CASE3:ミニリュウ 〜part1〜
―1―
「カクレオンも相変わらず商売熱心だなあ。それにしてもやっと口調が元に戻って良かった〜」
とか、買い物を終えたラルトスが独りつぶやきつつ戻ると、よろずやの看板の前に佇んでいるポケモンがいた。看板とにらめっこしているわけではあるまい。
「どうかしたの?何か困ってることがあるの?」
「はい。あの……タツベイさんの紹介で伺ったのですが、便利屋さんはこちらでよろしいでしょうか?」
と、そのポケモン――ミニリュウは言った。ここはよろずやである。ラルトスが勝手に命名した呼称なので、別にどんな名前で呼んでも構わないのだが、天然のタツベイはおそらく店の名前を勘違いしているのだろう。
などという考えはおくびにも出さず、ラルトスは笑顔を作った。
カクレオンの店で身につけた営業スマイルである。プライスレス。
「うん、ここで合ってるよ。どうぞ中に入って」
「失礼します」
タツベイの知り合いにしてはやけに上品である。もしかすると良家のお嬢様なのかもしれない、とラルトスは思った。
ラルトスは最近マニューラを見習い、仕事上重要なポケモン観察眼を鍛えている。マニューラの観察眼は本当に鋭いのだ。決して目つきが悪いという意味ではない。
「!?こ、こちらの方は……?」
ラルトスに続いて中へと入ったミニリュウが目にしたのは(鋭い眼つきに鋭いツメの)マニューラである。ミニリュウは悲鳴をあげそうになりながらも、マニューラへの敬語を忘れない。
「マニューラはここの店主というか、マスターというか……ともかくここを経営してて、僕はそのお手伝いみたいなものなのかな。雇われてるんだよ。タツベイから聞いてない?」
「あ、いえ……少し驚いただけです。すみません」
「ご用件は?」
言葉とは逆に、マニューラに声をかけられたミニリュウはびくっと体をすくませた。
そんなに怯えなくても良いのに。でももしかしたら、僕も初めてここへ来た時はこんな風に見えたのかも、とラルトスは思い直した。マニューラも依頼人が怯えているという状況には慣れているらしく、いつもの如く黙って椅子を出し、ミニリュウの言葉を待っている。
そういえば、ミニリュウは椅子に座れるのだろうか?ラルトスやタツベイはすすめられた椅子に腰かけることができたが……。とラルトスが内心どきどきしていると、ミニリュウは椅子の上でとぐろを巻いた。
あ、そうやって座るんだ。ラルトスの中でしょうもない疑問が一つ解決した。
「その、お願いしたいのは私の姉を……ハクリュー姉さんを守ってほしいんです」
「守る?」
「はい。ご存知かと思いますが、ハクリューの首についている珠はとても高価なものです」
「ああ。確か、闇市場では3000万ポケの値がつくと聞いたことがある」
「さ…3000万ポケ!?そんなにあったら、えっと、どうしよう……」
ラルトスはその金額(1ポケ=10円。つまり3000万ポケ=3億円)を聞いただけで目を回してしまった。もともとラルトスは2400ポケのお金に困ってここへやってきたわけで、もはやミニリュウとは格が違うと言わざるを得ない。
「その通りです。しかし、首の宝珠はハクリューにとって命や名誉そのものといっていい大切なものです。普通、どんな大金を積まれようとも売ることはありません」
そうだな、とマニューラは相槌を打った。気が付けば、ミニリュウが肩の力を抜いて自然に話をできるようになっている。ミニリュウに肩があるのかどうかはよくわからないが。
「だからこそ高値がつくのだろう」
「はい。もうお分かりでしょうが、その宝珠を狙っている者から、姉を守ってほしいのです」
―2―
(うわ、すっごいお屋敷……)
それは小さな城と言ってもいいような建造物だった。
その建物はただ大きいのではなく、荘厳さを兼ね備えてラルトスの目の前にそびえたっている。周囲を海と広い庭に囲まれたその屋敷は、ミニリュウが先祖代々住んでいるものだという。
「カイリュー(海竜)というように、私たちはもともと水中生活が基本ですから、陸上での生活に適応してもやはり海のそばが落ち着くんです」
ミニリュウはそう説明した。
重々しい扉は、ラルトスたちが近づくと勝手に開き、中からヨーギラスが顔を出した。
「お帰りなさいませ、ミニリュウ様。……こちらの方々は?」
「私のお友達です。ヨーギラス、もう下がって構わないわ」
ヨーギラスは音もなくどこかへ去った。
これがあの伝説の「執事」というやつか。どうやらミニリュウはラルトスには縁があるはずもないようなレベルのお嬢様だったらしい。これならば、3000万ポケの宝珠を売らずとも一生生活には困らないだろう。
「こちらが姉の部屋です」
とミニリュウが示した扉を、どこからともなく現れたヨーギラスが開けた。
“テレポート” (もちろんヨーギラスはその技を覚えられないが)でも使ったのかというような速さである。執事の鑑だ。
「あら、ミニリュウ。どうかしたの?後ろの方は?」
「例の、宝珠の件で……」
ああ、とハクリューはうなずいた。
「心配してくれるのは有り難いけれど、ミニリュウ、みだりに見知らぬポケモンを屋敷へ招き入れるのは感心しないわ。亡きお母様の言いつけをよもや忘れてはいないでしょうね?」
「は、はい、お姉さま……」
「ならば良いわ。それと、こう言っては失礼に当たるけれど、信用できるのかしら?ボディガードにしては少々若すぎるようだけれど、どなたの紹介?それとも、貴女が自分で探したの?」
「あ、いえ、タツベイさんの紹介です」
とミニリュウは慌てて言った。その言葉に、ハクリューの表情が心なし和らいだようであった。
「そう、わかったわ。同じドラゴンポケモンの紹介ならあまり無下にもできませんわね。では、よろしくお願いします」
とハクリューは椅子に腰かけたまま軽く会釈した。
マニューラもそれに応じて礼儀正しく頭を下げ、
「私はマニューラ、こちらは助手のラルトスです。はじめに二、三お聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「宝珠を狙う者に心当たりはおありですか?」
「ありません。欲に目の眩んだ者など世の中に掃いて捨てるほどおります」
「そうですか。では、いつから狙われているとお気づきに?」
「それはおよそ一か月前が始まりだったと記憶しています……」
さて、マニューラとハクリューのやり取りはこの後かなり長く続いた。
というのも、ハクリューは話の随所で宝珠がいかに大事であるかを“ダーテングの翁の伝説”など様々なエピソードを交えて語ったからである。マニューラはハクリューが語ったそれらの話をいちいちメモした。おかげでラルトスはやることがなくなり、長くて退屈な話を一生懸命聞いているふりをする羽目になった。
ここでは、宝珠を狙う賊にかかわることのみをマニューラのメモから抜粋・要約したものを載せるだけにとどめる。
初めは一か月ほど前の夜中、屋敷に忍び込もうとする影をヨーギラスが発見するも見失った。次は二週間前も同様にやってきたが、やはりヨーギラスが追い払った。ヨーギラスに敵わないと思ったのか、三度目はヨーギラスの留守を狙って襲撃があった。しかし、偶然戻っていた父・カイリューの姿を見て賊は逃げだしたという。
「そして三日前、一昨日と続けて怪しい者が敷地付近で目撃されたのです」
「なるほど。しかし、賊が侵入しただけでなぜ宝珠が目的だとおわかりに?」
「我が家に宝珠以上に高価なものはありませんから」
それに、と言いかけてはっとしたようにハクリューは言葉を切った。
「――いえ、なんでもありません」
「何か事情がおありなのですね?失礼ながら、それを聞かせていただくことは可能ですか?賊の手掛かりにあるかもしれませんから」
「いいえ。わが一族だけの秘密ですから。失言でした、秘密があるということ自体も、決して他言なさらぬよう」
「承知いたしました」
とマニューラは頷いた。
どうやらこれ以上の情報は引き出せそうもない。そう悟ったマニューラはラルトスに目配せし、二人は部屋を退出した。
―3―
「どうするの?これから」
広く豪華な廊下。窓の外に広がる青い海、白い雲。
そして無言のマニューラ。ものすごく周囲から浮いている。タツベイの言を借りるなら、ネンドールのように空が飛べるんじゃないかというくらい。
マニューラという種族はもっと北の寒い地方に住んでいるのが普通なので、青い海とマニューラのとり合わせはどうにも違和感がある。
「どうする、か……相手がわからないと手が打てないな」
「そうだなあ……一か月前に始まって二週間、一週間、三日、二日前だよね?だんだん襲撃の間隔が短くなってる」
「そう、よく気付いたな。もし泥棒が焦っているとすれば、近いうちにまた現れるはずだ」
先日のタツベイの件といい、ラルトスはやはり聡い。マニューラの見込みは間違っていなかったようだ。マニューラは目を細めた。
「そういえば、ミニリュウが最初は僕たちのことをお友達って言ったのはどうして?」
「ヨーギラスの目の前だったからな。ヨーギラスは単なる執事じゃなくて、ハクリューとミニリュウのボディガードの役割も兼ねているようだから、そのプライドを傷つけないように、ということだろう」
「ふうん。難しいなあ」
きっとミニリュウはこの屋敷で気を使ってばかりなのだろう。
「ところで、ヨーギラスが泥棒を目撃してないかな?」
「そう思ってさっきから探しているんだが……見当たらないな」
「ヨーギラスってホント神出鬼没だよね。なんか執事っていうより忍者みたい」
マニューラの足がぴたりと止まった。
「?どうかしたの?」
「そうだ、もっと早く気付くべきだった……あの俊敏なヨーギラスからどうやって泥棒は逃げ切ったんだ?」
「じゃあ泥棒は足が速いやつってこと?」
「いや、必ずしもそうとは限らな……説明する暇はない、とにかく探そう!」
と叫ぶなりマニューラは走り出した。
なんか以前にもこんな光景を見たな、と思いつつラルトスも駆け出した。