EPISODE2:サーナイト
―1―
12月8日
今日、私がいつものように街を散歩(もちろん、ダゲキ&ナゲキのボディガード付きで。本当にうんざりする)していた時、うつむいて歩くニューラとすれ違った。
なぜだか妙に気になる。
明日、お友達のポッタイシ(数少ない私の知り合いの中で、さらに少ないほとんど唯一のお友達)に話してみよう。
12月9日
ポッタイシに昨日のニューラの話をしてみた。ポッタイシは「なぜ? ただすれ違ったくらいでどこが気になるんですか?」と言った。
どうしてだろう? うーん、わからない。
ニューラは“悪”属性を持つ、危険なポケモンのはずなのに……
12月10日
今日、部屋に帰ると何かに違和感を覚えた。
なんだろう、理由は分からない。
気のせいだろうか。
12月12日
ポッタイシと一緒に(今日はボディガードなし。というわけではなく、30ポケフィートほど離れて二人分のボディガードがこっそりついてくるのを私は知覚した)街を歩いていた時、またあのニューラがいた。
ポッタイシも気づいたようで、「あれですか?」と聞いた。私が頷くと、ポッタイシはニューラに何やら話しかけ、二言三言会話を交わした後、ニューラはどこかへと去っていった。ニューラに何と言ったのか聞いてもポッタイシは答えてくれなかった。
次にニューラを見かけたら、ボディガードを振り切ってでも話しかけてみよう。そうでもしなければ、ポッタイシとニューラの会話の内容は永遠にわからないだろう。
12月13日
散歩に出ようとしたらお父様に止められた。
気が晴れない。
いつもは外出を認めてくれるのにどうして今日に限って……。
12月17日
散歩がしたい。できれば、ボディガードなしで。
このヒサメタウンに来てから、私の家はお金持ちになったけど、私は時折息苦しさを感じている。友達と楽しく話しながら歩くことができた、昔が懐かしい。ポッタイシと散歩できるのは互いのスケジュールがあった時だけだし。ポッタイシはどうも、いろいろと忙しくしているから、そういう機会は週に一回程度だ。
お母様が亡くなってから、お父様は変わった。悲しみを忘れるためか、故郷を離れてこのヒサメタウンに来たし、仕事に打ち込むようになった。そして、私とはあまり話さなくなってしまった。私は亡きお母様によく似ていると言われたことがある。きっと私の存在はお母様のことを思い出させるのだ。
お父様は代わりにいろいろなポケモンを雇ってくれるけれど、私は友達が欲しい。
12月20日
あれから一週間が経った。お父様の不可解な態度の理由がわかった。
ポッタイシだ。彼がお父様に先日のニューラの件を報告したに違いない。そして、お父様が私を“悪”属性のポケモンに近づけまいと外出を禁止した。確証はないけれど、こんなところだろう。
私は今からこっそりとお屋敷を抜け出すつもりだ。
ニューラに会えば、このもやもやとした気持ちの正体がはっきりするはずだ。会えるという保証はないけれど、行ってみる価値ぐらいはあるだろう。もしかしたら、私はただ単に一週間外に出られないことにイライラしているだけなのかもしれないし。
―2―
「ふう……」
私は日記を閉じた。
お屋敷を抜け出すといっても、それはそう簡単なことではない。私自身は監視されているわけではないが、玄関から外に出ようとすれば間違いなく誰かに見つかるだろうし、窓から庭を通っていけばお父様の雇った警備のポケモンがいる。普通の手段で外に出れば確実に露見するはずだ。
でも、私は見つからない。
部屋の鍵をかけ、心を落ち着けて唱える。
――“テレポート”
真冬のヒサメタウンはとても寒い。この町のポケモンは慣れているかもしれないが、もともと南方出身の私にとっては身にこたえるのだ。久しぶりに肌で感じる街には冷たい霧が立ち込めていた。
――マフラーでも巻いてくれば良かった。
霧のせいで寒くてじめじめする上に視界が悪い。私は必死に目を凝らしてそこにいるかどうかも分からないニューラの姿を探す。
霧の中から突然姿を現すポケモンは皆一様に無言で通り過ぎていく。この町のポケモンたちは、どこか立ち込めるこの霧のように冷たくてよそよそしい。そう感じるのは私がよそ者だからなのかもしれないけど。私はお父様のように、堂々とはしていられない。
「あ」
霧が一瞬だけ晴れた時に見えた、角を曲がっていくあの後ろ姿は。私は駆け出した。 “テレポート”を使いたかったが、この霧の中では精密な座標設定ができない。“テレポート”は下手をしたら大惨事になる危険を伴う技なのだ。もどかしいけれど、頼れるのは自分の足だけだ。
濃い霧と慌てていたせいで数回ポケモンにぶつかってしまった。すみません、失礼しましたと詫びているうちに、私はニューラを見失ってしまった。角をまがった先は、普段なら立ち入らないような、薄暗く狭い路地だった。ニューラはこんなところに住んでいるのだろうか? それとも、ただ単に通っただけなの。
私は少しの間逡巡したが、その路地へ足を踏みいれることにした。決断に時間をかければかけるほど、ニューラは遠くなる。このくらいは覚悟の上で、私はあの温かいお屋敷を抜け出してきたのではなかったか。
―3―
ニューラは見つからない。
引き返そうにも、複雑に入り組んだ路地の中を当てもなくさまよううちに、道に迷ってしまったらしい。“テレポート”で無理やり脱出するという手はないではないが……いや、やはり無理だ。どの方向にどのくらいの距離移動すればいいのかすらわからない今の状態では自殺行為だ。最悪壁の中に現れてしまう。
誰かに道を聞けないかしら――
がさり、という音が聞こえた気がした時には、もう遅かった。私の体は糸にがんじがらめに縛られ、首から下が動かない。
「“クモのす”だ、嬢ちゃん」
と、その糸を操るポケモン――アリアドスは言った。
「今日は“エスパー”か。遠隔攻撃を得意とする属性、だったよな。一応言っとくがスキを見てオレを念力で攻撃しようなんて考えねえこった。オレのもう一匹の仲間が黙っちゃいねえからな」
その言葉に、後ろに気配を感じた。私はそろそろと首だけをひねって振り返って、見なければよかったと思った。
デンチュラだ。
ぎらぎらと光る眼を見るだけで全身に震えが走った。その震えは糸を伝ってアリアドスに伝わる。
「怖いか? なら、名前と住んでる処をいいな。さぞご立派な名前があるんだろう? ……へへ、安心しろよ。お前の両親からたっぷり身代金をせしめたら無事に返してやるよ。震えちまって、いかにも世間知らずのお嬢様じゃねぇか、ちょっとばかし分けてくれたっていいだろう」
私の名前は……言いたくない。
お父様が付けた大仰で長ったらしい名前。私はこのヒサメタウンで、今身を締めつけるクモ糸なんかよりももっと、この名前と身分に縛られてきた。知り合うポケモンはみんなお上品に澄ましたポケモンばかり。昔南の街にいたころのような友達はまったくできなかった。それが私はたまらなく嫌で、自由を求めて毎日の散歩を楽しみにしていた。
ボディガードも、ポッタイシもいない散歩なんて今日が初めてだった。私はその“自由”に浮かれてついこんな所まで深入りしてしまった。私はその好奇心の罰を受けているのだろうか。巣を構えて獲物を待つ蜘蛛につかまり、名乗ることを強いられるという罰。
……自らの本名を教えるのは親愛の証。たとえそれが私の嫌っている名だとしても、こんな下品な連中に告げてよいものではない。
身勝手な願いだとはわかってる。普段はボディガードなんていなければいいのにと思っているけれど――助けてほしい。でも、ボディガードは今ここにはいない。
脳裏に浮かべたのは、ニューラの顔だった。
助けて。
私は必死に願った。
そして、その願いは通じた。
「こいつ……だんまりか? なら少々痛めつけて――」
――“つじぎり”!
デンチュラが吹き飛んでいくのが見えた。
「なっ……」
驚愕に動きの止まったアリアドスに向けて、私は咄嗟に念力を放った。
――“サイコキネシス”!
アリアドスは声も上げずに崩れ落ちた。
―4―
「怪我はありませんか? ……立てます?」
ニューラは爪で糸を切りながら言った。
「ええ、なんとか……本当にありがとうございました」
表面上冷静な礼の言葉とは裏腹に、私の心は混乱していた。凶悪なポケモンに遭遇したからではない。いや、それもあるのだがそれ以上にニューラという、“悪”属性のポケモンに助けられ、さらに親切な言葉までかけられているというこの状況に対して混乱していたのだ。
“悪”属性は、地方によって“邪”“ダーク”と呼ばれることもあるそうだが、いずれにせよ、いい印象はない。属性はそのポケモンの特徴を表す。例えば、私の属性、“エスパー”は他に“超”とか“念”とも呼ぶが、それらは物理的な力を“超”えた“念”力を操る私たちの姿をよく表している。だから、“悪”属性のポケモンは皆よこしまで、悪行を働くポケモンなのだと教えられた時、私はそれを微塵も疑わなかった。私にそれを教えたのは誰だったのか、もう忘れてしまった。
そのポケモンは、こうも言っていた。“悪”属性は、エスパーの天敵なのだ、と。
――あいつらには念力が通用しないんだ。
――どうして?
――それはきっと、あいつらに“心”がないからだよ――
あれはお父様だったのか、それともポッタイシか。あるいは別の誰か?
「肩、お貸ししましょうか?」
ぼんやりしていた私はニューラの声で現実に引き戻された。
「あ……いえ、結構です。立てますから」
やっぱり、目の前にいるニューラに心が無いなんて思えない。
「道に迷ったんですか?ここはあなたのような方が来るべきところではありませんよ」
実はあなたを追いかけてここまで来たのです、とは言えない。代わりに、追いかけてきた目的を果たすことにした。
「あの、先日もお会いしましたよね? あの時、ポッタイシはあなたに何といったのですか?」
「……“サーナイトに何かあったら許さない”と」
「それ、だけ……ですか?」
「ええ。ぼくは“心配ご無用”と言ったのですが、そうですね、あれはもしかしたらこういう事態を想定していたのかもしれませんね」
「……こういう事態」
私が、ボディガードもつけずにこっそりと外に出ることを? ポッタイシは私の性格を見抜いた上で、純粋に私のことを案じてくれていたのか。だとすれば、彼に悪いことをしてしまった。
でも、結果的にはポッタイシの意味深な行動のせいで私はニューラに会おうと思ったんだし、おあいこということにしてもらおう。かなり図々しい考えだけど。
それっきり、ニューラは何も言わずに私の手を引いて歩いていく。なぜだろう、目的は果たしたはずなのに、このもの足りない気持ちは。何か、もっと言わなくてはならないことがあったような気がするのだ。でも、私は何も口にすることができないまま、ニューラに従ってふわふわと歩く。
「ここまでくれば、もう安全ですね」
いつの間にか、路地を抜けて大通りに出ていた。ポケモンたちは何事もなかったように通り過ぎていく。なんだかさっきまでの出来事が夢のようだった。
「では、失礼します」
「待って!」
思わず私は叫んでいた。ニューラは驚いて振り向く。
「どうかしました?」
「私、アルマーニャと申します」
私は夢中で名乗っていた。先ほどまではあれほど頑なに言わなかったその名を。
口にした途端、顔が赤くなるのが自分でも分かった。ほとんど知らない相手に向かっていきなり本名を告げるだなんて、恥知らずもいいところだ。ほら、ニューラはきょとんとした顔をしているじゃないか。私はうつむいた。
「ぼくは自分の名が嫌いなので、普段は決して名乗らないのですが、名乗りに応えないのは礼儀に反しますね。ぼくの名はカイゼルです」
ややあって聞こえたニューラの声。自分の名が嫌いだ、と。
それは、私と――同じだ。
「おかしな名前でしょう? ぼくの生まれ故郷じゃ、カイゼルは“皇帝”を意味するんです。この名前のおかげで、ぼくはあの町を離れたんです。まったくばかばかしい名前ですよね?」
「いえ――ご両親に何か思うところがあったのでは?」
「思うところですか――思うところは、あったのでしょうね。でも、そこまで含めて、ぼくはこの名が大嫌いです」
ニューラは悲しそうに言った。親への怒りではなくて。そうか。私が気になったのは、ニューラが浮かべていた表情だ。
なぜかひどく悲しげにうつむいて歩いていた。
「実は、私も、同じなんです」
「同じ?」
「ええ。私は仰々しい名前を呼ばれるのが嫌で、お手伝いさんたちにはアルマーニャを縮めて“マナ”と呼んでもらっているんです。ですから、貴方さえよろしければ―“カイ”というのはいかがですか?」
「……カイ。カイですか、良い名前ですね」
ニューラの硬かった表情が初めてほころんだ。私も思わず笑顔になる。
「お嬢様――――――――!!」
「え?」
ダゲキとナゲキが大声で叫びながらのたのたと駆けてくる。
「ご無事でしたか?」
「ご心配申し上げておりました!」
赤と青は暑苦しくステレオで叫ぶ。
「私は大丈夫です。こちらの――」
振り返ると、もうニューラの姿は見えなかった。
でも、またきっと会えるだろう、と私は思った。
気が付けば、霧はすっかり晴れて、東の空に昇り始めた満月が辺りを照らしていた。
―5―
12月21日
昨日は本当に怖かった。あのニューラが助けてくれなかったらどうなっていたことか。昨日のことは結局誰にも話していない。まさかアリアドスとデンチュラに路地裏で危害を加えられそうになった、なんて話せるわけがない。
幼いころにお母様を亡くして以来、私が心を割って話せる存在といえば、ポッタイシくらいのものだ。……もしかすると、そこにニューラを加えてもいいのかもしれない。
私はお父様にたっぷりとお説教をされたあとで、抜け出すぐらいなら、と外出を許可された。ダゲキとナゲキはもちろんセットでついて来るだろうけど。
そこまで書いて、私は筆をおいた。
しかし、昨日の私の無断外出はなぜ露見したのだろうか。ポッタイシはおろか、門番や屋敷内のポケモンでさえ私の外出を知らなかったはずなのに。誰かが私が部屋にいないことに気付いたのだろうか?その場合に備えるために部屋の鍵をかけて室内を確認できないようにしておいたのだが……。
……何か重大な見落としをしている気がする。気は進まないけれど、ポッタイシに鎌をかけてみよう。
「お久しぶりです。それにしても元気そうでよかった、マナさん」
「ええ、心配おかけしてごめんなさい」
「最近、散歩のお誘いが無かったのでてっきり体調でも崩しているのかと」
「え?」
体調? 私は昨日の件を除けばこの一週間何もなかった。というか、何もなさ過ぎて退屈なくらいだった。父に禁止されたから散歩に行けなかったのだ。ポッタイシはお父様と連絡を取っているのだとばかり思い込んでいたが、ならばなぜそんな発言が出る? とぼけているのだろうか?
待って、もう一度思い出そう。無断外出を知っていたのは私だけのはず――
「あっ」
私は気づいた。迂闊すぎた。
日記だ。
私はすべてのできごとを日記に書いていた。誰かが私の部屋に侵入していたのだ。そして、私の日記を盗み読みしていたに違いない。その誰かは私の日記の内容を父に報告し、父は私の外出を禁止した。
以前、部屋に帰ってきたときに違和感を覚えたのも、ものの配置がわずかにずれていたからだろう。部屋に鍵はかけていたが、その気になれば突破は可能だ。例えば、私のように“テレポート”するとかいくらでも方法はある。
問題はお父様だ。私のことをそんな風に管理しようとするだなんて。もしや、ダゲキとナゲキはボディガードというのは方便で、私を監視していたのではないだろうか。
とにかく、家に帰らなければ。
「どうしたんですか、マナさん? 顔色が悪いですよ」
「いえ……すみません、散歩はまたの機会に。少し所用を思い出しましたから、今日はこれで失礼します」
「ええ、楽しみにしています」
ポッタイシはやや残念そうな顔をしていたが、私は挨拶もそこそこにポッタイシの家を飛び出す。
もしかすると今この瞬間も、私の部屋に誰かが侵入しているかもしれない。そう思うとぞっとする。体中に糸がまとわりつくような幻覚。
私は、私は籠の中のペラップなんかじゃないのに……! 私の家の前で、私は荒い息をついた。
「こんにちは。またお会いしましたね」
「え……カ、カイ!?」
門の前に、あの時のニューラがいた。
「ど、どうしてここに?」
「こちらのご主人に門番として雇われたんです」
「ええっ!? 私のお父様に?」
「あれ? ここ、マナさんのお宅なんですか?」
「知らずに引き受けたのですか?」
「ええ、町で突然声をかけられまして。ちょうど仕事がなくて困っていたので、お引き受けしたんです」
「そうですか……」
やはり、日記は読まれている。今日、ニューラに助けられたことを日記に書いたところだ。ほかの誰にも話していない。ニューラを雇ったのはなんだろう、私を救ってくれたことに対する父なりのお礼なのだろうか? それも問いたださねば。
「ところで、何か困りごとでもありましたか?」
「えっ?」
彼は私の心でも読めるのだろうか?
「いえ、少し怖い顔をされていたので……」
私はふと、自らが日記に記した言葉を思い出した。心を割って話せる存在、という言葉。
「実は……」
私は、彼にすべての事情を打ち明けたのだった。
―6―
「日記を読まれている、と」
話を聞き終えて、ニューラはそう言った。
「ええ」
「マナさんはどうするおつもりですか?」
「……お父様にじかにお話ししようかと思います」
「ぼくは、それには賛成しかねます」
「何故? 他に方法はありますか?」
「きっと、マナさんのお父さんはマナさんのことが心配でそうしているのです。実際、お屋敷を抜け出しておひとりで出歩いていますし」
「……でも! だからといって私の日記を盗み読みなんて!」
「ですが、もしマナさんの日記を見るのをやめたとしても、次はまた別の方法を取るだけではないでしょうか?マナさんに気付かれないよう、より巧妙な手段を」
「……」
そんなことはない、と言おうとしたが、私の言葉はのどのあたりで止まってしまった。
「それに、お父さんはマナさんの望みを叶えようとしているんだと思います」
「望み?」
「ボディガードなしで友達と散歩したいと日記に書いていたんですよね? それとその、……ぼくのことも」
言いながら、ニューラは顔を赤くした。私も赤面した。別にそこまで詳しく日記の内容を話す必要はなかった。
「次からは、マナさんが散歩に行く時はぼくも同行します。ボディガードではなく、友達として。それがきっと、マナさんのお父さんがぼくを雇ってくださった理由です」
「あ……」
「日記の方は、とりあえず書き続けてみてはどうですか? お父さんに知られたくないことは伏せて、知らせたいことだけを書くんです。最近、あまり話せていないのでしょう?」
雷に打たれるような、とはこういう時に使う比喩だろう、と私は思った。
私はお父様の気持ちを考えもしていなかった。私がお父様と話す機会が無くなったことをさびしく思っていたのと同じく、お父様も私と話す時間が無くなったことをつらく思っていたのだ。私はそれを思いやることもなくわがままを言っていた自分を恥ずかしく思った。
長年の間にこじれてしまったっ私とお父様の感情。それをすべて、ニューラが見事に解きほぐしてくれた。そんな気持ちだった。
私はニューラにうなずいて見せた。
「……ええ。そうしますね」
こうして、私の困りごとは消え去った。私はまたお父様とコミュニケーションが取れるようになったし、ボディガードなしで散歩ができるようになった。そして、新たな友達ができた。私はもう、縛られていると思うことはない。蜘蛛の糸にも、目に見えない身分にも。そう、私は解放されたのだ。
お父様とニューラのおかげだ。
ありがとう。
そして、それから数日後。私は再び日記を書いた。愚痴や独り言を言うためではなく、お父様に伝えたいことがあったから。
12月25日
私はお父様に手編みの黄色いマフラーを作った。編むのが遅いので焦ったけど、何とか間に合った。ニューラとポッタイシの分は残念ながら作れなかったけど、また来年プレゼントしよう。
普段帰りの遅いお父様も、今日ばかりは家にいる。私がプレゼントを渡したらどんな顔をするだろう。
あらためて、いつもありがとう、お父様。
メリー・クリスマス。
私は微笑んで、日記を閉じた。
To be continued…