第0話「日常の始まり」
ホウエン地方のミナモシティから船に揺られること2時間。
船乗り場、と言うよりは都会的な駅を思わせるそこは、
この島の象徴でもある“青い薔薇”がそこいらで咲き誇り、
その甘く爽やかな香りを漂わせている。
ブルーローズ島。
そこは、全てが“人間”と“ポケモン”によって創られた奇跡の島。
一般的な地方に比べると、その5分の1程度の面積なのに対し、
移住希望者数は、特に人口が多いとされるイッシュ地方に負けていない。
ここは、徹底した環境管理によって、
この島の代名詞でもある“桃源郷”としての姿を守り続けている。
故に、“許された者だけが、許された場所に住むことができる”、
そんな場所なのである。
雪が降るには早すぎ、しかし紅く染まった葉は全て落ちてしまった、そんな季節。
冷たい海面を裂くように進む青いフェリーには、
移住を許された人々やポケモンたちが、思い思いの期待を胸にざわめいていた。
「ミーちゃん、初めてのフェリーの乗り心地はどうよ?」
顔立ちの整った一人の少年が、橙色の鮮やかな髪を掻き揚げ、隣の少年に尋ねる。
横でぼんやりしていた少年は、「ミーちゃん」という呼び方に不快感を覚え、しかめ面をした。
「お前は、どうしていつも……そうも馴れ馴れしいんだ?」
うんざりした口調でため息を吐きながら、少年を振り返る。
鶴のように細身で、しかしその眼差しには、
誰もを黙らせるほどの何かを湛えている。
「んもぅー、硬いねミーちゃんは。
……そんなんじゃ、バレちゃうだろー?」
そう言いながら彼は、周囲を意識するように見渡した。
細身の少年は、長い沈黙の後、思い出したかのように呟いた。
「バレる、ということはまず有り得ないだろう。
……我々の変装は完璧だ。」
橙色の髪の少年は、同意、というふうにこくりと頷いた。
二人は、背丈もそう変わらない幼なじみのような感じがした。
細身の少年は、彼の柔らかい表情を見て、
淡いすみれ色の髪を風に靡かせ、口元を緩ませた。
橙色の少年ーー
否、<全国図鑑No.386 DNAポケモン デオキシス>は、
陽気で楽天的に見えて、実は慎重。
のんきそうにしながら、常に計算して動く。
すみれ色の少年ーー
否、<全国図鑑No.150 いでんしポケモン ミュウツー>は、
無愛想で硬派。自信家で冷静。
どこか哀愁漂う、孤高の存在。
一方は、遺伝子から偶発的に生まれ、
一方は、遺伝子から必然的に生まれた。
二人は共に、世界に一体だけのポケモンである。
そして、二人は共に、この島に伝説を築く存在である。
「「我等の名は、怪盗MAD!!!」」