第一章
CASE3:ミニリュウ 〜part2〜

―4―

 ヨーギラスはどこにもいなかった。ハクリューに頼んで呼び鈴を鳴らしてもらったが、いつもならすぐに駆けつけるはずのヨーギラスが、二度三度と呼び鈴を鳴らしても現れない。あの執事の鑑、ヨーギラスが。

 ラルトスは嫌な予感がした。マニューラも口には出さないが、表情が冴えない。いつもは「困りごと」の背後にある事情やポケモン関係の全てを見切ったうえで計画を立て、実行するのがマニューラだ。そのマニューラをして「手が打てない」と言わしめたのだから、今回の困りごとはよほど困難なのか。

 ラルトスが見たところ、ミニリュウたちの関係は特別複雑そうではない。名家であるがゆえの複雑さな事情はあるかもしれないが……。やはり姿の見えない泥棒に悩まされているのだろうか?
一抹の不安を抱いたままラルトスとマニューラは広い屋敷の中を探し回った。そして、あることに気づいてしまった。

 ミニリュウもいない。

 散々走りまわり、ラルトスが息切れした頃、ようやくマニューラが口を開いた。
「二通りの可能性が考えられるな」
「はあ、はあ……な、何が?」
「一つ目はヨーギラスとミニリュウが何らかのトラブルに巻き込まれた可能性。もう一つはヨーギラスが侵入者の仲間だった可能性。もしそうなら、今まで侵入者を取り逃がしたのもわざとだったということになる……!」
 そんなバカな、とラルトスが言おうとした時。

「ぐああああっ!」
 庭の方から聞こえた叫び声。あの声は、
「ヨーギラス!?」
「ラルトス!ハクリューを守りに行け!俺はヨーギラスのところへ行く!」

 え?
 ハクリューを守るのなら、マニューラが適任じゃないの?

 ラルトスはマニューラをの目を見た。そして、何も言えなくなった。
ヨーギラスのもとへ行けば、ヨーギラスよりも強い襲撃者がいるかもしれない。ラルトスにそんな危険を冒させるわけにはいかない。その目が、そう言っていた。

 でも、その代わりにマニューラは自ら危険なところへ……

「ごめんっ、マニューラ!」
 ラルトスは息切れも忘れて走り出した。ハクリューの身を、そしてマニューラの思いを守るために。

―5―

 マニューラは手近な窓から外へと飛び出した。悠長に玄関から外へ出ている暇はない。それにしても、ラルトスは大丈夫だろうか。咄嗟の判断で屋敷の中へ残してきたが、もし敵が複数いれば、ヨーギラスを襲うのと同時に屋敷内に敵が侵入しているだろう。
 マニューラはいつの間にか、“泥棒”“侵入者”と呼んでいた者を“敵”だと認識していた。ラルトスの安全を脅かす敵に。しかし、そんな些細なことに気付く余裕は、今のマニューラにはない。

 地面を蹴る自慢の俊足よりも早くマニューラは頭を回転させようとした。考えがまとまらない。いつの間にこんなに自分は鈍くなったのだろう。

 もし、ヨーギラスの悲鳴が偽物で、それを囮にして自分やハクリューをおびき出そうと……いや、それはない。マニューラにわずかに残された冷静な部分がそう告げた。
そもそも、マニューラがさっき挙げたヨーギラスが敵と内通している可能性はありえないのだ。ヨーギラスが敵と内通しているなら、ヨーギラスがハクリューから宝珠を奪ってしまえば済むことじゃないか。わざわざ侵入騒ぎを起こしてハクリューに警戒させる必要なんて全くない。実際、こうしてマニューラたちがやってきた分、宝珠を盗むのは多少なりとも面倒になっている。ヨーギラスの悲鳴は間違いなく本物だ。

 ならば、敵が一匹であれ複数であれ、ヨーギラスの隙を突いて襲ったということになる。その場合も謎が残る。あのヨーギラスがどうしてハクリューの呼び鈴の聞こえない庭にいて、しかも、何者か襲われるような隙を作ったか……。そして、なぜミニリュウまでもがいないのか。

 発想を転換しよう。ヨーギラスはハクリュー以外の誰のためになら動く?

 ああ。そういうことか。
 謎は解けた。解けたが、遅すぎた。
 もっと早くミニリュウのついていた小さな嘘に気付いていれば。


 マニューラは屋敷の裏手の、ちょうどハクリューの部屋と対角線上にある――つまり、ハクリューの部屋から最も離れた一角へ向かった。マニューラは、ヨーギラスがそこにいると確信していた。
 ミニリュウとヨーギラスは、そこをハクリューの部屋から離れていて、何を話したとしても一切聞こえないという理由で、二匹だけで話をする場所として選んだのだろう。しかし、その選択は最悪だった。なぜなら、侵入者は海から現れたのだから。
 そう、海だ。海の中にだってたくさんのポケモンが住んでいる。
俊敏なヨーギラスが侵入者を捕まえられなかったのは、海に逃げられたからだ。夜の闇にまぎれて素早く水中へ逃げれば、ヨーギラスには突然消えたように見えただろう。陸上生活が基本のヨーギラスは、そもそも海へ逃げるという発想が無かったのかもしれない。

 海からさほど離れていない木陰の、ばらばらになったベンチの残骸の中にヨーギラスが倒れていた。マニューラはヨーギラスのもとへ駆け寄った。

「ヨーギラス、無事か!?ミニリュウはどこへ?」
 マニューラの推理が正しいのなら、ヨーギラスと一緒にミニリュウがいたはずだ。そして、その推理はヨーギラスがここで倒れていたことによって既に証明された。
「ぐっ……お嬢様は侵入者に……」
「わかった、もういい、無理に喋るな。後は任せろ」
「た……頼みます」
 そう言い残し、ヨーギラスは気を失った。ヨーギラスは見たところ、大きな怪我はない。マニューラは簡単にヨーギラスの体を調べた。

 浅く速い呼吸、血の気の引いた顔、発汗、若干の発熱。
 そして、背中の小さな赤い傷。
 ……毒だ。ヨーギラスは背後から“毒針”による攻撃を受けたのだろう。
そして、一緒にいたミニリュウも敵に捕らわれたに違いない。その身柄を盾に宝珠を要求するに違いない。

 ヨーギラスには後は任せろといったものの、いったい自分に何ができるというのだろう。ここに到達するまでにこんなに時間がかかり、ここまで事態が悪化してしまったというのに。マニューラはその鋭い爪で己の体を切り裂いてしまいたかった。それでも、マニューラは走り出した。まだ間に合う、まだ手遅れではないと自らに言い聞かせながら。

 敵の正体はわかった。海に住み、毒針を持つポケモンと言えば、おのずと限られてくる。しかし、遅ければすべてが水の泡だ。
どうか間に合ってくれ!

―6―

「ハクリューさんっ!」
「どうかしました?血相を変えて。ヨーギラスは見つかりました?」
「え?あの、そのヨーギラスさんが何者かに襲われたみたいで……」
「襲われた?それは勘違いでは?ヨーギラスは賊などに負けたりはしません。別段騒ぎも聞こえませんでしたし」
 ハクリューにはさっきのヨーギラスの悲鳴が聞こえなかったのか?ラルトスは部屋を見渡した。そうか……窓を閉め切って、カーテンも閉めて、分厚い扉も閉めてしまえば、外の音なんてここには届かないんだ……。
 文字通り、外界から隔絶された部屋。外の出来事は、ここには無縁だ。“下界”で何があっても感知しない。ラルトスはハクリューの言葉を思い出した。

――ミニリュウ、みだりに見知らぬ人を屋敷へ招き入れるのは感心しないわ――

 そうして、この屋敷はずっと、外界との接触を拒んできたのだろうか?ラルトスは今更ながら、「無縁」という言葉の恐ろしさに震えるようだった。息苦しい。

「どうしたんですの?ご用件が無いのなら出て行ってくださいます?」
 ハクリューは呆けたように何も言わないラルトスに苛ついたかのように言った。彼女にとっても、自分は道端の小石と同じか。いや、自分だけでなく、マニューラも、もしかしたらヨーギラスのことさえ、どうでもいいのかもしれない。

 ともあれ、ラルトスは何とか今の危険な状況を説明しようとした。
が、それは間に合わなかった。
 破砕音とともに窓のガラスが砕け散り、襲撃者が姿を現した。その手――あれを手と呼んでいいのかわからないが――に、ポケモンを一匹抱えている。

「ミニリュウ!」
 悲痛な声で叫ぶハクリューに、ドククラゲは容赦なく言い放った。
「こっチの要求はわかってルでしょウ!アれを出セ!」
「あ、あれは本当に大切なもので……」
「黙レ!出さなケればコいツを!」
 とドククラゲは触手を、より正確に言うと触手の先にある毒針を、ミニリュウに突き付けた。ミニリュウが声にならない悲鳴を上げた。

「わ、わかった……わかりました」
「姉さん、駄目!」
「どんな宝も名誉も、大切な妹の命には代えられないわ」
 ハクリューは首の宝珠を自ら外して差し出した。
 そして、受け取ったドククラゲはそれをしげしげと眺めて、
「何ダこれハ?」と言った。

「えっ……」
「は?」
 前のがハクリュー、後のがラルトスの洩らした疑問の声である。3000万ポケの宝珠でないのなら、ドククラゲはいったい何を狙っているというのだろう?
「ほ、宝珠が目的だったのではないの?」
「ごマカすナ!“リュうのうろコ”を出セ!」
 “りゅうのウロコ”?ラルトスにはドククラゲの目的がますますわからなくなってしまった。ドククラゲにとって“りゅうのウロコ”は何の価値もない代物のはずである。ハクリューに至っては混乱の極みといった様相である。その様子を見るに、ハクリューは“りゅうのウロコ”を持っていない。ハクリューの進化には必要ないし、どこにでもあるようなありふれたものではない。

 しかし、その品を何の偶然か運命か、ラルトスは持っている。先日、タツベイにお礼としてもらって以来、ラルトスは “りゅうのウロコ”をお守りとしてずっと持ち歩いているのだ。

「どウしタ!早ク出セ!」
 ハクリューは文字通り手も足も出ない状況に対して、もはや失神寸前である。

 渡さなければ。今ラルトスがりゅうのウロコを渡せばミニリュウの命は助かる。でも、ラルトスの口は開いたり閉じたりを繰り返すだけだし、足は震えるばかりで前に進もうとしない。なんでこんな時に。こんな……とき、に……

 情けない。なんて情けないんだろう。僕はミニリュウを助けることもできずに、こうしてウソッキーみたいに立ち尽くしているしかないのか。
 マニューラ。ここにマニューラがいてくれたら。
 そうしたら、この体の震えもきっと止まって、僕も何か役に立てるかもしれないのに。

 そして、その祈りはどこかへと通じた。


 苛立ったドククラゲがその毒針をミニリュウに突き刺そうとしたその刹那、マニューラが窓から混乱の渦の中へと飛び込んできた。人質と恐れで身動きの取れないラルトスたちに唯一残された希望が。マニューラは何もかも見通したような顔で、この場の主導権を握った。

「やめろ。そのミニリュウを刺したらお前の命もない。わかっているのか?」
 あらかじめ用意していたようなその言葉が、ドククラゲの動きを寸前で止めた。
「誰ダ!名乗レ!イや、動くナ!」
「お前がミニリュウに手を出さなければ、こちらも何もしない」
 ミニリュウさえいなければ、マニューラは容赦なくドククラゲを攻撃できる。つまり、ミニリュウを刺せばドククラゲは唯一の切り札を失う。
 ドククラゲはその大事な切り札をあっさりと捨てよううとした。要するに、馬鹿なのだ。その場の思い付きだけで行動している。

 気が付けば、ラルトスの震えは止まっていた。ラルトスはドククラゲに向かって不思議な輝きを持つ“それ”を差し出した。すると、自然に口も動いた。
「“りゅうのウロコ”です。ミニリュウさんを返してください」
 一瞬、すべてが動きを止めた。
 そののち、ドククラゲは無言でそれをひったくると、ミニリュウを放り出し80本の足を全力で動かして逃げていった。

「ミニリュウ!」
「姉さん!」
 二匹は駆け寄り、しかと抱き締めあった――というのは、文学的表現というやつである。にじり寄って絡まったというのが正しい。
 まあ、それにしても、
「無事でよかった」
 と、マニューラがラルトスの方を見ながら言った。ラルトスは、その言葉をミニリュウに向けられたものだと解釈した。


レギュラス ( 2013/04/28(日) 10:27 )