CASE3:ミニリュウ 〜part3〜
―7―
「――ありがとうございました。マニューラさん、ラルトスさん」
ハクリューの言葉遣いが初めに会談した時と比べて丁寧になっている。自分ではおそらく意識していないのだろうが、ハクリューは相手や状況に応じて態度がころころ変わるようだ。
「ラルトスさんにはあんな高価なものを……」
「高価?」
確かタツベイは拾ったものだと言っていたが……
「だいたい20万ポケくらいでしょうか」
それを聞くとなんだか勿体なかったような気もして来る。
「それはそうとミニリュウ、ヨーギラス、あなたたちはどうして庭に出ていたの?不用意に外出するのは危険だとわかっていたはずでしょう?」
「そ、それは……」
ヨーギラスは言い淀んだ。顔色が悪いのは先ほど受けた毒のせいばかりではないだろう。ミニリュウもうつむいて答えない。
「失礼、ちょっとよろしいですか?」
と、マニューラが横から口を出した。
「何ですか? 私の妹の安全を守れなかったヨーギラスの職務怠慢は明らかです。答え次第ではヨーギラスをクビにしなければなりません」
話題が一瞬それたことにやや安堵したヨーギラスとミニリュウがびくりとした。……どうしてミニリュウまで不安な顔をしているのだろう?
「それは少し早計では? ヨーギラスは以前に二度侵入者を退けていますし、まだできることはあるでしょう」
「どちらも逃げられてしまいましたが」
ハクリューは顔をしかめた。
「見失ってしまいまして……申し訳ございません、ハクリュー様」
「黙っていなさい、ヨーギラス。執事としてはともかく、ボディガードとしては頼りないと言わざるを得ませんわ」
「ボディガードの仕事が果たせるかどうかは、もう一度確認してからでも遅くはないでしょう」
「確認?」
「はい。ドククラゲを追い払っただけで、この件はまだ終わっていませんから」
マニューラはそう宣言した。
「終わっていない? どういう意味でしょう? またドククラゲが来るということですか?」
「いえ、その可能性は低いです。私が指摘しているのは別の、ドククラゲ以外の侵入者です」
「そんな者がいるでしょうか?」
「私の考えが正しければ、います」
「それはその……考えすぎではありませんか?用心は必要でしょうが……」
「根拠はあります。第一にさっきの一連のやり取りでわかるとおり、ドククラゲは馬鹿です」
マニューラはラルトスの抱いた印象と全く同じことを言った。そうか、やっぱりあれは馬鹿なんだ。真剣な雰囲気なのに、ラルトスは笑い出しそうになってしまった。
「ば……馬鹿とは……ご冗談もいい加減にしてください! 先ほどから、いるかどうかも分からない侵入者の話をしたり、あんな恐ろしい者のことをそんなふうに軽んじたりして……ああ」
ハクリューは恐怖が蘇ったのか、声を詰まらせて床に倒れこんだ。
「いいえ、冗談ではありません。ドククラゲは白昼に不用意に屋敷周辺に姿を現して目撃され、たまたま海辺にいたミニリュウを人質にとった。すべて行き当たりばったりの行動ばかりです。一か月前や二週間前、一週間前の時の侵入者は夜中に侵入しようとしたり、ヨーギラスの留守を狙ったりして、計画性があります。つまり、これらの行動は無計画なドククラゲとは別のポケモンによるものです」
「それは……言われてみればそうですが」
と、黙ってしまったハクリューに代わってミニリュウが口を開いた。
「……私は、信じたくありません。たとえ他に侵入者がいるとしても、もう諦めたのではないでしょうか?」
「相手は一か月も前からこの屋敷だけを、何度追い返されても狙い続けました。その行動はこの屋敷にしかないもの、つまり、宝珠を狙っていることを示しています。間違いなく」
マニューラはその存在を確信しているようだった。
ラルトスが初めてマニューラに会った時、コラッタとミネズミが共犯だと確信していたあの時と同じだ。こうなったらマニューラは、少々強引にでも自分のペースに周りを引き込んで、いつの間にか困りごとは解決しているのだ。ハクリューやミニリュウがどんなに信じることを拒否しても、もう止められない。
ハクリューにもミニリュウにも、マニューラの言うことに逆らう力は残されていなかった。
ハクリューは力なく言った。
「おっしゃることはわかりました。では、どうすればいいのでしょう?」
「私にひとつ、考えがあります」
―8―
まったく、先日のコラッタの件もそうだが、自分はよほど泥棒と縁が深い――マニューラは独り思った。こういう稼業をやっていれば当然なのだが、そもそもマニューラがこの稼業を始めたきっかけも、泥棒だった。
「あの時」、自分の生は一度終わった。いや、終わったのは二度目か?
いずれにせよ、今の自分は「あの時」までの自分とは別の生を生きている。
逃げるようにあの町を離れ、町から町へと渡り歩いた末に今マニューラの住んでいる街へたどり着いた。そして気づいた時には、マニューラはポケモンたちの困りごとを請け負っていた。
あれから数年の時が過ぎた。一つの職が長続きしたことの無いマニューラにしては奇跡的な長さである。天職だったのかもしれない。
とどまるところを知らないマニューラの物思いは、窓の割れる微かな音でやぶれた。そしてそれは、マニューラが予期し待ち構えていた音でもあった。
マニューラたちは昼のうちに交代で見張りを立てながら仮眠をとり、この瞬間に備えていた。ミニリュウ、ハクリュー、ラルトスはハクリューの部屋の隣室に護衛のヨーギラスとともに隠れた。そして、マニューラはハクリューの部屋のクローゼットに身をひそめ、賊を待ち受けていた。狭いクローゼットの中で、考えごとをする時間はたっぷりあった。が、それももう終わりだ。
音の方向からして、昼にラルトスと歩いたあの海に面した廊下だろうか。やはり、ドククラゲと同じく海から来ているのだ。
マニューラはクローゼットの隙間から目を凝らした。間もなく賊はここへやってくる。ハクリューがベッドで安眠していると信じて。
わずかに軋みながら、部屋の戸が開く。這入ってきた影は一つ。仲間は連れていないようだ。
こちらの警戒が緩んでいると思って油断しているのか。だが、まだだ……こちらに背を向けるまでは。
その影は物音を立てぬようにハクリューのベッドににじり寄っていく。というよりも、単純に陸上での移動が苦手なようだ。
影がハクリューのベッドに寝ているのは単なる人形だと気付く直前、マニューラはクローゼットから躍り出た。まず腕を封じようとしたが、そいつには腕か、あるいは前足に類するものが無かった。仕方なく、背中側から押さえつけるようにする。
案外あっけなく戦いは終わった。その影はひとしきり暴れたものの、マニューラの拘束を解けないと悟ったのか、ぐったりと力を抜いた。
「さて、質問がある。答えろ」
マニューラはミニリュウ・ハクリュー姉妹には到底聞かせられないような乱暴な口調で尋問を開始した。この訊問術は父に教えられたものだ。そして、マニューラ自身がまだ進化する以前に自ら体験することになったものだ。
詳細な方法は少々残酷になりかねないので省略する。
「狙いはハクリューの宝珠か?」
「/\”ヵな=γ_ヲき<+。ゝ!!」
これは……ドククラゲよりもひどい言葉遣いだ。バカなことをきくな、と言ったのだろうか。どうやらこのポケモンはろくにこちらの言葉を話せないらしい。これでは尋問は不可能だ。
仕方なく、マニューラは隣室に合図を送り、ハクリューたちを呼んだ。面通しをするためである。
ハクリューまたはミニリュウの知り合いの可能性、それからヨーギラスが追い払ったのは本当にこのポケモンなのかを確認しなければならない。
彼らが部屋に入ってくる気配があった。
「どうですか?」
マニューラはポケモンから目を離さずに尋ねた。
「あの……このポケモンは、少々、違います」
ヨーギラスの声が返事をする。
「違う?」
「はい。全体的には似ていますが、もう少し小さく、とげがありました」
ではこのポケモンは一体何なのだろうか?
「それは、……キングドラですわ」
ヨーギラスの肩越しに顔を出したハクリューが答えた。
意外なポケモンからの答えに驚いたマニューラは、うっかり監視していたポケモンから目を離してしまった。
“キングドラ”は一瞬の隙を逃しはしなかった。これまで三度ヨーギラスから逃れた体をよじってマニューラの拘束から逃れた。
ブワァァッ!
慌てて視線を戻したマニューラの顔に真っ黒な何かが吹き付けられた。
“えんまく”だ。
――見失ってしまいまして――
ヨーギラスの言葉が今更のようによみがえってくる。
あれはこういう意味だったのか。単に海へ逃げ込んだから捕まえられなかったのではなかったのか。もっとヨーギラスから話を聞いておけば――
キングドラは信じられないような力で上体を起こし、マニューラは成す術なく壁に叩きつけられた。抵抗しなかったのは体力を温存するためだったかと気づいたが、もう遅い。
マニューラは霞む目を必死でこすった。立ち上がったマニューラの目に、逃走を図るキングドラの姿がぼんやりと映った。
キングドラの向かった先には、ミニリュウが――
―“ハイドロ――
「撃たせるものかっ!」
ヨーギラスのこぶしの方が速かった。
叫ぶと同時に、ためる時間のない“きあいパンチ”のような、強烈な一撃がキングドラの体を吹っ飛ばした。
―9―
その後、キングドラは警察に捕まった。
僕らの街にも一応、警察は存在するし、きちんと仕事もしている。ただ、ちょっとした事件では対応してくれないというだけだ。それはラルトスが先日身をもって知ったことである。“大戦争”の頃と比べれば治安が良くなったとはいえ、この世界では自分の身は自分で守るのが基本である。毎日のようにあちこちで発生する事件――困りごとに、ニャースの手も借りたいほど忙しい警察は対応しきれないのだ。
しかし、有名なカイリューの家に泥棒が侵入したとなれば話は別だ。夜中にもかかわらず大急ぎで駆けつけてきた警察に、縛り上げたキングドラを引き渡して、ようやくこの騒ぎは終わりを告げた。
ハクリューによれば、キングドラというポケモンは“シードラ”が“りゅうのウロコ”を使って進化するのだそうだ。ヨーギラスがキングドラを見たとき「似ているけど違う、もっと小さかった」と言ったのは、ヨーギラスが追い払った時点ではまだ進化する前のシードラだったから、らしい。
だとすれば、一週間前まではシードラだったはずであるから、シードラは“りゅうのウロコ”をこの一週間で入手し、進化を遂げたということになる。
しかし、ハクリューが言った通り、“リュウのウロコ”は効果で貴重なものだ。入手先は限られる。ドククラゲが奪っていったものと無関係ではないだろう。つまり、シードラとドククラゲは仲間だったのだ。一週間前までの侵入者がシードラ、それ以降がドククラゲであることからも、二匹が連携していたと考えられる。
ところで、二匹には違いがあった。まず性格の違いである。シードラは夜に侵入したり、ヨーギラスのいない隙を突こうとする策士だった。一方、ドククラゲは考えなしに白昼に現れた。次に、盗もうとしたものの違いである。ドククラゲは“りゅうのウロコ”、シードラは宝珠である。
これが指し示すのは、「ドククラゲを囮にする」という作戦である。シードラはドククラゲをわざと捕まえさせて、こちらが安心した隙に侵入するという作戦を立てていたのだ。さらに、侵入の目的は“りゅうのウロコ”と見せかけて宝珠から目をそらすという狙いもある。しかし、シードラの予想に反してドククラゲは“りゅうのウロコ”の強奪に成功した。そこで、シードラはキングドラへと進化を果たして再度侵入を試みたわけである。
どうもドククラゲはただ単にシードラに利用されていただけだったらしい。
と、言うのを三回マニューラに説明してもらって、僕はようやく理解した。推論が多いから真相は分からないぞとマニューラは笑っていたけど、ここまで推理してキングドラの夜襲を読んだのは凄いとしか言えない。
ただこれが真相ならば、僕がタツベイからもらった“りゅうのウロコ”はもう消滅してしまったらしい。少し悲しい。
結局キングドラが盗んだ宝珠をその後どうするつもりだったのかは不明のままだけど、それは警察が調べることだろう。
そして、見事にキングドラを倒したヨーギラスは再びボディガードとしての実力を認められ、引き続きハクリューの家で雇われることになった。ヨーギラスは嬉しそうだっ たが、ミニリュウも嬉しそうだった。
「そういえば、庭でヨーギラスと何を話してたの?」
と訊いてみたら、ミニリュウの顔が赤く染まった。それだけで、答が無くとも十分だった。
ミニリュウは話の中身は教えてくれなかったが、これは教えてくれた。
「私は本当はタツベイさんから直接よろず屋さんのことを紹介されたわけでないんです。タツベイさんはヨーギラスと同郷のよしみで仲がよろしいそうで、ヨーギラスを通して話を聞いたんです」
なるほど、それで情報がいろいろと間違って伝わっていたのか。タツベイはマニューラのことや“よろずや”の名前を覚えていなかっただろうし、寡黙なヨーギラスは最小限の情報しか伝えなかっただろうからなあ……。
ミニリュウというお姫様にヨーギラスというナイト。このカップルは意外とお似合いかな、とラルトスは思った。
「……こんなこともあるんですね」
最後にハクリューは言った。
「“ドラゴン”であるキングドラが悪事を働いて、“悪”属性のあなたのような方に助けていただくなんて」
マニューラは何も言わず、口の端だけでほほ笑んで答えに代えた。
―10―
帰り道。
「ねえ、あのさ、……マニューラ?」
「どうした?」
「さっきハクリューに言われたこと、気に……してる?」
恐る恐る聞いてみた。マニューラがとても悲しそうで、聞かずにはいられなかった。
「気にはしてない。よくあることだ」
マニューラは物憂げに答えた。
「ラルトスはあまり知らないかもしれないな。少し長い話になるけど、聞くか?」
「う、うん……」
「ポケモンにはそれぞれ属性と、それに応じた相性がある。炎は草を焚き、草は水を吸い、水は炎を呑む。300年前のあの大戦争の時、ポケモンたちは己の“属性”によって団結し、相性の悪い属性と敵対した。……不利な属性を滅ぼしてしまえば敵はいなくなるになるからな。そして敵の属性に対して相性のいい属性と手を組んだりもした。さっきの例で言えば、“炎”は“水”に対抗して“草”と手を組んだ。“草”にとっては“炎”は相性が良くないが、当時多くの敵を抱えていた“草”はそれに乗った。大戦争は複雑な属性相性によって泥沼化したんだ」
「……そして、その当事勢力を誇ったのが“龍”だ」
「“龍”?」
「タツベイとかハクリュー、キングドラを含む属性だ。当時は龍と呼ばれていたらしいんだが、今じゃ“ドラゴン”って言った方が通りがいいな。その頃、“龍”は圧倒的な攻撃力でほかの属性を圧倒した。その時の優越意識が、まだドラゴンポケモンの一部に残ってるんだ」
「……ハクリューみたいに?」
「ん? ……ああ、そうだな。気づいてたか」
「まあね。お嬢様だからなのかなって思ってたけど」
「確かにそれも理由の一つだろうけど、元をただせばドラゴンだから、なんだろうな。ほら、ハクリューが口にしてた『お母様の言いつけ』ってやつだ。ドラゴンはドラゴンとしか交流しない。もっとも、今じゃそういう風潮も薄れてきたけどな。タツベイの態度は普通だっただろ?」
「あ、そうか」
「そのほぼ無敵の“龍”を唯一脅かしたのが“氷”属性だ。つまり、俺の属性だ」
「え? マニューラの?」
「そうだ。“マニューラ”っていう名前はドラゴンにとっては仇みたいなものだ。ミニリュウは俺の顔を見た途端逃げ出してもおかしくなかった。あの子はあれで芯があるよ。ハクリューはミニリュウが取り次がなければ、ヨーギラスに命じて俺を叩き出しただろうな」
「そんなのって……酷いよ。そんな大昔のことは今のマニューラに何の関係もないのに……」
「ありがとう。でも、俺に関してはもう一つ、理由があるんだ。“悪”属性だ」
「あく?」
「“悪”属性――当時は違う呼び方だったらしいが――は数が少なくてな。大戦争のとき情勢の変化に応じてあちこちの勢力と手を組んだり敵対したりを繰り返した。その結果、“悪”属性は信用されなくなった。大戦争後に迫害に遭ったりしてまともな仕事に就くのが難しくなった“悪”属性は、盗みやら恐喝やらの犯罪行為に手を出さないと生きていけないやつも現れた。それが“悪”属性の印象を決定的にしたんだ」
ラルトスは何も言えなかった。まだ子供の自分には理解できないんだと心の中で言い訳した。
ただ、強い風が潮の香りを運んできた時、もうすぐ夏が来るなあ、と思った。
閉めきったままの窓を開け放てば、あの屋敷の中にも夏の風が吹き抜けていくだろう。その風はミニリュウに、ヨーギラスに、そしてハクリューに届くのだろうか。
To be continued…