そのまま部屋を出て行こうとする。
「どこへ行かれるんですか!」
「探さねば……アメーリアを」
「どうやって見つけるんです! 落ち着いて考えてください。ここに金庫があることを知っているのは誰ですか? 屋敷の内部に詳しい者だけです。ならば、お手伝いの中に賊が紛れていたかもしれません」
「そんな馬鹿な。私は信頼しているも者しか雇わない。そんな泥棒などする者はいないはずだ」
「本当にそうですか? よく考えてください。“悪”い、器用な奴がいるかも……」
「……まさか、ニューラか?」
「さあ、どうでしょう。呼び出してみては?」
ニューラはいない。なぜなら、サーナイトとの約束がある。待ち合わせ場所でのんきに待っているはずだ。しかし、お父さんはその約束は知らない。
屋敷内にニューラがおらず、他の屋敷にいるべきお手伝いは全員いることを確認した時、サーナイトのお父さんの表情が変わった。
「すぐに警察を呼べ」
―9―
慌てたのはサーナイトである。しばらく部屋に引きこもり、数時間ぶりに出てきたところにいきなりニューラが捕まったことを聞かされたのだから。
「お父様! どうしてニューラが!」
「他に誰がいる。あいつに決まっている」
「何か証拠でもあったんですか! お母様の形見でも持っていたんですか!?」
「あれは“悪”属性だろう。それだけで十分な証拠だ。この金庫を開けられるのも、器用な奴だけだ」
「そんな、それだけで! ニューラがやったはずがありません!」
サーナイトは身を翻し、部屋を出て行った。僕はそれを追いかけ、とどめた。予定外の動きをされては困るのだ。
「待ってください、マナさん。どちらへ行かれるんですか」
「決まっています。ニューラを助けに行きます」
「どうして助けに行くんです?」
「ニューラは無実だからです」
「そんなこと、どうしてわかるんです? あいつがやったんですよ」
「あなたこそどうして信じられないの? お友達ではないの!?」
「………………………」
ニューラめ。苛々する。不愉快だ。気分が悪い。吐き気がする。血が逆流する。はらわたが煮えくりかえる。ニューラが、畜生、あいつがいなければ、こんな、畜生、あいつがいなければ、こんな気持ちには、消えろ、いなくなってしまえ畜生畜生畜生。
「ええ、友達なんかじゃありませんよ。最初からわかってたんだ、あいつがああいうやつだって。“悪”属性の奴とかかわるとろくなことがない。だからあいつに、マナさんに近づくなと警告したのに。あいつが盗んだんだから、捕まろうがそんなのは自業自……」
バシッ!
一瞬、何が起こったかわからなかった。左頬が熱い。まさか……まさか、サーナイトが僕を、平手打ちした??
「酷い……そんなことを言う方だとは思わなかったわ」
その言葉だけを残し、サーナイトは“テレポート”して消えた。
まだ頬がじんじんしている。その痛みに、僕は計画が大失敗したことを悟った。
To be continued…