第1話「賽は投げられた」
けたたましく鳴り響く音が、全ての始まりを告げた満月の夜。
全てが管理されたこの島にとって、
サイレンが鳴るということは許されない。
人々は皆、深夜だというのにも関わらず、美術館の周りに集っていた。
ブルーローズ美術館の絵画“千年の奇跡”が盗まれた。
ブルーローズ美術館は、この島の5つある街のうちの1つ、
“ユーロピアシティ”にある。
画家や音楽家などが多く、街中に彫刻や絵画がある、美を追究する街だ。
建築物、街灯、水路、どれをとってもお洒落なその場所に、
突如響いた不協和音は、紛れもなく彼らの仕業だ。
美術館の周りには迅速に多くの警備がつき、
月明かりの下に集まりかけた人々は、見物を諦めて帰る者ばかりになった。
ざわめきという沈黙。
それは突然、小さな少女の叫びによって引き裂かれる。
「あそこに誰か居る!!」
少女はすぐに母親にしがみつき隠れてしまったので、
既に人混みの中から見つけるのは困難になったが、
その少女が指差したものが何なのかは、人々の視線から理解できた。
美術館の反対側にある時計台の上の、二対の影。
暗闇の中でも、月明かりによって溶けることなく健在する、漆黒のマントを翻す影。
「「我々の名は、怪盗MAD!!!
“千年の奇跡”は頂いた!!!」」
そのシルクハットの下に覗く仮面には、
苦と楽の表情が刻まれている。
その様子から、二人がポケモンであることは読めないが、
人間だという確信もできない。
“暴徒”を意味する語を名乗る彼らは、
流れるような動きで人々の視界から姿を消した。
蜘蛛の子程のパトカーも、突然の訪問客に混乱し、ついに見失ってしまった。
「いやぁ、最初のお仕事は大成功だね!」
怪盗“D”ーーもといデオキシスは、ぷはっと仮面をとって笑って見せた。
(笑った、とはいえミュウツーにしか分からない程度の表情の変化だったが。)
「大変なのはここからだ。
この島は“初めて”の出来事には全く対応できないが、
一度経験すると異様なほど処理が早い。」
「へぇ、子作りと一緒って訳ね?」
怪盗“M”ーーもといミュウツーは、デオキシスの冗談を鼻で笑いながら仮面を取った。
再び人間に変装した二人は、それぞれコンビニで夜食のメロンパンとおにぎりを買い、
何事も無かったかのように、自らの家路に着いた。
「……おっ、例のアレ、ほら!」
二人は自室で夜食を食べながら、
絵画に隠された小さな“メモリカプセル”を取り出した。
メモリカプセルをUSBに接続し、
デオキシスは小さいながら高性能そうなコンピューターのキーボードの上で、
その指を滑らかに動かしていた。
「予想通りだ……」
二人がコンピューターの画面を覗き込んだ瞬間、
狭い二人の部屋の扉が、大きな音を立てて開いた。