CASE5:ピジョン
「いつかきれいな海の底を見せてあげるよ」
「あの空の向こうまで連れて行ってあげるよ」
どちらからともなく交わした約束。
まだ憶えていますか?
―1―
ラルトスはぼんやりと曇り空を眺めていた。依頼が来ない日はすることが無い。
掃除はもう既に終わった。ピカピカに磨き上げた机、床。
ほんとうはウインディ警視の依頼があるけれど、それもラルトスにどうこうできるものではない。そしてマニューラはその依頼に対していまだに何のアクションも起こさない。これはマニューラにしては珍しい。
いくら相手が正体不明だとしても、今までマニューラはそういうポケモンたちを相手にしてきたじゃないか。嘘をついていたコラッタも、姿を見せないドククラゲ、キングドラも。
ラルトスはそう言いたいけれど、ともかくマニューラは依頼を受けたのだ。受けた以上、今はやらなくとも、責任感の強いマニューラのことだからそのうちきっとやるだろう。
と、ラルトスが思ってから今日で八日目。マニューラは小さな依頼を二つほどこなしたものの、どちらも“ブラックエンペルト”とは何の関係もなさそうなものだった。こうしている間にも、“ブラックエンペルト”はどこかで暴れているのだろうかと思うくらい平和だ。ウインディ警視からも、何の音沙汰もない。
それにしてもやることが無い。
仕方がないので空を見ている。
「ん?」
灰色の空に、何か点のようなものが少しずつ大きくなって――いや、あれはポケモンだ。今日はどうやら、退屈せずに済みそうだ。
―2―
「ポッチャマと僕は幼いころからよく一緒に遊んでいました。町に住んでいるのはやっぱり、町のポケモンでしょう? たとえば、ワンリキーとか、ユンゲラーとか、シャンデラのような。僕ら鳥ポケモンは、重たい扉から出入りするのも、椅子に座るのも苦手なんです」
と、ピジョンは言った。彼は椅子には座らず、入ってきた窓の枠に止まったまま話をしている。
「それで、僕らは町では貴重な鳥ポケモン仲間でとして仲良くなったんです。――すみません、本題と関係ありませんね――ともかく、僕らは親友でした」
「“でした”?」
「はい。半年ほど前、正確に言うと167日前のことですが、突然引っ越してしまったんです」
「引っ越し先は聞かなかったの?」
「落ち着いたら手紙を出すとのことでしたが、いまだに届きません……。今まで約束破ったことなんてなかったのですが」
あの約束も忘れちゃったのかな、とピジョンは独り言のように付け加えた。
今日のマニューラは黙りっぱなしだ。いつもなら積極的に情報を引き出していくのに。ここはラルトスが代わりにやるしかなさそうだ。
「居場所の手掛かりになりそうなことは無い? 細かいことでもいいから」
「確か、お父さんの故郷へ帰るんだと言っていました。その町の名前は聞かなかったんですが、きっと北の、寒いところだろうと思いまして、自分なりに空から探してみたんです。でも、駄目でした。何か月も探しましたけど、見当もつかずにこちらを頼ったというわけです」
「悪いが、他を当たってくれないか」
「ええ!? マニューラ?」
「今、他に依頼を抱えてるんだ。三日に一度くらいは依頼も来るしな。鳥ポケモンの機動力で何か月もかかっても探し出せなかったのなら、俺にはもっと時間がかかってしまうだろう。申し訳ないが、一つの件にずっと関わっていられないんだ。そういうわけだから、引き取ってもらえないだろうか」
驚いたピジョンに二の句を告げる暇を与えずに、マニューラはピジョンの困りごとをすげなく断ってしまった。
「そうですか……わかりました。ご迷惑でしたね」
ピジョンは入ってきた時と同じように、窓から飛び去った。窓枠にさっきまではなかった水滴が一粒、落ちていた。
「マニューラひどい! 見損なったよ!」
と言って、扉をばん! と閉めて、ラルトスは出て行った。
そして、マニューラだけが残された。
どうしてあんなことを言ったのだろう。必要以上に雄弁になったのは、誰を納得させるためだ? ピジョン? ラルトス?
それとも、自分か?
“父親”“故郷”“親友”“北の街”“果たされなかった約束”……
全部、マニューラの過去を思い出させる言葉だ。もちろん、単なる偶然だ。マニューラ自身の過去とは何も関係が無い。“ブラックエンペルト”の話を聞いて、少し過敏になっているだけだろう、とマニューラは自己分析した。
しかしこれだけの偶然が続いたのだから、もしかすると、今まで逃げ続けてきた過去と向き合う時が来たのかもしれない、とも思った。
そしてその時は、ラルトスと出会った瞬間から、始まっていたのかもしれない……。
―3―
ラルトスは怒っていた。
マニューラが最近元気がないのは知っていた。でも、それとこれとは話が別じゃないか。ラルトスの知る限り、マニューラはたとえ難しくても、依頼を断ったことは無い。
ピジョンがせっかく頼ってきたのに、今は仕事もないのにさも忙しいようなことを言って断るなんて。ピジョンの困りごとは切実で、深刻な――
そのピジョンがいた。ちょうど窓から家(おそらくピジョンの自宅だろう)に入っていくところである。なんてラッキーなんだ。ラルトスは早速、その家の呼び鈴(チリーン型)を鳴らした。
ややあって、ピジョンが顔を出した。文字通り顔だけである。本当に扉が重そうだ。
「どちら様でしょうか?」
「突然すみません。よろず屋の者ですけど」
とラルトスは扉を支えながら言った。
「ああ、さっきの。僕、忘れ物でもしましたか?」
「いえ、そうじゃなくて。さっきの依頼の件ですが、マニューラはああ言ってましたが、僕が代わりに承ります」
「ラルトスさんが?」
「はい。僕にできる限りのことはします」
「本当ですか! それでは、よろしくお願いします!」
そういって、ピジョンは微笑んだ。もうその目の涙は乾いていた。
さて、どうしよう。その場の勢いだけで引き受けてしまったが、僕の足で探せる範囲なんて限られている。となるとやはり、聞き込みしかあるまい。この町で情報を集めるなら、やはりあそこだろう。
「いらっしゃい!」
「カクレオンさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「ダメダメ! 今忙しいんだから」
「モモンのみをひとつください」
「毎度! ……で、何が聞きたいの?」
根っからの商売人であるカクレオンは客には優しい。そして、ラルトスがカクレオンのお店でバイトしていた時に知ったことだが、客の情報には異常に詳しい。
「この町に住んでて、半年くらい前に引っ越したポッチャマの行先ってわかりますか?」
「ポッチャマ? ああ、エンペルトさんのところのことか」
エンペルト。ラルトスはぎくりとした。
確かに、ポッチャマの父親はエンペルトの可能性がある。僕は全然気づいていなかったけれど、もしかしてマニューラが依頼を断ったのはもしかしてそのせいだったのだろうか。だとしても、この依頼が“ブラックエンペルト”と関係があるとは思えないけれど……。
「エンペルトさんなら、故郷のスソノタウンに帰るらしいよ。この町から南に20ポケマイル(1ポケマイル=800メートル)くらいかな」
なるほど。ピジョンはポッチャマのお父さんの故郷は寒い地方だと思い込んで、北ばかり探していたから南の街は探していないんだ。でも、このくらいのことはマニューラなら、話を聞いた時点で気づいてもよさそうなのに。
「聞きたいことはそれだけかな?」
「うん、どうもありがとう」
スソノタウンはかなり遠い。以前タツベイの時に行った“風の峡谷”よりも遠い。しかし、ラルトスの足でも、朝に出掛ければ日暮れまでには何とか戻ってこられるだろう。
ラルトスの手にはモモンの実がある。それを眺めているうちに、妙案がひらめいた。
―4―
翌朝、ラルトスはマニューラが寝ているうちにこっそりと家を出た。自分の取り付けたドアベルが鳴ってしまったことに少々焦ったが、マニューラはぐっすりと寝入っているようで、起きてくる様子はなかった。
第一関門クリアだ。
ラルトスの計画とは、ピジョンの困りごとを解決し、なおかつマニューラを思い切り心配させてやろうという、一匹のイシツブテで二匹のポッポを狙うものである。
机の上に書置きを残しておいた。「ちょっと出かける」とだけしか書いてない淡白なものだが、誘拐などではないということだけは一応はっきりさせておこうと思ったからだ。もっとも、ラルトスを誘拐したところであまり身代金は取れそうもないから、それは杞憂に過ぎないかもしれない。
まだ朝早い時間だが、両側にキマワリモドキ(注:ヒマワリのこと)が咲いている道を数匹のオオタチが往来している。すれ違いざまに、
「最近夜になるとこの辺で強盗が出るんだってよ」
「じゃあ、早く済ませて戻らないとな」
という会話が聞こえた。
ラルトスはふと、どこからか視線を感じて振り返った。しかし、背後にはたった今すれ違ったオオタチ以外には誰もいなかった。強盗という物騒な単語を聞いたせいで誰かに見られているように錯覚したのだろう。
今日はポッチャマに会い、ピジョンが会いたがっていると伝えるだけにとどめるつもりだ。ポッチャマの側に、何か会えない理由でもあるのかもしれないと思ったからだ。
ポッチャマの居所が判明しても、ピジョンにはあえて声をかけなかったのもそのためである。いきなりピジョンを連れて押し掛けたりしたらかえって迷惑だろうという、ラルトスなりの配慮である。
今頃マニューラはメモを見つけているだろうか、とか考えながらのんびりと道を歩く。
まだ一日は始まったばかりだ。
―5―
スソノタウンについたのはお昼を少し過ぎたころだった。思っていたよりも少々遠かったが、まあ予定通りだ。ラルトスは昨日かったモモンの実を取り出して一口かじった。甘みが口に広がる。なんだかやけに解放されたような気分だ。ハピナスの孤児院を飛び出してから、こんな気分になるのは久しぶりだ。……おっと、やるべき事を忘れてはいけない。
通りすがりのゴンベに、
「すみません、ポッチャマの家ってどこかご存知ですか?」
と訊いてみた。ゴンベはじっと僕を――ではなく、僕の持っているモモンの実を見て、
「それ、くれたら教えてあげてもいいよ?」
と言った。
お昼ご飯をとられてしまったが、ともかくポッチャマの家はわかった。結果オーライだ。前向きに考えよう。
ポッチャマの家にはピジョンの家にあったのと同じ、チリーン型の呼び鈴がついていた。鳴らす。
「……誰?」
「初めまして。僕はラルトス」
「いや、それは見ればわかるけど……何の用?」
「えーと……」
ぐるるるる。
「………………」
「……とりあえず、中入れよ。大したものはないけど、食い物はあるぜ」
ざっくばらんな言葉遣いでポッチャマはラルトスを中へ招き入れた。これも結果オーライだろうか?
「どうぞ」
お皿の上には見たこともない木の実が載っている。匂いを嗅いでみると、甘酸っぱい、いいにおいがする。
「別に毒なんて入ってねーよ」
「……いただきます」
その時ちょうど窓から吹いてきた風と同じぐらい、爽やかな味だった。疲れが消えていくような気がした。
「おいしい!」
「だろ? 裏の山で採ってきたんだ」
「山で?」
ポッチャマが山登り? それって、たとえて言うならハブネークとザングースが仲良くしているぐらい不自然な光景じゃないか。
「ああ、うん。オレ、昔友達がいてさ。そいつと一緒に山とか、あちこち探検してたんだ。で、今でも山で木の実採りとかしてるんだ」
その言葉には悪意の類は一切感じられず、懐かしさがこもっていた。これなら、ピジョンのことを話しても大丈夫だろう。
「あの、ポッチャマ、実はさ……」
「そうか……手紙出すっていう約束、すっぽかしちゃったもんなあ」
ポッチャマはため息をついた。
「ほら、オレって鳥ポケモンだけどさ、飛べないじゃん。ある時さ、ふと悲しくなってな。死ぬまで空を飛べずに終わるのかなって思って……」
ポッチャマは天を仰いだ。いくら上を見上げても、見えるのは天井だけだというのに。
これは、タツベイの時と同じじゃない。タツベイはいつかボーマンダに進化して大空をその翼で自由に飛び回ることができる。だから、あの時僕とマニューラはタツベイの問題解決を先送りにして問題そのものを無効化する方法をとった。
だけど、ポッチャマは……。
「……それでな、あいつは、ピジョンは生まれてすぐに飛べるようになった。昔から平然と空を飛ぶあいつがオレのそばにいたけど、このスソノタウンには空を飛べるポケモンは一匹もいなかった。もしかしたら、ピジョンに会いさえしなければ、この空を飛びたいっていう気持ちも消えるかと思ったんだ。だから手紙を出さなかった……」
「……でも、そうじゃなかった。四六時中ポッチャマのことを思い出してた。未練がましく山に登ってたのも、ちょっとでも高いところへ行きたいと思ってたからなんだ、きっと」
「じゃあ、ポッチャマと仲直りしたら?」
「そんなことできるかよ! オレの勝手な都合で、この半年間会うことも手紙出すことさえしなかったってのに、……今更どんな顔してあいつに会えばいいんだよ」
「そのままの、顔でいいよ」
開け放たれた窓の外から、声が聞こえた。驚いたポッチャマとラルトスの前に、声の主が窓から姿を現した。
「ピジョン……」
「ごめんなさい。悪いとは思いましたけど、外で話は全部聞いてました」
「相変わらず馬鹿丁寧な口ききやがって……何にも変わってないな、この野郎」
「君の方こそ乱暴なしゃべり方が変わっていません」
「何だ、俺たちは何も変わってなんかいないな」
「ちょっと距離が離れたくらいのことで変わるはずがないでしょう」
どうやら、もうラルトスが出る幕はないようだった。
「僕はね、実はポッチャマのことが羨ましかったんです。僕は泳げませんから」
「オレがエンペルトに進化したら、海の底を見せてやるよ」
「ああ……憶えてたんだね、あの約束」
ピジョンがマニューラの前で言いかけたのは、そのことだったのか。ピジョンもポッチャマも、対照的な二匹だけど、確かに友達同士なんだろう。足りない部分を補い合うような友達。
「ったりめーだろ」
「じゃあ僕がピジョットまで進化したら君を背中に乗せて空の向こうまで連れて行ってあげるよ」
「待ってるぜ」
「待ってるよ」
―6―
「ありがとう、ラルトス。君のおかげでポッチャマを見つけられたよ。実は今朝、君が街を出てどこかへ向かうのが見えたから、こっそり空からついて行ったんだ」
「あ、そうだったんだ」
ラルトスはここへ来るときに背後から感じた視線を思い出した。あれはピジョンの視線だったのか。
「ありがとな、ラルトス。おかげでピジョンと仲直りできたよ。なんかお礼しないとな」
「いいよ、もうおいしい木の実をもらったし……」
「でも、僕の方からはお礼をしていませんね。……ポッチャマ、“あれ”をあげるのはどうでしょう」
「ああ、アレか。いいんじゃないか?」
「あれって?」
「俺たちの宝物」
ポッチャマが取り出してきたのは薄い青色の、すべすべした板だった。窓から差し込む光を反射して不思議な輝きを放っている。
「いいの? こんなのもらっちゃって……」
「ええ。これ、僕たちが山で見つけたんですが、使い方もわからなくて」
「でも、これはただの板とは違う。使い方は分からないけど、こいつは特別だ。きっと 何かすごい力を秘めてる。ラルトスならいろんなポケモンに会うだろ? だから、もしそれを必要としてるやつがいたら、そいつに譲ってやってくれよ」
夏の太陽は西の空へと沈んでいこうとしていた。思ったよりも長い間ポッチャマたちと話していたらしい。ヤミカラスが群れを作って飛んでゆく。早く家に帰らなきゃ。
行きよりも何倍も気は急いているというのに、景色は一向に変わらず、町との距離は縮まらない。その間にも、太陽はみるみるうちに青い空を赤く染めながら駆け下っていく。ラルトスが抱えた空色の板だけが、赤い光を受けてもその色を失わない。
ついに陽がとっぷりと暮れてしまっても、ラルトスはまだ街へたどり着けなかった。もう道行くポケモンは全くいない。だから、行きに見かけたキマワリモドキが並んでいるところまで来たとき、ラルトスはほっとした。ここまでくればあともう少しだ。
――最近この辺で強盗が出るんだってよ――
不意に、オオタチが言っていたことがラルトスの脳裏をよぎった。ラルトスはさっと後ろを振り向いた。誰もいない。ラルトスは少しだけ安心してまた前を向いて――
「――!!」
いつの間にか現れた三匹のポケモンが、ラルトスの行く手を塞いでいた。にやにやと笑うスピアー、ゴルバット、オニドリル。いったいどこから……ああ、キマワリモドキの陰に隠れていたのか。
「よう、その大事そうに抱えたその板、俺たちに渡しな」とスピアーが言った。
「断ったらどうなるか……わかるよな?」とゴルバットが言った。
「それはもともとオレたちのもんでねェ。落としちまったのサ」とオニドリルが言った。
「う……嘘だ。これは……」
ピジョンは「山で見つけた」と言っていた。ならば、この板は本当に彼らのものなのかもしれない。
ポッチャマは「必要としている奴に譲ってやってくれ」と言っていた。ならば、この板は彼らに譲るべきなのかもしれない。
しかし、ラルトスの直感が、この空色の板を渡してはならないと告げていた。直感に頼らずとも見るからに怪しい三匹だし、おそらくこいつらがオオタチの話していた強盗だろう。とりあえず渡してしまえばラルトスの身は助かるだろう。だが、渡すのは渡さないよりもずっと危険だと、ラルトスには理屈でなくわかった。
「おい、ガキ。俺たちゃ弱い者いじめはしたくねーんだ。エンペルトさんのお達しだからな」とスピアーが言った。
エンペルト? エンペルトだって? どうしてその名前がここで出てくる?
こいつらはまさか――“ブラックエンペルト”か。
「おい、べらべら話してんじゃねェ」
「うるせえ。元はと言えばオニドリル、てめーがリザードンの奴にやられたからだろうが!」
「面倒だから力ずくで奪っちまえばいいだろ。エンペルトなんざ知るか」とゴルバットが言った。
「おい、とっとと渡せ」
ラルトスは怯まなかった。それどころか、笑みを浮かべさえした。
「なあに笑ってんだ!!」
彼らがくだらない言い争いをしていたおかげで間に合った。
そもそも、こんなに遅い時間まで家を空けて、マニューラが心配しないはずがないのだ。ラルトスの身に何かあったと判断したら、たとえ行先を告げていなくとも、マニューラなら必ずラルトスを探し当てる。そしてなにより、マニューラが困っているポケモンを放っておくわけがないことは、ラルトスが一番よく知っている。
彼らは背後に迫っているマニューラにようやく気付いた。だが、もう遅い。勝負は一瞬でついた。
―“れいとうパンチ”!
オニドリルは辛うじて逃げ出し、逃げ遅れたスピアーと、応戦しようとしたゴルバットは地に倒れた。
―7―
「どうしてここがわかったの?」
マニューラなら来てくれると信じてはいたものの、やはり気になる。
「俺もカクレオンの店でモモンの実を買ったのさ。食べるか?」
マニューラはマフラーからモモンの実を取り出した。……なるほど。
モモンの実をかじる。甘さが沁みた。
「何というか……すまなかったな、ラルトス」
「え?」
「俺は今まで“ブラックエンペルト”からも、過去からも逃げてきた。だけど、今日気づいたんだ。いつまでも逃げるわけにはいかないって」
急にどうしたんだろう? 昨日までと言ってることが180度違う。
マニューラの顔を見上げたら、目の下にクマができていた。もしや、昨晩寝ていないのだろうか。
「今まで教えなかったけれど、俺の名前は“カイ”っていうんだ。……昔、もう二度と名乗らないって決めた名前だけどな」
「いいの?」
「その名前とも、向き合うことにしたんだ」
昔、マニューラに何があったのかまでは話してくれなかった。それはたぶん、ラルトスが立ち入っていい話ではないだろう。今日マニューラに起こった変化も、深く問いただしたりはするまい。そのうち話してくれるだろう。
これでいつものマニューラらしくなった。何があったのかは知らないが、前向きなのはいいことだ。ラルトスはそう思っている。
何かが始まろうとしている。この板も、それと無関係ではないだろう。でも、マニューラさえいればきっと大丈夫だと、そう思った。
ラルトスは問いかけるように空色の板を見た。
それは星の光を映して、相変わらず空色に輝いていた。
To be continued…