CASE6:エルレイド
―1―
「んん?」
ラルトスが偶然通りかかったカクレオンのお店に真新しいポスターが貼ってあった。
そこに書いてあったのは――
「マニューラ! 大変だよ!!」
ラルトスはこの間マニューラの本名を教えてもらったが、いまだに“マニューラ”と呼んでいる。慣れ親しんでいるので呼びやすいし、“カイ”と呼ぶのはなんだか照れくさい。それにラルトスには本名が無いから、もしマニューラのことを“カイ”と呼ぶとラルトスだけが一方的に本名で呼ぶことになってしまう。ついでに言うと、一方が本名を名乗ったら相手も名乗り返すのが礼儀なのだが、ラルトスの場合は仕方がないだろう。
ラルトスのあまりの勢いに、マニューラはすわ事件かと腰を浮かせた。
「どうした!? 何かあったのか!」
「この町にエルレイド劇団が来るんだよ!」
「なんだ、そんなことか」
マニューラの腰が椅子にすとんとおさまった。
「なんでそんなに反応が薄いの!? “あの”エルレイド劇団だよ?」
「名前くらいは聞いたことがあるような気がしなくもないかもしれない」
「どんだけ曖昧な言い方してんの!? 感動の超大作『走れケンタロス』とか悲劇の恋物語『ロトムとメロエッタ』とか、まさか知らないとは言わせないよ!」
「聞いたことくらいはあるけどな……見たことは無い」
「じゃあむしろいい機会だよ! あの舞台は一度は見ておかなきゃ!」
「まるで見たことがあるような口ぶりだな、ラルトス」
「うん。ハピナスの孤児院にいたとき一度だけチャリティで来てくれたんだ。すごくかっこよくてさぁ……だから、行こうよ!!」
マニューラは仕事の依頼が来たらどうするんだとか別に劇には興味ないとか、その他もろもろの言いたいことを飲み込んだ。諦めたのである。
「……いつだ?」
「明日!」
―2―
「やっぱりかっこよかったなあ、エルレイド……僕もあんな風になりたいなあ」
エルレイドの舞台を見た後、興奮で口もきけなかったラルトスはパッチールのような足取りでよろず屋まで帰り着いてから、ようやく言葉を絞り出した。
「進化すればなれるぜ」
「いやそういう意味じゃなくて。雰囲気っていうか、たたずまいっていうか、オーラ?みたいな」
「確かに、独特な雰囲気があった。脚本自体はわりとありきたりな王道ストーリーだったが、迫力のある演技が全体を支えている感じだったな」
「そうそう、そんな感じ」
だがリアルではなかった、とマニューラは心の中で付け加えた。ラルトスの前ではとても言えないが、あれは演劇としては素晴らしいものに違いないが、作り物特有の嘘っぽさが目立った。
劇のストーリーを要約すると悪いドラピオンにさらわれたロゼリア姫をエルレイド演じる主人公が助け出す、というものだった。しかし、どうしてドラピオンはロゼリアをさらったのか。どうしてドラピオンは“退治”されなければならなかったのか。それらは劇中では触れられなかった。
これはマニューラがここ数年の経験から実感したことだが、“悪い”ポケモンにだって、なにか事情や背景がある。もちろん、以前ラルトスがコラッタに対して指摘したように、それを理由にして悪事を働くのはもってのほかだ。だが、そのポケモンの背景まで理解しない限り、困り事が解決することは無いとマニューラは思っている。だから例えば、マニューラの中ではドククラゲの件については解決しているが、キングドラの方は未解決なのだ。
マニューラは舞台を見つつそんな感想を持ったのだが、これはひねくれた見方なのだろう。劇はあくまで作り物だし、観客はそれを知っていて見るものだから、ラルトスのように素直に楽しむのが一番である。
「ぜいたくは言わないけど、サインとか欲しかったなあ……」
とラルトスがぜいたくな願いをつぶやいた時、扉がノックされた。
「失礼。よろずやというのはこちらですかな?」
歯切れ良く話しながら中へと入ってきたのは、だれあろう、エルレイドであった。
―3―
「話というのは他でもない、こちらにあるという空色の板のことなのですよ」
と、ラルトスの興奮がようやく収まってからエルレイドは切り出した。
先日、ラルトスが空色の板――正式には“空色のプレート”と呼ばれているらしい――をもらったことを知っているのは、それをくれたピジョンとポッチャマ、ラルトスとマニューラを除けば、“ブラックエンペルト”のメンバーだけのはずだ。
だから、ラルトスは聞き返してしまった。
「どうしてプレートのことをご存知なんですか?」
マニューラはエルレイドに気づかれない程度に顔をしかめた。
まだエルレイドは「空色の板」としか言っていない。つまり、“空色のプレート”のことを指しているとは限らない。ラルトスは今の発言で“空色のプレート”を持っているということを暗に認めてしまったことになる。
こんな誘導尋問のような手段を使うということは、エルレイドは困りごとを抱えてやってきたわけではなさそうだ。むしろ、プレートのことを探りに来た(マニューラにとっては)“敵”だった。
ラルトスは全く気づいていない。もっとも、崇拝しているエルレイドのことを疑えという方が無理な話ではあるが。ラルトスはさっきもらったエルレイドのサインを大事そうに抱えたままだし……。
「私は何でも知っているんですよ、ラルトス君」
「劇の決め科白が聞きたいんじゃない。具体的な経緯について聞いているんだ」
「ちょっと、失礼だよ、マニューラ」
ラルトスが口をとがらせる。凄くやり辛い。
「無粋なお方ですね。ではお話ししますが、ご存知の通り、私は各地を巡って公演をしております。そんな折、“ブラックエンペルト”のことを耳にした。そう、マニューラさん、あなたが先日一戦交えた悪の組織ですよ」
「………………」
「……合いの手くらい入れてくださっても、ばちは当たらないと思いますよ、マニューラさん」
「俺に構わず話を続けてくれ」
「 そうですか。ともかく、私は“ブラックエンペルト”がここ数年突如出現して急速に勢力を拡大し、あちこちで悪事を働いているという情報をつかみました。悪の組織“ブラックエンペルト”のことを知った以上、私は黙っていられない。私は正義を貫き悪を倒す!」
エルレイドがポーズをとる。ラルトスが歓声を上げる。マニューラは頭を抱えた。話がさっぱり進まない。いちいちエルレイドの科白や所作が芝居がかっているのは職業病なのだろうか、それともこういう性格だから俳優になったのだろうか。どちらかと言えば後者だろうな、とマニューラは思った。
「それで?」
「え? ああ、どこまで話しましたっけ?」
「“ブラックエンペルト”のことを知った、というところまで」
「そうでした。私は“ブラックエンペルト”の内部にスパイを送り込んだのです。私はそういう卑怯なやり方は好まないたちなのですが、大きな正義の前に個人の主義などどうでもよいことです。ともかく、その密偵からここに空色のプレートがあるという報告を受けてここへと来たわけなのですよ、マニューラさん。納得していただけましたか?」
「……その正義とやらとプレートにどんな関係があるんだ」
エルレイドは肩をすくめた。
「私は一つの問いに答えました。次はあなたが情報を開示する番ですよ。あなたはどうやってあのプレートを手に入れたんです?報告によれば、あのプレートは行方不明になっていたはずですが」
「誤解しているようだが、プレートを手に入れたのは俺じゃない。ラルトスだ」
「なんと、そうでしたか。ではラルトス君、どうやって君がプレートを手に入れたのか、話してくれないかい?」
「あ、あれは頼まれて、ポケモンを探したお礼にもらったもので、その……」
「誰に? その者は一体どこでそれを?」
ラルトスは目を白黒させた。エルレイドの尋常でない気迫に、ラルトスの顔に初めて尊敬以外の表情が浮かんだ。
「……この町に住んでいるピジョンと、スソノタウンのポッチャマに。どこで拾ったかは知りません。あの、もしかして、ポッチャマとピジョンのところにも行くんですか?」
「それは君次第だよ、ラルトス君。そんなに怯える必要はない。……ふむ、どこで手に入れたかについては、とりあえず良しとしましょう。では、そのプレート、私に譲ってくれないかい? タダとは言いません。代価として“めざめいし”を差し上げましょう……強くなりたいのでしたね? 私のように」
さっきの会話を盗み聞きしていたらしい。ラルトスは顔を赤くした。
「ダメだ」
マニューラはラルトスが答えるより先に答えた。
「何故です?」
「どうしてプレートにこだわるのか、理由をまだ聞いていないぞ」
「マニューラさん、“あなたには”わからないでしょうが、我々には正義という名の確固とした理想がある。その理想のために必要なのです」
「そんな言葉が信用できると思うのか」
「あなたは“悪”であるがゆえに誰も信用できず、また誰にも信用されない……不幸なことに」
誰も信用できない。
その言葉はマニューラの心にぐさりと突き刺さった。そう、エルレイドの言うとおり、“あの時”以来、マニューラはラルトスやドンカラスをほんのわずかな例外として、誰も信用できなくなっていた。大切なものを失った痛みを長い間封印することで、それに気付かないふりをしてきただけだ。そして、それには自分が“悪”属性であることが深く関わっている。
黙り込んだマニューラをよそに、エルレイドはラルトスに向き直った。
「ラルトス君は、私のことを信用してくれるね?さあ、“空色のプレート”を、渡してください」
「すみません」
「……え?」
「プレートは譲れません」
ラルトスはうつむきながら、しかしはっきりと断った。
「いったい何故? どこに問題がある? いいことずくめじゃないか! 君は“めざめいし”が手に入り、私は正義を追求できる!何が不満なんだ!!」
「僕はマニューラの判断に従います。今まで、そうして間違ったことはありません」
「……ラルトス」
マニューラの声が掠れた。エルレイドは顔をゆがめた。
「……ならば、私はマニューラさんに“決闘”を申込みましょう」
「決闘だと?」
決闘とはお互いの意見が一致を見ないとき、妥協不可能な案件を解決するための伝統的な手段である。しかし、“大戦争”以降はお互いを傷つける行為は忌避され、めったに行われなくなった。
「ええ。ラルトス君はあなたの意見に従うと言いました。どんな卑怯な手を使って彼を服従させているかは知りませんが、あなたの意見そのものを翻させれば私の目的は達成されます」
「……その理想とやらのためには手段を選ばないということか」
「仕方のないことです。私が勝ったら“空色のプレート”をいただきます」
「ならば、俺が勝ったら“めざめいし”をもらおう。それと、二度と俺たちの前に現れないと誓え」
「……いいでしょう。では、受けてくださるんですね?」
「勿論だ」
「マニューラ!」
ラルトスが叫んだ。
―4―
「ねえ、どうしてエルレイドと戦わなきゃならないの?僕には全然わからないよ」
「プレートのせいだ」
プレートは、昔から戦いの種をまき散らしてきた。その事実を、ラルトスは知らない。ラルトスにプレートを託したピジョンとポッチャマも知らなかったのだろう。だが、あの口ぶりからして、エルレイドは間違いなく知っている。恐らく、既に他のプレートも所持しているだろう。
問題は何枚持っているかということだ。一枚ならとりあえず問題ない。だが、二枚以上はまずい。
その上、プレートには“ブラックエンペルト”まで関わっている。ラルトスによると、街道で襲ってきたオニドリルたちはエンペルトの名前を口にしており、しかも空色のプレートをミスで失った、とのことだった。リザードンにやられた、と口走っていたらしい。
そのリザードンまでもがプレートを狙っているとしたら……今、世界で何が起こっているというのだろう。これでは“大戦争”の再来ではないか。
「ねえ、マニューラ! マニューラってば!!」
ラルトスがマニューラの腕を引っ張りながら叫んでいる。物思いに囚われて、ラルトスの声が聞こえていなかったようだ。
「ん?」
「答えてよ。どうして『プレートのせい』なのか」
「ああ……これは知らない方がいいかと思ってあえて話さなかったことだが……事ここに至っては、仕方ないか。そもそも、プレートは謎が多いアイテムでな。俺自身、よくわかっていない部分も多い。だから、わかっていることだけを話す」
「うん」
ラルトスはこくんとうなずいた。
「まず――」
言いかけた時、マニューラの頭がずきりと痛んだ。
――いいか、プレートの秘密は絶対に他言してはならん。秘密があることさえも他言してはならん。お前が十八歳の誕生日を迎えた時、すべての秘密を教えてやる。それまでは、ただひたすらこの“黒のプレート”を守り抜くのだ――
マニューラの脳裏に、何年も忘れていた父親の声が蘇った。
マニューラは十八歳になるよりも前に家を飛び出したので、その秘密とやらは聞いていない。だから、ここで俺が知っていることを話しても問題はないはずだ……いや、これではまるで父親に対して言い訳しているようではないか。いったいいつまで俺はこんな呪縛に囚われているのだろう。マニューラは頭を振って幻聴を振り払った。
ラルトスが不思議そうにしている。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。まず、俺が知っていることは二つある。一つ目は、プレートは色に応じて、特定の技の威力を強める効果がある。“空色のプレート”なら、“飛”属性の技だ」
「“飛”?」
「具体的にはピジョンとか、以前会ったドンカラスの持つ属性だ。“飛”属性の技は“かぜおこし”とかだな。“飛”属性の技自体は、“飛”属性のポケモンでなくとも扱うことはできる」
「ふうん。あ、そういえばこの前のオニドリル、スピアー、ゴルバットはみんな“飛”属性だったってこと?」
こういうラルトスの察しの良さにはマニューラも驚くばかりだ。マニューラが付け加えることがあるとすれば、リザードンも“飛”属性であるということだけである。ラルトスはおそらくリザードンに出会ったことがないだろうから、わからなくとも無理はないことだが。
「そうだな、関係があるかも知れん。まあ、それは警察が調べているだろう」
オニドリルは逃がしたものの、ゴルバットとスピアーはお縄についた。キングドラと一緒に“ブラックエンペルト”の関係者として尋問を受けていることだろう。
「でも、それならエルレイドが“空色のプレート”を欲しがる理由にはならないんじゃない? エルレイドは空を飛んだりはしないし」
「その通りだ。だから、その理由は俺の知っているもう一つの事実に関係があるはずだ。以前言ったと思うが、“大戦争”はポケモンたちが属性ごとにわかれて争ったんだ。どうしてだと思う? どうしてまったく見知らぬポケモンとも、『同じ属性である』という理由だけで団結して戦うことができたんだ? ……それはな、プレートがあったからだ。プレートには不思議な力がある。プレートという“旗”のもとに、まるで引き寄せられるかのようにポケモンたちは集まった。そして、互いのプレートをめぐって戦いが起こったんだ」
「そんな……どうしてそんなに危険なものを、エルレイドが……?」
「わからない。わからないが、エルレイドは正義のためというばかりで、話してくれなかった。エルレイドがなぜプレートを欲しがるのかは知らないが、どんな理由であれプレートを集めるのは危険をもたらしかねない。だから、俺はそれを防ぐ」
「でも、それならエルレイドに話せばきっとわかってくれるよ! 僕はマニューラとエルレイドが戦うところなんて見たくないよ!」
「いや」
マニューラはきっぱりと言った。
「目的もなくプレートを集めることなんてしない。エルレイドはきっと、俺も知らない プレートの秘密を知っているんだ。エルレイドは“ブラックエンペルト”のことを持ち出したが、別に“ブラックエンペルト”の狙いを阻止するのなら、誰がプレートを持っていようが関係ない。プレートの持ち主がラルトスなんだから、プレートを無理に取り上げなくとも“ラルトスを”保護すれば済む話じゃないか。エルレイドはあくまでプレートそのものが目的なんだ」
「そう……なの……」
ラルトスはうつむいた。
「あ……少し言い過ぎたか。俺は断定的に言ったが、これは推測にすぎない。“正義のため”っていう言葉を信じれば――」
「ううん、いいんだ。マニューラの考えは今まで外れたことはないし。マニューラの言う通りだよ。エルレイド、プレートのことになるとすごい勢いだったもん」
「…………」
「今日はもう寝るよ。お休み、マニューラ」
「ああ。お休み」
言葉とは裏腹に、ラルトスが今晩眠れない夜を過ごすであろうことは明らかだった。マニューラも明日に備えて眠るべきだと思ったが、安らかに眠るには考えなければならないことが多すぎた。プレートのこと、“ブラックエンペルト”のこと、ラルトスのこと。
俺は、自分のやっていることを正しいと胸を張って言えるのだろうか。
―5―
そして翌日、決戦の日。
町はずれのだだっ広い野原で、マニューラとエルレイドは対峙した。マニューラの後ろに、不安げな顔をしたラルトスがいる。
エルレイドは不敵な笑みを浮かべた。
「マニューラさん、あなたにはプレートは使いこなせませんよ。ご存じないでしょうが、プレートには特定の――」
「――属性の技の威力を高める効果がある。そのくらいの知識なら俺にもある。あまり見くびらないでほしいな」
「む……それを知っていたとは。では、これが何かわかりますか?」
エルレイドはオレンジ色の板を取り出した。
「“橙のプレート”です。私の持つ属性、“闘”の技を強めてくれるプレートです。プレートの力を理解しているのならば当然、属性相性もご存知ですね?“氷”“悪”の属性を持つあなたにとって、“闘”属性は天敵です」
何故エルレイドは決闘において当然知っているべきことをわざわざ確認しているだろうか? マニューラは訝りながらも答えた。
「勿論、それも承知の上だ」
「その言葉が聞きたかったのですよ、マニューラさん」
「何だと?」
「いえ、あなたにとって圧倒的に不利なはずのこの戦いをいともあっさりと受けてくださったので、私は心配していたのです。もしや属性相性をご存じでないのではないかと。しかし、実際はそうでなかった。あなたは属性相性をすべて完璧に理解していますね?」
「ああ」
「ならば何故、あなたの“悪”は、そこにいるラルトス君の“超”にとって天敵であることを告げていないのですか?」
「――!!」
それは……言えなかった。今のラルトスとの関係を壊してしまいたくなかった。壊さずとも、ひびが入るのも、距離が開いてしまうのも嫌だった。マニューラにとって、大切な存在を失うことはトラウマに近いものになっていた。
「マニューラ……今の話は……?」
「……事実だ」
マニューラは振り向くことさえできずに答えた。隠しきれないほど声が震えていた。
ラルトスはどんな表情で自分を見ているのか。振り返ってそれを見るのが辛い……いや、怖いのだ。怖かったから自分の口からは言えなかったのだ。
その結果、最悪の形でラルトスに知られてしまった。自分の属性がラルトスとは最悪の相性だという事実を。
「あのさ、マニューラ」
「……なんだ」
「なんで隠してたの」
「……ごめんな、ラルトス」
「……僕はマニューラを信じるって言ったよね?ハクリューに嫌なことを言われた時には言わなかったと思うけど、たとえ世界中のポケモンが“悪”のポケモンを嫌っても、僕はマニューラのことを信じてるよ。マニューラは僕やいろいろなポケモンを助けてくれたことを知ってるから。だから、マニューラももう少し僕のこと、信用してよ」
「……ありがとう」
マニューラは涙をこらえきれなかった。
そうだ、俺は正義の味方ではないが――ラルトスの味方だ。
そして、昨日からなぜかエルレイドに腹が立つ理由がようやくわかった。エルレイドは誰の味方でもない。エルレイドの言葉はラルトスのことを全く思いやっていない。だから、ピジョンやポッチャマとの思い出の品をあっさりと石ころと交換してしまおうとしたのだ。
ラルトスは俺のことを信じてくれると言った。その俺が迷っていてどうするんだ。正義も悪も関係ない。
「大切なものさえ守れるのなら――俺は“悪”でも、構わない!!」
叫ぶと同時にマニューラは駆け出した。その姿はまるで、演劇に登場する正義の味方のようだった。
昨晩、マニューラはエルレイドに対する戦術を考えていた。
エルレイドの必殺技“インファイト”は懐深くまで相手を飛びこませ、至近距離から高速の連撃を繰り出して返り討ちにする、いわば“肉を切らせて骨を断つ”技だ。属性相性はエルレイドが言ったとおり、最悪だ。さらにプレートが威力を押し上げている。“闘”属性の技なら、わざわざリスクを冒して“インファイト”を使わなくともマニューラを倒せる技はあるはずだ。
しかし、だからこそマニューラはエルレイドは必ず“インファイト”を使ってくると確信があった。ヒーローが相手を倒すときの技は必殺技でなければならない。たとえ確実に勝てるとしても、地味な“マッハパンチ”などで勝ってしまうようなことはあってはならないのだ。特に、ラルトスという観客の前では。
マニューラの読み通り、エルレイドは“インファイト”の構えをとった。昨日見た劇中でも、悪役のドラピオンがやられた技である。
ドラピオンは4発目を受けたところで倒れた。これは動体視力に自信のあるマニューラにはカウントできたが、ほかの観客の目にはおそらくエルレイドのこぶしが消えたように映ったはずだ。ドラピオンで4発というのを目安にするなら、マニューラならば一撃でも喰らえば即アウトだろう。
だが、予測していれば対処の方法はある。
繰り出された右の拳を左手で弾き、がら空きになったエルレイドの細いボディを下から上に切り上げ――
―“つばめがえし”!
エルレイドは大きく目を見開いて――倒れた。
「俺の勝ちだ、エルレイド」
―6―
「納得いきません」
「なにがだ。正々堂々戦った結果だろう」
「そもそも、“つばめがえし”などという技をどうしてあなたが使えるのですか」
「友達の鳥ポケモンに教わった」
友達とはもちろんドンカラスのことである。
「それにしても、一撃で決めなければ私の二撃目の拳であなたは倒れていましたよ」
「まだ負け惜しみか。実際は一撃で勝負はついた。正確には下から切り上げ、続けざまに切り下す技だから二発食らわせた計算だが」
「く……だとしてもこの私の拳より早く二発も……。あなたはそれで決着がつくと確信していたのですか」
「そうだよ。これがあったからな」
マニューラは首のマフラーの中から一枚の板を取り出した。
「それは……!」
「“空色のプレート”だ」
――“空色のプレート”はそれを所持する者の“飛”属性の技の威力を強める――
エルレイドは唇をかんだ。
「まさかそこまで読んでいたとは……私の負けです、ね。約束は果たしましょう」
エルレイドはラルトスに“めざめいし”を握らせた。
「残念ながら私は強くはなかったようですが……君は強くなってくださいね。“空色のプレート”を守れるように」
「エルレイドさん……」
「では、私は失礼します。二度と現れないという約束でしたが……私はなんとなく、またお会いするような予感がしますよ、マニューラさん。私が脚本家なら、必ず再会する筋書きにしますよ」
「現実と演劇をごっちゃにするな」
そういって横を向いたマニューラとラルトスに軽く会釈して、エルレイドは最後まで格好よく去って行ったのだった。
―7―
「ねえ、マニューラ」
めざめいしをためつすがめつ眺めていたラルトスが不意に言った。
「なんだ?」
「エルレイドはやっぱり僕の中ではヒーローだけどさ、この石を使うのは、まだ先でいいや」
「……そうだな、まずはキルリアに進化する方が先だな」
「いや、そういう意味じゃなくて」
茶化したマニューラに、ラルトスはあくまで真面目に答える。
「僕にはまだ、ふさわしくないような気がするんだ。僕は正義とか、強さの意味もよくわかっていないから」
「そんなの、はっきりわかってる奴なんているのか? 少なくとも俺には分からないな。正義も強さも、定義はみんなそれぞれ違うんじゃないか。俺はラルトスはある意味、すごく強いと思う」
「え? どういう意味で?」
「ほら、運は絶対に強いじゃないか。ラルトスだけ欲しいものを全部手に入れてるし」
「ちょっと、真面目に答えてよ!」
そう言って笑うラルトスの後ろの壁に、エルレイドのサインが飾られていた。
To be continued…