2-2. 「ついていってあげる」
唐突に部室へ乗り込んできた少女・沢渡つむぎ。私と聡はとにかく今の状況を把握するだけで精一杯だったが、さくらは少々事情が異なっているようだった。
「つむぎちゃん……! 遊びにきてくれたんだね!」
「ええっと……宮本さん。もしかして、この子の知り合いだったりとかするわけ?」
「はいっ。幼稚園の頃からの、大大っ、大っ親友なんです!」
と、さくらは証言しているものの。
「そんなわけないでしょ! 宿敵も宿敵、不倶戴天の敵同士よ!」
つむぎが抱いているイメージは、さくらのそれとは大分カラーが異なっている。どうにもこうにも、噛み合う気配が無い。そもそも、つむぎがさくらを「不倶戴天の敵」とまで言う理由がいまひとつ思い浮かばない。さくらは明らかに外に敵を作るタイプではないと感じるからだ。
「えっ、フグとタイの天ぷら!? つむぎちゃん、それどこで食べられるの!?」
「食べ物の話じゃないわよ! まったく昔っから食い意地の張りっぷりだけは一流なんだから!」
「ああ、『河豚鯛天』……」
「そっか。おかあさんが言ってたの、そういう意味だったんだ」
「白身魚の天ぷらっていいよね、シンプルな味わいで。天つゆもいいし塩もいい、迷うところだよ」
勝手に食べ物の話だと思い込んで瞳を輝かせるさくら、その理由を分析して納得する私、母親たるさくらが喜んだ理由が分かって嬉しいリボン、そしてしみじみと感想を口にする聡。自分で言うのも何だが、どこまでも締まりの無い面子が揃ってしまった感が否めない。
揃いも揃って抜けた連中に業を煮やしたのか、つむぎはわなわなと体を震わせて、提げていたカバンからおもむろにモンスターボールを取り出した。
「ええい、こんなんじゃ埒があかないわ! こうなったら、行くわよ、スカラー!」
放り投げられたモンスターボールから、光と共にポケモンが外界へ解放される。
(そうか……以前つむぎとすれ違った時に覚えた違和感は、このせいだったのか)
私は少し神経質なところがある。例えば近くにポケモンがいれば、仮に姿が見えずとも気配を感じとることができるといった具合だ。モンスターボールへ入れられていても変わらない。つむぎと交錯した瞬間に微かな気配を感じたのは、あの時の彼女がポケモンをボールへ格納して帯同していたからだった。
光が収束して、つむぎが繰り出したポケモンの輪郭が明らかになる。シルエットを見て、私はすぐさまその種族を把握することができた。
「ほう、カラカラ、か……」
「そう仰る貴女は――ムウマージ、ですね」
私の呟きを漏らさず聞き取って、落ち着いた態度で応じてくる。見た目に反して破天荒な親とは対照的な、理知的な性格の持ち主のようだ。
カラカラ――確か『スカラー』という名前だったか。彼を前にしたリボンが、前回私と対峙した時とはとはうって変わって、全身からやる気を漲らせているのが見えた。
「行くわよさくら! 今日という今日こそあたしが勝って、あんたをぎゃふんと言わせるんだから!」
「うん! そう来なくっちゃ! リボン、行っくよー!」
「よーし……! スカラーくんが相手なら、わたし、めいっぱいがんばれる!」
「ボクも同じです。リボンさんとなら、遠慮なく戦えます」
トレードマークである手にした骨を構えて、リボンを前にしたスカラーが臨戦態勢に入る。それぞれのパートナーの様子を見た親たちも、戦意を高揚させていた。この場で今にもバトルが始まりそうな勢いだ。
「さあ、そうと決まったら即行動よ! 外にあるバトルフィールドに――」
「あー……盛り上がってるところに水を差しちゃって悪いんだけど、ちょっといいかな」
言葉通り申し訳なさそうな表情をしながらさくらとつむぎのやり取りへ割り込んだ聡に、つむぎは何事かと言わんばかりのきょとんとした顔つきをしている。私には聡が割り込んだ理由がよく分かっていたから、少しばかり気が重かった。本来、こんなことは無いに越したことはないのだ。
「ちょっとさ、事情があって、あのフィールドは使えないんだ。近くにある公園まで着いてきてくれるかな」
事情というのは――殊更言うまでもあるまい。
学校から十分ほど歩いた先にある、やや広めの児童公園。そこに備えられた簡素な戦場。幸い他に人はおらず、我々だけで自由に使える状態にあった。
「理由は分かりませんが……此方は、バトルの舞台として使用できるのですね?」
「まあね。ここもトレーナー同士の野試合でよく埋まってるから、いつでも使えるわけじゃないけどさ」
訊ねてきたつむぎに説明をする聡だったが、どこか歯切れが悪い。私は聡の口ぶりを聞いて、それが内容どうこうではなく別の理由から生じていることをすぐさま理解した。
「……沢渡さんだっけ? 僕と宮本さんとで、ずいぶん態度が違う気がするんだけど」
「気がするというより紛れもない事実だろう。私も同じことを考えていたところだ」
「だよね。悪い気はしないんだけど、なんか調子が狂っちゃってさ」
さくらに向かってあれほど豪快な口調で話していたつむぎだが、聡と話をするとなると、途端に先日道端ですれ違ったときのような丁寧な言葉遣いに変貌してしまう。本人も無意識のうちにしていることなのか、別段迷ったりつかえたりしているところが見当たらない。
つむぎの様子を伺いながら、私はさくらが述べた「小さい頃からの親友」というのは、もしかするとあながち間違っていないのではないかと思い始めていた。
「さあ行くよリボン! 今日もつむぎちゃんといい戦いをしようね!」
「うん! おかあさんっ、わたし、がんばる!」
「スカラー! ドカンと一発でかいのかまして、さくらに地団太踏ませてやりなさい!」
「分かりました。持てる技を尽くして、全力で戦います」
リボンは元より、スカラーも人の言葉を話すことはできない。だが、言葉を聞き取って理解することはできるし、それに応える意志の強さも持ち合わせている。親である少女たちにも、きっと想いが伝わっていることだろう。
聡が二人の中央に立ち、二人の顔を交互に見やる。
「ルールは一対一、どちらかが倒れるまで、時間無制限の一本勝負!」
「トレーナーへの攻撃は反則で即敗北……問題ないよね?」
「はい! 大丈夫です!」
「問題ありません。了承済みです」
ルールについての了承が取れたところで、聡がすっと腕を振り上げる。
「宮本さくら、対、沢渡つむぎ――試合開始っ!」
「さっさとケリを付けてやるんだから! スカラー! リボンを粉砕してやりなさい!」
先に動いたのはスカラーだ。地面を蹴って駆け出すと、迷わずリボンに向かって突進していく。このまま体当たりを仕掛けるか、あるいは懐へ飛び込んでダウンを奪うつもりか。いずれにせよ、肉弾戦が得意とは言えないリボンには持ち込まれたくない展開だ。
「リボンっ、いつもの頭突きが来たよ! お箸を持つ手の方へ、くるんと回って!」
「うん、わかった!」
しかしさくらもリボンも少しも動じず、スカラーの攻撃を回避する準備を整える。以前とはうって変わって、リボンはずいぶんリラックスしていた。
スカラーがリボンとの間合いを大きく詰めて、右手に握った骨棍棒を振りかざす。
「受けてみろっ! でやぁっ!」
「当たらないよっ!」
横薙ぎに大きく武器を振るうが、スカラーの攻撃をうまく流せる位置取りをしていたリボンは小さな動きでやすやすと回避してしまう。大振りな攻撃でできたスカラーの隙を、リボンは見逃さなかった。
「今だ……! とりゃあっ!」
「……うぐっ!」
打撃戦が得意でないリボンと言えど、至近距離からタックルを見舞えば結構なダメージになる。背中からリボンの体当たりを受けたスカラーが、骨の下から濁った声をあげた。
リボンはタックルを敢行すると同時に、さらなる追撃を浴びせる。
「行くよ! 吹きすさべ風っ、飛んでけ木の葉!」
以前私と戦ったときにも繰り出した「マジカルリーフ」を使い、怯んだスカラーへ雨あられと木の葉状のエネルギーをぶつけまくる。やはり私の時と比べて動きのキレが明らかに違う。スカラーとは戦い慣れているようだったから、手の内が分かっているというのが大きいのだろう。
「もうっ……! こんなんじゃ埒が明かないわ! スカラー、一度退いて! 距離を作るのよ!」
形勢不利と見たつむぎはスカラーへ後ろへ下がるよう指示を出す。スカラーはなおも襲い来る木の葉を棍棒で叩き落としつつ、バックステップでリボンから距離を置いた。戦いは近距離戦から中距離戦へ移行する。
つむぎの指示を待つことなく、リボンを見据えたスカラーが再び棍棒を大きく振りかぶった。
「リボン構えて! ブーメラン攻撃だよ!」
「よぅし、当たらないんだから!」
さくらの読み通り、スカラーは手にした骨をリボン目掛けて投げつけてきた。攻撃を受けたら距離を取って飛び道具を使う――という一連の行動は、つむぎとスカラーの中でよく使うムーブなのかも知れない。ゆえに、スカラーは指示を待たずにすぐさま行動を起こしたし、さくらも対処法を分かっているというところだろうか。骨棍棒を、リボンはジャンプして躱すつもりのようだ。
だが、つむぎは不敵な笑みを浮かべて動じていない。スカラーも同じで、表情からは焦りの色は見て取れない。
「沢渡さんとスカラー君、何か狙ってるみたいだね」
「やはり、聡もそう思うか?」
「そうだね。あの距離で飛び道具を使うってことは、すなわち『落とす』準備ができてるってことに他ならないから」
飛び道具を撃つ理由はシチュエーションによりけりだが、大別すれば二つに分けられる。飛び道具そのものを当てるのが目的か、そうではなく飛び道具は「見せ玉」に過ぎない場合かのいずれかだ。相手にプレッシャーを掛けて動かし、後の先を取りに行くのは常套手段と言っていいだろう。
飛んできた骨のブーメランを、リボンが高く飛び上がって回避するのが見える。
「今よスカラー! 着地際を狙って、リボンに突撃っ!」
「わっ、そう来るんだ……!」
つむぎ、そしてスカラーが動いたのは、投げつけた骨棍棒が避けられたのを確認した直後だった。さくらもリボンもこれには不意を突かれたようで、次の指示がうまく出せずにいる。
武器を手放して身軽になったスカラーが全力のタックルを仕掛け、リボンが着地した隙を突く。
「きゃっ!?」
「あっ、リボンっ!」
ドン、と鈍い音が響いて、リボンは三メートルほど後ろへ大きく吹き飛ばされる。
「くあぁ……っ!」
背中から身体を地面を強打し、少なからずダメージを受けたのが傍から見ていても分かるほどだ。
「隙ができましたね。一気に畳み掛けますよ!」
「ぐっ……!」
いいわ、ここで畳み掛けて、一気に押し潰しちゃいなさい――流れを掴んだと踏んだつむぎから、スカラーへ向けて矢継ぎ早に指示が飛ぶ。スカラーは後方へ吹き飛ばしたリボンに狙いを定めると、投げて戻ってきた骨棍棒をキャッチしつつ大きく踏み込む。リボンとの距離を詰めると大きく飛び上がり、両手で握り締めた骨棍棒を高く振りかざす。
「飛び込んだ……!」
「リボンはどうする……!?」
飛び込みを通してしまえば大きな不利を背負うことになる。高所からの攻撃は単純に威力が大きいだけでなく、さらなる攻撃にも繋げやすい。油断してジャンプ攻撃を受けたところから立て続けに攻撃を受け、そのまま試合を決められてしまうことなど日常茶飯事だ。ゆえに相手の飛び込みを以下に捌くかは、バトルへ臨むに当たって事前に必ず考えておくべき事項の一つと言えた。
薀蓄はいい。リボンだ、リボンがこの状況にどう対処するかだ。スカラーは既に攻撃を通せるという確信を持っている。地面に倒れ伏したリボンに切り返す方法はあるのか、私の目は瞬きさえ忘れて二人に釘付けになる。
「今だよ、リボン! スカラーを空へ吹き飛ばしちゃえ!」
さくらが声を張り上げたことに気付いたのは、彼女がリボンに指示を出し終えた直後のことだった。
「……舞えっ、花びらっ! 空高くっ!」
「ちょ、ダウンしてたんじゃなかったわけ!?」
リボンは瞬時に立ち上がると、今度はエネルギーを無数の「桜の花びら」の形にして、強い風とともに「舞い上げ」た。スカラーに舞い上がった花びらがいくつも直撃して、見事に返り討ちにしてしまったのが見えた。
「『はなびらのまい』――と呼ばれている形だね。だけど、普通とは少し使い方が違う」
「ああ。一般的には前方にいる敵に向けてラッシュを掛けるための技、そう認識されているからな」
「そうだね。だけど、別にそれ以外の使い方をしたって構わない。宮本さんとリボンが『はなびらのまい』を対空技として使うなら、それは立派な技術や戦法の一つさ」
派手に吹き飛ばされたスカラーは、今度こそ立ち上がれなくなったようだ。私と聡が頷きあい、互いに認識に相違がないことを確かめる。
そして。
「勝者・宮本さくら!」
聡が、試合の終了を高らかに宣言した。
「た……倒れてたフリしてただけですってぇ!?」
「そうだよ。吹き飛ばされたら、すぐに『癒しの波動』を使うように言ってあったんだ。それもバレないようにこっそり!」
「じ、じゃああの時、リボンはもう……」
「うん! すっかり回復してて、こっちへ来たら吹っ飛ばしちゃう気満々だったってこと!」
「くぅーっ……! よくも騙してくれたわね〜っ! 今度はもう絶対に引っかからないんだから〜っ!」
「わたしだって、次はもっとすごい戦術を考えてくるよ! 楽しみにしててね!」
さくらはリボンに「敵に吹き飛ばされたら『癒しの波動』をさりげなく使って回復しておき、油断して攻め立ててきた敵を返り討ちにする」という作戦を仕込ませていた。飛び込みからの攻撃を仕掛けたスカラーを見事に跳ね返したのは、この作戦の賜物だったわけだ。悔しそうに地団太を踏むつむぎを見て、さくらは朗らかに笑って見せた。
「リボン、あれは予め決めていたことなのか?」
「うん。『いやしのはどう』は、使えるようになるまですこし時間がかかるから、先に用意してたんだよ」
「そういうことか……さくらと事前に打ち合わせていたとは言え、攻撃を受けてから素早く反撃に打って出るのは容易いことではあるまい」
「地面にぶつかったときはいたかったけど、でも、おかあさんの声をきいたら『わたし、がんばれる』って思ったよ」
にっこり微笑むリボンの姿を見ていると、この上なく穏やかな気持ちになる。私は愛しさがこみ上げてくるのを感じて、彼女の花びらをそっと撫でてやった。リボンは気持ちよさそうに目を細めて、ピンと背筋を伸ばしている。本当に可愛らしい。
同じ♀のポケモンだというのに――私とは大違いだ。
「リボン、いい戦いぶりだったぞ。また手合わせできるのが楽しみだ」
「えへへ……ネクロさん、ありがとう。わたし、ネクロさんにほめてもらえて、すごくうれしいよ」
私とリボンが話していると、横からさくらが顔を覗かせる。
「あの、ネクロさん。リボン、何か言ってますか? もしよかったら、わたしに教えてください」
「もちろんだ。さくらの声を聞けたから、最後まで戦うことができた。リボンは確かにそう言っていたぞ」
さくらにリボンの言葉を伝えてやると、リボンも大きく頷く。さくらは表情を一際明るくして、リボンを強く抱きしめた。
「ありがとう、リボン。試合に勝てたのは、リボンががんばってくれたからだよ」
「わたしもリボンに負けないように、もっとがんばるからね!」
嬉しそうなリボン、顔を綻ばせたさくら。これがまさに信頼関係というものだろう。
「やっぱりいい関係だね、宮本さんとリボンちゃん。どっちもすごく嬉しそうだし」
「まったくだ。本来はすべての人とポケモンがこうあってほしいものだが」
「じゃあネクロ、まず隗より始めよってことで、僕のこと抱きしめてくれる?」
「冗談はよせ。私が言いたいのは形のことではない。精神的なつながりのことだ」
「ま、そういうことだよね。僕らには僕らなりのつながりがあるってことかな」
私と聡、さくらとリボンが話をしていた最中、つむぎとスカラーはやや距離を置いてそれぞれのやり取りを見つめていた。
と、思いきや。
「……しょうがないわね。こうなったら――」
不意につむぎが、我々の前へ歩み出てきて。
「決めたわ。あたしもポケモン部に入部する!」
――と、のたまった。
「……えっ? 沢渡さん、今なんて……?」
「つむぎ……ど、どういうことだ……?」
あまりに唐突極まりない台詞を受けてぽかんとする私と聡をよそに、とうの発言者本人であるつむぎはこう啖呵を切る。
「さくら! あんたに勝つのはこのあたしよ、あたししかいないんだから!」
「あたしが勝つ前にあんたがどこの馬の骨とも知れないようなヤツに負けたりなんかしたら、それこそ一大事だわ!」
聡と私が顔を見合わせる。私の側にいるリボンもきょとんとしている。とにかく展開が早すぎて、つむぎが一体何を言っているのやら、理解がまるで追い付かない。大量のクエスチョンマークを浮かべた顔つきをしている辺り、聡も同じ状態に陥っているようだ。
「だから……さくら!」
「あたしがあんたの側にいて、しょうもない敵は蹴散らしてやるわ! 感謝しなさい!」
つむぎがぴしっとさくらを指差して、どうだと言わんばかりにポーズを決める。この間わずか三十秒ほどだ。流れが急激に過ぎて些か混乱していたが、ようやく理解が追い付いてきた。つむぎはさくらに勝ちたいが、他のトレーナーがさくらに勝つのは我慢ならない。だから自分もポケモン部に入って、さくらに寄り付く羽虫を追い払おう、ということだった。
もっと端的に言うと、「お前を倒すのはこの俺だ」のパターンに他ならない。典型的なツンデレだ。
「うーん、こういうのはツンデレって言っていいのかな。僕的にはちょっと違うカテゴリなんだけど」
「一般的な用法では間違ってはいまい。突き詰めた結果合っているのか間違っているのかは知らん。私の管轄外だ。それ以前に地の文に素で突っ込みを入れてくるのはやめろ」
「まあまあ、ギャルゲやラノベのヒロインには標準装備されてるアビリティだし、いいじゃない」
男女関係が逆転しているのは明らかに気のせいではあるまい。
そうして私と聡がしょうもないやり取りを展開していると、横から大きく踏み込んでくる影が見えて。
「つむぎちゃん、ポケモン部に入ってくれるの!?」
「さっき言った通りよ。あんたに勝つためなんだからね!」
「わーい! やったやったぁーっ! つむぎちゃんがいれば、もう百人力だよっ!」
我々やリボンとは対照的に、さくらはつむぎが入部すると口にしたことを心から、心から喜んでいるようだった。飲み込みが早いのか、それともマイペースなのか。どうも後者に思えてならない。
聡はさくらとつむぎの様子を眺めながら、小さな声でぽつりと呟く。
「二人目、か……僕を入れて三人。思ってたより、人が集まってきたね」
「あともう少し入部してくれる人が増えたら、いずれ、僕は……」
聡が口にした言葉の意味を訊ねることも、問いただすこともできずに、私は黙ったまま、ただ聡の言葉を聞くばかりで。
いずれ、僕は――その先にどのような言葉が続こうとしているのか、あまりにも容易に分かってしまう。
私にはそれが、この上なく辛かった。
「――よーし。見つけたよ、聡くん」
「このボクを差し置いて楽しいことしようったって、そうは問屋が下ろさないよ」
「『黒い瞳の執行人』の名にかけて、ね……!」